7.29「徳光和夫の名曲にっぽん」の再放送

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 「吉田正生誕100周年」記念の特集番組で、昨年9月に放送されています。このときに、当コラムで、私は【期待通りの「徳光和夫の名曲にっぽん〈吉田正生誕100周年〉」】として紹介(2021.9.7)していますので、ご参照ください。

 一年ぶりにじっくりと楽しませていただきました。恩師吉田正の偉大さについては、さすがに、エピソードがで尽くされていますが、話の好きな橋の説明がそれなりにポイントを得ていて、人となりがそつなく紹介されていたと思います。
 橋幸夫が恩師吉田正を、理工系の頭脳で曲を作ったというくだりは、ユニークだったと感心します。
 確かに吉田正は理系の高校に進んでいます。行き当たりばったりのその場での感覚で曲ができ、偶然にそれがヒットするということもあるのでしょうが、それ以上に吉田正は、世界情勢に常に目を光らせ、周囲に解説者、評論家、記者、別の職業の人たちと親交をもっていました。
 夜の飲みの場などを利用して、情報を交換し、集めて、理詰めで曲を生み出したという。確かに並の作曲家と異なり、生涯にわたって独特の吉田メロディーを生み続けました。

 私は当然フランク永井の役割に関せる説明とか映像に関心を持って観ていました。「西銀座駅前」「有楽町で逢いましょう」「おまえに」という代表曲が映像で出ました。歌謡曲の映像ではおそらく、最大を誇るテレビ東京なので、映像映りの一番いいのを採用しているは間違いないのですが、ファンの欲目では、ぜひとも、今まで露出が少ないのを紹介してほしいと思いました。
 もう一つは、徳永が日ごろから力を入れている若手歌手への思いです。歌謡曲は、平成、令和を経て、大きく変化を迎えています。
 次世代でも新たな姿で歌謡曲を発展させていってほしいという思いです。
 作詞家、作曲家、編曲家と歌手のコンビでも、ビジュアル当然の今の時代、以前の時代と異なります。吉田正とか佐伯孝夫や宮川哲夫といった人たちは、曲目作りに闘魂を込めていました。美空ひばりと米山正雄の関係のように、皆が持つ「魅力を最大限に引き出す」ことに大胆でした。
 当然、フランク永井もそのような結果として生まれたわけですが、そこが現在は薄いように感じています。
 だから、若い歌手の方々には、過去のいい歌を受け継いで欲しいのは当然ですが、かつてフランク永井が「有楽町で逢いましょう」を歌って、広く世を酔わしたようなショックある曲目の出現を望みます。

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このページは、文四郎が2022年7月31日 12:01に書いたブログ記事です。

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