2022年1月アーカイブ

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 1973年に「CD-4によるフランク永井ビッグヒット」(CD4B-5041)が発売されました。
 内容は、⑴有楽町で逢いましょう ⑵夜霧の第二国道 ⑶羽田発7時50分 ⑷東京午前三時 ⑷こいさんのラブ・コール ⑸夜霧に消えたチャコ ⑹君恋し ⑺霧子のタンゴ ⑼西銀座駅前 ⑽加茂川ブルース ⑾大阪ぐらし ⑿俺は淋しいんだ です。
 まさにフランク永井の代表作品といってもよい、まさにビッグヒット10曲が収められています。

 取り上げたのは、CD4Bとは何だろうということです。この盤は聴いてみると、明らかに他の盤に収められているフランク永井の歌唱との違いを感じます。
 デビューしたのが24歳のときでしたので、この盤を吹き込んだのは42歳です。歌謡界をリードする大スターになっていました。声の調子も最高のときでした。
 元の歌を吹き込んだときは主にモノラルで、多くの曲はSP盤だったので、その声と歌唱が耳にこびりついているファンからすると、驚くべき商品と言えます。
 ステレオであることと、成熟した魅力を増したフランク永井の独特の声と歌唱で、おそらく誰もをうなずかせる作品になっています。
 当然ですが、18年経ったからと言って奇をてらった姿勢で作れば、ファンは離れたでしょう。だから、基本的に同じ雰囲気を保ちながら、魅力を増幅して聴かせる必要があります。
 これが見事にはまったのがこの盤と言えるでしょう。「有楽町で逢いましょう」だけは、ここでは編曲の名人寺岡信三が編曲していますが、他は元曲と同じです。
 「有楽町で逢いましょう」は元曲は佐野鋤(後雅美)ですが、1962年に恩師吉田正が自ら編曲した「ステレオ魅惑の低音傑作集」(SLV-13)を出していますが、ビクターの正式なフランク永井の歌唱では三番目の編曲です。

 確かに聴いていても耳にここちがよい歌唱は、盤のタイトルにもうたっている「CD4」という録音方式がなしたものなのだろうか。「CD4」とはいったい何なのでしょう。いろいろ調べても、単純にわかりません。まぁ、どこにでもこの世界で出てくる「ドルビー」というのと、理解不能は同じです。
 テープレコーダーがあって、何かを自分で録音するような場合でも、ドルビーは使われているということのようです。何となくそうかなと思えるのは、おそらく、たた録音した音は雑音もあり、機械的に音をひとっただけだからフラットで、聞き取るときにターゲットが浮き上がっていないのでしょう。
 それを、どんな技かわからないけど、クリアにして、ターゲットというか聞き取りたい音を浮き上がらせる工夫がなされているのだと解釈します。
 CD4は、どうも、4チャンネルで録音し、それを独自のミキシング技法で盤に刻み、4チャンネルに分離できるステレオ装置で再現するというのはわかります。だが、一般の左右2つに分離する装置でも、ただのステレオ録音再生より、音源再生がよく音源への忠実度が高いとのようです。

 現在はCDやストリーミング、ハイレゾの時代です。そこで、業界では当時の2チャンネル通常ステレオ音源から、さまざまな工夫をして高音質なCDを作っています。元音源がさらに4チャンネルであれば、CD4技術を使って、高音質なCDを作ることが可能なようです。
 以前にも書きましたが「フラック永井ステレオハイライト」という6枚のシリーズがありますが、これはビクターからハイレゾ配信をしています。
 ならは、CD4で録音されているものは、CD媒体で復刻してほしいものです。とうぜん、ストリーミングでのハイレゾも喜ばれるはずです。
 フランク永井のCD4Bは、最初の作品は「at BELAMI」(1972:CD4B-5029)です。「横浜・神戸・長崎~港を唄う」(1973:CD4B-5051)の3枚があります。前者はライブ、後者はカバーの盤です。前者はMEG-CDからCD復刻され、現在LABEL ON DEMANDから購入できます。
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  •  最初に、フランク永井関係の話題ではないのですが、胸をうったテレビ番組のお話です。1月15日にBSフジテレビで「名曲旅の詞~日本全国歌碑巡りの旅」が放送されました。ここ何年間か放送されていて、今回は第5回とのことです。
     歌碑に関しては、以前このブログで「毎日放送テレビ-ちちんぷいぷい~歌碑ものがたり~」を紹介しましたが、この番組はすでに終えているようです。
     BSフジのはそれとは別で、取り上げる歌がどうして作られたかなどを掘り下げていて、なかなか奥行きの深い番組と感じられました。今回のプログラムの一つで、森山良子の「今日の日よさようなら」が取り上げられておりました。
     碑は調布市にあると、初めて知りました。私の住んでいsる場所からも遠くない場所です。深大寺があり、何度も訪れた場所もあります。1967年「今日の日よさようなら」は、映像でも紹介されていましたが、私らが東京に出てきた時代である「集団就職」のことでも、懐かしい気持ちになったからです。
     当時の若者は憩いの場所を「ともしび」とか「どん底」とかの歌声喫茶に求めました。「今日の日よさようなら」はそこで知って、歌ったのを覚えています。最近はほとんど忘れていました。
     当時は、なぜそういったところで歌われていたのかなど、考えてみたこともありません。今回の番組で初めて知り、現代が失ってしまったと思えるものを、改めて思い起こす機会を得ました。
     作詞作曲は金子詔一。都知事選にもでたことがあるという方です。1960年代にできた活動グループで、地方から上京してきた若者たちと交流したり、ボランティア活動などをしていたとのことです。この活動の中で生まれた歌です。
     地方から都心に出てきた若者には、都会での生活に慣れずにホームシックにかかったり、くじけるような気持ちもおこる。そのようなことにならないためには、サークルのような仲間をつくり、勇気づけあうことだと考えた大人が作ったとのことです。
     まず、これ自身にうなずきました。別れる時も「また会おう」と言って、また会いたくなるやつになろうという気持ちが、歌詞になっているというのです。
     それで、彼らはハーモニー・センターというのを組織しているのですが、結束する気持ちを「ハーモニー憲章」という7カ条にまとめています。

     「すべての人に対して、①その尊さを信じよう、②その身になって考えよう、③われを捨てて思いやりをもって接しよう、④明るい面を見ていこう、⑤愛と真心をささげよう、⑥ほほえみと感謝のことばを投げかけよう、⑦ハーモニー(調和)をまっとうしよう」という内容です。

     これを観て、現代は何とこうした気持ちを薄めてしまったのだろうと、感じたものです。思い起こしたのは、当時誰でも読んだと思える、山本有三の「路傍の石」の一節を連想しました。チェーザレ・フライシュレンの『心に太陽を持て』を山本が訳したものです。
    【心に太陽を持て。嵐が吹こうと、吹雪がこようと
    天には黒くも、地には争いが絶えなかろうと、いつも、心に太陽を持て。
    くちびるには歌を持て、軽く、ほがらかに。自分のつとめ、
    自分のくらしに、よしや苦労が絶えなかろうと
    いつも、くちびるに歌を持て。
    苦しんでいる人、なやんでいる人には、こう、はげましてやろう。
    「勇気を失うな。くちびるに歌を持て。心に太陽を持て」】

     山本版は悩める個人へ、ハーモニー版はサークルへのメッセージ。

     フランク永井とは別の話題でした。そこで、気分転換に、ここ何度か紹介してきた「紛らわしいジャケット」シリーズを最後に紹介します。
     主に「フランク永井全曲集」なのですが、何とも紛らわしい。それは、強烈で印象的なフランク永井の写真を、同じようなデザインで配置しているためです。
     レコードLPの1枚、カセットと8トラ(?)あり、他はCDです。混乱させているのはCDです。全曲集といっても、当然ヒット選集です。曲目は同一です。せいぜい、トラックを変えたりしたものです。
     そんな安易な制作方法は今ならファンは許さないでしょうね。
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 新年14日に、テレビ番組「武田鉄矢の昭和は輝いていた~輝きを増したカバーソング2時間スペシャル」がBSテレビ東京から放送されました。
 新聞の番組面で「フランク永井君恋し」とあり、思わず期待して鑑賞したものです。まぁ、テレビの番組通り、昭和歌謡の中でのカバー曲で有名な曲を、オリジナルとともにカバーを紹介するといったもので、特別にフランク永井の「君恋し」だけに焦点をあてたものでは当然ありません。
 しかし、ゲスト大川栄策の「目ン無い千鳥」とか、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」などのように、ヒットしたのがオリジナル曲と思っていたのが、実はカバーだったというようなエピソードも語られて、貴重でした。
 カバーされる曲というのは、元曲が多くの人に愛される名曲なのですね。素朴で、歌いやすく、子供からお年寄りまで口ずみやすい曲で、時代の著名な歌手がカバーにトライするのは、ある意味当然のようなことと思えます。
 また「愛して愛して愛しちゃったのよ」を作った浜口庫之助がいうように、自分で作った思い入れの作品は、最初世に出してみて売れなかったとしても、次の機会にヒットすることもあると。挽回できることがあるのであきらめてはいけないという作品もあります。

 この番組で良かったのは、作品を紹介する際に、その曲がヒットした時代の参考画像や映像を紹介していて、説得力があったことです。しかもその場合に、テレビ東京が所持する映像だけでなく、他局やライブラリ企業から提供を受けて、きちんといいものを組み込んでいるところです。放送局の世界では、そうした外部映像などを使う際に、秒単位でコストが出てしまします。それを臆せず、いい作品にしているという制作陣の気合を感じます。
 ゲストで市川由紀乃が出たのだが、島倉千代子をあこがれていてその7回忌記念の公演で島倉の人生を舞台で演じながら、歌も歌うという映像が流れました。「人生いろいろ」を歌ったのですが、まるで島倉のような歌唱に目をみはりました。
 近年三波春夫の長編歌謡浪曲を歌っているので、その歌唱力はたたえていたのですが、島倉の歌を歌っているところに、その実力を発揮していると感じた次第です。

 近年テレビ東京の番組では、視聴者が「またか」と思われるのを懸念して、大量の過去の映像記録からフレッシュなのを発掘して放送する傾向にあり、大変評価しています。フランク永井の「君恋し」は、1984年の「年忘れにっぽんの歌」出演時の映像でした。
 昨年暮れの徳光番組で使用されたのはキャプションはついていなかったが、これです。この度の「君恋し」は一番だけでしたが、徳光番組ではフルサイズでした。
 フランク永井の活躍時に残されたテレビ映像は、ともかく少なく、ほとんどが紹介しつくされた感があります。
 フランク永井はカバーの多さでは相当なのですが、テレビで歌っている映像はほとんどなくて、見たくても残念ながらもう見れません。今回の番組で紹介されていたなかで「雨に咲く花」「無情の夢」「裏町人生」はのこされています。すばらしい出来です。機会があれば、ぜひとも、お聴きになってください。
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 PONY-36P1236がIDのテープ作品です。ポニーはカセット・テープによる作品を多数発売して、昭和の一時代をリードした会社です。
 ブログでポニーの特色を幾度と紹介してきました。筆者が最初に注目したのは「フランク永井最新ヒット20を唄う」というカセットです。
 データブックに記載しましたが、当時の流行っていた曲をフランク永井がカバーで歌った作品だったのだが、そこには所属レコード会社であるビクターから出ていない曲「京都の恋」「雪は降る」など多数が納められていたことです。
 驚きました。編纂当時PONYにお聞きしました。他に同様な作品はあるのかと。古いことでいきさつや詳細はわからないとのことでした。
 ところが、出版からすでに十年経ちますが、フランク永井に関連する作品はぞろぞと発見されました。そもそもカセットには、EP/LPでフランク永井がリリースしたものしか収められていないという筆者の先入観があって、確認を軽視していたことからの結果です。
 「最新ヒット20を唄う」などは8トラックでも出ていました。確認できるものだけでも10作品におよびます。「ムード歌謡で20選」「ナイトクラブで20選」などいくつかは、ブログで紹介しました。
 今回のテープは「フランク永井・バーブ佐竹・美川憲一・斉条史郎」と四名の歌手の名が出ているだけで、カセットのタイトルらしき名称がみあたりません。もちろん当時の流儀でリリース年代も記載されていません。いつもの「20曲」が収められています。
 プレーヤーで聴いてみれば、各歌手が5曲歌っています。美川憲一は自分の歌った曲もありますが、ほとんどはカバーです。フランク永井は表題に記したとおり、2曲がこのカセットでだけ聴けるオリジナルです。
 といっても、このカセットのために、すべての曲が新たな編曲で演奏も変えて、吹き込みをし直しているものです。だから「夜霧よ今夜も有難う」「よこはま・たそがれ」「赤坂の夜は更けて」もフランク永井は、いくつものバージョンでリリースされていますが、このテープではやや変わった雰囲気が楽しめます。

 01.釜山港へ帰れ(美川憲一)
 02.夜霧よ今夜も有難う(フランク永井)
 03.ネオン川(バーブ佐竹)
 04.柳ヶ瀬ブルース(美川憲一)
 05.ブランデーグラス(斉条史朗)
 06.よこはま・たそがれ(フランク永井)
 07.星の流れに(バーブ佐竹)
 08.さそり座の女(美川憲一)
 09.夜の虫(斉条史朗)
 10.影を慕いて(フランク永井)
 11.虫けらの唄(バーブ佐竹)
 12.夜の銀狐(斉条史朗)
 13.新潟ブルース(美川憲一)
 14.人生の並木道(フランク永井)
 15.コモエスタ赤坂(斉条史朗)
 17.東京ブルース(バーブ佐竹)
 16.カスマプゲ(美川憲一)
 18.赤坂の夜は更けて(フランク永井)
 19.熱海の夜(バーブ佐竹)
 20.恋女房(斉条史朗)

 この度の「影を慕いて」「人生の並木道」は誰もがご存じの曲で、いずれも古賀政男の作曲作品です。フランク永井はとうに、これらはカバーしていただろうと思われるかもしれませんが、実は他にないんですね。
 「フランク永井10巻全集」(1075年)で藤山一郎の「男の純情」をカバーしただけです。古賀政男は日本の歌謡史の中心に偉業を果たした偉人で、曲は多くの歌手に歌い継がれています。ビクターでは森進一が、彼の独特な歌唱が認められて多くのカバーアルバムを残しているのが有名です。
 フランク永井がむしろ1曲しか記録に残していないというほうが珍しいと思っておりました。それが、このような形で2曲追加されたのは、うれしい限りです。
 歌唱は、このテープ全体ですが、突起するような盛り上がりがあるわけではありません。丁寧に、フラットに歌われています。それは、ムード歌謡では、ある意味大事なことなのですね。つまり、大人の会食、会話を邪魔しないということに尽きます。気持ちよいBGMに徹する歌い方なんでした。

 「人生の並木道」の収録の際には、自分の生い立ち、親兄弟への思いが蘇り、歌えなくなり中断したというエピソードが彼自身から語られています。
 やはり過去のブログで訪問記を書きましたが、古賀政男音楽博物館には、「大衆音楽の殿堂」にフランク永井の功績が認められ浮彫のパネルが陳列されています。
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 フランク永井に明け暮れる筆者はなかなか忙しかった。フランク永井の関連のテレビ番組をチェックすることも欠かせません。年末年始は音楽番組もけっこうあるからです。
 まずは、NHK紅白歌合戦。ここでは、ビクターの男性演歌の代表格的な歌手となった山内惠介が出演し、フランク永井の「有楽町で逢いましょう」を歌いました。
 NHKホールではなく、有楽町国際フォーラムガラス棟からの中継といった構成でした。有楽町という場所から、誰もが思い浮かべる曲の筆頭がこの曲でしょう。
 フランク永井がNHK紅白歌合戦に出演して、最後の舞台だったのが1982年第33回です。曲はこの「有楽町で逢いましょう」でした。それからおよそ40年、ビクターの後輩が紅白でこの曲を歌ったことは、フランク永井も喜んでいることではないでしょうか。
 余談になりますが、紅白は昨年コロナ禍で無観客でしたが、今年は一つ置きの席でした。しかし、ここ数年間の流れで、映像的な見栄え優先は避けられず、歌の良しあし、歌手のうまさなどはわからない感が強いです。
 さらに、ややバカげていると思えますが、紅白=男女に分けること自身が「差別的で変」といった話題にひきずられる形で、もう終了かというような話も出ています。
 筆者の年代では、名前も覚えられない歌手も多く、過度な演出についていけず、もう見ないという声もあります。実際に視聴率は悪かったようです。

 次に、何度か紹介しているテレビ東京の「武田鉄矢の昭和は輝いていた」です。タイトルは「名前でひもとく昭和歌謡~一番多い名は?」というのですが、2年ほど前の再放送でした。
 この番組でフランク永井の「夜霧に消えたチャコ」が流れました。1985年3月25日「にっぽんの歌」での映像です。
 フランク永井のこの曲が選択されたのは、人名といってもやや抽象的なのですが「お富さん」(春日八郎)「上海帰りのリル」(津村謙)「東京アンナ」(大津美子)「港のおりくさん」(若原一郎)など、それら多数のヒット曲を書いたのが作曲家渡久地政信だからです。
 渡久地はご承知のように、フランク永井に多くの曲を書きヒットさせました。その代表的な曲が「夜霧に消えたチャコ」と「俺は淋しいんだ」です。

 表題の「フランク永井称賛」の3点目ですが、筆者は「フランク永井データブックV2」を作ってみました。
 昨年末で編集を終えました。それをプリンターで印刷して、本の形にしたものが写真です。
 ただ、大変残念なことに出版はできません。理由は掲載データの著作権によるものです。仮に著作権交渉で承諾を得ても、使用料はけた外れの多額になって、コストが目を回すようなことになります。だが、おそらく、その前に許諾されることはないといったものです。
 組み入れた内容は、レコードのシングル、LPアルバム、ソノシート、テープ、CD、映画、NHK紅白、レコード大賞、テレビ出演、単独曲歌唱映像、カバー歌手による映像...と、V1で扱えなかった資料をすべて入れ込んだものになっています。盤IDの索引も新たにいれて、B5版144ページ程になっています。
 フランク永井の亡くなった2008年。V1が出版されたのが2009年。亡くなるまでお世話をした実姉美根子さんがお亡くなりになったのが昨年。V2は美根子さんご存命のうちにと思っていたのですが、出来上がりが今になってしまったことが残念です。
 それでも、いちファンとして称賛している気持ちは伝わるものと思っています。

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