フランク永井のレコード収集の苦労と取引価値

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 私がフランク永井の歌のうまさに惚れたのは、ずいぶんと前になります。学校を出て川崎の大手工場に勤務していました。寮生活です。友人が指で音頭をとりながら、この歌知っているかと聞いてきました。
 それが流行中の「有楽町で逢いましょう」。大好きだよと応えて、楽しい論議に花が咲いたのを記憶しています。友人は阿久津君と言うのですが、今どうしているやら気になります。
 フランク永井のソフトな歌声、恩師吉田正の何ともあか抜けた都会調のメロディー。ラジオから流れる曲には、当時アナウンサーが「佐伯孝夫作詞、吉田正作曲、歌うのはフランク永井...」と、必ず紹介がありました。
 他の歌手の曲ももちろん聞いてきましたが、自分の感性にあうのはフランク永井でした。
 EP盤やソノシート盤を買い、ポータブルのプレーヤを買い、外に遊びに出かけて、仲間と聞くのが好きでした。
 そのフランク永井は長らく昭和歌謡のリーダーを務めていましたが、1985年にみんながご承知の事件を起こして、突然舞台から降りたのはショックでした。
 復帰を熱望したものの2008年10月惜しまれて永眠しました。
 レコードは「いつでも手に入るもの」と思っていて、当時は気にすることがなかったのですが、訃報をきっかけに、きちんとデータ化しなければという気になりました。
 真っ先に考えたのは、手持ちは何で、何がないのだろうということでした。つまり、フランク永井の残した歌の全貌について、意外と理解していなかったのです。
 確か三巻全集というのがあって、そこでその時点までの発売したレコードのリストが載っていました。その後、CD時代になり、フランク永井大全集というのが出て、その中の解説書に発売リストがありました。
 このリストは重宝しました。つまり、発売されたレコードの全貌が掌握出来て、何がないのかがほぼわかりました。
 だが、それを参考に整理してみると、分かったことは、過去のレコードなど集めるというのは、考えるほど甘くはなく、手に入るのはヒットした曲に限るということでした。
 整理していて、これは大事だと考えたのは、ジャケットカバー写真です。並べれば、一瞥して盤がわかります。また、曲には作詞作曲はほぼ明確ですが、意外と不明なのは編曲者です。
 曲は確かに、作詞と作曲が決定的ですが、必ず編曲があり、バック演奏の配置、前奏、間奏などは編曲のたまもので、聴く人により深い曲の印象を与える重要なものです。
 フランク永井データブックでは、このジャケットカバー写真と編曲者を明記することを大事にしました。
 ビクターのノートのリストでは少なくとも、ジャケットカバーは不明です。これを集めるには、盤がなければできません。
 ということで、盤の収集もすることになりました。足を運べる範囲のレコード店をまわり、噂を訪ねながら範囲を広げました。
 時代がインターネットを迎えて、ネット・オークションがあることを知り、ヤフー・オークションで探すことを覚えました。だが、ここでもでているのは主にヒット曲です。
 だが、ヤフ・オクとか楽天とかでの収集は便利で、ずいぶんとお世話になりました。
 落ち着いて、全体像を見てみると、レアな盤がだんだん浮き彫りになります。それは、写真で掲げたものを中心に、数百枚中数十点がレア盤です。なぜか1960年代の前半が多い気がします。
 手元にジャケットカバーの写真は存在しなくても、熱心な収集家である友人知人から、写真を譲ってもらうことができました。
 ほぼそろったところで、2010年暮れにデータブックの出版ができました。当然ですが、フランク永井が生きて活躍されておれば、喜んで見てもらえたと思いますが、間に合いませんでした。
 フランク永井の長い闘病・リハビリ生活を支えたのは実姉の美根子さんです。美根子さんのご苦労は一口に表現できません。その美根子さんの労を労うには、データブックが一助になると思い、美根子さんに出来立てをご覧いただきました。
 幾度か親しくお話をすることができました。美根子さんは弟の世に残した実績を、これほど詳細にまとめてくれたと、喜ばれました。その美根子さんも2020年に永眠されました。
 さて、レコード収集に話を戻します。
 私はすでに会社仕事も終えていて、レコード収集に充てる費用も限られ、データブックも第2版の整理を終えたことから、収集からは遠ざかっています。だが、ヤフオクはときどき気にしてみています。
 そのなかで、今月大事件といっていいようなことがありました。それは「78回転のSPレコード」に161,000円がついたことです。
 これは私が見ている限り、最高額ではないでしょうか。このレコード盤自身、オークションでは初めて見ました。レア中のレアですが、いきなりこの価格と言うのには驚きです。
 落札者はどなたか存じませんが、この高額を出してでも入手する熱意に頭が下がります。
 高額と言えば、過去の例では、フランク永井のデビュー盤「恋人よわれに帰れ」でしょう。十万を超えていたと記憶します。これも、知る限り、オークションではこの時だけです。
 十年以上前になりますが、オークションを始めたころに、友人がトライしたのは「アイル・リメンバー・トゥナイト」です。友人は十万円まで入札したのですが、取り逃がしました。当時はびっくりしたものです。
 ということで、フランク永井のレア盤が、なんでも鑑定団のお宝のようになっています。
 結果的にですが、私も上記のような超レア盤をのぞいてですが、大方揃て持っていますが、鑑定団はどんな値を付けるのだろうかと、ときどき思います。
 一方、そんな高値になるのは果たしていいのか、と言う声も聞きます。その方がいうように、そもそも当のビクターさんが、フランク永井の全曲を誰でも、手軽に聴けるようにデジタル化して発売していないからだ、というのもごもっともです。
 そのスキを突いたようなビジネスを始めたのは、このブログでも何度も紹介したMEG-CDでした。だが、残念なことに運営資金の関係から現在はビクター系のLABEL ON DEMANDに移行しています。
 MEG-CD時代に発売できていなかったフランク永井の作品も継続して、製作発売するということも検討されているようですので、ぜひとも期待したいと思っています。
 そうなれば、フランク永井のEP盤のすべてが、必要な時にいつでも購入して聴けるという環境が実現するわけです。

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このページは、文四郎が2022年9月19日 16:03に書いたブログ記事です。

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