【訃報】小林亜星 心からご冥福をお祈り申し上げます

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 小林亜星がお亡くなりになりました。小林亜星については、当ブログの2019年7月に「【番外編】希代のヒットメーカー小林亜星「昭和は輝いていた」での放送」で紹介しています。文四郎的に勝手に昭和歌謡史に側面からの巨大な大衆文化遺産を付加した三大鬼才のおひとりと評価したものです。ちなみに、あとのお二人は浜口庫之助と山本直純です。このお二人についても、当ブログで書きましたので、ご興味おありの方は閲覧していただければ甚大です。
 小林亜星は、自分の好きなことを生涯ブレずにやり通した人として、尊敬しています。88歳の大往生であったと思います。
 フランク永井が活躍した時代と小林亜星の活躍した時代は重なります。フランク永井のことをいろいろ追っていると、必ずといっていいほど、小林亜星がコマーシャルやアニメや流行歌のトップで登場するため、自然に覚え、活躍分野の広さに感心し、興味をもってしまいました。
 結果的ですが、日本の歌謡史に関係した資料はおそらく、50冊程度はあさりました。小林自身が書き残したのも多数あるのでしょうが、彼の「あざみ白書」(改題「軒行灯の女たち」)を読み、そこで彼が記した「資料は正確に、オチは荒唐無稽に」というひとことを見て、妙に感心しました。
 これは人生論でもありますね。
 誰でも自分の生活の周囲にはさまざまな事象が現れ、過ぎ去っていきます。それを何気なく見過ごし、時の流れに身をまかせて、浮草のように漂うように人生を送る人もいないわけではありません。しかし、事象を注意深く見つめ、その事象と自分との関係を、目的意識的に分析して、背後にある普遍的な真実を見極めたいという人もおります。
 小林亜星はそのような後者であったと思うわけです。だが、そのことを自ら口にはせず、その素振りもせず、仕事の結果に反映させます。周囲は結果しか知りません。作品が、パッとみて「えっこんなの...」と思っても、実際にテレビで流れると、多くの人びとが受け入れ、反響を返します。その実際をみて、初めて小林亜星の力に驚くわけです。
 見た目はただのデブな、目立ちたがりの、ダメ親父ではないか、と見えても、生み出す作品は世の誰もが真似のできないもの、それが小林亜星だった。
 もう遠い前のことだが、勤務していた会社では社員旅行がありました。そこで亜星の作ったCMの「日立の木」をハワイの公園で見たのも思い出です。
 同時代を駆け抜けたもい一方、エレキの神様とも呼ばれた寺内タケシの訃報も流れました。軽く触れたギータの弦がアンプを通して、爆発的な音として大きなスピーカーから飛び出す。それが大観衆を沸かす。おそらく、演奏する側も聴く方もこれには驚いたでしょう。妙な感動を呼んだことは確かです。
 メロディーは電気的な高音とやかましさに埋もれ、文四郎的には静かさの方が好まれたものです。しかに寺内も生涯己の道を歩み切ったことには、敬意を表すだけです。
 心からご冥福をお祈り申し上げます。

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このページは、文四郎が2021年6月21日 10:46に書いたブログ記事です。

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