フランク永井「幼な子よ」、五輪と平和と民主主義

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 オリンピックが開催されています。無観客の開会式という異様な、史上初のことです。世界を震撼させているコロナ禍がその変容の理由のようですが、いかがなものでしょうか。
 東京では2千人近い「感染者」数が報じられている最中です。昨年に「延長」が決定されたときの「危機的な状況」を思い起こすと、現在はその比ではなく、オリンピック中止の決定が、躊躇なくなされても、誰も文句をいう人はいないと思われます。
 現に、この間の世論では、7~8割の人びとが開催の中止を望んでいました。一週間ほど前の朝日新聞の投書欄に「日本の民主主義、どこへ行った?」という記事が掲載されました。大学兼任講師をされている方の原稿です。
 圧倒的に多数の人が中止を求める中で、実行するのでは、民主主義はどこへ行ってしまったのだと言っています。ボブ・ディランの「風に吹かれて」の歌詞を五輪関係者に送るというのです。「いったい どれだけの人が死ねば あまりに多くの人を亡くしたと 悟るのだろう...」
 オリンピックの開会式をテレビで見ました。ほとんどの時間は参加国からの選手の入場なのですが、それでも開会式の目玉が近年は当然視されていて、それは何かという興味と期待です。今回の五輪2020では、何だったのでしょう。
 技術的には北京五輪で登場しましたが、今回は1824台のドローンの整然とした飛行技術が目を引きました。またパナソニックが長年の研究の蓄積から実現したプロジェクト・マッピングのどきもを抜く鮮やかさだったでしょうか。
 だけど、8割以上のあらかじめ用意した映像に2割程度の現場映像を差し込んだ映像は、ただただ現場ではなく、過程でテレビ映像をして楽しもうという視聴者向けで、果たしてそれはいかがなものかと感じざるをえませんでした。
 生放送の緊張感、エラーやハプニングといったライブでは欠かせない要素が登場するスキがまったくないのです。放送の前時間にわたって、まったくそつのない映像でした。別な角度で見れば、会場の熱気とか感性とか、選手の感情が遠い絵で、視聴者に伝わらない冷たい映像でもあります。映画やドラマと同じで、全時間分を事前に作って、リアルタイムのライブだよといっている感じです。

 フランク永井のエピソードに特化したこのブログで、いったい何を言っているのかと思われる方もいると思います。まぁ、フランク永井がらみの話題はそんなにありませんので、この機会にもう少し触れてみましょう。
 オリンピックは今年でいったんやめて、出直した方がいいですね。少なくとも近年のオリンピックは、一言でいえば「利権」まみれで、フェアや平和とは無縁になっているからです。ネットでKAJIさんという方が印象的な表現をしていました。
 東京2020は最初「復興五輪」というスローガンでした。2011年の東日本大震災。福島原発事故からの復興をうたいたかった意図はわかります。だが、それは「アンダー・コントロール」のフェイクな言葉がばれたように、使い続けられず「アベノミクスの第四の矢」に差し替えました。つまり、景気が悪いので景気をよくし、経済が活性化した証としての東京五輪にするというわけです。
 景気など良くならないままで襲ってきたのがコロナです。そこでスローガンはまたもや「人類がコロナに打ち勝った証としての東京五輪」に変更され、収まる気配がないので「安全安心の五輪」へと変化しました。
 もともとオリンピックは「市」が全責任で行うというものでした。つまり、東京都が、その地域で、予算も持って開催するのです。ところが、何やかにやの理由をつけて「国」が介入し、何々委員会とか、スポンサーとか、映像権とかが参戦して、ぐちゃぐちゃとなり、予算も軽く桁違いまでなりました。
 責任者、指揮者、ボスが乱立し、誰もコントロールできなくなり、当然責任をとるものが誰なのかわからなくなり、税金でカネをだす一般人には、しらけしかありません。このようななかで、いくら「スポーツ精神」「世界の平和の祭典」を掲げても、しらじらしさしか感じません。
 全力を投入してこの場に臨んできた選手たち、競技で技量を純粋に競い合う。これは観る人に感銘を与えます。それを楽しみに待っていた人も、世界中におります。こうした人びとを、利権にまみれた亡者たちが裏切ったのです。未来をになう子供たちに、申し開きのできないことをしている現状は、五輪をやめて、頭を冷やして、出直すしかないのではないでしょうか。

 前号で「昭和は輝いていた~平和・反戦」を取り上げました。読者から聞かれましたので、私の知る範囲で書きます。「平和・反戦」とフランク永井との関連性は、直接的にはありません。現代は特になのですが、芸能人は「政治色を表に出さない」ことで、幅広い層に親しまれようとしています。タブーですね。だが、この番組に登場した人たちや、当時のフォークで反戦を真正面から掲げた歌手はおります。上條恒彦らは立派だと思います。
 フランク永井の時代では、初期の時期に関西労音での人気や、広島平和音楽祭への参加などが、平和運動への関与で記録されています。沖縄返還まえの1965年に「おきなわ」を、1972年の広島平和際では「幼な子よ」を歌っています。後者はレコードになっていません。
 デビュー前は周知のように米軍基地で仕事をし、朝霞キャンプで歌っています。歌が好きだったためで、何より生活のためでした。政治色は美空ひばりなどの他の歌手と同じと言っていいのではないでしょうか。

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このページは、文四郎が2021年7月25日 15:40に書いたブログ記事です。

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