2020年5月アーカイブ

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 まぁ、どうでもいい話を少しだけ。
 コロナ禍で、在宅が多いと思われる。ステイ・ホームはそのまま在宅だが、ずっと家に自分を軟禁するのは良くない。少しの時間でも散歩がいい。新型コロナウイルスで結果的に明らかになった(らしい)ことがある。
 それはビタミンDの効用だ。ビタミンDは日光に当たることで体内にできるという。ステイ・ホームしたまま閉じこもっていてはダメ。黒人などは意外に皮膚が日光をはね返してビタミンDが少ないとのこと、結果新型コロナにかかりやすい。
 もう一つは、日本株のBCG接種だという。確かに根拠は不明だが、BCG接種国は感染者が少ない。。。。などということを、ヒマに任せて知ってしまった。
 そしてこの間、ヒマに任せてやったのは、Amazon Musicでフランク永井を聞いたことだ。Amazon Musicは6500マン曲を聴きたいだけ聴けるというのだから、環境がある人にはいいツールではないかと思う。
 私が最初にそれに接したのは、Amazon Echoという商品にあってからだ。これもドジな話だが、家庭でのPCはノードパソコンを使っている。音を出す音楽を聴くにはスピーカーが弱い。イヤホンの利用も多いが、遜色なく聞きたいと思っていた。
 そこで外付けのスピーカーを買おうとした。ドジはこれ。そのあたりをちゃんと調べもせずに買ってしまったが、これは外付けスピーカーではない。まぁ、しゃぁないとのことで、しばらく遊んだ。「アレクサ!」とこいつに向かって呼びかけるのだ。「今日の天気は?」とか「今日のコロナはどうなった」とか。
 まともな質問には、そこそこ返事してくれる。だが、調子に乗って「パソコンの電源を消しておいて」とないうと、指示を解釈できないとか、機器接続の環境にないと起こる。まぁ、仕方ないことだけど。インターネット先にあるAIデータベースが頭脳として判断して応える仕組みだとのこと。
 それをふいと尋ねてくる息子が、オレはGoogleのを使っている、こっちの方が利口だから、それを使ったらと、余計なお世話をして持ってきた。
 基本は同じだ。こちらは「オッケー、グーグル!」と声かける分だけの相違だ。朝に「OK Google, おはよう」と呼びかける。すると、さまざまなニュースをしゃべってくれる。ほんとにどうでもいいんだが、天気予報とか聞けば、住む場所の予報を教えてくれる。
 遊びだ。特に関心などしない。機器の接続がサポートされる環境であれば、周辺機器の管理を声でできる。ちょっとしたスマート・ハウスだ。その環境にはないので、私の場合は「いつも、フランク永井をかけて!}だ。
 フランク永井のカバーアルバムがソースで、それをランダムに演奏してくれる。BGMとして利用するのはちょうどいい。
 さて、ヒマだとテレビをつける時間も気持ち多い。だが、何十年も日中にテレビを観る習慣がない。とまどう。何かメロドラマ、刑事ドラマの再放送とか、モーニング・ニュースのようなものが多い。ニュースは曲側がこれは皆が関心あるに違いないと、勝手に考えたことを流している。ピントがずれている(こっちかも)か、ゲットしたくない情報が垂れ流される。やはり、私には合わない。
 そんなときに、何年か前に購入して付けたままで忘れていたのが、Amazon Stickだ。テレビに装着するだけで、無償・有償の映像が楽しめるというのがウリだった。実際に運用したのは、好きな西部劇を見たり、時代劇を見たりだった。が、例によってすぐにやめた。やはり、コンテンツで関心があるものが、そうそうあるわけでないことに気づいたからだ。
 その一度見放したツールがテレビについているのを思い出し、テレビに映してみた。実際にシンプルな機能なのだが、細かいこと例えばURLを入れるとかは面倒だ。それをサポートしてくれるのが、音声認識機能だ。付属のリモコンに声でしゃべってみるのだ。
 後述するが、慣れるまで難しいところもある。つまり、私の場合は自分の適応・シンパ力が突き当たると、すぐに放棄するという性質から相性がよくないようなのだ。
 そんなことから、安易に、Amazon Musicに入り、バカの一つ覚えのように「フランク永井をかけて」と。画面に次つぎと歌が流れる。先のEchoなどと比較したら映像がテレビにでるだけの相違。あ~ぁ、などといいながら、しばらく鑑賞した次第。その映像といっても、単に歌を紹介した静止画だ。
 だけど、そんな楽しみ方があるんだ。好みと環境に応じて利用したらいいんだ。というのが、お話。まだやっていないが、PCのブラウザでも同様にできるに違いない。
 そうそう、最後に、ふと気になったことというのは、いまコロナ禍の最中に議会でも論議されている法案だという「スマート・シティ構造」。すでに中国の武漢とか深圳ではある程度実現されているという。家庭での生活感情は、まさに声で指示すれば何でもできる。自動車を含めた移動手段は夢のような安全な環境になっているという。
 だが裏を返せば、全住民の24時間が完全なAIの管理下にあるということだ。スマートはまさにAIと同居するということ。これがジョージ・オーエルの描いた「1984」の世界と、AI管理の流れを警告する主張もある。携帯の音声認識機能もそうだが、家庭での密言まで24時間聞かれているって、けっして気持ちいいことじゃないな、などとも思う在宅でした。
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 前回に引き続き、今回も映画のお話。1968年封切りの「無頼無情」という作品。渡哲也主演、松原智恵子が恋人?役で登場する、きわめて荒っぽいヤクザ映画。この映画を教えてくださったのは、前回と同じWさん。この映画の後半の乱闘シーンで、藤江リカが「夜霧に消えたチャコ」を歌っているぞと。
 やくざ映画は置いといても、フランク永井の放った歌が映画で使われているというのは逃せない。Wさんからお借りして早速に観てみた次第。
 「夜霧に消えたチャコ」が映画の挿入歌で使われているというのは、別項で若山富三郎の「現代やくざ与太者の掟」を紹介したことがある。それに続く新発見ということで期待いっぱいで鑑賞。
 今回は藤江リカという女優が歌っている。そう、女性が歌うというのは珍しいし、どう歌いこなすのかというのも期待だ。
 実はWさんの紹介がなければ、わたしは観ることはなかった映画。渡哲也が主演で活躍する、映画のなかの、ヤクザの世界でだが。確かにあの時期、純情シリーズで走る日活もそうだが、東映も他の映画会社もやくざモノは大量に作られた。ほぼ切りがないほどだ。後にこの分野はすたれる。洋画でも「ゴッド・ファーザー」とかともかく映画でのヤクザやギャングの活躍はめざましく、その世界を全く無縁で生きてきた?人たちも、これでその世界を知ったものだった。
 それが「反社会組織」のレッテルが張られて、自主的に退陣していく。後の社会派、あるいはロマンス派、喜劇派の人気俳優でも、この時期みなヤクザ映画にひっぱりだこだった。高倉健、菅原文太、裕次郎、小林旭、鶴田浩二モロモロ。昭和歌謡の大御所美空ひばりは、山口組の岡田会長を慕い用心棒?のように離れずだった。いくらマスコミや社会から非難されても、旗はさげなかった。
 映画でもそうだが暴力団とひとくくりにして反社会勢力と決めつけて排除に走るが、誰ものイメージするような悪事をするものと、あくまで任侠でいくという勢力がある。後者は社会(お上)が見捨てた民の存在を、黙って救い上げてその世界を作っているという側面があると言われた。
 映画ではその人情、義理にスジを貫くという主人公の心意気が強調される。それを通すためなら情け容赦ない、という姿が、映画館に足を運ぶ人の心を揺さぶる。殴り合いとかドスでの切りあいとかは、チャンバラものと同じで愛嬌として必ず登場する。映画を観る人の印象に残るのは、この惨殺シーンではない。やはりスジを貫く精神と、ケンカでの強さだ。
 主人公はときには卑劣な敵と遭遇し、騙され、裏切られ、痛い目にあう。ときには死の直前までの痛手も追う。兄貴と慕う子分が無残に犠牲になる。そのけじめは絶対つけるのだと主人公は決意し、死を覚悟で敵陣に切り込む。。。。
 映画を観ていて、主人公に心を奪われていく。洋画でもそうだが、主人公はギャングであったり、群れを嫌う大泥棒であったりするのだが、観ていて、いつの間にか、主人公に同情したり、うっかり応援したりしてみう。まして、純情無垢そうな松原智恵子のような人が必死に寄り添おうとするのをみると、悲壮な結果は眼に見えていても、心情が寄っていく。
 つまり、平常心を失い、その場での感情の盛り上がりに誘導されてしまう。どろぼうでもヤクザでも、いつの間にか支持、応援、賛美する気持ちが誘発されて、それを制御できない自分がいる。
 エンターテインメントの本質的な機能なのだ。
 現在進行形の新型コロナ禍にも、同じような現象が感じられる。連日お上は新型コロナの恐ろしさを訴える。とにかく家にいる(ステイホーム)が推奨される。感染者数の報道がなされるたびに、びくびくする。医療崩壊となったらそれこそ終りになるとして、自分はどうかなと思っても病院は受け付けてくれない。検査もしてくれない、というのだから異様だ。
 このお上とマスコミの報道は強烈で、世界的な経済活動の歴史上かつてない停止が成されている。
 だが待てよ。インフルでもなんでも病気は患者の数とか死者の数やその詳細が報じられる価値があるのに、分母としての検査数を超えることがありえない感染者数がこれでもかと報じられる。何か違うのではないか。これは、映画と同じで、人びとに植え付けるパニックという恐怖心が蔓延状態にあって、人間が生理的に反応する思考の委縮(緊張すると欠陥が委縮して血流が悪くなり、思考が浅くなり、提示されるのをたやすく受け入れる傾向が生じる)が、起こっているのではないのか。
 私は直接経験していないが、戦争がまさに、同じだったのではないのかなと。
 この映画を観ていろいろと考えさせられるものがあった。
 さて、対立するヤクザ組織との最終的な大決戦という乱闘シーン。それに「夜霧に消えたチャコ」の切ない歌が重なる。何か、妙に、心情に重なるものを感じる。他の人の話によれば、ここで切々と歌う藤江リカの実際の歌唱ではなく、どなたかが歌ったものでアテレコだというが、実際はどうだったのか。おそらく、映画の製作に直接携わったひとでなければ、もう分からない。
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 フランク永井が出演あるいは主題歌を歌う映画について、私が確認しているものを順次ここで紹介してきた。23本あった。さらに映画の場面でフランク永井の歌を歌う2本。
 これで全部だろうかと思っていた矢先、映画を取り上げるたびに資料や貴重なエピソードを紹介してくださったWさんが、またまた情報を寄せていただいた。
 それはフランク永井の歌った「大阪野郎」の、松竹制作映画がCS「衛星劇場」で放映されるという情報。さっそくにその録画を鑑賞させていただいた次第。
 「大阪野郎」については、その作曲家斎藤超についてこのコラムで取り上げさせていただいたことがある。いままで見たこともない、溝が内側から外側へというSPレコードについてであった。
 「大阪野郎」は関西地方のテレビドラマとして放映されたということは承知していた。主題歌は当然フランク永井の歌唱だ。それが映画まであるとは知らなかった。そうなれば、どんなポスターだったのかとか、どんな映画なのか知りたいのは当然。期待を膨らませて、鑑賞させていただいた。
 1961年、松竹、92分、モノクロ。どうも出演者はテレビとは異なるようだ。今では知らない人も多いかと思うが、主演は当時人気の大木実で、共演者は例によってすごい。若い伴淳三郎、藤山寛美、浪花千栄子、曽我廼家明蝶といった面々だ。当時は映画やドラマで大活躍した俳優陣だ。
 映画内容は「娯楽現代劇」という当時の紹介なのだが、テーマは実に重く暗い。それを喜劇役者たちが、笑いとペーソスで色を付けているのだが、当時の社会のほとんどありのままといえるような一面をズバッと切り込んだものだ。
 戦争が終わって15年後のもの。米軍機がときどき轟音で空を横切る。女子を売る、買う、いたぶる。薬漬けに性病といったテーマが隠さずでてくる。それに妹をさらわれて失った主人公(佐多=大木実)が、探しに通天閣の周辺に出ていく設定だ。終末も悲しい。社会的テーマの深い作品と感じた。
 1961年松竹 劇場公開日 1961年5月9日
 監督:大曾根辰保 /原作:椎名竜治 /脚本:本山大生
 衛星劇場のこの映画についての説明でも触れているが、当時放送されていたテレビドラマの人気から、別のスタッフで映画化に及んだとのこと。テレビで連続ドラマが放送されていたとのことだが、私にはまったくその実態を知らない。ネットで探してもなかなか詳細は分からないのだが、ずいぶん前にサイトから得た内容がコピーで保存されていた。それを記録として、そのまま下記に紹介しておきたい。
 キー局はYTVで毎週火曜日22:30-23:15。1960/04/05~1961/09/26に26回放送されていた。出演者は中村扇雀(2代目)、(中村鴈治郎(3代目)、坂田藤十郎(4代目)、扇千景、入川保則、遠藤太津朗、伊吹友木子、江並隆、松居茂美、海老江寛、園佳也子、淡島千景、浪花千栄子といった豪華なもの。もちろん主題歌はフランク永井で、以前に紹介した珍SPはここで使用されたものと思える。七ふく製薬の提供。
 テレビドラマの放送が開始されたときの、今では考えられないようなエピソードが記されていて貴重だ。脚本家藤本義一とのからみなどの謎が紹介されている。
 【バイタリティあふれる浪花男の心意気をドヤ街を舞台に、痛快に描く根性もの。
 宝塚映画出身の荻野慶人が手がけたヒット番組。荻野のテレビ移籍に協力しようと主演の中村扇雀・扇千景夫妻をはじめ宝塚映画での常連出演者(淡島千景、浪花千栄子、万代峯子)が出演を快諾した。
 1961年には本作を下敷きに映画化もされた。宝塚映画から讀賣テレビに移籍した荻野慶人の代表作といえる作品だが制作時は苦労の連続だったという。
 「希望を持ってテレビ界に飛び込んだものの、初期のテレビ界は全盛の映画に比較すると「月とスッポン」ほどの差があった。ドラマを作るにしても、まず役者は揃わない、映画人のテレビ出演など考えられなかった時代だ。
 三十分のドラマはカットなしの生本番、生放送である。ワンカット、ワンカットで撮影し、作り上げていく映画と大違いの作業に荻野は戸惑ったものである。荻野の代表作ともいえる『大阪野郎』の放送の時であった。
 彼が探してきた個性の強い悪役の天王寺虎之助という性格俳優がレギュラーで出演していた。彼の役柄は敗戦後のブラックマーケットに暗躍する極悪非道の敵役。
 ある回のラストシーン近くで、せりふを忘れた天王寺、一瞬呆然とした挙句に照れ臭そうにニコリと笑ってしまったのである。生放送ではないにしても、撮り直しということになるとファーストシーンから全部やり直すことになる。
 だが、予算面を考えてもそれは不可能なことだ。苦境に立たされた荻野が考えたことは、それは次回から彼の役の設定はすべてを変えるということであった。これならば決定的なミスとはならない。
 早速、シナリオライターと相談した。その結果、次回から天王寺の役柄を極悪非道は仮の姿、実は根っからの善玉と性格設定を変更してしまったのである。
 今にして思えばずいぶんと無茶な話だが、草創期のテレビ界にはたくさんあった失敗談の一つなのである。
 このおかげで、下積みの長かった敵役専門の天王寺が大阪もののドラマの人気脇役スターになったのだから運とは不思議なものである。《この項、伊東弘祐著「ブラウン管の仕掛人たち」(1983年、日之出出版刊)より引用》」
 なお、2003年に刊行された志賀信夫著「映像の先駆者125人の肖像」(日本放送出版協会刊)によれば、演出の荻野慶人は「(同じ宝塚映画で活躍していた)同い年の藤本義一のところに相談に行ったが、藤本は多忙きわまりなく、日本テレビでの研修でドラマ制作のアドバイザーだった若尾初男プロデューサーの紹介で知り合ったシナリオライターの椎名竜治と組んで、1960年『大阪野郎』の演出を受け持った」と記述されており、本作に藤本義一は脚本として関与していない可能性が高い。(一時期、当データベースは本作の脚本を藤本義一と椎名竜治の連名で明記していた時期があり、その時期に雑誌「上方芸能」(2013年6月号)が「藤本義一の仕事」の特集で藤本義一の年譜を作成、掲載。そのリストに本作が藤本義一作品として掲載されてしまった。
 その後、このリストがネット上に転用されて藤本義一作品リストとなっている)本作に引きつづき、第二部「原色の街」が放送された。
 一部資料では放送開始を1959/04/05と記載しているが誤り】
(引用:http://hccweb1.bai.ne.jp/kakinoki/epi/tv/link2/osakayarou.html)
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 コロナ禍で日本だけでなく世界中が、感染を避けるための自粛として、まるで自ら自宅を監獄にしちゃっているのではないかと思えるような、何か暗たんとしたここ数か月。テレビをつければ、このウイルス禍についての報道だけ。
 さまざまな番組も「三蜜」を避けるとして、録画製作が中断されている。スタジオと出演者の家庭からの中継での参加でつくるという、ちょっと今までにない見慣れない光景。それとも、過去に放送した膨大な映像からの編集番組か、ドラマ・映画の再放送というものばかり。
 今は地上波にBSやCSといった放送局からの番組に、多くの有料だが映像専門サイトからのインターネット番組も増え、分母が相当数になった分、歌番組もけっこう多い。
 私の場合は、フランク永井専門?なので、フランク永井が登場するとおぼしき番組を主に追ってみている。とはいえ、フランク永井の出演するという番組は、なくなり気味でさみしい。2週間ほど前の日曜日のTBS番組「東京マガジン」で過去に放送された有楽町周辺の戦後の流れが放送された。これはフランク永井の歌う「有楽町で逢いましょう」も移り、久しぶりであっただけにホッとしたひとときだった。
 そこで、久しぶりに新聞の番組欄に「島倉千代子とフランク永井」の文字を発見し、期待をもって鑑賞した次第。
 「本人の歌唱も含めて...」という思わせぶりなニュアンスをもった番組先頭のふりだったので、ひさびさのフランク永井の登場を期待した。
 島倉千代子はフランク永井とともにデビューしている。1955(S30)年、先の戦争が終結して10年後のこと。さすがに古い話で、私と同年代の年よりならまだしも、若い方がたには古すぎるのは違いない。
 島倉千代子はレコード会社がコロンビアだが、フランク永井との共演も多く、親しみも深い。好きな歌手のひとりである。フランク永井とデュエットした「あなたと共に」の映像は残されている。似た題名だが「あなたが居れば」という歌もNHK「きょうのうた」で放送されいるのだが、残念なことに残されていないようだ。
 さて、表題の番組では、下記のように曲が紹介された。
  愛のさざなみ(島倉千代子)
  からたち日記(島倉千代子)
  人生いろいろ(角川博、マイク眞木、田代美代子、
         マヒナスターズ、井上由美子)
  鳳仙花(川中美幸)
  逢いたいなアあの人に(川中美幸)
  東京だョおっ母さん(丘みどり)
  東京ナイトクラブ(美川憲一、丘みどり)
  大阪ろまん(鏡五郎)
  公園の手品師(ささきいさお)
  夜霧に消えたチャコ(増位山太志郎)
  有楽町で逢いましょう(ささきいさお)
  おまえに(ささきいさお)
 島倉の曲は2曲が本人の歌唱映像で構成されているのだが、フランク永井の曲は、なんと全部がカバー。これっていったいどうして。島倉同様に2曲はとまで言わないまでも、せめて1曲は本人歌唱をだしていいのではないのか。この気落ちは私だけなのだろうか。
 さらに見れば、島倉の「人生いろいろ」だが、歌う複数のコンビが唐突。これは、過去の番組の単なる再構成なのかと、察せられてしまうのだが。
 ただ、フランク永井ファンの同僚であるささきいさおによるカバーが聴けたのは嬉しい。
 ということで、ひさびさに、フランク永井を紹介してくれたのには、大いに感謝し評価するのだが、ややすっきりしない印象が残ったのは隠しえない。

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