渡哲也が唄う「おまえに」はいかがだろうか

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 先日に、さまざまな情報をよく寄せてくだささるKさんから連絡をいただきました。「渡哲也が『おまえに』を唄っているよ。聴く?」と。
 フランク永井の歌であれば、ご本人のはもちろん、著名人のカバーであれば、興味を持っていて、ほとんどなりふり構わず「聴かないわけがないでしょう」と、思わず口にしてしまいました。Why not? などという、いつか覚えた、しょうもないフレーズを久しぶりで思い出すというおまけまで付いて、自分の卑しさにやや嫌気を感じた次第です。
 さっそく聴いてみました。
 渡哲也のアルバムは、前に映画シリーズでも幾度か書きましたが、想像通りの、実に気楽で、力が入っていなくて、いい感じです。
 今回のアルバムを、よくよく見てみると、実にいろいろと楽しいことがわかります。石原裕次郎や渡哲也のファンは、どうも皆ご承知の話題のようです。私はフランク永井の大ファンを自認してはいても、ご両人については特別なファンであるわけではありません。そのため、今回のアルバムについては、教えていただいて、初めて知った次第です。
 2021年、つまり今年の2月に初リリースされたばかりのものでした。「石原裕次郎・渡哲也 プライベート2」です。
 テイチクは「全音源初CD化!石原裕次郎と渡 哲也のプライベート歌唱が甦る! ジャケット未使用写真を含む裕次郎100ページフォトブック付き!」という力の入ったアルバムでした。
 北陸の福井県の芦原温泉は裕次郎が先代のご主人ご健在の昔から利用されていた旅館「べにや」に、渡ら親しい人々とともに後日訪ねて、そこで宴会を催し、カラオケをやったとのことです。この時のプライベート録音の音源がソースになっています。
 その音源自身にもいわくが残っていて、後日べにやは火事になり、貴重なテープ等も被害を受けて再生が困難となっていたようです。その後、さまざまな思考トライを繰り返してほぼ復刻を果たして、今回のリリースとなったとのことです。
 注意書きに明記されていますが、ノイズや歌唱中のヨソの声とか、中断無音とかあります。気持ちの盛り上がった場での、くだけた歌唱であることから、覚えている歌詞や順番もバラバラです。だが、そのために、裕次郎と渡の、自由で自然な歌唱が存分に楽しめるアルバムになっています。
 その一曲に渡が唄う「おまえに」があるのです。テイチクの裕次郎とビクターのフランク永井は、現在での「都会派ムード歌謡」というくくりで同じ世界を歌う、最大の巨頭でライバルの関係として尊敬しあう仲でした。それゆえに、公式の場でも、全国を回る公演の場でも互いの曲をカバーで歌うことは避けていたと思われます。
 ただ、世論のニーズに押され、一度両レコード会社は公式に「交換」を合意して、両者のカバーを出しています。ご存知のように、フランク永井は松尾和子と「銀座の恋の物語」を歌い、裕次郎は「東京ナイト・クラブ」を出しました。
 他に「西銀座駅前」「夜霧の第二国道」「羽田発7時50分」「東京午前三時」「場末のペット吹き」などが裕次郎が歌われたようです。というのは、私自身全部を聴いていません。「君恋し」は以前紹介しましたが、もともとフランク永井自身の歌唱がカバーです。裕次郎は、フランク永井が歌った寺岡真三編曲の演奏ではなく、もともとの演奏での歌唱がレコードに残っています。
 フランク永井のほうは「夜霧よ今夜も有難う」「夜霧の慕情」「よこはま物語」「夜明けの街」「ブランデーグラス」などを残しています。渡哲也のでは「日暮れ坂」を歌っています。

 今回のアルバム名には「2」とあります。ということは「1」相当のアルバムがあるのではと察せられ、調べたら2019年7月に出ていました。
 これは裕次郎の映画デビューでありかつまき子夫人と初めて共演で知り合った「狂った果実」の挿入歌「想い出」が売りでした。1960年の結婚披露宴で夫妻で歌ったという音源が発掘されたことから、裕次郎がライブで残した自分のヒット曲や、懐メロヒット曲を集めた一枚と、渡哲也の一枚で構成されています。
 渡の歌も渡のマネージャーが録って残していたテープで、渡が他のヒット曲のカバーを歌っていて練習していたものだということです。
 そのアルバムでも裕次郎と渡は存分に個性を発揮しています。2つのアルバムはソースは異なりますが、多くの曲がダブっています。「旅姿三人男」「小樽の人よ」「岸壁の母」「長崎は今日も雨だった」「爪」「星の流れに」などが楽しめます。

 裕次郎のファンではないなどと最初に書きましたが、棚を見てみると、裕次郎のアルバムは十枚を超します。ときとど聴きますが、フランク永井とは違った聴き方ができるのがいいです。裕次郎は他では「歌手」と呼びますが、ご本人は手っ取り早く映画の資金を用立てらるから歌を歌ったが、最後まで「映画俳優」であると言っていました。
 だから聴いていて、フランク永井はあくまで「歌手」一本の立場で、歌唱に完璧だが、裕次郎の歌唱は一般の人の歌を聴くときのような気安さ、親しさが感じられます。

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このページは、文四郎が2021年5月 3日 13:18に書いたブログ記事です。

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