2020年11月アーカイブ

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 「カラオケバトル」はテレビ東京の人気番組です。11月22日に放送された「THEカラオケ★バトル~芸能界!歌の異種格闘技戦」を鑑賞しました。
 「NHK紅白歌合戦」の総合司会を6年間務めてきた、元NHKアナウンサーで、独立後さまざまな歌謡番組で活躍しておられる宮本隆治アナがエントリーしました。
 勝負曲はフランク永井の「おまえに」です。

 番組の紹介で知ったのですが、彼は、小学生のとき合唱団でボーイソプラノを務めていたとのことでした。
 今年はコロナ禍で中止された「フランク永井歌コンクール」ですが、昨年開催10周年の記念大会が開催されたときに、彼が特別出演されて会場を楽しませました。
 このときにも自ら紹介されていたのですが、彼の歌声にぞっこんになった川中美幸から、いっしょに歌を歌わないかと誘われ、2007年にデュエットでCDデビューをしています。「雨の金沢」です。
 つまり、唄については自身がおありで、確か「おまえに」もレコードになったかは不明ですが、歌っています。
 フランク永井のからみで過去に彼には私もいちどお会いしております。たいへん気さくな方で、編纂した「フランク永井魅惑の低音のすべて」(データブック)をお渡ししました。
 昨年の歌コンで、初めてずいぶん長い彼の独演を楽しませていただきましたが、さすが語りのプロといった印象を受けました。
 さまざまな催しの司会を積み重ねてきただけに、表も裏も事情をよく知っておられます。昭和の歴史、その年毎に社会を賑わした事件や事柄を周知しておられます。
 これは歌の紹介などをするときに、その歌の出た事情だけにかぎらず、背景となったさまざまなエピソードを付けて語られます。
 特に歌の司会は、これから歌唱する歌手をリラックスさせ、すべての気持ちを歌に心地よく集中できるように気遣います。同時に聴き手には、背景やエピソードを紹介して、より歌を知り、興味と関心が沸き上がるように仕向けます。
 そのあたりを、自然にさりげなく、嫌味なく、的確に語ることが、司会の腕のレベルになるわけです。
 宮本アナで印象的だったのは、アナウンサーとしての喉、声、発生のプロとしての技術の高さです。何人もの著名人のこわいろ(声色)を聴いたときです。
 歌手に限らず、田中角栄とかの政治家までカバーしていました。喉、鼻、腹、眉毛(?)まで、どこをどう焦点あわせ、加減するかとか、聴いていて、少しも実際は分からないことなのですが、うっかり、つい、分かってしまったような錯覚を感じるのに十分でした。
 プロの技術そのものなのか、芸なのか、どっちもなのか、いまだに判然としないです。

 そんなことをつらつらと思い浮かべたカラオケ挑戦の宮本アナでした。例によって、気楽にお酒をたしなみながら。。。挑戦の結果ですか。それは予選で。。。いや、ヤボなことだから、それはそれでした。

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 SPレコードというのは、若い方には当然死語でしょうね。フランク永井の最後のSPレコードは1960年1月に発売された「鈴懸の頃」です。盤IDがV-42000です。だが実際の発売の終了は少し違っていて、翌2月に発売された「好き好き好き」です。盤IDはV-31989です。恐らくIDの取得は企画が決定した時点ということで、発売日には多少のズレが起こることがあるということです。
 つまり、ちょうど50年前にSP発売は終了したのですね。ビクターだけでなくコロンビアとか他のレコード会社も、この時期に一斉にSP時代を終えてEP時代に移っていったものと思えます。
 SPレコードの収集については、2013年に当ブログで岡田則夫著『SPレコード蒐集奇談』(ミュージック・マガジン発行)という名作を紹介しました。
 私自身もフランク永井でなかなか手に入らないSPレコードを入手しようと、広くレコード店を歩いて探したことがあるので、大変興味をもって読みました。知者の岡田さんとは一度お会いして、ディープなお話をいろいろと伺ったのが思い起こされます。
 上記に移した写真にある書籍は「蓄音機の時代」です。これは加藤玄生さんの著作物です。ご本人は蓄音機の発明された初期のSPコンテンツであるクラシックレコードに詳しい方です。同時に蓄音機の登場時期から一時代を築き終焉を迎えるまでの変遷も、深く研究されて書いたのがこの書籍です。
 日本とのかかわりとかコンテンツをつくるレコード会社の登場などをさまざまなエピソードを添えて紹介しています。また、蓄音機のメカニックについても、ただの好事家でないレベルの、ここでしか聴き得ない貴重なうんちくを知ることができます。
 蓄音機とSPレコードについて、ぎゅっとコンパクトにエッセンスを詰め込んだ書籍で、大変貴重なものだと思います。

 以前にも書きましたが、蓄音機は電気的・電子的なものを一切使用していないものなのに、いかにして音を忠実に、しかも吹き込み時の実際の音量をはるかにしのぐ大音量で再生できるのか、という疑問と興味がありました。
 写真のものは私の愛用の実機です。1920年代にドイツあたりで、当時有名なビクター系の蓄音機のライセンス製造をしたものではないかと思われます。
 購入して間もなく、故障しました。蓄音機愛好の仲間でその筋の第一人者が、これはガバナーの故障だと断じ、重要な部品を新たに作成して直してくださいました。その部品を組み立てて正常に稼働できるように調整するのに、異常なほどの手間を要したのを覚えています。
 いざその箇所が再度故障したらという想定で、私自身もくみ立て直しに幾度もトライしたことを覚えています。
 蓄音機の動力はゼンマイなわけですが、最低でも年に一度以上は、巻いて解放してあげる必要がありまう。そうしないとゼンマイがグリスで固まり、正常な動作がその後保証できないことになる、とのことでした。
 そのようなことで、ときどきは蓄音機を使ってみるわけです。近年は特に調整もなく、立派に稼働しています。

 フランク永井のSPレコードはレアな数枚を除いて、ほぼ手元にあります。収拾の過程でおやと思った他の歌手の歌をも購入しました。ただ、昨年にダブった盤やフランク永井以外の盤の大半はまとめて50~60枚ほど放棄しました。
 さて、この度は「ビギン・ザ・ビギン」(ビング・クロスビー)とか「ケセラセラ」(ドリス・デイ)というフランク永井以外の盤を数曲と、フランク永井の数枚をかけて聴きました。
 やはり好きな「東京午前三時」「夜霧の第二国道」「有楽町で逢いましょう」は欠かせません。「東京ダーク・ムーン」もかけました。
 いいですね。声が素晴らしいです。うっとりします。
 蓄音機は前面の扉を使って音量を調整するのですが、全開ではご近所迷惑を気にしてできません。ゆったりと惹いたコーヒーを口にしながら、一面およそ3分聴き入ります。
 盤ごとに針を替えます。2枚程度でクランクを手巻きしてゼンマイを閉めます。
 SPは面白いことに、プレスされた盤は全部同一だとしても、再生をしたときの「音」は、どれ一つとして同じではないのですね。指紋のようなものです。
 再生する蓄音機、ピックアップにあたるサウンド・ボックスと先端の針が違います。針の性質も無数にあります。竹とかサボテンも使われます。そして、なにより針の猛烈な速度での劣化があります。盤そのものも毎回劣化が進みます。針と盤の溝の接点は絶妙です。熱を発してレコードの素材のシェラックを融かし、冷えて若干の再生が成されます。
 こうした多くのパラメータの相違から二つとない「音」が放たれるのですね。それが、聴く人の耳には心地よさを感じさせているので花でしょうか。CD慣れした耳にはノイズにはびっくりするかも知れませんが、不思議なことに、聴いていると脳内のフィルタが働いて気にならなくなるから不思議です。

 さて、1960年にSPの時代が終わります。SPが果たした人類(?)への貢献に敬意を払い、フランク永井は、ズバリ「78回転のSPレコード」という曲を歌っています。1960年8月:VS-369です。これはSPではなく、EPです。
 前出した岡田さんもこの曲をみつけて、おっ!と目を向き「こんなのを唄ったんだ」と感心されていました。

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 四年前に青江三奈がカバーした「夜霧の第二国道」を紹介しました。「ビクター流行歌名盤・貴重盤コレクション」デジタル復刻シリーズの「グッド・ナイト」の一曲です。フランク永井の恩師吉田正作品でもあることから、まずとりあげさせていただいたものでした。
 そのときも触れたのですが、青江三奈の「お富さん」も復刻されています。この覆刻CDは手元にないのですが、LPで楽しんでいます。この作品は作曲家渡久地政信作品でできています。
 フランク永井に「夜霧に消えたチャコ」「俺は淋しいんだ」や多数の曲を提供していただいています。青江三奈は「お富さん」で、この2曲を歌っています。
 「お富さん」はご存知のようにキングレコードに渡久地が在籍中に春日八郎に提供した曲です。私などもその爆発的な人気を知っています。ラジオで毎日流れ、誰もが「〽いきな黒塀、見越しの松に...」口ずさみました。子供はよく親から怒られたものです。
 渡久地は古巣のビクターに戻って更なる活躍をみますが、そこで大ヒットをはなったひとつが、「池袋ブルース」で名をはせていた青江三奈の「長崎ブルース」です。
 当時は、青江とほぼ同期でデビューしていていた森進一とあわせて、今や死語でしょうが「ためいき路線」などと呼ばれていました。
 青江といえば、私などの印象では、とにかく繁華街で気ばいキャバレーの女といったものでした。独特な雰囲気を発散していて、歓楽街で酒とたばこによって枯らされたと思える、じゃ枯れ声と見つめる目が、何とも「ガキなど寄るな」という感じでした(失礼をお許しください)。もちろん、これはレコード会社の用意した作り上げたキャラで、ご本人の個性とは言えないものです。
 青江は、同僚の松尾和子や日吉ミミなどと似て、実際にはさっぱりした、気前のいい性格で親しまれていたようです。だけど悲しいことにこの方がた若くして世を去ったのが、心残りです。
 このような青江三奈をなめちゃいけないのは、確かな歌唱力なんですね。プロなんだから当たり前だろうということではなく、ハスキーな声に惑わされずに良く聴けばわかるのですが、低音から高い音まで音程が抜群なうえに、歌詞をよく気持ちに乗せて歌っています。
 けっして、どんな時でも、どんなステージでもあいまいに歌ってごまかすようなことはしていません。
 ちょっと横にそれたようですが、この盤で歌っている曲を聴くとよくわかります。
 カバーを歌うの聴いてあきないような歌手は、唄がうまいです。歌は詞がありメロディーがあり、歌手が表現します。曲がその時代とマッチし、条件がそろうときにファンがつき、爆発的なヒットにつながります。一つでも条件がかけると、大歌手でも視聴者はうけいれません。だから、他の歌手のヒット曲を、別の歌手が歌うということは、歌い手という点で、過去のヒット条件をくずすために、聴かせるのは難しいのです。
 歌手がカバーに挑戦するには、それだけの覚悟と、その歌手と曲を貶めてしまうことがないか、という怖れを胸に抱えて挑戦します。
 私はフランク永井の追跡者なので、どうしても彼の曲をどう歌うのかというところに関心がいきます。2曲は編曲名人の寺岡真三作品です。なかなか聴かせるではないですか。
 この盤では渡久地作曲の「池袋の夜」「長崎ブルース」が入っていますが、他はすべて他の歌手のヒット作品です。

  お富さん(春日八郎)
  夜霧に消えたチャコ
  上海帰りのリル(津村謙)
  踊子(三浦洸一)
  俺は淋しいんだ
  池袋の夜
  島のブルース(三沢あけみ)
  東京アンナ(大津美子)
  お百度こいさん(和田弘とマヒナ・スターズ)
  東京の椿姫(津村謙)
  背広姿の渡り鳥(佐川ミツオ)
  長崎ブルース

 すべてが渡久地作品というだけあって、炎のように熱い作曲家渡久地の作り出す味が十分に味わえる作品集となっています。
 三浦洸一の「踊子」とか佐川ミツオの「背広姿の渡り鳥」などは、青江なりの解釈というか入れ込みがよく伝わる曲です。
 青江とフランク永井はどのように舞台で共演したのかはあまり知りませんが、一度だけNHKビッグショーで1974年4月28日「フランク永井・青江三奈 おとなの子守唄」を放送しています。これは残念ながら映像が残されていないようです。
 「東京ナイト・クラブ」をデュエットしているのが残されています。青江はこの曲を単独で歌ってもいます。フランク永井は青江のヒット曲「伊勢佐木町ブルース」をカバーしています。
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 フランク永井の似顔絵について触れてみたいと思います。
 ここに18点ほどあげましたが、いろいろあるものですね。いずれも、著作者の権利がありますが、主にネットででまわっているものからピックアップしてみたものです。表示して欲しくないという方がございましたら、削除します。
 いずれも、実にフランク永井の特徴をとらえているもので、味わいがあります。
 似顔絵と言えば、以前にも紹介させていただいた、前橋市にある「フランク永井鉛筆画前橋展示室」です。ここでは、主催者のSさんが東日本大震災の前から、フランク永井の鉛筆画を書き続けてきていて、200点を超える作品を展示しているものです。
 10月にNHK朝のドラマ「エール」では、古関裕而モのデル主人公が、戦後街にあふれた戦争孤児を支援する崇高な活動を励ました「とんがり帽子(鐘の鳴る丘)」のくだりでした。このとんがり帽子の孤児院を開設した方の偉業を引き継いで、現在も事業を継続されているのがSさんです。
 Sさんは毎年、フランク永井の出生地の宮城県大崎市松山で開かれている「フランク永井歌コンクール」の優勝者へ描かれて鉛筆画を贈呈しています。左上の2番目の絵は、松山のフランク永井を支援する酒蔵「一ノ蔵」から、フランク永井ラベル特別版のお酒のものです。
 歌コンクールにはSさんに集うフランク永井の歌好き仲間が、毎年多くのエントリーをされています。入賞者もおられますが、注目のJさんは歌は抜群でありながら、同時に鉛筆画も書き上げます。それが、左上1番目の絵です。Sさんのところで発行されるフランク永井特別版のカレンダーからのものです。
 上の段の左から4番目は良く出回ったフランク永井の写真です。ファンから贈られてという似顔絵のセーター?を着ています。このセーターは、宮城県大崎市松山にあるフランク永井常設展示室で見ることができます。
 最下段左から2つ目は、山藤章二の作品です。彼の似顔絵は誰しもがうなずく傑作ばかりです。「週刊朝日」の「ブラック・アングル」コーナーに、ファンであったフランク永井が亡くなった2008年に発表した作品です。傑作ですね。

 人間の手による絵は写真とは異なる独特の味わいがあります。作者の感性から、対象の特徴をどこに目を付けるかが微妙にことなり、それが表現されているのを見ると、ひとりでに頬がほころびます。ほっとします。
 コロナ禍、米大統領選挙の裏での激闘など、何かと世知辛い、閉塞感が付きまとう日々ですが、こうした人間の意志、手が作り上げた絵を見てなごむというのはいかがでしょうか。

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