フランク永井の曲を石原裕次郎が歌う「東京午前三時」「俺は淋しいんだ」「東京ナイトクラブ」

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 日活の大スター、テイチクの稼ぎ頭である石原裕次郎。日本で一番愛された男というキャッチも使われた。文句は誰もつけなかった。まあ、昭和日本で男のスターといえば、認めざるを得ないだろう。
 フランク永井、石原裕次郎は当時「低音の魅力」の代表として、誰もが知っていた。最初は三船浩が三人目としてあがっていたが、その後幾人かに変わったようだ。低音ブームがフランク永井の「有楽町で逢いましょう」のヒット以来盛り上がった。
 そのフランク永井のいくつかのヒット曲は、数多くの歌手がカバーしたのだが、低音の歌い手の双璧石原裕次郎がカバーするのは格別といえる。
 フランク永井のビクターに資本的にやや関係が近かった時期もあるテイチクの裕次郎と、特別な交換契約のような関係で、フランク永井が裕次郎の歌を歌い、裕次郎がフランク永井の歌を歌うというのが実現した。もちろん、背景にはカバーブームが盛り上がったということもある。
 しかし、低音を代表する二人が同じように歌うのは芸がない。そのあたりの工夫は当時のプロデューサーが大変苦労したことだろう。
 石原裕次郎が歌ったフランク永井曲は多くない。「東京午前三時」「俺は淋しいんだ」「東京ナイトクラブ」がある。「君恋し」はフランク・バージョンのカバーとはちょっと異なる。裕次郎は懐メロとかカバーに多数挑戦していて、もしかしてフランク永井のカバー(邦楽、洋楽あわせておよそ400曲)よりも多いかもしれない。
 そのレコードはフランク永井活躍時期とかさなるが、同じようにシングル、LP、カセット、ソノシートと多数ある。裕次郎の場合は、没後もすざまじい人気が続き、CDや映像もコンスタントに売れてきた。ご本人は「俺は歌手ではない。俳優」だ、と言い放ち要請されても、NHK紅白歌合戦には出なかった。また、歌は歌い終わったら歌詞などすっかり記憶から消し、出演で歌の要請があれば再度思い起こして、ADが指し示すボードで歌うということも多かったという。
 彼は後年自分の思う映画への思い入れで巨費を投じたのだが、その費用を全国歌の公演で補填したともいう。歌手であるかどうかというよりも、ご本人はそれをさらっと実行できるほどの歌の実力を持っていたのも事実だ。
 このたび、石原裕次郎の全集には手が届かなかったが「石原裕次郎愛唱歌ベスト40」(2009年)をじっくり聴いてみた。このタイトルでLPは確かなかったと思うが、当時数多く吹き込んだムード歌謡のジャンルに入る40曲。フランク永井のカバーがそろって収められている。
 1.東京ナイトクラブ(デュエット:八代亜紀) 2.赤いグラス(デュエット:八代亜紀) 3.ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー 4.赤坂の夜は更けて 5.知りすぎたのね 6.グッド・ナイト 7.東京午前三時 8.赤と黒のブルース 9.ラブユー東京 10.今日でお別れ 11.柳ヶ瀬ブルース 12.よこはま・たそがれ 13.再会 14.俺は淋しいんだ 15.君こそわが命 16.霧にむせぶ夜 17.銀座ブルース 18.知りたくないの 19.小樽のひとよ 20.港町ブルース
 21.知床旅情 22.誰もいない海 23.シクラメンのかほり 24.白いブランコ 25.ひとり寝の子守唄 26.遠くへ行きたい 27.時には母のない子のように 28.四季の歌 29.希望 30.女ひとり 31.爪 32.くちなしの花 33.ウナ・セラ・ディ東京 34.ベッドで煙草を吸わないで 35.喝采 36.あいつ 37.夜明けのうた 38.倖せはここに 39.この胸の高なりを 40.そっとおやすみ
 さすがに「ムード歌謡」代表曲といったところ。ということで帝王のフランク永井もほとんどをカバーしている。裕次郎の歌は緻密さというのはない。ご本人は感情の限りをつくして緻密に挑戦しているのだろうが、そこが聴く人の印象との違いだ。図太い大砲の射撃のようにズドンと一本調子に歌う。
 フランク永井の恩師吉田正はフランク永井にはレコードを聴く人に日本語的な違和感を感じさせてはならない、と厳しい発声の訓練をした。語尾、滑舌で手を抜くような歌い方を容赦なく諭した。裕次郎にも聴かせてあげたいような感想を抱くのだが、実はこれは裕次郎にはおそらく逆効果にしかならないだろう。ここがプロと自称「歌手でない」人との相違。
 裕次郎のラフさ加減。多少譜面に忠実でないところ。それでいて目に見えない本人の工夫。彼の持つ独特の粗さとソフトな声。裕次郎ファンにはこのびっきらぼうがたまらないのだ。彼の売り出しイメージがタフガイ。やんちゃなわがままボーイ。実際はそうであるはずはないのだが、彼は生涯そう演じきった。だから、彼が残した歌もばっちりとその装飾に加担している。
 裕次郎のビジョンを作り、世に出した多数の人たちの圧倒的な勝利だ。ファンはしょせん浮草のような、ちょっとねじれを持っている。論理的でもなく、絵にかいたような高尚さを全く求めていない。そこを突いた創作者たちに、裕次郎は生涯全身で答えたといえる。
 あらぬ方向に話が及んでしまい済まない。さて、このアルバムに注目したのは「俺は淋しいんだ」。これがいままで、なかなか聴けなかったからだ。この曲も「東京午前三時」も、フランク・バージョンとはまったく異なる編曲が、裕次郎らしさを押し出している。オリジナルのフランク永井への敬意。そしてそうした名曲に裕次郎らしいオリジナル性を加えるというトライだ。
 「東京ナイトクラブ」は八代亜紀とのデュエット。裕次郎はデュエット曲の再吹込み時に八代と多くを歌っている。八代亜紀は実はフランク永井とも「東京ナイトクラブ」をデュエットしている。フランク永井と深い信頼関係をもっていた藤田まこと。彼はフランク永井の歌をいくつも歌っているが、この「東京ナイトクラブ」を同様に八代と歌っている。だから、八代は本家フランク永井だけでなく、裕次郎や藤田ともご一緒するという栄誉を得た。
 さて、フランク永井は「ブランデーグラス」「夜霧よ今夜も有難う」「銀座委の恋の物語」「夜明けの街」といったところを歌っている。

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このページは、文四郎が2019年4月13日 16:18に書いたブログ記事です。

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