フランク永井月命日3月。2つの再放送。そして童謡歌手の眞理ヨシコ

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 フランク永井の出演しそうな番組は、朝新聞をみてチェックしています。最初の放送がされたときに、たいがいは当ブログで紹介しています。もしかして初回の放送かと期待を込めてみるのですが、今月は2つの番組、いずれも再放送でした。
 ひとつは、NHKBSプレミアム「新・BS日本のうた」。昨年終戦の日に放送された「作曲家吉田正生誕百年記念コンサート」。もう一つは、BS11の歌謡番組「八代亜紀いい歌いい話」の「フランク永井名曲集」です。
 いずれについても、ブログで紹介しているので、個々については触れません。
 ただ、前者は、フランク永井の恩師、国民栄誉賞を受賞している吉田正という昭和歌謡の偉大な作曲家の生誕百周年という、記念すべき催しで、それにふさわしい番組だと、つくづく感じ入りました。
 番組に重きを添えたのは、やはり女優吉永小百合の出演でしょう。今では押しも押されぬ大女優です。だが、自分は俳優だとして、そして歌はうまく歌えないとして、音楽番組にはほとんど出演してきませんでした。
 若かった彼女は映画に出るや超人気のアイドルで、サユリストなるファンが登場するほどでした。彼女の若さとピュアな気持ちを演技にぶつけた姿は、若者を強く引き付けるものがありました。番組でも語っていますが、ビクターのプロデューサ武田さんが、歌の世界にも引き込んだのです。ご本人は、自分の主張を通すのではなく、彼女を信頼するということから、歌の世界にも飛び込んだのです。
 吉田正は彼女の持つ芯のある姿勢を見抜いて、吉永のために多くの曲を作りました。この歌の世界でも、映画の合間をみて歌い続けたのですが、ある時点で歌を歌わなくなります。同時に売れるからと言って、間断なくさまざまなテーマの映画を求めてくる映画出演にも疑問を感じていきます。一人の人間としての自分は何なのかと真剣に考えます。
 その吉永が恩師の百周年に出演したのです。それは、果敢な青年時代に抱いた気持ちを、吉田正が受け止め、見抜き、見守ったことへの感謝であり、ここで恩を行動で示さなければならないと感じたのだろうと思われます。
 
 今世界ではまさに、戦争が展開されています。戦争に兵として徴収され、大陸に出向き、やがては敗戦国の捕虜として、厳寒の地に抑留まで強いられた吉田正は、自分のことはあまり話さず、歌作りに思いを込めました。
 決して戦争を繰り返してはならない。人間としての究極の理不尽が強制される戦争は、人間の力でこの世から終わらせなければならない、そのような強い意思が吉田作品には込められています。
 このような気持ちを、まさに、今、再認識をさせる番組でした。
 
 さて、全然異なる話です。購読している朝日新聞には、毎月だと思えるのですが「定年時代」という数ページのタブロイド新聞が配られます。これまでも、幾度か紹介してきました。その「3月下旬号」で「童謡、世代を超え絆を紡ぐ、初代うたのおねえさん、眞理ヨシコさん」という記事をトップで紹介していました。
 数年前に「ラジオ歌謡」を紹介したブログで、舞台に出演して歌う彼女を紹介しましたが、1962年第4回日本レコード大賞作詞賞をフランク永井が「月火水木金土の歌」で得たさいに、一緒に歌ったのが眞理ヨシコと松島みのりです。この歌は今でもNHKも子供番組で、さまざまなうたのおねえさんの歌唱で歌われ続けている名曲です。谷川俊太郎作詞、服部公一作曲です。
 眞理は現在すでに、83歳ですが、歌唱は素晴らしいものです。童謡は世界遺産だ、童謡を歌い継ぐとして「水芭蕉コンサート」が5月開催予定です。歌を歌い継ぐということのテーマに、今でも精力的に力を注いでいるという姿には感銘を受けます。フランク永井も同じ気持ちで、声援を送っているのではないかと思う次第です。
 永井も同じ気持ちで、声援を送っているのではないかと思う次第です。

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このページは、文四郎が2022年3月28日 17:57に書いたブログ記事です。

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