2019年11月アーカイブ

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 "Japanese Kayokyoku Star Furank Nagai Greatest Hits" という全世界をターゲットにしたCDシリーズが、今年の初めに発売されたのは画期的であった。ジャケットは英名だが、シリーズ名の日本語表記は「日本の流行歌スターたち」で、4月末までにフランク永井を筆頭に平野愛子まで21人のCDが出ている。
 どれもビクターがかかえた昭和までのそうそうたる大歌手だ。そのまま日本語の大衆歌謡の歴史ともいえる、画期的な作品。驚くべきことは、CDでまとまってこのような形で出るのは、なぜに今頃なんだということ。さらに、ここで取り上げる藤本二三代や、フランク永井の活躍と重なるその時期に美形で人気をはくした神楽坂浮子らのベスト・セレクション(「全集」とも呼ばれるが)が、ようやく、今に世をみたことだ。
 怠慢なのかという声もある。まぁ、それはそれとして、このシリーズは当時を知るひとたちにとって、たいへん待ちわびていた作品だけに、それなりに注目され、コンスタントな人気も続いている。
 文四郎的にはフランク永井以外の歌手にあまり知識がないのだが、フランク永井とのからみで、松尾和子(このシリーズのフランク永井とともに著者がインナー・ノートを書かせていただいた)、藤本二三代、神楽坂浮子について気にして曲も追ってきた。
 この三人は同時期に美人歌手として押されたこともあるが、歌はうまい。コロンビアの島倉千代子はソプラノでかつちょっと独特な歌いまわしが、耳に残り愛されたが、藤本二三代の歌などはきわめてスタンダードな歌唱であり、それでいて可愛さがつたわり好きである。
 この藤本のCDは初のヒット曲集とあって、シリーズ中でも引きがトップクラスともいわれる。
 藤本のことについては、やはり「有楽町で逢いましょう」のB面をかざった「夢見る乙女」が初めて聴いた。それ以来、歌がうまいという印象だ。それがこの度まとめて聴けるのはうれしい。
 当時は、先に走る人気歌手とのカップリングで出すことで、新人とか相方の人気をも押し上げようというレコード会社の意図が一般的だった。フランク永井とペアでレコードを題した歌手は数多いが、中でも藤本は抜群でトップを占める。
 レコードのジャケットを持つ人は気づいているかもしれないが、長く不思議に思っていたことがある。それは藤本の写真顔の変化が異様に多いことである。写真が小さく判断がしづらいと思うが、真ん中の写真の上部の20の顔。
 ほとんど同じニュアンスのものがない。ほとんど別人である。近年のスマホの顔認識にかけても、同一人物と判断されないのではないか。と思うほど、顔をの変化を感じます。直接にお会いするような機会もないので、なんとも分からないのですが、写真だけをみたら、同一人とは思えない。
 もちろん、年代もデビュー時のおよそ20歳から20年はたっていないはず。化粧による変貌もあるだろうが、驚いた次第。ジャケットでも並べてみて、とても不思議な世界に入れる。
 フランク永井とのデュエットといえば、ゴールデン・コンビの松尾和子をおいてないのだが、それは「東京ナイト・クラブ」で敷いた都会派ムード歌謡路線にそって走ったからだ。藤本とのデュエットも残されている。「婿さがし八百八丁」で「東京ナイト・クラブ」のおよそ半年前の作品。
 レコード会社の思考錯誤作品だったのかもしれない。
 ビクターにはもう一人べっぴん歌手神楽坂浮子がいた。松尾との美人3姉妹で若者のあこがれのまとだった。三人で「朝きて昼きて晩もきて」を歌っている。これは今回の藤本の盤に収められている。
 三姉妹が映画「初春狸御殿」にそろって出演してる。映画全盛時代といってもいい1959年の新年封切り映画だ。市川雷蔵主演の大映映画。お相手は二役の若尾文子。勝新太郎もでている。ともかく楽しい正月映画。ここで人気の三人娘が色をさらに鮮やかにする。さすがに主役である若尾文子の美しさがはえていて、ちょっと押され気味ながら十分な満足を放った。
 それは当時月刊誌とかでしか顔を拝むシーンがない時代。当然モノクロ。それがカラーでしかも大スコープのスクリーンで動き回るのだ。それりゃ、若者がそれみてよだれを流さないわけがない。ちょっとはしゃぎすぎたので、ここまで。
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 「〽おいらは団地のやくざなのさ 口笛ひとつであの窓の...」。1962年に関西喜劇人協会が製作して松竹から配給された映画の開始と同時に、フランク永井の主題歌が流れる。出演はしていない。ちなみにアイ・ジョージは出演して「硝子のジョニー」を歌っている。
 この曲は、著者が編纂した「魅惑の低音フランク永井のすべて」(データブック)に未記載であるばかりか、過去に触れたことがない作品。
 これまで公開されている情報としてまったく存在していなかったような珍しい曲である。
 実はこの映画のビデオが発売された1980年代に購入していて一度観ているはずなのだが、データブック作成時にもまったく記憶がなかった。最近「終活」という話題をよく聞く。手持ちのビデオやレコードはどうなるのだろう。とりあえず、フランク永井との関連の薄いと思えるレコードと、周辺機器としてスペースを無駄にしているアナログビデオ関係は廃棄することを決断した。
 現在の居住地に引っ越してきたのは20余年前。越してきて開けもせずに、借りているストック・ヤードに放り込んでいた段ボールを開けて整理をはじめた。実はこの中に昔に撮影したテープ類やVHS商品、CD、テープ(レコードはデータブック編纂時にすべて取り出していた)がゴロゴロ。
 書籍などは25ケース。オーディオ・ビデオ関係は22ケースで、書籍は近所の古書店に引き取ってもらった。オーディオ・ビデオはレコードを集めていたときに何度も足を運んだ東京神田神保町のショップにお願いした。ずいぶんとあったものである。
 VHS映画「喜劇 団地親分」は処分前に私製DVDにした。実はこのビデオはあることがなければ、気づくこともなく、廃棄処分の目にあっていたもの。それは、先月に開催された「第11回フランク永井歌コンクール」でのこと。
 ここで久しぶりにビクターの開催担当の方とお会いして少しだけ言葉を交わしたのだが、その際に映画「喜劇 団地親分」でフランク永井が主題歌を歌っているよ、ということを教えていただいたことだ。びっくり仰天、何というタイミング。
 ご担当者はフランク永井のご本家で、機会をみてフランク永井関係の新作をイメージして情報を整理している過程で発見したとのこと。ご本家でなければなしえないこと。深く感謝するとともに、何年後になろうともぜひとも作品化と実現したいと願うものである。
 そのような経緯で手放す寸前のVHSを手放す寸前のプレーヤで鑑賞したという次第。
 「喜劇 団地親分」は監督が市村泰一、脚本が花登筐。花登筐はフランク永井が「有楽町で逢いましょう」をヒットさせた際に、東京と大阪で舞台をやったとき以来の関係で「番頭はんと丁稚どん」シリーズで、出演までしている仲。
 「喜劇団地...」は当時流行のシリーズで、その名を関して多くの映画がつくられ、喜劇を楽しませてもらった。
 「団地親分」では日本の喜劇界のそうそうたる俳優が登場している。いまあらためて観てみると壮観。常連といえばそうなのかもしれないが、それに交じって特筆?なのは、渥美清とささきいさおだろう。若きささきはこの映画で主役級の役回りを演じている。
 フランク永井が映画に出たり主題歌や挿入歌を歌っているというリストは、データブック編纂時でほぼ完成していた。だが、なぜに「団地親分」の情報がなかったのだろうか。
 どうも、これは当時のレコード会社の販売戦略が大きく関与していたと想像する。「けっこう多く歌っている子供向けのレコードの認知度が低い」「レコード・ハンギングツリー(映画主題歌のカバー)が曲目リストから抜けている」等々の噂に関連するのだろう。冒頭で紹介した歌詞のように、いくら喜劇とはいえ、おいらは団地のやくざなのさ...は、その後の報道コードに抵触すると思える。
 社会があまりにも社会の現実に対する許容度がなくなったということが、敏感な営業現場に反映したのだろう。
 高倉健や鶴田浩二や極道の妻が流行した時代があったことすら、消しゴムで消したいのかもしれない。確かにお上が率先して公文書までシュレダーにかけている。存在している現実と事実はありのままでなければ、子供たちは、裏も表も忖度するように歪んでしまうのではないかと危惧する。ごめん! 思わぬ方向へ話が飛んでしまった。単に文四郎のお記憶力がお弱いだけで屁理屈をいっているのかも知れないのに。。。
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 11月10日「鳴海日出夫先生を偲ぶ会」が催された。
 フランク永井ファンでは、鳴海日出夫をあまりご存じでない方も多いと思う。鳴海は「りんどうの花咲けば」が有名。TBS系連続ドラマ『鞍馬天狗』主題歌「鞍馬天狗のうた」は耳にしたことがあるかも知れない。コロンビアの歌手である。
 歌唱は抒情歌や唱歌をイメージさせる。ラジオ歌謡では欠かせない実績を残され、毎年開催される東京ラジオ歌謡を歌う会では常連であった。デビューは1953(S28)年だが翌年の「東京の恋唄」がヒットして人気を得た。
 しかし当時この分野で先行して実績で勢いのあった歌手は岡本敦郎。「白い花の咲く頃」などは誰もが知る。同じコロンビアでどうしても重なることから、裏に回ることが多い。
 筆者も詳しくは何も知らないが、後年、氏の人柄で多くの人をひきつけ、歌の指導などで実績を重ねてこられた。2016年の暮れに86歳で亡くなられた。こころからご冥福をお祈りいたします。
 当日の催しは、東京都北区に足場をもってきたことから、鳴海教室の主催に、ラジオ歌謡を歌う会や北区の文化振興財団、教育委員会、社会福祉協議会などが共催・後援して行われた。
 鳴海の歌唱曲(レコードで残された曲目)14曲、鳴海との接点で指導を受けたなど思い出深い歌18曲、ラジオ歌謡で親しまれた曲13曲、鳴海が作曲した曲7曲が、次々と披露された。
 当日のプロのゲストは川村正幸。4曲披露。鳴海が教室で最後の指導になったという5曲。エンディングは鳴海作曲の「聖火を迎えて」。そして全員で「東京ラプソディ-」という流れ。
 当日鳴海を追悼するという意味で60曲を超える曲が歌われた。その中で、フランク永井の曲が登場したのは、まず、思い出の歌のコーナーでの「妻を恋うる唄」。歌われたのはビクターの歌手祝太郎。ご高齢とはいえ、この長めの曲をみごとに聴かせてくれた。会場は曲のすばらしさもあるが、さすがプロの歌唱というのに耳を傾け、大きな拍手が起こった。
 次は鳴海の最後のレッスン曲で、鳴海の一番弟子ともいわれる浅野洋子の「初恋の詩」。これもみごとな過少であった。浅野は地元の「歌手」としても人気で「流れ星」(鳴海作曲。浅野作詞)を発売している。
 著者は知人がラジオ歌謡の関係の研究者でもあり、ご本人はここでも歌っていることもあって、鳴海の偲ぶ会に出向かせていただいたもの。フランク永井とは分野が異なる鳴海の世界に接しての感動もさることながら、フランク永井の歌曲が2曲も、しかもプロの歌手のすばらしい歌唱に接して、大変うれしかった次第。
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 映像と音の友社から「映像と音で綴るフランク永井ベスト」が新発売になった。http://www.eizo-oto.jp/product29641_892.html
 CD2枚とDVD1枚のセット。このセットの特徴としては、ビクター所有のフランク永井のミュージック・ビデオ映像がついたことではないだろうか。
 歌は「有楽町で逢いましょう」「夜霧の第二国道」「霧子のタンゴ」「大阪ぐらし」「加茂川ブルース」の5曲だが、フランク永井の歌う姿が比較的鮮明な映像であることだ。
 これが撮影されたであろう1970年代半ばのもので、いままでテレビでも使用されたことのない映像だと思われる。テレビ東京の「演歌の花道」よろしく、マイクを持たない歌う姿が楽しめる。制作目的からフル歌唱ではない。歌の2番とかの歌詞が省略されて時間を切り詰めているもの。
 ミュージック・ビデオの走りと思えるが、ギラギラさや忙しさの感じがまったくない、落ち着いた正統の歌唱映像で好感が持てる。当時のミュージック・ビデオでは歌手の歌唱に、強引にレコードの音を合わせているために、音声と映像のずれが多かったが、このフランク永井作品にはそれは感じられない。それほど、レコードの音源と同じような歌い方をスタジオでやったのだろう。さすがといえる。

 CDのほうだが、1枚目は「1 東京ナイト・クラブ」「2 羽田発7時50分」「3 西銀座駅前★」「4 有楽町で逢いましょう」「5 初恋の詩」「6 東京午前三時」「7 哀愁ギター★」「8 夜霧に消えたチャコ」「9 こいさんのラブ・コール」「10 赤ちゃんは王様だ」「11 あなたのすべてを」「12 君恋し」「13 おまえに」(★はモノラル)。

 ヒット曲を中心に曲を選びながらも、工夫がされている。基本的にステレオ版の音源を使用したものになっている。つまり「有楽町で逢いましょう」を始めとする、初期のヒット曲の音源はほとんどがモノラル録音であった。
 後日、時代の流れに合わせてステレオで音源を作っている。しかも「有楽町で逢いましょう」や「おまえに」「初恋の詩」などは、公式にもステレオ版は複数あり、曲によっては編曲も変えている。
 しかし、今回の商品では、モノラルとさせているのはTRK3とTRK7のみ。確かに「哀愁ギター」はモノラルのものしか存在しないと思える。「西銀座駅前」は後日版もあるはずなのだが、モノラル版が今回もそのまま使用されている。
 ステレオ版は公開されないまでも、モノラル版の録音とほとんど同時期にステレオ版も作っていたふしもあり、今回のCD作品で紹介されているのはそれなのか。聴いてみると、初期録音のモノラル版の演奏と歌唱と同じように受け取られるのだが、それは聴いてみて判断してほしい。
 もし初期の2曲と、すでにステレオ化されていた「おまえに」「あなたのすべてを」を除いて、他の曲がステレオでの収録なら、今回のCDは聴いてみるべきものに違いない。
 今回は「赤ちゃんは王様だ」「あなたのすべてを」が選曲されているが、別項「ラジオ深夜便」でも採用されたが偶然ではないだろう。
 今回のCD作品では、近年すっかり?見られなくなった、曲や歌手とか動向などについての解説がなされている。これは購入するファンの、うれしいことだ。曲についても実に的確で簡素にまとめられたコメントが添えられている。

 2枚目のカバーのほうも面白い構成になっている。

1 思案橋ブルース-1973「横浜・神戸・長崎"港"を唄う」
2 ブランデーグラス-1977「おまえに~おもいやり」
3 夜明けのうた-1967「恋心~フランク永井とともに」
4 今日でお別れ-1971「琵琶湖周航の歌」
5 二人でお酒を-1978「魅惑のゴールデン・デュエット」
6 炭坑節★-1961「フランク民謡を歌う」
7 あいつ-1967「恋心~フランク永井とともに」
8 ゴンドラの唄-1968「夜霧のブルース」
9 真白き富士の嶺★-1962
10 涙くんさよなら-「歌おう心のうたを(下巻)」
11 知床旅情-1971「琵琶湖周航の歌」
12 街の灯り-1978
13 上を向いて歩こう-「歌おう心のうたを(下巻)」

 曲名の後ろの文字は私のメモ。これらのほとんどはすでにカバーとしてCD化はされていたと思うが、フランク永井が最初に唄ったときの年代とLP盤名。
 フランク永井はカバーが秀逸といっていい。歌がうまいのでどの曲を聴いてもオリジナルとして聴ける。実際にTRK9「真白き富士の嶺」、TRK12「街の灯り」はシングルでも発売されている。TRK13「上を向いて歩こう」もほぼシングルがある(ほぼは...)。
 TRK6「炭坑節」は珍しい民謡もので、歌詞もフランク永井専用もの。
 「歌おう心のうた」という1977年ごろのLPがあるが、これは4枚+4枚の上下巻セット。ここでは上記の2曲と上巻で「公園の手品師」「お嫁においで」を歌っている。「お嫁においで」は加山雄三のヒット曲。
 TRK3の「夜明けのうた」はさまざまな歌手が歌っているが、やはり本家は岸洋子だろう。シャンソン歌手の岸は文四郎(藤沢周平「せみしぐれ」主人公)と同じ山形県庄内出身の歌手。難病でまだまだこれからというときに亡くなった。好きな歌手であったので、忘れられない。
 TRK12「街の灯り」は堺正章に阿久悠が詞を書いたもの。時代を切り取ったといわれる偉大な作詞家であった。彼の名とともにこの曲は長く残ると思う。フランク永井の「街の灯り」は、堺正章のとはまったく異なるおもむきを楽しめる。
 これからも、昭和の大歌手フランク永井の、今まで日の目をみていないような曲や映像を紹介していただければうれしい。ビクターさんのなかなかおもてにでることはない、追及新に大きな拍手を送りたい。
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 フランク永井の祥月。今年もNHKは放送してくれた。3時台「にっぽんの歌こころの歌」コーナー、こころに残る往年の名歌手として、14日にパートⅠ、28日にパートⅡ「フランク永井」特集が放送された。アンカーは深夜便に今年から配属という山下信アナ。
 深夜便のよさは、第一に落ち着いたていねいな語り。静かにきっちりとひととなりをそつなく紹介してくれる。2回のパートで1つを構成しながらも、それぞれ1回聴いただけで十分に良さを前面にだしているところが優れている。
 第二の取り上げる曲は毎年微妙にことなりながらも、ファンの動きをとらえている点だ。1日目はデビュー時のヒット曲を11曲とりあげている。音源は当時の録音を採用している。主に、ビクターから近年に発売された「日本の流行歌スターたち」と「シングルA面全集」。
 ヒット曲は後日にステレオ録音されたり、セルフカバー的に編曲が新しくしたりしたものもあるが、初期のものが採用されたのはイイ。
 「有楽町で逢いましょう」「場末のペット吹き」「東京午前三時」「夜霧の第二国道」「羽田発7時50分」「西銀座駅前」「ラブ・レター」「東京カチート」「君恋し」「霧子のタンゴ」「東京ナイト・クラブ」。
 山下アナは「西銀座駅前」に思い入れがあったとのこと。確かにこの曲は当時聴く人を驚かせた。フランク永井と恩師吉田正。その吉田と最強のコンビであった作詞家の佐伯孝夫。このユニットの作品で「〽ABC、XYZ...それがオイラのくちぐせさ...」という歌詞。それを吉田のメロディーが大胆に聴く人にぶつける。フランク永井が絶妙に歌う。これは皆が聴いて耳に残り、口ずさんだのだが、フランク永井に匹敵するカバーは長くでなかった。後にいろいろな歌手が挑戦はしたが、多くは遠慮気味か引くかだ。とてもかなわないのだ。
 文四郎的には、聴いて揺さぶられるのは「東京午前三時」かな。戦争で首都東京は野になった。それがわずかな期間できらびやかな都会に復興していく。1964年のオリンピック開催あたりの時期がひとつの目標。それに向かって高度成長を突っ走っている時期。
 街の表は優先的に洗練されていく。しかしひとたび一本横道に入るとまだまだ闇市のにおいが漂う。夜の東京は昼に見えない猥雑な姿を現す。「〽あの娘きままな流れ星...」。都会に出てきたばかりの田舎者の文四郎は、この歌を聴くと鮮明にその当時を思い起こす。
 2日目はフランク永井の残した曲の、ジャンルの幅広さに注目して選ばれたもの10曲。
 「16トン」「13800円」「こいさんのラブ・コール」「夜霧に消えたチャコ」「赤ちゃんは王様だ」「秋」「ふたりだけのワルツ」「WOMAN」「あなたのすべてを」「おまえに」。
 ここでは「秋」「WOMAN」が近年の流れとして評価していいのではなかろうか。選曲者のセンス。「秋」は先に紹介した「日本の流行歌スターたち」で初デジタル化されたもの。しかも当時シングル盤はモノラルだが、同時期に別途ステレオ録音されたのを収録した。これが紹介された。
 「WOMAN」は近年大ヒット(とはちょっと言いすぎ?)。仕事時間中にNHKラジオをかけっぱなしにしていることが多いのだが、この曲が流れる。山下達郎人気は衰え知らずだが、フランク永井はいい曲を残したものだ。MEG-CDでこれが復刻発売されたのは2017年。若い年代に注目された。そしてLPも発売されるに至った。
 「こいさんのラブ・コール」はフランク永井の関西モノ人気のはしりの曲。この曲の作曲家大野正雄は今年87歳でお亡くなりになった。こころからご冥福をお祈りする。フランク永井に関西モノを多く書いてくださった。
 「赤ちゃんは王様だは日本レコード大賞歌唱賞を授賞した曲。当時何度も毎日のようにラジオで流れた。しかしこれは梓みちよの「こんにちはあかちゃん」というとんでもないビッグ・ヒットに越された。やむを得ないがフランク永井の幅広い歌にも、卓越した歌唱をするという実力をみせつけたものだった。
 この盤については文四郎的には別の思い入れがある。そのように人気の歌なのだが、かんじんな盤の現物が手元にないのだ。この歌は「フランクおじさんといっしょ」というLP、同名タイトルのソノシートにも納められ、シングル盤的なソノシートも出された。EP版もちょっとデザインを変えただけのもので多数が出ている。
 データブックの編纂のために可能な限り盤を収集したのだが、上記のいくつかのは手に入ってもEP盤は出てこない。表裏のジャケットはあっても盤がない。ところが、実はつい最近ヤフオクでその盤が出された。フランク永井のファンはこうした実情を知っていて、この盤はかつてない記録的な高額がついた。フランク永井のファンの熱情というものの深さをあなどってはならない。現在のような時点でもこうしたことが展開されているのだ。
 さて、もうひとつ、今回の放送で注目したのは「あなたのすべてを」だ。周知のごとくこれは佐々木勉の名曲だ。著名な何人もカバーを出している。フランク永井のは名手宮川泰が編曲を手掛けたもの。何といっても発売された1985年はフランク永井が舞台を降りた年で、これが最後のレコードとなった。しかもこの年は佐々木が若くして亡くなったときでもある。
 この曲を取り上げた選者に拍手したい。フランク永井のこの曲は他のカバー歌手のと比較(曲がいいだけに他の歌手のどのカバーもすごくいい)してもすごいのだが、聴いていて思いがあふれてしまうのは三番「〽こんど逢えるのはいつの日かしら...」だ。

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