藤圭子の「有楽町で逢いましょう」はいかがだろうか

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 人気番組「武田鉄矢の昭和は輝いていた」の番組で、好きな歌手3名が取り上げられていたのを観た。「女性歌手列伝~岸洋子、藤圭子、青江三奈」。
 藤圭子のコーナーで、珍しく「有楽町で逢いましょう」が紹介されていた。これは1970年、歌いつがれて25年藤圭子演歌を歌うというアルバムのなかに収められたカバー曲のひとつで、残念ながら映像はない。舞台での記念公演だったと思うので、映像もどこかにあるのではないか。
 このレコードは何年か前に発見してデジタル化して昨年暮れの大処分(アナログレコード類で段ボール25箱ほど)で手放したひとつ。「有楽町で逢いましょう」を機会見て紹介しようとしていたもの。
 藤圭子は歌がうまい。だから、カバー曲もなかなかいい。
 01_圭子の夢は夜ひらく/02_リンゴの唄(並木路子)/03_啼くな小鳩よ(岡晴夫)/04_港が見える丘(平野愛子)/05_星の流れに(菊池章子)/06_銀座カンカン娘(高峰秀子)/07_カスバの女(エト邦枝)/08_好きだった(鶴田浩二)/09_有楽町で逢いましょう(フランク永井)/10_南国土佐を後にして(ペギー葉山)/11_黒い花びら(水原弘)/12_潮来笠(橋幸夫)/13_アカシアの雨がやむとき(西田佐知子)/14_出世街道(畠山みどり)/15_お座敷小唄(和田弘とマヒナスターズ)/16_網走番外地(高倉健)/17_女のためいき(森進一)/18_池袋の夜(青江三奈)/19_長崎は今日も雨だった(内山田洋とクール・ファイブ)/20_命預けます
 だた、番組でも紹介されていたが、技巧をこらせる歌手ではなく、自分の歌唱でストレートに歌うのだった。それが魅力であった。
 声がかすれていて、歌によってはその迫力が増し、ドーンと聴く人の胸に響くのであった。それは必然的に、そのような藤の歌唱の特徴がマッチした曲では全開する魅力がある。逆に明るい軽やかな曲にはあっているとはいいがたいともいえる。
 歌はうまく歌っていても、単調に響く。
 フランク永井もまさにそうだったのだが、自分の歌での自分の喉、自分の歌唱の生命線をよく自覚していた。
 藤も喉のポリープで歌えなくなり、手術して声は復活するのだが、彼女の特徴であるところの声のかすれが出なくなった。このことを藤自身が語っている。
 「あたしの歌っているのは、喉に声が一度引っかかって、それからようやく出ていくところに、ひとつのよさがあったと思うんだ。ところが、どこにもひっからないで、スッと出ていっちゃう。うまいへたというよりも、つまらないの。聴いていてもつまらないし、歌っていてもつまらないんだ。どう歌ったらいいのか。いろいろやってみたけど、駄目だった。あたしが満足いくようには歌えなかった」と。(沢木耕太郎「流星ひとつ」)
 これほど歌手にとって切ないことはない。
 彼女は引退した。フランク永井の晩年の気持ちと重なる。
 藤が歌った「有楽町で逢いましょう」は、明るく、恋で胸が弾む方向の歌。だから藤圭子がすばらしくうたっても「圭子の夢は夜開く」「命預けます」のような味をえられないのだが、鶴田浩二の歌った同じ吉田正作品「好きだった」とともに、つい何度も聴いてしまう。
 歌の背景が暗い、しかも地獄に引きずり込むような極限の深さをもつ「星の流れに」「カスバの女」「網走番外地」などは雰囲気があう。また「女のためいき」「池袋の夜」などの、夜の女の心情をテーマにしたあっている。「黒い花びら」「アカシアの雨が止むとき」もいい。
 番組に登場する、他の岸洋子、青江三奈については別の機会に触れてみたい。

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このページは、文四郎が2020年1月25日 13:13に書いたブログ記事です。

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