フランク永井「ラブ・レター」の映画、鈴木清順監督「らぶれたあ」が上映された

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 今月はフランク永井映画月とかってに呼ぶことにする。今回の紹介は1959年の日活映画「らぶれたあ」。
 フランク永井の歌に連携して作られた映画の一本。監督は鈴木清順。時間はおよそ40分というもので、テレビでのほぼ1時間ラブ・ドラマといったところ。だが、観てみた感想としてはどうだろう。多くの観劇者おられたが、どういう感想をもったのだろうか。
 鈴木監督というと赤木圭一郎、宍戸錠といったところを連想する。ポイントどこではキザだが、決めポーズがあり、どのシーンがそれなのかを期待してみた記憶がある。監督の初期の作品でまだご本人の特性が反映されていない映画だったかもしれない。
 さまざまな評価もあろうが、筆者の見た所でのミソは、主人公の青年(待田京介)が、実は正男役と隆次役をやっていて、二人は双子の兄弟というところだろうか。主人公の美女(筑波久子)が療養中の正男に恋してしまい、心が揺れ動く。正男からの手紙が少しずつ変化もする。
 筑波が役する梢は、その変化に疑問を感じつつも、確かめて腹を決めようと信濃の山荘に出かける。青年と再会する。確かに姿はあのときの正男なのだが、明らかな違和感も感じる。それが実は...というのが物語なのだが、短時間でのドラマの展開としては、よくできているのかもしれない。
 この映画には、フランク永井が実際に出演している。梢がピアノを弾く「クラブ・モンプティ」の支配人という設定で、実は梢に懸想している。梢が正男に惚れているのを知ってのうえだ。山荘に疑念をはらいに行こうとする梢に言う。「行って、正男に失望だったなら、ボクのところに帰ってきておくれ」と。うなずいて梢は向かう。
 フランク永井の映画出演は他にもあり、どの程度の役をこなしたのかは、全部を観ていなので比較できないが、この映画ではけっこうそれなりの役を負っているのではなだろうか。つまり、終盤で確かに、梢は帰ってくる。フランク永井(福井)には、梢のしぐさから、もしやと思わせる。だが、思わぬことに隆次が梢を愛してしまい、遠方から梢に逢いにくる。この姿を見て、梢自身もいつしか強い反発をもちながらも、こころは隆次に傾いていたことを自分で知ってしまう。
 フランク永井演ずる福井は...。だが「青い国道」でもそうだったが、なかなかいい姿勢で対応しているのがいい。
 この映画で欠かせない、観てておおいに得した気持ちにさせるのは、フランク永井がちゃんと「ラブ・レター」を歌うシーンが見れることだ。クラブの支配人兼、そこのクラブ歌手でもあるのだ。燕尾服をまとい、歌手として歌う姿はさすがの安定感だ。
 「有楽町で逢いましょう」もそうであったが、映画での歌唱はレコードと比較して「ゆったり」している。それに、編曲が異なるので、ちょっと戸惑う。「ラブ・レター」は、1958(S33)に佐伯孝夫作詞、吉田正作曲、寺岡真三編曲のいい歌だ。代表曲とまでは言わないまでも、ほとんどそれに近い。その後ステレオ化され、いつくものLPに収められた。「ほのかに暗い 紫シェード...」の歌い出しは、一度聴くと忘れられない印象を残す。佐伯の詩が恩師吉田正によって活かされ、フランク永井の見事な歌唱でこころに訴える。
 ということで、鈴木清順監督の初期作品を楽しんだ。

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このページは、文四郎が2019年6月21日 17:27に書いたブログ記事です。

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