2022年5月アーカイブ

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 5月24日の番組です。「魅惑のムード歌謡」「有楽町で逢いましょう」というキーワードに惹かれて観てしましまったものです。当日のゲストは氷雨の日野美歌、真田ナオキ他です。
 宣伝では八代亜紀の「有楽町で逢いましょう」は初だ、とありましたので、ちょっと気に掛けました。記憶ではいままで幾度か八代の歌は聴いた気がしていたのですが、勘違いでしょうか。「東京ナイト・クラブ」などでは、以前から何度も歌っていたせいかもしれません。
 実際の歌唱を聴いても、やはり前に聴いたようなそれでした。

 若くて独特のハスキーな歌い方をする真田ナオキは、城卓矢の「骨まで愛して」を歌いました。この名曲は私が高校を出たばかりのときに、住んでいたアパートの者がいつも、高音でレコードをかけていて、近所から怒られていたのを思い出します。繰り返し聴くものだから、いつの間にか覚えてしまう、印象深い曲です。
 城卓矢はテイチク、彼の親戚にあたる鬼才川内康範はビクターだったからかどうかはわからないが、なかなか売れない城を支援します。妻の名「川内和子」の作詞として、城の兄の川北じゅんが文れいじ名で作曲して歌わせました。
 これが大ヒットし、映画にもなりました。

 日野美歌といえばやはり「氷雨」。これは共作で、初期は佳山明生の歌として知られていたように思いますが、現時点では日野美歌の代表曲といった感じです。
 共作は「帰っておくれ今すぐに」「東京五輪音頭」などのように、他にも多くありますが、歌手同氏は感情的に対立することは通常ありません。だが、どうも佳山と日野には、というよりも、佳山の方に売れた日野にたいして、やっかみがあったとも知られています。
 日野の「氷雨」も印象に残っています。歌詞の内容などわかりようもないはずの子どもたちまで、口ずさんでいたのを思い出します。
 フランク永井のカバーする「氷雨」も素晴らしいです。これはぜひおすすめです。1982年発売の「ウーマン」(SJX-30119)に収容され、2014年の「ザ・カバーズ歌謡曲演歌2」でCD化されています。

 「夜の銀狐」も登場しましたが、これもフランク永井がカバーしています。いいですね。このように、いくつかの曲については、フランク永井が歌っているかどうかとか、つい比較して聴いてしまいます。いつものように、お酒をなめながら、満悦した気分です。

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 5月13/20日に放送されました。フランク永井の恩師吉田正と佐伯孝夫がビクターから送り出した橋幸夫。1年後に喜寿80歳を迎えるにあたり、先ごろ芸能界からの引退を宣言して話題になったばりかでした。
 ここでは音楽プロデューサである八田郷士さんが登場されるということで楽しみました。八田さんは拙著「フランク永井魅惑の低音のすべて」(フランク永井データブック)を発刊する際に、本来なら、ほとんどが著作権にかかわる写真等であることから著作物になりえないような内容にかかわらず、ご努力いただいて実現にこぎつけることができました。たいへん感謝しているお方です。
 八田さんはフランク永井に限らず、橋幸夫の作品のプロデュースも手がけていて、当日も紹介されていた「花の喧嘩旅」(1975、作詞佐伯孝夫、作曲吉田正)を発売しています。

 2回にわたって、延べ13曲、橋幸夫の代表曲が流されました。橋幸夫は遠藤実の弟子でしたが遠藤所属のコロンビアでデビューかなわず、遠藤はそうとうの逸材だと判断したことを察せますが、ライバルの大御所吉田正がいるビクターに紹介するに至ります。ファンなら誰でも知るエピソードですが、遠藤は「舟木一夫」の芸名を考えていました。しかし、恩師吉田は本名の一字を変えただけでデビューさせます。フランク永井のデビューから5年後です。
 吉田正は、最強コンビの作詞家佐伯孝夫と組んで「潮来笠」でスタートを切らせました。股旅物の歌に新人を当てたこともあり、橋のべらんめい江戸弁なまりも効き、大注目されました。その後の展開は皆の知るところです。
 吉田正は、橋が若いだけに、彼へさまざまな試行錯誤の挑戦をしました。股旅物、青春歌謡、リズム歌謡、デュエットとか。そして、舞台、映画、公演と、昭和歌謡の全盛時代で、多忙をきわめました。
 橋幸夫の人となりの特徴でしょうが、生みの親という遠藤実が「ミノルフォン・レコード」で独立します。そのときに、育ての親吉田正から離れます。この後のことはあまりここでは話題になりませんでしたが、意気込みだけでは成功にはおよばず、ついにここも離れます。
 恩師吉田正の太っ腹というか人間性の幅の広さが、大変すばらしいのですが、その橋の復帰を受け入れ、歌から離れていた橋を再び歌手として育てます。
 橋幸夫は、本人も番組で発言していたように、素晴らしい二人の恩師にめぐまれ、歌でも、映画でも、舞台でも、そして事業でも多くのことを経験し、人生に満足しています。めぐまれた人生であったと思います。
 遠藤実は橋幸夫にみずから作詞作曲した「歌」を送っています。聴けばわかりますが、美空ひばりの「川の流れのように」の印象です。

 フランク永井と橋幸夫との関係は先輩・後輩ですが、歌での交流もあります。橋幸夫はフランク永井の「有楽町で逢いましょう」「おまえに」などを過去にテレビ番組で歌っています。フランク永井は橋の「潮来笠」を歌っています。
 二人とも恩師が吉田正であるのですが、歌の路線に相違があることから、互いがカバーすることはほとんどありませんでした。だからフランク永井が橋のデビュー曲「潮来笠」を歌うというのは、極まれです。これはフランク永井の十巻全集に納められましが、2014年発売の「フランク永井ザ・カバーズ~歌謡曲・演歌1」に収録されています。
 フランク永井の股旅物というかマゲ物というか、時代劇をうたったものの珍しい歌です。機会があれば、ぜひ聴いてみてください。

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 最近テレビの歌番組にあまり強い欲求をもてなく、録画したままのが多い気がします。それらを観ていて、安心して見る気になったのは昨年3月の再放送でしたが、テレビ東京BSの「昭和歌謡ライバル物語古賀政男小関裕而江口夜詩」です。
 日本の戦中から戦後の昭和歌謡時代の流れを築いた偉人です。この三人には強い共通性がありますが、ビクター側のフランク永井の恩師吉田正を、本来は加えるべきでしょう。
 この番組で取り上げた江口夜詩については、テレビ番組として本格的に紹介したのは初めてではないでしょうか。優れた番組でした。
 それから、これは過去に何回も紹介したものと類似になりますが、三波春夫の後継を紹介したような、BS-TBS「徳光和夫の名曲にっぽん<名曲選スペシャル>」です。
 5月23日にも予定されています。
 三波春夫という一世を風靡した名歌手の残した歌と映像、特に彼自身が分野を切り開いた「長編歌謡浪曲」について、司会の徳光は必ず取り上げています。
 徳光はフランク永井の大ファンで、機会があると彼自身が歌いもします。彼はここ数年の流れを見ると、三波春夫への深い関心を寄せています。特に、第七世代(よくわからない)といわれる若手歌手が、三波のこの「長編歌謡浪曲」に挑戦して頑張っているのを紹介しています。
 三山ひろし、山内惠介、市川由紀乃、辰巳ゆうと、椎名佐千子、坂本冬美、彩青、中村美津子といった歌手がいます。浪曲は今では芸能の世界では人気を失った状態ですが、その大御所に二葉百合子がいます。彼女の弟子に浪曲の発生を指導していて、その弟子らが機会があると、歌謡浪曲を披露します。
 双葉は現役は引退しましたが、発声練習は毎日日課にしていて、引退後も「岸壁の母」は幾度か披露しています。
 彩青は細川たかしの弟子で、民謡、三味線を得意とします。歌唱法は細川にそっくりですが、民謡の発生を基礎として学んだ人ののどは、浪曲を学んだ人と同様の強靭さと節回し(こぶし)があります。
 若手が歌う歌謡浪曲は、やや大人の安定感には不安が伴いますが、なかなかしっかりと、若者らしくのびのびと歌っているのが、気持ちよく聞こえます。
 歌謡曲的な歌、登場人物の声色でのセリフまわし、そして浪曲とをつないで、およそ15~20分をこなします。相当な練習があってのものです。精神を統一して、全編をしっかりイメージトレーニングして、掌握してかからないとできる仕業ではありません。
 15分から20分と言えば、どうしても念頭に浮かぶのは、フランク永井の長編歌謡組曲「慕情」です。
 これも幾度か紹介していますが、1965(S40)歌手生活十周年を記念して開いた第2回リサイタルのメイン・ディッシュです。恩師吉田が、精魂傾けて作曲した異例の曲です。第20回芸術祭芸能奨励賞に輝きました。
 「慕情~歌とともに10年第2回リサイタル」というLPに収録されました。
 三波春夫が長編歌謡浪曲を作って、世を驚かしましたが、恩師吉田正はこれを歌謡曲の世界で成し遂げられないかと挑戦したものです。
 一方は、世間が誰でも知る文学作品から構成されているがゆえに、展開がオーディアンスに聴いていてわかる。それに対して、フランク永井が歌うテーマは、妻子ある男の浮気、子持ちの人妻への片思いということから、歌唱より設定にやや無理がありました。
 恩師吉田は盟友である鶴田浩二にも、長編を提供しています。だが、これで一時的に話題にはなっても、長編歌謡組曲として定着することはありませんでした。
 ただ、フランク永井が、ただならぬ歌唱の持ち主であることは認識されました。これは「慕情」をいちどでも聴けば、だれでもうなずけます。レコードには残されましたが、フランク永井の舞台で、リサイタル以外で「慕情」が歌われることはなかったのは残念です。
 吉田正の後年になって、吉田はささきいさおに「雪の慕情」という普通の歌に「慕情」から切り取って歌わせました。
 この「長編」を話題にすると、連想されるのが2つあります。
 ひとつは、1969S(44)に発売された「旅情」です。当時人気絶頂の橋本淳の歌詞に筒美京平が曲をつけた「組曲」です。これも芸術祭参加作品になっています。
 妻をもつ記者が欧州に取材の旅をしながら、浮気しているのか遠い日本にいる女性に思いをはせるものです。
 これの盤もフランク永井の流行歌とは異なる歌唱が全編を覆っています。ぜひとも機会があれば聴いてほしい盤です。
 もうひとつは、1976(S51)年催された歌手生活21年のリサイタルです。ここで33曲メドレーを歌っています。
 当時、北島三郎とか五木ひろしといった、流しの経験者は、数千曲を覚えていて、リクエストに必ず応えます。その優れた能力を生かして、自分の舞台で30~50曲程度を、連続で披露して、客を喜ばせました。
 フランク永井のリサイタルでの挑戦はそれにならったものと思われます。この長編は楽団泣かせでもありますが、これをやってのける歌手の実力は評価すべきです。
 ということで、話題が転々としましたが、昨今の「長編歌謡浪曲」は、歌謡界に何か新たなアイデアが生まれるきっかけになって欲しいと期待します。

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 フランク永井の珍しいジャケットを観ました。これは記録に残していないものだと思って、久しぶりで購入しました。
 ビクターファミリークラブから発売されたもので、「永遠のゴールデン歌謡」というLP10枚組の第4巻です。「今日でお別れ」とあり、カバー集です。フランク永井はここで「夜霧よ今夜も有難う」(元唄:石原裕次郎)「暗い港のブルース」(ザ⊡キング・トーンズ)「今日でお別れ」(菅原洋一)の3曲を歌っています。
 盤にはあと6曲収められているのですが、演奏です。ビクターの誇る楽団多彩な楽団の作品です。カラオケとして歌われるのを想定していたものと思われます。この盤は1970年ごろのものと感じますが、発売年の記載がどこにも出ていません。
 ちなみに、第2巻「人生劇場」では「上海ブルース」(元唄:ディック・ミネ)、第6巻「また逢う日まで」では「ラスト・ダンスは私に」(元唄:越路吹雪)、第10巻「わたしの城下町」では「琵琶湖周航の歌」を歌っています。
 いずれも、フランク永井の歌唱力がカバーで発揮された作品です。「今日でお別れ」「上海ブルース」などは、フランク永井の歌唱が、聴いていてい素敵だとよく聞きます。
 カバーされる歌は、歌詞とメロディーが素晴らしいのですね。改めて元唄を聴けば、その歌手でほんとによかったのか、と思う時もあります。歌い方の癖が強かったり、感情の載せ方や、オーディアンスに対する訴求力が弱かったりと、色々感じます。その点、フランク永井は丁寧でありながら、聞かせる曲として完成した歌い方をしています。
 歌詞やメロディーに対する解釈する深さが、自然と持っていたのかもしれません。
 第4巻のトラック2は「爪」です。これを松尾和子が歌っています。歌唱については定評がある松尾和子なのですが、「爪」(元唄:ペギー葉山)はいけません。とにかく、ミスキャストです。
 「爪」といえば、平岡誠二の作品で、「あいつ」(元唄:旗照夫)とペアとも言ってよい作品で、フランク永井の歌唱は群を抜いています。ぜひ機会があれば聴いてほしいです。
 平岡がペギー葉山に思いを寄せながらも、ペギーに受け入れてもらえず、その際のこころの動きを作品にしてペギーや旗照夫に歌わせています。
 素晴らしい作品だけに多数の歌手がカバーしています。最近聴いたのでは、うならせたのは秋元順子です。秋元は歌のポイント、コツを本能的に得ています。秋元はどのような歌を歌っても感心させられます。最近は、フランク永井の曲と合わせて、秋元のカバー集をよく聞きます。

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