フランク永井の後継者はいるのだろうか、誰なのだろうか

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 フランク永井の歌唱は誰でもが認めるすごさを持っています。古い話です。先の大戦が終わってから10年後の1955(S30)年に「恋人よわれに帰れ」でデビューし、1985(S60)年に舞台を降りました。
 ちょうど30年の活躍ですが「有楽町で逢いましょう」「君恋し」「おまえに」など多数の大ヒットを残し、昭和歌謡に偉大な足跡を残しました。
 「魅惑の低音」というキャッチが冠されました。当時日活の俳優だった石原裕次郎とならんで、低音の歌声を社会に響かせ、皆の耳に忘れられない印象を残しました。
 不幸な事件で消えた後、多くの人たちが彼の声を惜しみました。盟友で「東京ナイト・クラブ」でゴールデン・デュエットを組んだ松尾和子は、すっかり歌への情熱を失い「フランク永井と一緒に舞台に立てないなんて...」と嘆きの言葉を残しています。
 恩師吉田正を先頭にする制作陣営も同様に、衝撃を受けました。そして、ビクタースタッフで、フランク永井のような歌唱をもち、その築いてきな「都会派ムード歌謡」を歌える歌手を探すプロジェクトを開始しました。
 このプロジェクトは静かな潜伏状態で行われたと思え、その詳細はわかりません。だが、それから数十年経過して、当時関係した人たちがいろいろな場所で、わずかですが、雰囲気をチョイ出ししています。それらを統合して見てみると、およその像が見えてきます。
 結果的には、フランク永井の後継は見いだせなかったということです。だが、いくつかの余波は財産となって残されています。
 現在文四郎的に言えるのは、五木ひろし、ささきいさお、山川豊の三名です。
 五木ひろしについては、ご本人が吉田正という偉大な作曲に直接指導を受けたということを述べております。そこで正式に「有楽町で逢いましょう」を残し、これを含めたアルバムを作っています。「吉田正作品集」(徳間ジャパンコミュニケーションズ-‎ B00005GGAV)、「魅惑の吉田正メロディーを歌う」(ファイブズエンタテインメント-FKTX-5017)です。
 ささきいさおは「おまえに」と「雪の慕情」を残しました。「雪の慕情」は、フランク永井が第2回リサイタルで披露した長編歌謡組曲を3分のシングルに再編成した作品です。吉田正の直接指導で作りました。
 山川豊はご存知、兄の鳥羽一郎と兄弟で活躍している歌手です。吉田正は彼の歌唱を聴き、これはフランク永井というより、山田真二のイメージがあうとのことで「哀愁の街に霧が降る」を、カバーというよりオリジナルとしてシングル発売を実現しました。
 どのような歌であっても、作詞+作曲+編曲+歌手の組み合わせ(裏方の企画+制作+販促はここでは控える)があり、その時代で生活する人々の胸にどう響くかによって、歴史的、社会的評価が決まります。この4つの関与者が、結果としてぴったりと意気照合したときに、社会は容赦ない評価をくだします。
 だから、時代を超えて、二世、後継者を探し、実現するということ自体が妄想となってしまう可能性が非常に高いわけです。しかし、フランク永井を惜しむファンや関係者にとって、それをトライするということは、わかっていても、揺り動かされるような、眼に見えない大きな力が働いたと思われます。

 文四郎的にも気持ちは同じです。ずっと歌謡界を追ってきました。今も活躍している三山ひろしは彼が初期に歌った若山一郎の「おーい中村君」を聴いたときに大いに感心しました。同じく松原健之が三橋美智也の「達者でナ」を歌った時も、その素直な歌唱に惹かれました。ちなみに「達者でナ」この二人が同時に歌っている映像も残されいます。
 これとは別に、何年か前から宮城県大崎市の方々と「フランク永井のイメージを保持した歌唱ができる人は」と話題にしたことがあります。
 ここで推されたのは、まず、同地で毎年開催される「フランク永井歌コンクール」の、第2回(2008:H20)で優勝した青山譲二さん。彼の「初恋の詩」の歌唱はすばらしく、後にCDをリリースしています。その後も数曲を発売しています。もう一方、徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、俳優である谷本耕治です。フランク永井のファンでもあり、大崎市松山を訪れています。
 さまざまな人を紹介してきましたが、文四郎的にもうひとり期待の新人を挙げます。テイチクの若い新人青山新です。伸びのある歌唱は、これからどう成長していくのか楽しみです。

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このページは、文四郎が2021年6月14日 12:51に書いたブログ記事です。

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