フランク永井、AIでのそっくりさん復刻をファンは望むか? それとも楽しむ?

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 近年のAIの勃興はすさまじい。さきほどぼんやりテレビを観ていたら、台風18号が発生したと。その進路予測というのを見ていたら、8(いやよくわからない)国の気象コンピュータ予測というものを重ねて描いていた。その予測進路はおおむね同じで、日本列島を境に太平洋側と日本海側に少し別れていた。日本の気象庁のもあったと思えるがどこだったかは認識できなかった。
 こう重ねてみると、観ていて何となく強く説得されそう。
 さて、明日29日、日曜日のNHK総合テレビで、9時「NスぺAIでよみがえる美空ひばり」というのが放映される。26日の新聞に記事が出ていて興味を持ち、この番組を知った。
 以前「邪道か、フランクロイド永井はまだだが、ハルオロイド・ミナミが歌う「川の流れのように」(2017.5.20) で、三波春夫のハルオロイドを紹介した。今回のは、美空ひばりが対象だが、2年前との相違は、映像がともなうことだ。美空ひばりの、実際にはあり得ない容姿。それが、実際には吹き込みをしていない曲を唄うというのだ。
 影像も従来の意味での映像ではない。等身大で精密な解像度に十分に耐える立体の映像。
 番組の紹介は次のとおり。【生前最後の曲「川の流れのように」を手がけた秋元康が、AIひばりのために新曲をプロデュース。天童よしみが振り付けを担当。森英恵が衣装を手がけた。 これまでの美空ひばりの映像から4K・3Dホログラム映像で等身大の美空ひばりを出現させ、一夜限りの新曲披露コンサートが開催された。その模様をNHKスペシャルで放送。あなたも新たなる歴史の目撃者となる。】
 興味をそそる。気になる方はぜひとも番組を観てほしい。
 AIはビッグデータに支えられている。人間が一人はおろか、よってたかって知識や思考を働かしてもかなわない一線を越えている。ここから新たな世界が展開される。人間をAIが超えたら、人間はどうなるのかという深刻な課題だ。人間が想像したなにものかが人間を超えるということは、人間がなにものかの「支配下」に置かれるのではないかという疑念が起こる。
 つまり、AIはまさに自動的に関連したことを集約する「能力」を身につけているようで、どん欲に、日々勝手に見聞き(人間側が与える情報)していく。AIが得たとおぼしき結論は人間側には分からないというところが不気味だ。ただ、もうパンドラの箱は開けられてしまったので、もしかしてAIの悪魔のような欲望の急速な拡張を、人間側がもう押しとどめられないのかもしれない。
 何か不安になることだが、さてさて、人間の知恵はどう対処するのか。まだ論議が続いている。番組での取り上げている「課題」は、極めて卑近な(失礼)もの。こうして作られる映像や音声の「権利」の問題。著作権の問題。今今、例えば、ニュースを読むアナウンサーや、アテレコの声優は職を失うのではないかというような問題だ。確かにこれは現行の法律の問題であり、現在それを職業にしている人の生活の問題でもある。
 ハルオロイドでも触れたが、今回も諸権利を扱う事務所とレコード会社、開発の企業が全面的な提携プロジェクトを組織して実現している。
 さて、ファンへの恩恵はどう展開していくのか。
 フランク永井についてはどうだろう。美空ひばりと同じようなプロジェクトが進んでいるとは聞かない。美空ひばりでもそうだが、この度のようなホログラムが自在に使えるようになれば、応用は無限に広がってしまう。新曲は次つぎと、容易に出せるだろうし、ビデオのアルバム発売などお手の物だ。そればかりか、世界中で、いつでも、どこでも、コンサートが可能になる。歌ばかりか、インタビューも、会談も可能だ。つまり、美空ひばりが実在していた一人の世界より、仮想なので、複数の同時「存在」というあり得ないようなことも可能になる。
 こんなことがフランク永井に起こってほしいだろうか。人間が、権利の管理者が許可しなければどうにもならないから、それが壁になって、勝手な発展・拡大にはならないよ、という予測をする意見もある。しかに、常にそのときの予測や制限は時間の問題で越されていくものだ。
 前回に触れたフランク永井と山下達郎のジョイント。予定されていた曲はアルバムだから、およそ8曲以上はあったと思える。そのうちの相当数は準備が終わっていたはずだ。つまり吹き込み直前であったはず。ファンはそれを聴きたかったかもしれない。それをフランク永井がさまざまな悩みや困難を克服して、歌っていたとしたらどうだったのか、などという気持ちは起こる。
 これをAIで今なら技術的には実現できる。そのようなことなのだが、はたして、それは実現されて、歓迎されるものなのか。どうだろう。ここまでの流れでお分かりかと思うが、文四郎的には「実現されなくてもイイ」かな。だが、AIへの疑念というものから離れた場合、ひとつの娯楽、楽しみとしてなら、わずかあってもイイかなと。
 つまり、フランク永井が現実の世界で作ってきた足跡や現実の実績にプラスの影響を及ぼすという制限の上でなら容認できるかなと思うのだが、あくまでも私的な狭い見解。これを超えるとやはり、邪道かなと。ともかく、明日の番組をご覧になって想像していてはいかがだろうか。

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このページは、文四郎が2019年9月28日 12:40に書いたブログ記事です。

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