2019年12月アーカイブ

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 デビューして好きなジャズを歌ったが売れない。だが、2年後にフランク永井を全国区に押し出した大ヒットが「有楽町で逢いましょう」。恩師吉田正にすすめられて、流行歌の歌手に転向して17曲目であった。
 東京に進出してきたそごうデパートが有楽町駅前に開店するというキャンペーンの一環で歌った、コマーシャル・ソングだった。始まったばかりの民間テレビ放送の番組、芸能誌「月刊平凡」連載小説、歌謡曲、そして映画と今では考えられないような大掛かりのメディア大連合の一大作戦だった。
 「有楽町で逢いましょう」は吉田正が後に「これで自分の職業欄に作曲家と自信をもって書けるようになった」という。都会派ムード歌謡の流れを作り出した作品。
 キャンペーンのプロジェクト内では、今ビクターで売れている三浦洸一に歌わせたいという声が多数ある中、吉田は自分の秘めたる思いもあり、フランク永井を推した。頑として譲らず、スタジオに招きフランク永井に歌わせた。周囲はこれで黙ったと言われる。
 誰に歌わすかということでは、もうひとつエピソードが残されている。毎年開催されるフランク永井歌コンクールの過酷な審査委員長をスタート以来十年担当されていた白井氏が明かしている。
 吉田正と同じ故郷日立出身のプロ野球西鉄の大選手、豊田泰光だ。「男のいる街」というレコードを出している。彼の練習に完成する前の「有楽町で逢いましょう」を歌わせていたという。フランク永井に内定したときに、彼には電話で「フランク永井に歌わせることにした」と断ったという話。
 1957(S32)年11月にレコードは出された。そごうの開店も大盛況だった。映画は翌年新春の封切で、これも大いにヒットした。当時まだモノクロの時代だが、カラー作品で目をひいた。
 フランク永井の関係した映画では、この映画が1作目で、翌2月「夜霧の第二国道」が公開。4月「羽田発7時50分」、5月「場末のペット吹き」と「夜の波紋」。7月「西銀座駅前」、8月「ロマンス祭」、10月「有楽町0番地」、11月「夜霧の南京街」「東京午前三時」と続く。何とこの年だけで10作の映画に出演したり主題歌を歌ったりしている。
 あらためて見て見ると、シングル盤32枚、LPアルバム3枚をも出している。誰が見ても過労を地で行く多忙さだ。
 「有楽町で逢いましょう」で気を良くした大映は、フランク永井のヒット作品「好き好き好き」をテーマに、1960年の新春封切「セクシー・サイン 好き好き好き」を作る。川口浩、野添ひとみ、叶順子と人気スタッフが顔をそろえる。さらに、翌2月末の上映となる「嫌い嫌い嫌い」が続く。
 川口、野添コンビではない。菅原謙二、叶順子が出る。ここでは伊丹十三、田宮二郎といった新人に金田一敦子、左幸子といった面々が新たに加わる。源氏鶏太の「花のサラリーマン」が原作の愉快なドラマ。
 主題歌は松尾和子の「嫌い嫌い嫌い」で、松尾が唐突に画面で歌うシーンも入っている。「嫌い嫌い嫌い」はほとんど「好き好き好き」のお遊び・余裕の(?)だじゃれ。映画主題歌にあわせて、佐伯孝夫が作詞、吉田正が作曲した。
 ゴロがいいので、松尾のセクシーな歌唱にもあい、多くの人の耳に残った。松尾のセレクションには入ることも多い曲だ。
 フランク永井の「有楽町で逢いましょう」が生まれなければ、生れなかった映画と曲。今年はフランク永井の映画にまつわるテーマが多かった。
 ことしの文四郎日記はこれでおしまい。ご覧いただき、また、愉快なご指摘までいただき、感謝に絶えません。
 来年にはまたお会いできればと思います。良いお年をお迎えください。

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「何か一曲やりやすか」(流し)
「そうだな。夜霧に消えたチャコっんのやってくんないかな」(菅原)
「ちょっと歌詞が...」(流しB)
「ちょっと分かんないもんで、他の曲でも...」(流し)
「おぃ、俺が歌ってやろうぜ」(若山)
「お客様がですか」(流し)
「お前さん商売、じゃまして悪いな」(若山)
「そのかわり、チップは折半だぜ」(若山)
「どうも」(流し)
「好きなんすよ、この歌は。聴いてくれ」(若山)
「〽俺のこころを知りながら...」(若山)
 このような流れで、若山富三郎が「夜霧に消えたチャコ」を歌いだす。流しのギター演奏で歌いだす。ご存知、彼のだみ声での歌だが、それがなかなかいける。
 映画は「現代やくざ 与太者の掟」。1969年に公開された現代やくざシリーズで、菅原文太の初主演(東宝から東映に移籍して)作品だ。
 いまは、暴力団、反社会的組織、極道として日本全国から嫌われ、その映画を作って、主人公を英雄にしてしまうなどあり得ない。だが、1970年の日米安保協約の更新を前に学生は、政府がすすめる政策に正面から反対して盛り上がっていた時期。
 なぜか、極道シリーズの映画は異常な盛況の時代だった。鶴田浩二・高倉健・若山富三郎・」藤純子、そして菅原文太が「任侠俳優」として大いなる人気を得たのだった。
 フランク永井は安定的な活躍をしていた時代である。この映画のおよそ十年前にヒットした「夜霧に消えたチャコ」が、菅原主演のこの作品で「挿入歌」として採用されている。「夜霧に消えた...」というフレーズが、恋人、親友とか身近な思いをよせる人が静かに離れていく様をイメージさせるので、使われたものと思える。
 フランク永井自身は出演していないが、全編を通じて演奏が使われたりするが、藤純子がオルガンを弾いて楽しませてくれる。藤に思いを寄せる菅原が「夜霧に消えたチャコ」とともに大切にしている。すさんだ付き合いの己の置く世界で、唯一のこころの安らぎとして。。。
 菅原の設定は「暴力団、愚連隊が街をわがもの顔に歩く新宿を舞台に、貧乏のため一家心中した家族の中でただ一人生き残り、少年院、刑務所と渡り歩いた一匹狼の男」。
 ある酒場で、若山による挿入歌が歌わるのだが、菅原と若山がはじめて顔を合わすシーンが、冒頭のセリフ。
 「何が義理や仁義だ。言うことがやることと違うじゃないか」
 菅原のある場面でのセリフだが、やくざ映画、任侠映画、極道映画のテーマがここにあるのかな、と思った。暴力とカネという底辺の本性とを、義理と人情が表を飾る。この両面が複雑に入れ乱れる。
 映画を観る観衆は義理と人情の側面に入れ込んだり、暴力とカネという自分には無縁の非日常に酔う。登場人物の主役は西部劇のガンマンと重なる勇気、度胸、揺るがない一本気に「男らしさ」を感じて惚れる。
 だが、しょせん、描く世界は現実社会の裏側。例えいくら人気を博しても、これを表で堂々と文化にしていくのは、やがて否定されていく。日本の社会を席巻したブームは当然沈んだ。
 学生の70年代の反安保闘争も潮が引くように静まった。
 挿入歌『夜霧に消えたチャコ』(作詞:宮川哲夫、作曲:渡久地政信)は、フランク永井がレコード収録の際に、途中で感無量になり中断したと、作曲家で立ち会った渡久地が後に自著であかしている。
 この曲が醸し出すメロディーが宮川の詞とともにして、人の感情に深く食い込む。レコードが出た1959年同名で映画化されている。フランク永井自身も出演している。決してやくざ映画ではない。それが十年後に、社会的な盛り上がりのなかで、この菅原映画に採用され、全編に流れている。富山の歌唱はエンディングでも歌われる。
 今回は映画を久しぶりで鑑賞しながら、とりとめもなく、さまざまな当時の情勢を思い出してしまった次第。
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 美空ひばりの新曲をAIを使って、映像も歌唱も新たに再現してみようというNHKのプロジェクトがあり、それが放送されて、それなりに反響があったことを別項で記した。NHKで先日もほぼ同じ放送があり、それはどうも、年末の紅白歌合戦の特番コーナーで、美空ひばりをやる予定をしているだからのようだ。
 美空ひばりの歌のAIによる復活についての評価はおおかた、この記事で記したことと似ていた。歌はそうとうひばりの歌唱に近づいていて、素こそよかったぞと。だが、映像はなんやかんやいってもあれでいいのか。というものだった。
 やはり、映像ではすでに、現在上映中の「アナと雪の女王2」にみるように驚異的な感情と表情の表現が完成の域に達していて、それが例え似すぎることの弊害を危惧したとしても、誰もが物足りないと思ったようだ。
 歌の方だが、これは昭和の歌の女王といわれた、天才中の天才美空の歌唱の表現が難しいとはいえ、放送にあったようにすごい時間をかけて、手で微調整を加えなければならない姿をみると、難しいんだな、とうなってしまう。
 さて、そこで、表題の番組だ。14日、日本テレビで「紅白歌手と最新AIによる前代未聞のガチ歌バトル!!」が放送されたのをみた。
 紅白歌手というのは、演歌歌手の丘みどり。一方はマイクロソフトが研究しているAIのディープ・ラーニングを使って実現しているという「AIりんな」で、すでにエイベックスからデビューしているのだという。
 すこしだけ、このAIりんなにプロジェクトチームが、歌を学ばせていく過程を報じている。ゼロから、声を覚えさせ、自分で何かことばを発せられるようにし、歌詞を語らせる。メロディーを覚えさせ、歌のジャンルに応じた表現を覚えさせ、徐々に詞と曲を統一させていく。
 番組では、課題曲を双方に歌わせた。さらに双方の自信曲を歌わせ、ゲストの審査員が「どちらか」を選ぶというものだった。
 課題曲対決では、MISIA「Everything」、自由曲対決では、丘みどりが安室奈美の「CAN YOU CELEBRATE?」、AIりんなは一青窈の「もらい泣き」を歌った。
 注目はAIりんなが、はたしてどう歌ってみせるのか。こんなやつ、失礼!、とみんなの目の前で対決してみせる勇気をどう貫くのかという丘みどりの姿だ。
 結果は、幸い?審査員全員の旗を獲得したということなのだが、AIりんなの歌唱については、いちように驚愕の声を漏らしたことである。歌唱表現の完成度は揺るぎがない。つまり、それが命ある人間だとすると、発声とその場その場での表現の確かさに貫かれているという感想だ。
 いわば、人間でないロボットなのだから、そうなのだろう。
 息する人間はそうはいかない。個性としての音域の制限もあり、苦手・不得手もある。そこをプロの歌手として、どうカバーして歌い切り、視聴者に弱いところをプラスに感じさせるように表現するかだ。
 どうも、この度の番組でも、審査員の見る目は、そこにいったようだった。
 歌う相手がどんな人で、どういう表情で、どんな素振りで歌うのかというビジュアルな点を完全に取り去り、純粋に歌だけをぶつけた場合に、人はどう判断するのか。それは確かに、歌が正確に歌われいるかなのだが、この歌と人間の関係においては、正確さをもとめながらも、人間が持つ特有のエラーと思しき要素が、聴く人に微妙な感情をかぶせるような関係があるようだ。
 ややこしいと思うが、カラオケバトルのように、審査が機械(カラオケマシン=AI)だったらどうか、ということだ。ややもすると、カラオケAIがAIりんなに歌わせている(歌っている)AIと裏でつるんでいるかもしれない。そうなりゃ、判定の意味はどうなるんだぃ。
 あるいは、この記事で筆者が「こんなやつ」とうっかい口にだしてしまったことを承知しているかもしれない。すると、AIから見たこんなやつの思いを叶えないように、などど、AIは意思をもたないふりして、判定をくだすかもしれない。またはどっかで、誰かに忖度までしかねない。。。いや、これはさすがにうがち過ぎかな。大変失礼しました。AI殿。。。
 たいへん考えさせる番組だった。
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 フランク永井の「公園の手品師」は恩師吉田正の残した名曲。作詞は宮川哲夫。秋の情景がまるでフランスのシャンソンのようなイメージで表現されている。いわゆる吉田調とはやや異なり、時代を感じさせない。普遍的な曲で、いつ聴いてもフレッシュで、聴く人で嫌いな人はいない、
 この曲は特定の歌手を念頭に作られたというより、吉田学校で学ぶ歌手の練習用として用意したもののようだ。実際にフランク永井も他の子弟たちも、この曲を練習で歌っている。
 この曲が映画で鶴田が歌っていると聞いたのは、2009年にNHKから放送された「歌伝説フランク永井の世界」の紹介で。1954(S29)年に制作され新年の1月3日封切りの東宝映画「顔役無用~男性NO1」。当然、そのときには映画も知らないし、観てもいない。
 NHKのフランク永井特集番組の放送で、鶴田浩二が歌っているシーンが流れた。機会があれば、この映画も見てみたいと思っていたら、以前にも紹介した映画狂(失礼、マニア)でフランク永井の大ファンでもあるGさんが、以前に有料テレビ放送された録画があると教えていただき、観る機会をくださった。感謝です。
 この映画はタイトルが正確には、ただの「男性NO1」ではなく、「顔役無用~男性NO1」というもののようだ。それは「Piblic Hero No.1=男性NO1」という1935年制作の米映画があるためと思える。当該映画は原題が「A Man Amon Men」というというのだが。。。。
 「顔役無用~男性NO1」は出演陣がそうそうたるメンバーなのだが、あまり流行らなかったせいか、呼ばれ方の混乱があり、顔役無用は抑えられ配給会社のポスターでも記載がない。また紹介でも1954と1955が混在。制作と公開が年をはさむせいと思えるが。
 フィルムはモノクロ、例に漏れずおよそ1時間半。監督:山本嘉次郎、脚本:井手雅人。配役はビュイックの牧:三船敏郎、ラッキョウの健:鶴田浩二で、二人の若さがなかなかいい。
 映画の内容はというと、ちょっと説明に苦慮する。それはヤクザ屋さんと関係があるということではなく、ストーリー展開に無理を感じるからかな。
 鶴田がそもそも、どういうつながりでこの歌を歌うかなど、よく見てても分からない。
 三船が演じるダフ屋の取締りと、手下のようなお調子者の鶴田の関係、やり取り、ケンカの理由と和解、等々一つ一つ人間的なキャラクターが立っていないのではないか。甘いのか甘くないのか、人がいいのか、悪いのか。
 まあ、当時の正月映画としてはちょっと弱いような気がしたのは、現代があまりにも人間不信で嫌な殺しや障害事件が多くて、それらのニュースに感覚がやられているためかも知れない。
 女性では越路吹雪、岡田茉莉子らが共演して正月の花をそえている。

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