2019年6月アーカイブ

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 今月はフランク永井映画月とかってに呼ぶことにする。今回の紹介は1959年の日活映画「らぶれたあ」。
 フランク永井の歌に連携して作られた映画の一本。監督は鈴木清順。時間はおよそ40分というもので、テレビでのほぼ1時間ラブ・ドラマといったところ。だが、観てみた感想としてはどうだろう。多くの観劇者おられたが、どういう感想をもったのだろうか。
 鈴木監督というと赤木圭一郎、宍戸錠といったところを連想する。ポイントどこではキザだが、決めポーズがあり、どのシーンがそれなのかを期待してみた記憶がある。監督の初期の作品でまだご本人の特性が反映されていない映画だったかもしれない。
 さまざまな評価もあろうが、筆者の見た所でのミソは、主人公の青年(待田京介)が、実は正男役と隆次役をやっていて、二人は双子の兄弟というところだろうか。主人公の美女(筑波久子)が療養中の正男に恋してしまい、心が揺れ動く。正男からの手紙が少しずつ変化もする。
 筑波が役する梢は、その変化に疑問を感じつつも、確かめて腹を決めようと信濃の山荘に出かける。青年と再会する。確かに姿はあのときの正男なのだが、明らかな違和感も感じる。それが実は...というのが物語なのだが、短時間でのドラマの展開としては、よくできているのかもしれない。
 この映画には、フランク永井が実際に出演している。梢がピアノを弾く「クラブ・モンプティ」の支配人という設定で、実は梢に懸想している。梢が正男に惚れているのを知ってのうえだ。山荘に疑念をはらいに行こうとする梢に言う。「行って、正男に失望だったなら、ボクのところに帰ってきておくれ」と。うなずいて梢は向かう。
 フランク永井の映画出演は他にもあり、どの程度の役をこなしたのかは、全部を観ていなので比較できないが、この映画ではけっこうそれなりの役を負っているのではなだろうか。つまり、終盤で確かに、梢は帰ってくる。フランク永井(福井)には、梢のしぐさから、もしやと思わせる。だが、思わぬことに隆次が梢を愛してしまい、遠方から梢に逢いにくる。この姿を見て、梢自身もいつしか強い反発をもちながらも、こころは隆次に傾いていたことを自分で知ってしまう。
 フランク永井演ずる福井は...。だが「青い国道」でもそうだったが、なかなかいい姿勢で対応しているのがいい。
 この映画で欠かせない、観てておおいに得した気持ちにさせるのは、フランク永井がちゃんと「ラブ・レター」を歌うシーンが見れることだ。クラブの支配人兼、そこのクラブ歌手でもあるのだ。燕尾服をまとい、歌手として歌う姿はさすがの安定感だ。
 「有楽町で逢いましょう」もそうであったが、映画での歌唱はレコードと比較して「ゆったり」している。それに、編曲が異なるので、ちょっと戸惑う。「ラブ・レター」は、1958(S33)に佐伯孝夫作詞、吉田正作曲、寺岡真三編曲のいい歌だ。代表曲とまでは言わないまでも、ほとんどそれに近い。その後ステレオ化され、いつくものLPに収められた。「ほのかに暗い 紫シェード...」の歌い出しは、一度聴くと忘れられない印象を残す。佐伯の詩が恩師吉田正によって活かされ、フランク永井の見事な歌唱でこころに訴える。
 ということで、鈴木清順監督の初期作品を楽しんだ。
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 開催中の映画祭で上映中のフランク永井映画2本目を紹介したい。「夜霧に消えたチャコ」だ。いうまでもなく、宮川哲夫作詞、渡久地政信作曲の秀逸な曲だ。
 歌は1959(S34)年4月に発売されてすぐにヒット曲になった。「有楽町で逢いましょう」でフランク永井の人気が爆発して以来、発売されれ曲は注目されて、フランク永井はそれに応えた。
 恩師吉田正の盟友渡久地政信の曲は先に「俺は淋しいんだ」で大成功を収めている。「夜霧に消えたチャコ」はそれに続いた大ヒット。さっそくこの年に同名の映画化が日活からされた。それが今回の映画祭での作品。レコードとほぼ同時の5月には上映された。49分という短いモノクロ映画。
 題名から連想されるように、夜霧に消え去る女チャコ、失恋ものだ。数多くのヒット作品の作詞をてがけ、映画やドラマのシナリオを多く手掛けた川内康範の腕がさえた映画だ。
 時間つぶしかも知れないが、上映中ずっと観客の目をスクリーンに引き付けておく力量はさすがだといえる。テレビでも映画でも不自然と無理がつきもので、これが魅力になっているところがある。
 「夜霧に消えたチャコ」の主人公は「らぶれたあ」と同じく筑波久子が「久子=チャコ」役を演じ、恋人の「節夫」役は「青い国道」でも主人公を演じた青山恭二。節夫はタクシーの運転手だが、久子は不明だ。
 物語の展開は切れがいい。川内康範が描いたポイントは恋愛ものではあるのだが、時代をも鋭く切り込んでいる。「夜霧に消え」る女のワケを観衆に納得させる。敗戦と原爆だ。久子は広島で被爆し、家族を失った。
 映画では「原子病」と呼び、ウツルとか、罹患の危惧が久子を苦しめる。また、みなしごを縁戚の叔父が襲う。あっちゃいけないが、実際には似た話がよくあった時代だ。久子は映画の冒頭で、苦しみを遺書にしたため、濃い霧にまみれて自動車に轢かれる自殺をはかる。
 そのときの運転手が節夫。彼は久子にいつしか恋心を抱く。それを久子は感じるが「わたしは汚れた女。原子病の影を持ったままでは幸せになれない」と思って、消えるのである。
 野垂れるようにしている久子を銀座の酒場「ボザール」マダムが拾う。店で働くようになる。そこに不幸にも、久子が東京に逃げてくる原因のひとつでもある男が偶然店に顔を出す。その前後、探し求めていた久子を節夫はみつける。久子の過去を無残に暴く男とケンカになる。
 節夫と久子は再開後結ばれるのかと思いきや、久子は店にもことわらずに、再び失意のまま濃い夜霧に消えこむように、いなくなってしまうという流れだ。
 この映画には、フランク永井が出演している。作曲を目指す青年といったところか。いい詩を書く節夫と友人だ。ここでは「夜霧に消えたチャコ」の作詞家宮川哲夫と渡久地政信の役割。そして、その場でギターを弾きながら「夜霧に消えたチャコ」を歌うシーンがはいる。
 このように存在はよく知っていた映画なのだが、見ごたえのある映画であった。
 ところで「夜霧に消えたチャコ」は名曲であるがゆえに、多くの歌手がカバーしている。だが昔テレビであれっと思ってみたのは、森昌子のもの。珍しいことに楽譜を手にしてまじめにこの曲を歌っていた。
 さらに菅原文太を有名にした東映映画「現代やくざ与太者の掟」(1969=S44年降旗康男監督)だが、ここで「夜霧に消えたチャコ」は挿入歌として採用され、若山富三郎がちゃんと歌っている。
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 現在「ラピュタ阿佐ヶ谷(東京阿佐ヶ谷)」で開催中の「SPパラダイス2019」において、フランク永井が出演あるいは主題歌を歌った映画が上映されている。場所がとても映画館とは思われないステキ?なところ(写真右)。「たそがれの東京タワー」「西銀座駅前」「夜霧に消えたチャコ」「らぶれたあ」である。
 ここでは好きな神楽坂浮子が主演する「初恋カナリヤ娘」というのも観たいのだが、そこはぐっとこらえ、まず「たそがれの東京タワー」を見たので紹介したい。二谷英明、中村万寿子主演の日活「東京ロマンス・ウェイ」という、同じく東京タワーを柱にした映画と2本立て。先に紹介で失礼だが、ここでは若き(みんな若いか!)平尾昌章(当時の名前)がいくつか歌を歌う。二谷の男前もそうだが、後の水戸黄門を演じた西村晃の超オーバーな三枚目ぶりが楽しめる(「西銀座駅前」でも)。ちなみに出演している子供がいい。
 「たそがれの東京タワー」(1959年阿部毅監督)も東京タワーの完成にちなんだ何本かの映画会社の競作のような大映の一本。歌も多数のレコード会社が競作した。美空ひばりも歌っている。ビクターはフランク永井に「たそがれのテレビ塔」を歌わせ、映画「たそがれの東京タワー」の主題歌にした。
 シングル盤は曽根史郎と表裏を飾ったものだが、東京タワー完成に関係して催されたさまざまなイベントのグッズ用にも写真のごとく何枚かのソノシート版も作られた。黄色盤はフジテレビ開局記念のもの。三浦洸一との表裏は和田弘とマヒナスターズと組んで「たそがれのテレビ塔」を歌ったもの。吉川静夫作詞豊田一雄作曲で、いちど聴けば印象に残る曲だ。
 映画にフランク永井は出演していない。歌にあわせて展開されるモノクロドラマ、およそ一時間。
 物語は東京タワーを舞台に展開される出会い。自動車会社の御曹司と田舎から出てきた娘が結ばれるというものなのだが、詳細を紹介するのはやや憚れるものがある。まず孤児院出身(戦争孤児が当時全国に多数)で銀座のブティックのお針子(死語?)京子。住み込み。はしゃぐ都会出身(と思える)同僚の娘たちからは敬遠状態で孤立しさみしい生活。いつも穴の開いたカーディガンをみつめ、めいる。
 休日、自分の中の分身が悪魔のようにささやく。それにそそのかされて、店が受けた注文品の洋服やコートをまとい街に出る。足はいつのまにか東京タワーの展望台に。そこで、なぜか子供連れで遊びに来た男性と出会う。男性から茶の同席に誘われる。疎外された子供はわざと京子にジュースをかける。
 はじめてのアバンチュールで、休日のたびに会いたくなっていく。その都度、店の洋服を無断で着用し、自分を外国航路の船長をしている富豪の娘だと嘘を重ねていく。このけなげだが危ない心理は当然店で阻喪になり、ばれていく。こうした展開はいつの間に、観衆をひきつけ、はらはらさせる。
 あった男は演じるのは小林勝彦。京子は仁木多鶴子。写真のように若尾文子似の美人なのだが、主演女優がほぼ全編眉間に深いしわを刻んだ顔で演じる。
 この映画でも子役が活躍する。阻喪がばれた京子は相手に偽ったことを正直に告げて離れようとするが会えない。彼はいいなずけのような女性との結婚はしないと父に告げる。しかし彼は彼女の居場所を知らない。ここでふと彼女を発見するのが、その少年なのだ。
 東京タワーが完成した1958年当時の帝都の様子が画面からうかがえるのもいい。
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 例年この時期に公演される「東京ラジオ歌謡音楽祭」。5月26日第23回が催された。およそ4時間超、のべおよそ50名が熱唱、満員の観客をうならせた。
 戦後日本の復興を歌でささえたひとつの人気番組「ラジオ歌謡」は、現在も熱心なファンが健在で歌を継いでいる。ラジオ歌謡は清廉が特徴で、他の歌番組とは色合いがやや違っている。八洲秀章や小関小裕而らが作曲では有名だ。
 この催しに毎回のようにゲストで出演していた鳴海日出夫はご高齢にもかかわらず、清らかな歌唱で人気をはくしてきたこられただ、一昨年に亡くなられた。今回はそれをしのぶコーナーが特設され「りんどうの花咲けば」「ポプラに歌う」「高原の旅情」「月日は遠く」が、東京ラジオ歌謡を歌う会の代表的メンバーで歌われた。心からのご冥福をお祈りいたします。
 伴奏はエレクトーン演奏家の長谷川幹夫。一台のエレクローンで迫力あるシンセサイザー演奏が楽しめた。
 中休みを挟むのだが、一年間の練習の成果を大披露。出演者の多くはご高齢者だが、その喉の鍛え方にはいつも感心する。歌を思いっきり歌うということが健康維持に大きな効果があることを証明しているかのようだ。もちろん、写真のように小学生にも満たない児童も歌っているのが、実にほほえましく、未来をたのもしくさせる。
 さて、今回のゲストは真理ヨシコ。真理は初代のNHKの歌のお姉さん(おかあさんといっしょ)。4曲歌ったのだが、さすがプロの歌手と誰もがうなずくパワーを示してくれた。
 筆者が真理ヨシコを知ったのは、フランク永井の曲でだ。デビューして10年にも満たないときに、詩人谷川俊太郎や作曲家服部公一らとの連携で、子供向けの歌をいくつか歌った。
 そのひとつ「赤ちゃんは王様だ」(赤山勇作詞、三木鶏郎保作、三木鶏郎作曲)は大当たりで、日本レコード大賞歌唱賞を得た。大賞を逸したのは、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」の人気に及ばなかったため。だが「月火水木金土日の歌」が前年の日本レコード大賞作詞賞を受賞している。
 この「月火水木金土日の歌」でフランク永井がいっしょに歌ったのが、松島みのりと真理ヨシコ。フランク永井の初めてのリサイタル(1963年)でも3人で歌った。この時の写真(中央。その右が今回の催しで熱唱する真理ヨシコ)が残されている。
 フランク永井の子供向けレコードはいくつかあるのだが、実は大変入手しにくいのだ。すでに半世紀以上もまえのことというので、当たり前といえばそのとおりなのだが、やはり歌手のもつ個性や色合いが、世に売り出したいとするものとことなるものだったことが察せられることだ。
 今なら、その歌手の幅広い方面での実力の一つとして、むしろ利用する素材にするところなのだろうが、そこが時代の相違ということかもしれない。ちなみに、子供向けのLP「フランクおじさんといっしょ」(1962年)が出ている。写真は同名のソノシート(ビクター・ミュージック・ブック)。
 「月火水木金土日の歌」で共演した松島みのりは主にアニメ等の声優で大活躍している。お二人にはこれからもお元気で励んでほしいと思うところである。

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