
恩師吉田正の門下生で人気を誇ってきた橋幸夫は、今年3月の80歳の誕生日を境に引退します。
現在全国各地で最終公演を行っております。大学の学生になって書画の勉強をされているとのことで、引退後は自分のやりたいことに取り組むとのご様子です。
長い間の歌手活動で、多くのファンを楽しませてきたことに、感謝と敬意を表します。
吉田門下生とはいえ、フランク永井とは全く異なる分野で活動されてきました。デビューは誰でも知るところの「潮来笠」。旅笠時代物で橋の巻き舌による演歌調が、当時フレッシュな感覚で迎えられ一気に花が開いた感じでした。
フランク永井と同じで、当時は毎日ラジオから放送されていて、否が応でも覚えてしまいました。吉田正は、自ら開拓した王道「ムード歌謡」とは異なる、リズム歌謡とか青春歌謡とかを橋幸夫や三田明に提供して成功を収めています。
吉田正のままざまな分野への挑戦を受けて、それをヒットに持っていった力量は認めざるを得ません。
橋はひと時ビクターを離れたり、歌から遠ざかったこともありましたが、恩師はビクターへの復帰を快く引き受けました。人間としての大きさを感じます。
橋は歌の世界に復帰し、その後も活躍をつづけました。だが、橋を追ってみてみると、若い時代のつやのある高音は少しづつ衰えていきます。
若い時代の歌で、しんみりと胸を揺るがしたのは、個人的には「雨の中の二人」です。
後年で彼の歌唱に感心したのがあります。それは1999年2月にNHK「BS日本のうた」での「有楽町で逢いましょう」を歌った時です。
橋はこの先輩の代表曲を、落ち着いて、手を抜かず、丁寧に歌い上げています。フランク永井への敬意を感じます。
橋はこれまで幾度もフランク永井カバーをしていますが、ここでの一曲は少し違います。
フランク永井は橋の歌を正式にカバーしているのは「潮来笠」です。「オール・スター・フェスティバル/吉田正傑作選」(1969:SJX-19)に収録した一曲です。ちなみに、ここで「有楽町で逢いましょう」を歌っているのは相良直美です。
橋幸夫の引退とともに、吉田メロディーへの世間の関心が大きく衰退するのは避けられない流れかと危惧します。
吉田メロディーの時代の大きな区切りとなるでしょう。だから、吉田正、フランク永井の気づき上げた演歌臭の少ない流行歌の追及が避けられません。
流行歌でありながらも、日本の風土を外れない、心を歌う世界がきっと切り開かれるものと心から期待します。
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