「武田鉄矢の昭和は輝いていた~フランク永井・魅惑の低音誕生秘話」は永久保存版

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 フランク永井にだけ焦点を当てた番組というのは、そう多いわけではありません。テレ東BSのこのたびの作品はそのなかでも、大変優れた作りの番組であったと思います。
 永久保存版として録画を取りました。
 本筋の冒頭に1958(S33)年4月号の「明星」の2色刷り特集「男性No1」を紹介しています。ゲストの小西良太郎はこれを見事に表現しました。当時の大衆の娯楽のトップは流行歌、映画、スポーツで、そのトップに君臨するのがこの3人だと。これは名言、まさに当時の若手三人の人気を語っています。
 この番組では、フランク永井の生涯について、きちんと、丁寧に紹介しています。しかも、フランク永井の生誕地である宮城県大崎市松山のフランク永井展示室(常設)をロケして、貴重な展示品の数々を紹介しています。また展示室を出ると目に飛び込む「おまえに」の歌碑も追っています。
 「おまえに」をフランク永井が3回も吹き込んだ理由について、恩師のただならぬ推察力、弟子への信頼の深さが、小西から語られていました。
 とうぜんこのシーンは「おまえに」の歌唱シーンで使用されています。そして恐らくですが、初めて「おまえに」の最初の音源が、最後の音源と比較するという形で紹介されています。2回目以降の歌唱と一か所だけ歌い方が異なるのが確認できます。
 番組制作者の丁寧さに驚いたのは、恩師吉田正がフランク永井に提供した曲数を139曲だと具体的に上げたことです。正確な数字は実はデータブックでも明らかにしていないのだが、それは未発表も含めて全数が読めなかったことにつきますが、データブックでも142程度数(ダブりやカバーなど微妙さを含んで)えられます。
 歌碑と言えば有楽町のイトシア横に建てられている「有楽町で逢いましょう」碑があります。この碑も取材されて「有楽町で逢いましょう」の歌唱で使用されています。
 この度の番組の制作陣(KKオールアウト)が、フランク永井のデビュー曲である「恋人よわれに変えれ」を紹介する際に、国会図書館に保管されている貴重なSP盤を利用されていることです。フランク永井の番組制作にあたって、その姿勢がいかに敬意をもって当たっているかが察せられます。
 同様に、番組のユニークさを際立たせているのは、ゲストに田代美代子を読んだことにもあります。吉田正やフランク永井番組で過去に登場した方々を安易に呼びませんでした。フランク永井と直接の接触があれば、当然ご本人なられはのエピソードをお持ちです。ただ、現在は、残念ながらフランク永井と近かった方々の多くは彼と同じ世界に行っていますので、多くはおられないのですが、何とフランク永井とデュエット曲を残している田代に焦点をあてたのです。
 そして、その「今宵だけのパートナー」の音源が披露されました。テレビでの披露は初めてではないでしょうか。これを嬉しく思うのは、田代ご本人だけではないはずです。今回のゲストでの振る舞いもそうですが、田代の素朴で率直な人柄がわまるように、ファンは多く、きっと大いに感動したことでしょう。
 歌謡曲の放送については、その量においてきっと最大を誇るのではないかと思いますが、それでもフランク永井の映像は限られているため、多くはフランク永井が舞台を降りる数年間の映像が多く出たと思います。大半は過去の番組で流れたものが多かったのですが、最後を飾った「六本木ワルツ」は、やはり1985(S60)3月25日放送された「にっぽんの歌」からのものです。この曲の映像はもう一つあるのですが、この度のほうが気に入っています。
 放映直後に親しい方から連絡をいただきました。いい番組味であったと、感激を共にしたのですが、鋭い指摘もされていました。それは、フランク永井の最後の何年かの歌う映像には、寂しさがまとりついていると。常々感じていたのだが、今回の番組での映像をみて、改めて実感した、というものでした。
 私もそのように感じていました。まず、歌唱の音程ですが、彼の特徴は「魅惑の低音」と言われますが、そうキーは低くないんですね。それが低音にグッと移動しています。彼の声の特徴は「聞いた人に低音に聴こえる」というまれな性質をもつもので、これが他の歌手が追随できない理由になっています。
 低音から高音にシームレスで一直線に伸びているという特徴です。ちょうど美空ひばりが通常から裏声にシームレスで発生できるようなものです。この特性が、喉のポリープなどのことから、かつてのような澄んだ音が出せなくなったのですね。
 歌一本に生命をつぎ込んできた歌手にしてみれば、声が出せないことがどれほどの負荷になったものか、想像にあまりあります。それを知らぬわけがない一部のマスコミが、何年も前のゴマ粒ほどの良からぬ噂をとりあげ、こぞって彼を貶めた罪は深いと思います。
 知人のご指摘のとおり、1985年に至る映像に残されたフランク永井の表情は、やはり暗くもの悲しげでした。だが番組は、スカッとした青空を写していました。
 テレ東の番組スタッフの皆さん、ほんとにうれしい番組でした。感謝を申し上げます。これからも、いい番組をよろしくお願いします。

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このページは、文四郎が2021年9月20日 12:00に書いたブログ記事です。

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