フランク永井第一回リサイタル[資料3]ビクター関係者からの祝辞

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 1963年の文化の日に開催された、フランク永井第1回のリサイタルについての資料の第3回分です。

■日本ビクター株式会社 取締役社長 百瀬 結
愛情の歌手
 今夕の「フランク永井リサイタル」にご参会の皆様は「濡れて来ぬかと気にかかる」という歌詩をよくご存じでございましょう。申しあげるまでもなくフランク永井さんの大ヒット「有楽町で逢いましょう」の一節でございます。私はこの言葉に常々感激いたしているのでございます。また、たいへん好きで、折にふれて合う人ごとに話しております。誠に何んでもないような短い一句ですが、おそらく、どんなに寒い冬の夜でも、また、どんなに怒りにふるえているときでも、ほのぼのと心が温くなるであろうと思われる、愛情いっぱいの言葉でございます。
 人々相互の幸福の根源が、この僅か十幾つかの文字に剰(あま)すところなく刻みこまれている、といっては過言でございましょうか。亡き主人の声に耳を傾ける愛情の犬のマークの下で、日々仕事をしております私どもとしては別して、その感が深いのでございます。
 この言葉を耳にするたびに私は、作詩された佐伯孝夫先生に心からの敬意を捧げ、誰にも愛される名曲をお書きになった吉田正先生に、感謝申しあげるのでございます。そして、その名作を直接の歌声として心豊かに表規し、名詩名曲を更に生命あるものとして息吹かせつつ、皆様にお届けしたフランク永井さんに対し、限りない親愛の情を禁じ得ないのでございます。
 「濡れて来ぬかと......」のことが大分長くなりましたが、フランクさんなればこその歌唱であって、愛情の人でなければなし得なかった貴い業績であろう、と固く信じて敢えてそれを申しあげたかったのでございます。
 歌はその人を現わす、といわれますが、事実フランクさんは愛情の歌手であります。そして誠実の人であります。
 師を敬い後輩をいつくしみ、日常の生活行動も充実しております。昭和三十年当社に入社の、新人歌手時代と少しも変るところなく、謙虚に堅実に歩んでおられます。だからこそ「有楽町で逢いましょう」を一大ピークとして「東京午前三時」「夜霧の第二国道」「羽田発七時五〇分」「街角のギター」「俺は淋しいんだ」「東京ナイト・クラブJ「東京カチート」「霧子のタンゴ」その他数えきれないほどのヒットを続出し「魅惑の低音」の愛称のもとに低音ブームという歌謡界に、大エポックを画し得たのでございましょう。
 また「君恋し」で大衆歌謡レコード最高の日本レコード大賞、更には「夜霧に消えたチャコ」で同賞の歌唱賞受賞という栄誉も担っております。実にフランク永井さんは、こよなく大衆に愛される歌手であるとともに、品格を兼ね備えた歌手として、稀に見る、立派な存在であろうと存じます。それを要すれば、深々とした愛情と折り目正しい誠実な性格がその骨格になっている、と申しあげてよろしいのではないでしょうか。
 今宵、弊社主催のもとにフランクさんのリサイタルが開催されたのでございますが、フランクさんは、持てる力をフルに駆使して、愛情の歌の声々を皆様にご披歴申しあげることと存じます。将来への新らしい躍進を期して、新作品も用意しておられると聞いております。フランクさんのためにこれほど喜ばしいことはございません。
 ご来会の皆様にはフランクさんのために惜しみなく柏手を送っていただきますとともに、この上とも立派な歌手に大成いたしますよう、いつまでもご指導ご支援下さいますことを、この紙上をお借りしてお願い申しあげる次第でございます。

■日本ビクター株式会社 専務取締役 北野善朗
 フランク永井さんは、この十年の間、日本ビクターが世に送った歌手の間でも、屈指のスターであるばかりでなく、今後世界的にものびてゆく可能性を持った数少いア-チストの一人であると信じております。
 ジャズを歌っていたフランクさんが、「場末のペット吹き」で歌謡曲の分野にも歩を進めた時、私はこれは、すばらしい歌手が生れるような予感がしましたが、果せるかな「有楽町で逢いましょう」で大ヒットをし、以後「逢いたくて」までの数々の佳唱については改めて御紹介することもなく、皆様がよくご承知の通りです。
 近来ますます技法的にも円熟し、大阪での吉田正先生のリサイタルに於ける、フランクさんの歌をテレビで聴いた時、正にこれは日本の第一位の歌手であるという感を深くしたのであります。
 今回吉田先生を始め諸先生のご協力により、第一回のリサイタルを開かれるということは、これからのフランクさんにとっても、誠に意義深い貴重な里標となると考え、ご成功を心から祈り、あわせてリサイタルにお寄せ下さった各方面のご厚意を深謝するものであります。

■日本ビクター株式会社 常務取締役 八木沢俊雄
世界の歌手を目指して
 フランク永井さん、おめでとうございます。待望のフランクさんのリサイタルが開かれましたことを、心から嬉しくお喜び申しあげます。
 フランクさんのリサイタルは、各方面永い間待望のものでした。いくどもいろいろな方からおすすめがあったのですが承知されませんでした。「僕は臆病な性質なので......」とフランクさんはいっておられますが、極めて堅実で誠実な性格がそうさせたことと思います。自分の歌と社会に対する強い責任感、とでもいってよいでしょう。
 フランクさんは常に自分にムチを打って生きている人です。レコード歌謡界に改めて申しあげるまでもない大きな業績を残しながら、テングになるような素振りなど少しも見せません。実に謙虚です。それだけに今日のリサイタルはたいへん感減の深いものがあろうかとお察しします。
 私は常にフランクさんは世界の歌手になる人だと考えています。ここ一、二年、特にそれを強く感じます。歌の深さ、大きさ、そして豊かな説得力......レコードはもちろんステージ、放送テレビでも他の歌手にない厚味を感ずるのです。ときにフランク・シナトラ、ハリー・ベラフォンテをほうふつさせることもあります。日本的なものと西欧的なもの、古いものと新しいもの、それらが実によいバランスを保って同居する歌の素質と、誠実で自分に厳しい人間性から、必ずや日本で数少い世界的な歌手になる人だといいたいのです。
 何卒一日も早くそのような歌手に大成するよう皆様のご支援とご激励を、私からも心からお願いする次第でございます。

■フランクをほめる
ビクター芸術家クラブ理事長 飯田信夫
 フランクはいい奴だ。奴と言っても怒るなよ。軽蔑の言葉ではない。親しみをこめた言葉だ。実際フランクはいい奴だ。憎めない人柄だ。
 眼尻が下っていて笑うと眼がなくなってしまう。マスクも心も憎めない、名の通りフランクないい奴だ。然も歌えば低音の魅力と来ている。
 若い娘達が「フランクってイカスわね」と来るのも無理からぬことだ。
 フランクはほんとにいい奴だ。ビクター入社当時も人気歌手になった今も一寸も変らない。変った所と言えば、身なりが少しダンディになったことと、自動車を持つようになった位のものだ。会えば必ず挨拶もするし、冗談も言う。ほんとに心のおけない、少しも威張った所のない、いい奴だ。
 なんだそんなことと思う人もあるだろうが、これがなかなか出来ないことなんである。一寸人気が出て来ると、挨拶どころか会釈すらしない人がある、僕は僕なりの考えから、挨拶されなくとも、会釈されなくとも、別に気にはしないんだが、他の人はそうはいかぬらしい。
 あの野郎生意気だと言うことになる。ところがフランクは一寸も変らないのである。ニコニコ笑いながら最敬礼に近いような格好でおじぎをする。他の人がしたら嫌味たらしいんだが、フランクがすると少しも不自然でない。好感の持てる物腰格好なのである。徳な人だ。
 彼はスポーツを好む。殊に野球が好きだ。自分のチームを持っている位だから、まあマニアと言ってもいい位だ。元来スポーツマンと言うものは、さっぱりした性格の人が多い。フランクの明るい人好きのする性格は、スポーツによって培れたものに違いない。好感の持てるマスクを持って、然もスポーツマン、加うるに低音の魅力と三拍子そろった「よか男」フランク、男の将来はまだまだ永い。思う存分歌いまくり給え。

■ビクター芸能株式会社代表 永野恒男
お祝いの言葉
 フランクさん、おめでとうございます。私は貴方の一ファンとして、本当に今日の日を待っていました。
 思うにこの数年来リサイタルと称する会が大変多くて、こういってはなんですが、それこそ猫も杓子もリサイタルです。とりたててリサイタルの実義を云々する必要もないてしょうが、でも、よそ目には如何にも「リサイタル」という名にそぐわないキャリアの人も多いようで、でも、そんなことはどうでもよいことで、せめて本人の気持の在り方だけは、精一杯のものがあって慾しいと思う訳です。
 こういった中で、貴方が今回リサイタルを開くということは、とても大きな意義があるように思うのです。もちろん貴方はそんなことは全く考えてもいないでしょうが......
 フランクさんには、もう三年も前から会社はリサイタルをやったらどうか、とすすめていました。それはフランクさんのレパートリーの豊富さもさること乍ら、歌手としての完成度ともにらみ合わせて、吾々は自信をもって意見を述べてきたものであります。
 吉田先生の創った新しい歌の典型を、低音ブームという一時代を画した素晴らしい表現力をもって、世に紹介した歌手としてのフランクさんの功績は、吉田先生の名とともに長く日本の歌謡史に残るものであります。
 それが三年も延び延びになったということは、やはり貴方の中にいつもある「歌に対する自分の姿勢」の為であったと思います。自分の歌をそれだけ貴方は大切にし、また、リサイタルというものの、本質を最も正しい姿において表わし度いという、歌に対する貴方の良心でもあり、また意慾でもあったと信じます。
 私は今は貴方の一ファンとして、本当に今日の日を楽しみにしています。もちろん成功するでしょう。私は今日まで、ベラフォンテ、モンタン、シナトラ等多くの世界のスター・シンガーのリサイタルを日本に於て催して来ました。これらの人達の場合、採算の問題を別として、失敗するかもしれないという不安はかつて、一度もしたことがありません。
 これらの人の歌、あるいは舞台のもち方について、私なりに勉強もしました。彼等は全く自分が感じていると同じ感動を、聴衆に与える術を研究しつくしていることを知っていたからであります。
 それはもちろん歌そのものの高さでもあり、また演出上の技術でもありましょうが、それ以上に人の心に直接食い込んでくるその歌手自身の、より人間的な味わいでもあります。私は全く同じ意味で今日のリサイタルに何の不安もなく、唯フランク永井のもつ、ふくよかな暖かさに満ちた人間性に感動出来る自分を、楽しみにしているだけであります。
 フランクさん、おめでとう。これからは一年に一回がもしシンドイというなら、せめて、二年に一回ぐらいはじっくりと貴方の歌が聞けるリサイタルを、やってほしいものであります。

■日本ビクター株式会社レコード本部邦楽部長 滝井利信
 フランク永井さん、リサイタルお目出度う、心からお祝い申し上げます。
 「魅惑の低音」、これは、皆様ご承知の通り、フランクさんのLPレコードのシリーズの題名ですが、この題名は、フランクさんの歌をずばりいい尽していると思います。
 低音の素晴らしさ、これがフランクさんの身上です。低音と云う言葉が流行歌の世界だけでなく、広く一般に流行語となったのは、「有楽町で違いましょう」はじめ、フランクさんの歌が数多くヒットしてからです。フランクさんの歌を聞いていると、その声からしみじみした雰囲気、身近さ、親しさ、暖かさを感じます。フランクさんの人気の秘密はここにあるといってよいのではないでしょうか。
 また、その歌のうまさは私が申し上げるまでもなく好評があります。そして、流行歌のみならず、シャンソン、ジャズ、ホームソングなど、そのレパートリーは多彩で、幅広く器用さで歌っているのではなく、その持ち味で独特に歌いあげています。
 フランクさんのような、魅力ある声、歌のうまさ、幅広さと三拍子そろった歌手は数少ないと思います。このような優れた、立派な歌手を持つことが出来たことは、当社の誇りであると信じています。
 今夜、お集りの皆様には、どうかごゆっくり、フランクさんの歌を味わって下さいますようお願い致します。

■ビクター芸能制作課長 佐藤邦夫
フランクさんの家
 下目黒のフランクさんの家の二階には、立派なリハーサル・ルームがあり、防音設備がちゃんとしているので、どんな大きな音をたてても、御近所に迷惑をかけることもなく、テープ録音も出来るようになっています。
 歌手にとって、充分なリハーサルが、家で行われるということは、理想的であり、それだけ、フランクさんが、仕事を大切にしているといえます。
 家の設計よ、ヤマハホールや、高崎の群馬音楽センターをつくったA・レイモンド氏だそうですが、一切の虚飾がなく、すべてが合理的に出来ています。といっても、ドライでなく、家のふんいきは、あたたかく、簡素な美しさに充ちているのですが、これは、まったく、フランクさんと奥さんのおふたりの人がらが、そのまま反映しているといえます。
 フランクさんとは、新人時代から何本かのフランク永井ショウを演出したり、ハワイへ一緒こ行ったりまた、今度のリサイタルでウラのお手伝をするようになったりして、ながいおつきあいですが、この間、不愉快なことは一度もありませんでした。恐らく、フランクさんは、誰にも、そういう思いをさせたことはないでしょう。
 それにまた、奥さんが、よく出来た方で、幸せな家庭の典型がここにある、というのが偽らない感想です。

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このページは、文四郎が2021年3月 7日 15:16に書いたブログ記事です。

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