第11回フランク永井歌コンクールが開催、神永さんが歌った「夜霧に消えたチャコ」が優勝

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 宮城県大崎市は台風19号の被害が報道でも大きく扱われたように、中止が危ぶまれていました。そんななか開かれた11回目の歌コンクールの審査結果は、下記のとおりでした。こころからお祝い申し上げます。

優 勝 神永 世四郎 「夜霧に消えたチャコ」
    (茨城県笠間市)
準優勝 佐々木 良二 「新東京小唄」
    (宮城県仙台市泉区)
第3位 今野 中道  「冬子という女」
    (宮城県仙台市宮城野区)
特別賞 佐藤 宏実知 「君恋し」
    (秋田県由利本荘市)
    千葉 智弘  「六本木ワルツ」
    (岩手県奥州市)
    岡田 順介  「東京午前三時」
    (千葉県佐倉市)

 歌コンの催しが災害と重なってのことで、全員の黙とうで始まるという異例の大会になりました。当然、大崎市ではすべての催しが中止されたのですが、歌コンは全国的な催しで、直前の告知の徹底をすることができないという制限のなかで開かれたものです。
 実際に準備を進められていた関係者や、地元の方や、途中を観察しながら車で来られた方に聞きましたが、多数の爪痕が残っている状況でした。広大な広さを誇る大崎市の平野。河川の管理は抜け目なくやっていても、かつてない雨量にあえば、どうしても弱いところで被害がでます。
 歌コンの会場周辺もそうした浸水にあっていました。当日の催しを楽しみにされていた方々も、対応に追われてこられなかった方もおりました。

 さて、歌コンの当日の様子に戻ります。歌コンで歌われる歌のリストは、会場に来られた方に配られるパンフレットに書かれています。111組のリストを見ると、まず気付くのは、フランク永井の歌で今まで歌コンといえども歌われなかった歌が、比較的多かったことです。
 それには演奏(カラオケ)数が限られているというのが一番大きな理由と思われますが、独自に準備されたり、エントリーする方の熱意の賜物かと。
 「届かない手紙」「東京しぐれ」「WOMAN」「ふるさとの風」「つかの間の恋」「幸せって奴は」「季節はずれの風鈴」「わかれ」といった名作への挑戦がありました。
 そうした曲にはいままでファンであっても、そうとうフレッシュに感じたのではないでしょうか。同時に年代的にも若い層の方や、女性の方の挑戦者が増えた気がします。

 長年にわたって審査をされてこられた白井先生から、審査委員長が井上先生に変わりました。決勝大会での講評では、まずフランク永井の日本語の発音の良さを見習いなさいと。そして、同時にフランク永井のマネをしちゃいけないのはタメだよと。
 その歌の技巧はフランク永井という歌の天才のなせる技で、それはなみなみならない努力と鍛錬で計算されて生かされているもの。これを一般の歌好きが安易にまねてもイヤミにしか聞こえないものだという旨の話をされてました。
 やはり聴く人を感心させたり、うなずかせたりするのは、発音のきれいさ、音程への素直さは基本中の基本だと。その上で、歌への余裕ある姿勢がないと、聴いていて気持ちが押され詰まってしまう。聴く人がいる「歌」の心得がわかりやすかったと、多くの方が感じていたようです。
 また、なるほどと思ったことがありました。それは、フランク永井の歌の素晴らしさをなかなか、日本人が気付かない点ということ。以前に、歌コンに米国からわざわざ参加された方がおられました。この方はフランク永井の日本語の発声について、日本人は気づいていない、あるいは軽視していると「怒って」いたといいます。
 また、同様にハンガリーからエントリーされた方も同じ。日本語の教師をされているという。その方はフランク永井の歌を知って、日本語の発音の美しさに感激したという。
 一概にいうのは適切ではないかもしれないが、大陸でつながる外国の方は日本人と音域や発が相当異なっています。そうした方は日本で言う「低音」がどうだという発想はでてきません。むしろ、純粋に言葉と発のよさに敏感です。これがフランク永井の歌を聴いて、日本人とは少し異なる視点からの気づきなのかと思います。
 フランク永井はナイトクラブとかでいわばBGMとして歌っていました。それは、歌が恋人や友との会話を邪魔しない。それでいてムードをだし、癒しの効果を感じさせてくれるという特性があります。だが、フランク永井のファンは一歩進めて、フランク永井の歌をじっくりと、気を集中させてきくこともします。するとどうでしょう。一曲ごと、一フレーズ毎、そこにはプロの歌手であることを納得させる、実に深い歌への理解と思いが聴き取れます。
 フランク永井のような歌手がもう現れないのか。そう吉田正という稀有の偉大な教師に巡り合えたこともあったが、やはり、フランク永井自身の歌への追及心に対して、並ぶような歌手がいないのだろうと思います。

 審査のあいだは、アトラクションのお時間。今年も松山中学校の吹奏楽部のみなさんがフランク永井の曲にトライしてくださった。また日本の古くからの芸能のひとつ龍笛演奏を在松山の山下進氏が披露されました。これも「君恋し」など他では聴くことができない素晴らしい演奏が楽しめました。
 また、会場に装飾された今回の展示では「フランク永井が残したレコードの全ジャケット」と「フランク永井が出演・主題歌を提供した全映画のポスター」(都合で全部展示できなかったのが残念)が披露されました。いずれも、数十年間に及ぶ収集品で、空前絶後、ここだけでしか見られない展示で来客者の目をひきつけていました。
 今回は、ちょっと書き方を変えてみました。ということでまた次回。


【追記】2019.10.22「タメ」についての若干の私的コメント
 なお、音楽とカラオケについての素人の独断の認識です。
 カラオケは誰でも好きなように歌うもので、歌い方に拘束は皆無です。
 ただ、ひとたび誰かに「聴かせる」となると、聴く人はそれこそ、無責任・勝手に何らかの感想を持つことになります。聴く人は百人百色で受け止め、その気持ちが歌い手を拘束することもありません。
 これが、カラオケ・バトルとかカラオケ・コンクールとなると、審査があります。歌う方はうまくなりたい、聴かせたいという意志があります。審査側は歌い手の「差・違い」を何かの基準で数値化して比較することになります。結果はなるべく公正ではないかと想定した基準から導き出します。もちろんこの結果は歌った歌い手一人に対してだけ通用するものです。なので、スポーツのアスリートの順位と同じです。これが、誤解とすり替えから、争いとか根に持つような感じになることがありますが、それは厳しく戒めるべきだと思います。
 さて、カラオケでの基準は「リズム」「音程」「安定感」「抑揚」「ロングトーン」「テクニック」の視点からみるのが一般的と言われています。こぶし、しゃくり、ビブラートという表現技術は「テクニック」にはいります。
 「リズム」は言うまでもなく、音符に示されたポイントで歌い手が正確に発声するということです。カラオケの演奏はプロが楽譜に忠実にリズムを再現します。歌うのが人間であるためにそのリズムとずれることがあります。評価では前にずれたり(走る)、後ろにずれたり(タメる)は大前提としてダメです。
 前回の記事で「AIで再現する美空ひばり」番組をとりあげました。ひばりの歌をYAMAHAチームが徹底的に分析したのですが、その一つにこの走る・タメるがわずかに入っているのを確認したのですね。音符通りとずれたのとの相違は、聴く人に情感の伝え方だと。ほんのわずかで、聴く人には、その方が自然に聴こえるレベルのものということでした。
 ところが、このタメ(タメると走る)は、歌手の詞の解釈力とプロの歌手としての常人では説明し難い天才のセンスと練習から生まれたものだという。これを一般の人が他の「テクニック」と同列に誤解してやってみるようなことをすると、必ず失敗するものだという。フランク永井歌コンクールでの審査委員長のお話でした。
 同列ではないし、そもそも徹底的に音符に忠実に歌い、音程・安定感・抑揚・ロングトーンなどのレベルが十分なレベルに達した人が、自然な表現技術として「漏れた」ようなものがタメといえるようです。

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このページは、文四郎が2019年10月21日 14:46に書いたブログ記事です。

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