フランク永井の名曲「夜霧に消えたチャコ」の映画化、日活作品を鑑賞

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 開催中の映画祭で上映中のフランク永井映画2本目を紹介したい。「夜霧に消えたチャコ」だ。いうまでもなく、宮川哲夫作詞、渡久地政信作曲の秀逸な曲だ。
 歌は1959(S34)年4月に発売されてすぐにヒット曲になった。「有楽町で逢いましょう」でフランク永井の人気が爆発して以来、発売されれ曲は注目されて、フランク永井はそれに応えた。
 恩師吉田正の盟友渡久地政信の曲は先に「俺は淋しいんだ」で大成功を収めている。「夜霧に消えたチャコ」はそれに続いた大ヒット。さっそくこの年に同名の映画化が日活からされた。それが今回の映画祭での作品。レコードとほぼ同時の5月には上映された。49分という短いモノクロ映画。
 題名から連想されるように、夜霧に消え去る女チャコ、失恋ものだ。数多くのヒット作品の作詞をてがけ、映画やドラマのシナリオを多く手掛けた川内康範の腕がさえた映画だ。
 時間つぶしかも知れないが、上映中ずっと観客の目をスクリーンに引き付けておく力量はさすがだといえる。テレビでも映画でも不自然と無理がつきもので、これが魅力になっているところがある。
 「夜霧に消えたチャコ」の主人公は「らぶれたあ」と同じく筑波久子が「久子=チャコ」役を演じ、恋人の「節夫」役は「青い国道」でも主人公を演じた青山恭二。節夫はタクシーの運転手だが、久子は不明だ。
 物語の展開は切れがいい。川内康範が描いたポイントは恋愛ものではあるのだが、時代をも鋭く切り込んでいる。「夜霧に消え」る女のワケを観衆に納得させる。敗戦と原爆だ。久子は広島で被爆し、家族を失った。
 映画では「原子病」と呼び、ウツルとか、罹患の危惧が久子を苦しめる。また、みなしごを縁戚の叔父が襲う。あっちゃいけないが、実際には似た話がよくあった時代だ。久子は映画の冒頭で、苦しみを遺書にしたため、濃い霧にまみれて自動車に轢かれる自殺をはかる。
 そのときの運転手が節夫。彼は久子にいつしか恋心を抱く。それを久子は感じるが「わたしは汚れた女。原子病の影を持ったままでは幸せになれない」と思って、消えるのである。
 野垂れるようにしている久子を銀座の酒場「ボザール」マダムが拾う。店で働くようになる。そこに不幸にも、久子が東京に逃げてくる原因のひとつでもある男が偶然店に顔を出す。その前後、探し求めていた久子を節夫はみつける。久子の過去を無残に暴く男とケンカになる。
 節夫と久子は再開後結ばれるのかと思いきや、久子は店にもことわらずに、再び失意のまま濃い夜霧に消えこむように、いなくなってしまうという流れだ。
 この映画には、フランク永井が出演している。作曲を目指す青年といったところか。いい詩を書く節夫と友人だ。ここでは「夜霧に消えたチャコ」の作詞家宮川哲夫と渡久地政信の役割。そして、その場でギターを弾きながら「夜霧に消えたチャコ」を歌うシーンがはいる。
 このように存在はよく知っていた映画なのだが、見ごたえのある映画であった。
 ところで「夜霧に消えたチャコ」は名曲であるがゆえに、多くの歌手がカバーしている。だが昔テレビであれっと思ってみたのは、森昌子のもの。珍しいことに楽譜を手にしてまじめにこの曲を歌っていた。
 さらに菅原文太を有名にした東映映画「現代やくざ与太者の掟」(1969=S44年降旗康男監督)だが、ここで「夜霧に消えたチャコ」は挿入歌として採用され、若山富三郎がちゃんと歌っている。

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このページは、文四郎が2019年6月15日 15:25に書いたブログ記事です。

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