フランク永井が出場した「NHK紅白歌合戦」の映像記録から

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 フランク永井がNHK紅白歌合戦に出場したのは、1957(S32)年の第8回から1982年(S57)の第33回です。
 33回を歌った時点では、島倉千代子とならび、最長の26回の出場記録を誇っていました。残念ながら翌年は選抜に漏れて記録更新はできませんでした。
 以前にも書きましたが、フランク永井の記録の研究者(自認です)としては、当時の映像をくまなく見てチェックしてみたいものです。だが、映像著作権の関係で、NHKはyoutubeなどにあがる当時の映像は、発見し次第に削除しているとのことで、なかなか調査は進まないのが実態です。
 それでも、NHK紅白の当時の様子を懐かしがるファンは多いようで、映像や音声を保存しておられる方々が、忘れたころに、削除を覚悟でアップします。最近では、1981(S56)年のフル映像を観ることができました。
 フランク永井の歌唱もしっかり入っています。フランク永井の残したNHK紅白出場の歌唱は、何が残されているのか、何が映像はないのか、音声だけなのかということについては、前に紹介しました。
 ときどきyoutubeで見受けられるのを見ると、フランク永井の歌唱映像というのは基本的にありません。歌唱ではやはりアイドルとか若手注目歌手とか、若い層に話題の多い歌手の映像がほとんどです。山口百恵、桜田淳子、森昌子とか、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎といった方々のものです。
 一覧にしてみると、最初の頃のは映像がなく、音声だけで、しばらくするとモノクロ映像になります。第23回からカラー映像が残されます。
 第26回、第28回のものではアトラクションで人気だった女性陣によるラインダンスがあります。おそらく、現在なら観たいけど、ボツですね。「はずかしい」姿は披露したくないというご本人の意思もあるでしょうか、何か放送できないような雰囲気が事実上の放送規則になっているのかも知れません。
 横道にそれますが、当時は若いタレントや歌手若手が水着姿でテレビに登場することは、別に珍しくもなかったように思うのですが。時代の移り変わりですね。
 そうそう、第28回のときには人気の関脇だった高見山がタキシードで登場し、タップダンスを添えて注目を浴びていました。
 入場シーンというのが当時はそれなりにちゃんとあって、そこでフランク永井はどう登場したのだろうと思って見てみると、なかなか映像では少ないです。17、19、32回で観ることができました。
 アトラクションというか余興のようなコーナーも当時は力が入っていて、歌手たちが普段絶対やらないだろうというようなことを、いろいろやらせていて、それはそれなりに話題を呼びました。まあ、だいたい、ディレクターの趣向がよくなく、恥ずかしいようなシーンが多かったですね。
 それにしても、そんなことが映像化されて放送されたのは、流行歌手の時代的な人気にあったわけです。
 「紅白に出る」ということが歌手の一つの大きな目標だった時代です。先日の新聞に出ていたのですが、歌がその後多様化し、国民的な人気スターというのは消えた感じです。当然に作詞、作曲、編曲といった仕事に注ぎ込むハングリーな執念も変化してしまいました。メディアも目まぐるしく変わり、CD買いは毎年急降下しているとデータが出ています。
 しかし、それにしても、当時の紅白を振り返ってみてみると、歌手陣の豪華さ、応援団の豪華さ、それにゲスト審査員という方々のすごさというのがありました。
 時代の価値観の変化なのでしょうが、日本中が流行歌と生活を共にしていたような、社会は年寄りの頭にしか残らないのでしょうか。
 年末から1か月過ぎようとしていますが、フランク永井関係映像を整理していて、ふと感じたことを、取り留めなく書いてみました。

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このページは、文四郎が2021年1月31日 18:47に書いたブログ記事です。

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