2020年10月アーカイブ

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 10月はフランク永井の月命日です。
 「師である作曲家の吉田正とともに、都会的でジャズテイスト溢れるムード歌謡のジャンルを切り開き、数多くのヒット曲を世に送った」(Wekipedia)フランク永井は、2008年のこの10月27日に亡くなりました。
 「フランク永井歌コンクール」が、今年は新型コロナウイルスの影響で中止されています。しかし、今回のNHKラジオ深夜便の番組は、それを在宅で埋めるものといっていいのではないでしょうか。
 NHKではラジオ深夜便で毎年、フランク永井のために2回、2時間にわたって、たっぷりと長時間をさいた特集を流してくれています。ファンにとってはとてもうれしい限りです。感謝を申し上げます。
 今年も午前三時台の「にっぽんの歌こころの歌、郷愁の歌:歌声喫茶愛唱歌集」として、14日、28日にPart1、2として放送されました。今年は、須磨佳津江アナウンサーが担当でした。
 「深夜便のアンカーになった頃は一番年下だったのですが、あっという間に時が経ち、なんと気づくと最年長になってしまいました。今では、深夜便のスタジオの椅子に座ると落ち着き、リスナーの皆さんとゆったり共に過ごす夜が、かけがいのないものになっています。リスナーの皆様は深夜便のお仲間。これからも、聴いてよかったと思っていただけるよう、インタビューや、音楽の紹介、お花の情報など、頑張ります!よろしくお願いいたします」と、アナウンサーの紹介欄で書いているように、聴いていて実にすばらしい声の持ち主で、心落ちつつく番組でした。
 合わせて19曲、フランク永井の代表的な曲を、それぞれもコメント付きで紹介されました。これらのフランク永井の曲は、もう何度聞いたことか知れません。おそらく、いずれも50回から100回以上は聴いた曲です。それでも聴きたいのは、聴いていてこころが落ち着き、ふんわりと、豊かになるからです。少しも飽きません。
 そして、こうした番組を聴く楽しみは、アナウンサーのフランク永井や、それぞれの曲についての紹介を聴きたいからです。毎回、さまざまなエピソードを耳にできます。私自身はフランク永井が残した全曲の紹介データブックにトライした関係から、手に入れられるだけのさまざまなエピソードに触れました。
 それらを十分に承知していても、深夜のナビゲータのゆったりとした、静かでていねいな紹介はフレッシュで説得力が違います。
 Part1は昭和30~34年作品、2は昭和35~60年作品として19曲放送されました。最後の「東京ナイト・クラブ」を7除いて年代順です。

  恋人よ我に帰れ(S30)
  場末のペット吹き(S31)
  東京午前三時(S32)
  夜霧の第二国道(S32)
  有楽町で逢いましょう(S32)
  羽田発7時50分(S32)
  西銀座駅前(S33)
  公園の手品師(S33)
  こいさんのラブ・コール(S33)
  夜霧に消えたチャコ(S34)

  東京カチート(S35)
  君恋し(S36)
  霧子のタンゴ(S37)
  月火水木金土日の歌(S38)
  赤ちゃんは王様だ(S38)
  おまえに(S341,47,52)
  ウーマン(S57)
  あなたのすべてを(S60)
  東京ナイト・クラブ(S34,46,53)

 フランク永井の特番としては、年代、作曲家、ジャンルを可能な限りカバーした素晴らしい番組だったと思います。
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 10月8日放送の番組です。今どきのプロデュサーというか制作側のスタッフが作る番組は、こうなるのだな、とつくづく思った映像でした。
 フランク永井の恩師吉田正。そしてその吉田正が、自分の持つ歌と音楽の志のすべてを打ち込み、伝えたといったフランク永井。このフランク永井が、こうした番組に一度も登場しないという一時間番組でした。
 番組は、基本的にそのときに出演するゲスト、今回の場合は吉田正の門下生であった橋幸夫、三田明、そしてご指名だと思えるン¥川中美幸の御三名。このゲストが歌い、他は過去にカバーで歌った歌手の映像を使って構成するような作りのようです。
 このスタンスはそれでいいのでしょうが、それは視聴者にどこまで伝わっているのでしょう。この方向を採用したとしても、一つや二つをゲストでなくても、本人映像を出せば、おそらく、私のような年寄りの層でも番組への評価は高まったのではないでしょうか。
 つまり、すべてをゲストとカバー歌手で占めてしまうことによって、番組を観たいと思う視聴者に、不必要に気持ちを離れさすことになってしまっているのではないか、などといらぬ心配が胸をよぎった番組でした。

 「吉田正 至高の名曲 ベストテン」は真ん中の写真の通りです。まあ、私の感じでは、取り上げられた曲は基本的に妥当なところですが、ゲストの橋幸夫に忖度したような感じは受けます。ベストテンの順位は、やや違和感はありますが、これはあまり論ずる意味をあまり感じません。
 「寒い朝」「いつでも夢を」は、吉田正が注ぎ込んだ夢の結晶だから欠かせないと思います。
 これらは、次のような歌手によって歌われました。

「いつでも夢を」     橋幸夫/川中美幸
「誰よりも君を愛す」   松平直樹/丘みどり
「有楽町で逢いましょう」 三田明
「傷だらけの人生」    冠二郎
「東京ナイトクラブ」   山本譲二/川中美幸
「子連れ狼」       橋幸夫
「美しい十代」      三田明
「おまえに」       ささきいさお
「寒い朝」        川中美幸
「恋のメキシカン・ロック」橋幸夫

 川中美幸がやや高音に無理を感じた点はありますが、ずいぶんと素直な歌唱を披露していたのは、好感がありました。

 この回の番組について、局サイドの紹介は次の通りでした。
【都会的で哀愁漂うメロディーでムード歌謡から青春歌謡、リズム歌謡まで手掛けた吉田正の名曲をランキング化! 戦後歌謡の大作曲家・吉田正が昭和に遺したヒット曲の中から、決定版ベストテンを発表!
 フランク永井や松尾和子が歌ったムード歌謡、吉永小百合・三田明を輝かせた青春歌謡、橋幸夫が踊ったリズム歌謡など、戦後の日本に希望の光を与え、高度成長期に花開いた吉田正の至高の名曲の数々。
 吉田正とゆかりの深い名優・鶴田浩二の男気演歌、一斉を風靡した時代劇の主題歌など、奥深い吉田正の世界を堪能!】

 この番組は、ベストテン形式で紹介する「昭和歌謡ベストテン」がDX版になって復活した番組とのことで、吉田正特集は26回目にあたります。「懐かしい昭和が甦る!」が番組のメイン・キャッチです。
 ということで、翌27回は「決定盤!デュエットソング特集」と、やはり気を引きます。
 デュエットソングといえば、その分野を切り開いたともいうべき、フランク永井/松尾和子の「東京ナイト・クラブ」があります。これは先の番組でも山本譲二/川中美幸で歌われていたわけです。
 ここでは、美川憲一/丘みどりで披露されました。
 あれっと思ったのは、「東京ナイト・クラブ」と正面から競い、今でも決して引退はしていないはずの「銀座の恋の物語」がありません。どうしたものでしょう。ん~ん。制作陣の若い方がたには、やはり、忘れ去られたのかなぁ、と淋しい思いです。
 それとも、権利問題とか、好き嫌いとか、何かあるのですかね。
 「川の流れのように」は、いつデュエットソングになったのですかね。

 男と女のラブゲーム/日野美歌・中条きよし・宮路オサム
 昭和枯すゞき/岡千秋・岡ゆう子
 浪花恋しぐれ/一節太郎・椎名佐千子
 居酒屋/五木ひろし・川中美幸
 川の流れのように/角川博・島津亜矢・森山愛子
 もしかしてPART2/小林幸子・三山ひろし
 白いブランコ/ビリー・バンバン
 三年目の浮気/黒沢博・岩本公水
 ふりむかないで/井上由美子・永井裕子
 東京ナイト・クラブ/美川憲一・丘みどり
 星空に両手を/羽山みずき・青山新
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 筒美京平がお亡くなりになりました。こころからのご冥福をお祈りいたします。
 筒美京平は昭和歌謡の世界で格別な存在だったといえます。
 「また逢う日まで」「さらば恋人」「木綿のハンカチーフ」「魅せられて」「ブルー・ライト・ヨコハマ」...と、それらの曲は恐らく誰もが口ずさめるのではないでしょうか。筒美はビッグ過ぎて他を寄せ付けないほどのヒット作品を残しました。だが、あまりマスコミに登場することはなかったような印象があります。

 フランク永井ファンとして、筒美の名を聴いたときに、連想で思いつくのは、歌謡組曲「旅情」のアルバムです。同時にこのアルバムもそうですが、作詞家橋本淳とのコンビです。
 いまどき、ネットで検索しても、筒美京平とフランク永井の関連は、ランクが低く関連して取り上げられることはほとんどありません。
 1969(S44)年の芸術祭参加作品として企画して作られたのが「旅情」です。フランク永井は長編歌謡組曲で1966(S41)年にも「慕情」でエントリーしています。
 いずれも、ファンは聴いてびっくりしたものです。それはフランク永井の歌手としての幅の広さ、特にオペラか何かの歌手のように、堂々とした正統な歌唱を披露していることです。
 男女の愛と別れを唄う歌謡曲歌手としてではない、唄の表現をしたものでした。フランク永井は洋楽だけではなく、民謡とか子供向けとか、とにかく歌の別世界に足跡を残していますが、この「旅情」ではまた別のフレッシュな印象を出しました。
 このアルバムは全曲を橋下淳が作詞しています。有明春樹が筒美とともに編曲を担当しました。

 旅情/白夜の街/ローマの祭/夕陽は燃えて/霧
 オランダ物語/運河の女/ひとり静かに/美しき伝説/愛の灯り

 当時ナレーションの第一人者である小山田宗徳が富田恵子とともにストーリイを導き、ドラマが展開されます。主人公新聞記者が西洋の著名な都市を回ります。好きな人がいます。国には妻が旅の帰りを待ちます。「ひとり静かに」は「城千景」が歌います。
 語るように歌うということが、フランク永井の巧みな歌唱で、みごとに表現された作品です。

 このアルバムの制作をきっかけに、その後筒美京平・橋本淳のコンビで、いくつか作品をフランク永井は唄っています。
 翌年「ルイという女」。1972年には「ほんとは好きなのに」。1972年末のNHK紅白歌合戦で、当時人気のニニ・ロッソのトランペット演奏を伴った「君恋し」で話題をさらいましたが、この後ローマに飛んでアルバム「ニニ・ロッソと唄う~君恋し」(SJX-133)を吹き込みました。
 このアルバムで「ミッドナイト赤坂」「別離のバラード」の筒美京平作品を収録しています。このアルバムはビクターヒット賞受賞作品になりました。

 一方、作詞家橋本淳が上記先品以外にフランク永井に提供した作品を紹介します。「旅情」を作った年に、大阪ABCホームソングで「紅いバラ」を唄いました。
 この作品は埋もれてしまっていて、2009年の「歌声よ永遠に」CD-BOX(VICL-333)で発掘紹介されました。
 シングル作品では「おもかげ」(1971)「ミッドナイトTOKYO」(1971)。「振り向いてはいけない」(1979)「追憶」(1981)です。
 1973年、先の「君恋し」と同じ年に発売されたアルバム「横浜・神戸・長崎~港を唄う」で、橋幸夫の「京都・神戸・銀座」と西田佐知子の「神戸で死ねたら」のカバーを歌っています。

 橋下淳も筒美とともに残した作品の偉大さは歴史的なものです。独特の色、雰囲気を持っています。フランク永井の関係ではどうだったのだろうかと、ときとき思います。フランク永井は詞とメロディーの解釈にそうとう悩んだのではないだろうか。
 あらためて曲を聴いてみると、しっとりとした表現で、恩師吉田正とはことなるものを感じます。だが、そこは、多くの彼のファンが求める世界のニュアンスがあって、その作り出される空気を受け止めることに、ギャップがあったのかも知れない、と。
(筒美京平の写真は「ちんぴら★ ジャーナル」から)
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 鶴田浩二のNHKビッグショーについて前回にとりあげました。
 鶴田は恩師吉田正の別格の生徒で、ただの門下生扱いはされていません。それはやはり映画俳優として特別な人気の地位にあったこともありますが、吉田正とまるで戦友のような関係であったことが理由かと思われます。
 石原裕次郎もそうでしたが、鶴田はあくまで本職は俳優であって、歌手ではないと言っていました。だから周囲から押されて、人気があるのだからと歌の舞台を演じたと。だが、いったん舞台に上がったからには、下手でも精いっぱいに演じると。歌に対するこの姿勢がファンから親しまれたとも言えます。
 酒を飲めない吉田正が「それじゃ大衆のほんとの気持ちは分からないよ」と鶴田が勧めたというエピソードは有名です。同様に酒を口にできなかったフランク永井も、恩師に伴って酒に親しむようになり、後には二人ともそうとうたしなんだと言われます。

 鶴田は他のビクターの歌手に漏れず、1975年に「ベスト・コレクション75」をタイトルにしたLPを出します。2枚組のものです。自分のヒットした持ち歌とともに当時流行したの他の歌手のカバーとセットの作品です。
 鶴田はこの中でいくつか、昭和歌謡にチャレンジしています。
 その全曲リストは、次のようなものです。

 真っ暗闇でございます/意地/日陰者/惚れた/白いかもめは何を見た
 傷だらけの人生/赤と黒のブルース/街のサンドウィッチマン
 ハワイの夜/弥太郎笠/同期の桜/好きだった/場末のペット吹き
 夜霧の第二国道/俺は淋しいんだ/夜霧の空の執着港(エアーターミナル)
 上海の街角で/夜霧のブルース/君恋し/無情の夢/湯島の白梅/戦友
 ダンチョネ節/ラバウル小唄

 その中に特筆すべきは、フランク永井の歌ったヒット曲を4曲カバーしていることです。
 「場末のペット吹き/夜霧の第二国道/俺は淋しいんだ/君恋し」がフランク永井の曲です。

 「場末のペット吹き」については、フランク永井の最初のCD-BOX全集の解説の中で、この曲は吉田正が鶴田浩二が唄うのを念頭に書いたものだと、当時のいきさつを語っています。後で鶴田がそれを聴いて、そうとう残念がったそうです。
 それほど、鶴田向けの印象の強い曲ですが、だが、フランク永井がジャズから流行歌への転向を成功させた曲として、今では定着しています。並べて聴けばわかりますが、フランク永井は彼独特のセリフ回しのように、曲に思いを乗せて歌っています。
 「君恋し」ですが、これはフランク永井にジャズ風編曲で提供した編曲家寺岡真三が、別バージョンの編曲をしているのが楽しめます。シロフォンかマリンバかよくわかりませんが、その音が弾む明るさを特徴づけています。
 このアルバムのフランク永井のカバー曲4曲はどれも寺岡の編曲です。いずれも編曲の名人らしい、オリジナルに手を加えたバージョンです。「俺は淋しいんだ」は、渡久地政信が作編曲をしていますが、寺岡は渡久地のオリジナルに敬意を払ってか、崩さずにまとめています。
 「夜霧の第二国道」は原曲の時のテーマの暗さを、大胆に払しょくして明るくしています。低音で暗く地獄の入り口にいざなうようなフランク永井の声にたいして、鶴田の声質は比較的高く、丁度よくそれに合わせた感じです。

 このLPで鶴田浩二の歌手としての魅力が全開しています。2枚のLPで24曲を収録しているのですが、まあ、いずれも彼の印象に一生つきまとった「戦争・任侠」というのが、ここでも溢れているのですが、異色の曲が一曲あります。
 1973年にシングルを発売している「白いかもめは何を見た」です。千家和也作詞/吉田正作曲/寺岡真三編曲の作品。

 当時はカバーがブームだったこともありますが、フランク永井のほうの「ベスト・セレクション75」でも、1枚は全部カバーです。乗りに乗った時期でもあり、珠玉といってもいい作品です。ここでは、下記のような歌唱が楽しめます。「ひとり酒場で」は特に大好きな一曲です。

 二人の世界/東京ブルース/夜霧よ今夜も有難う/昭和ブルース
 恋あざみ/女の意地/別れの朝/くちなしの花/別れても
 暗い港のブルース/ひとり酒場で/今日でお別れ

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 親しい友人の紹介とお誘いで、鶴田浩二が1976年にNHKビッグショーに出演した映像記録を鑑賞しました。
 このショーの模様は翌年にLPになって発売されました(SJX-10188)。これは私も所有していて大事にしまい過ぎて、当時一度聴いたきりで詳細はすっかり忘れていました。
 映像は残っていないものと思っていたので、このたびじっくりと観てみて、さまざまな点で新発見といったところです。
 はっと思いだしたのはこの番組の後半は「名もない男の詩」という歌謡組曲だったことです。鶴田浩二は映画俳優で、この歌を歌った当時は若手人気のトップにおりました。その後、石原裕次郎が登場してすっかりその地位をもっていくわけですが、鶴田の人気はすごいものでした。
 鶴田は当時の例に漏れず、周囲からおだてられ、そそのかされて、歌を歌わされます。さすがに歴史に残る名優で、歌い手としてもなかなかの人気を博します。特にビクターの帝王である吉田正と知り合ってからは、次つぎと名曲を残していきました。白いハンカチでマイクを握り、片耳を手で覆って歌う姿は、後にも先にも鶴田だけです。

 吉田正はご存知のように、先の大戦ではシベリア抑留を経験し、過酷な環境の中で「異国の丘」を作っています。後の「寒い朝」も厳寒を織り込んだものと言われています。
 鶴田も海軍に召集され同期の友を失う経験をしています。そこからか吉田正とは意気投合して特別な信頼関係を気づいています。
 当時俳優の先頭に立つまでのいきさつや、鶴田の心情の変遷をテーマにして、吉田正作曲作品としてこの長編歌謡組曲「名もない男の詩」ができました。
 1969年に「名もない男の詩/鶴田浩二」(SJX-13)を発売しました。鶴田は1971年にリサイタルを開いています。ここで大観客を前に披露しました。これもLPで発売しています(SJV-554~5)。
 鶴田は俳優としては、戦争と任侠の印象が強い人でした。好き嫌いがはっきりしていて、仕事への異様なこだわりを持っていました。だが、残された音声だけではなく、こうして映像で見ると、そこにはひとりに人間としての姿があります。観ることで一人一人が、そこから判断できる人間が浮かび上がります。惜しくも、昭和の終りに彼も世を去りました。

 長編歌謡組曲といえば、フランク永井ファンは忘れもしません。フランク永井の第2回リサイタルを1966年に開いたときに、恩師吉田正が渾身込めて用意した「慕情」です。
 これは岩谷時子の詞で、若きフランク永井がろうろうと20分歌います。このときの歌唱は、会場厚生年金会館を埋め尽くした観衆を驚かせました。ただの歌い手ではない。半端な歌手ではない、という確信をもたせたものでした。
 このときの「慕情」の一節は、後にささきいさおが「雪の慕情」としてシングル発売をしています。

 映像でなければ発見できなかったものがありました。それは、編曲家寺岡真三の映像です。ご存知のように、寺岡を一躍有名にしたのはフランク永井が歌った「君恋し」の編曲です。
 私が「魅惑の低音フランク永井のすべて」というデータブックを編纂しているときに、どうしても寺岡の写真を使いたかったのです。当時はモノクロでぼんやりした写真しか表に出ていず、最終的には吉田事務所を通じて寺岡の遺族の方から貴重な写真を借り受けて、使用させていただきました。
 その寺岡が、鶴田浩二のこの番組で鶴田が思い入れの曲「男の夜曲」をピアノ演奏しています。感銘ものです。
 寺岡は編曲の名人です。この時期、ビクターの歌手の残した名曲の相当数を手掛けてきました。聞く人の耳に鮮やかな印象を残す編曲家。戦前から歌われていた「君恋し」をフランク永井に蘇らせた腕は寺岡ならではのものです。カバーを対象外にしている日本レコード大賞において、フランク永井がカバーした「君恋し」が、受賞したのは、それほどオリジナリティに飛んでいたからです。

 恩師吉田正は、この組曲をわざわざ指揮で登場しています。彼の独特な指揮の姿を久しぶりで観ました。全身を使ったタクトのサバキ、顔の表情は、完全にその曲に魂が入り込んでいるのが分かります。

 写真の真ん中の下は、NHKビッグショー「吉田正~異国の丘から30年」でマヒナスターズを後ろに、三人がそろったときのものです。

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