フランク永井の偉大さを再認識する「週刊現代」4月3日号の特集

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 「週刊現代」では「昭和の怪物」研究という特集コラムを設けていて、現在発売されている4月3日号で、その108としてフランク永井を紹介しています。
 巻頭グラビアでいきなりモノクロ8ページをさいています。「有楽町で逢いましょう」「おまえに」で戦後を明るくした天才歌手とタイトルをつけています。
 中見出しは「独特の低音と甘い歌声にみんな魅了された」「歌も趣味も、自分の美学を貫き通した」「絶頂期の中で、突然-自殺未遂の果てに」とあります。日本の週刊誌の視点の例に漏れず「フランク永井、微笑みの陰で」ということで、後年の事件にそうとうなスペースを当てています。
 全体としては、フランク永井の昭和の歌謡界に残した栄光の遺産を、きちんと紹介しているのがうれしいところです。
 写真のように、当時のフランク永井の様子がわかるように、写真がふんだんに使用されています。
 恩師吉田正との出会いと「有楽町で逢いましょう」の誕生。NHK紅白歌合戦に連続26回出場した歌の実力の評価。下戸のフランク永井を鶴田浩二が恩師を酒になじませ、橋幸夫がフランク永井にウイスキーのコーク割を教えたことなど、エピソードも的確に紹介されています。
 記事では吉田事務所の谷田さんと橋幸夫に取材をした様子です。そこで特筆すべき出来事も紹介されていて驚きました。
 それは、事件後一心不乱に夫の看病をした夫人が自宅でガス自殺未遂を遂げてしまう。その後実姉が面倒を見るようになるのですが、夫人との離婚が成立。別れる際にフランク永井は「シズ子、ここにいる」と声を振り絞って叫んだというのです。
 どのような思いだったのかは、察するしかないのですが、何とも胸をしめつけます。
 また、リハビリを兼ねて「有楽町で逢いましょう」のレコーディングをしたということです。そのとき、フランク永井は以前のように(はいかないはずですが)歌い切ったという。こと、歌となると、フランク永井はそれが命であったので、これだけは最後まで、魂にしみこんでいたのでしょう。
 3月はフランク永井の誕生月です。今年は生きておられれば89歳です。週刊現代が「昭和の怪物」として認定され、紹介し、フランク永井と同時代を生きた人たちだけでなく、現在日本の主人公たる働き盛りの方々の間にも、彼の存在を知らせてくれたことに、感謝します。

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文四郎様

私も「週刊現代」早速購入して読みました。
写真が一杯で楽しく読みました。
彼は高度成長期へ向かう日本が大きく変わる時に時代と共に現れた偉大な歌手だと思います。そして、ある秋の日に突然姿を消し去ってしまいました。いつもいつもフランクさんはフランクさんであったと思います。素晴らしい楽曲を口ずさむ時、私はフランクさんを身近に感じます。昭和の怪物は、これからもフランク永井を愛する人々の中で生き続ける事だろうと確信しています。素敵な発信をありがとうございました。
フランク永井の故郷 松山 小野寺京子

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このページは、文四郎が2021年3月27日 14:56に書いたブログ記事です。

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