2019年1月アーカイブ

mx20190119.jpg

 新年早々、嬉しいことが目白押し、とそこまでではないまでも、フランク永井ファンには頬も緩む。BS朝日の人気番組「昭和偉人伝」で2週連続の特集が放送された。
 昭和は今年に年号が変わる。昭和の特集はこれからも続くだろうが、平成の2代前になってしまう。フランク永井ファンにはまた、時代が遠くなってしまいそうで淋しい。
 「昭和偉人伝」の今年第一弾は、昭和歌謡の偉人たちということで、吉田正、遠藤実、岩谷時子、船村徹のお四方の紹介。そして第二弾ではフランク永井と坂本冬美が取り上げられた。
 昭和歌謡はまさに偉人として誰しもが認める作詞家と作曲家。この四人が昭和歌謡にどのようにかかわり、欠かせない役割を果たしたのか。どこが偉大なのかを生誕から人生の暗明、さまざまなエピソードをそつなくまとめ上げたものだ。
 俳優の国村隼の語りが実にいい。番組の内容に実によくマッチしている。落ち着いて鑑賞できる。
 四人の偉人を中心にすえながらも、戦後の歌謡曲の歴史をまんべんなく紹介している。それゆえかどうか、タイトル紹介が30分近くもたってからになる。
 古賀政男・遠藤実に出ている日本的な戦中戦後の歌のライン。敗戦を迎えて洋楽が勢いよく日本に流入する。そのなかで日本的でありながらも、都会の風を表現するおしゃれな歌の実現を求めた吉田正。そして、越路吹雪の信頼を一身にあびた岩谷時子。女性の眼で人間の愛と喜びを描写する才能はとびぬけたものだった。
 吉田正の紹介ではどうしても欠かせないフランク永井。スポニチクリエイツの珍しい映像で登場する。第二弾でも採用されているのだが、この映像は青ガウンの「有楽町で逢いましょう」ばかりでなく、赤ガウンの「おまえに」が出る。もしかして、これは初出かもしれない。
 「おまえに」は1966(S41)年が最初で、1972(S47)年に新たに吹き込みなおしている。影像では後者がはめられているので、当然映像の制作はこのあたりといえる。
 フランク永井と恩師吉田正の当時の活躍ぶりを証言してくれているのは、音楽プロデュサー谷田郷士、元ビクター制作本部長白井信幸、元ビクター常務小林孝正、音楽評論家小西良太郎、湯川れい子、そして後輩の三田明の面々。
 白井は宮城県大崎市松山で毎年開催されているフランク永井歌コンクールの審査委員長を昨年まで十年間やってこられたことでも知られている。
 第二弾でもうひとり紹介されているのは坂本冬美。彼女はフランク永井と並んで紹介されるのは初めてと思うが、歌がうまい。声質と発声、つまり歌唱には他に比較できない圧倒的な個性を持つ。歌への思い入れの現役深い歌手だ。
 近年浪曲師の二葉百合子を師として、歌の濃さ深さを大きくした。特筆は歌謡浪曲にまで入れ込んでいることだ。彼女の恩師である猪俣公章はフランク永井には「夜の歌」「涙の人生」の2曲を提供している。いずれもヒット曲ではないが、彼はビクターの森進一にも多数のヒット曲を提供していることでも有名だ。「港町ブルース」「噂の女」(クール・ファイブの残した歌だが森が歌うのを想定して作られた)などいくつかカバーを歌っている。フランク永井の猪俣節も斬新でいい。
mx20190112.jpg

 フランク永井ファンと懐メロファンとビクター初代美女アイドルファンへの新春早々の贈り物「日本の流行歌スターたち」第一弾として7枚のCDが発売になった。懐メロファンには、第2弾が来月に発売されるのがさらにお楽しみだ。
 来月は、(8) 生田恵子、(9)徳山璉、(10) 藤本二三吉、(11)久慈あさみ、(12) 轟夕起子、(13) 暁テル子、(14) 四家文子、(15) 市丸-天龍下れば、と続く。かてて加えて第3弾も計画されている雰囲気だ。
 さっそくに、第一弾の何枚かを聴いてみた。いやはやなかなかのものである。もちろん主に戦後のものなのだが、聴いていると現在の日常をすっかりわすれて、頭は若かりし頃にワープする。年寄りの特権。
 姪御が言う「ちょっとシンキ臭いんじゃない」。ん~ん。。。。とうなり返すだけなのが、やや悲しい。というか、争ってもおそらく同意を得られる自身がないのである。情けないことに。
 藤本二三代は声もいいし、うまい。神楽坂浮子はかわいい。榎本美佐江はベテランの味、などとやや酔いも影響して勝手な感想を口走りながらひとり楽しむ。周囲は見放して何も言わない。
 シンキ臭いとはイヤな表現だが、確かに当時の歌は心穏やかに、落ち着いて聞けるだけあって、リズムが定型化されているといえるかもしれない。ビクターオーケストラによる演奏も、それが特徴かもしれないけど、一律な響きを与える。だが、これが当時の歌謡曲の特色になっているし、ファンを強く引き付けているのかもしれない。
 年末のNHK紅白歌合戦は、私自身にはあまり見る意思はなかったのだが、周囲の事情から観てしまうはめになり、結局最後まで見てしまった。感想は予想通りで、時間をつぶしはしたが、いい思いをした心持にはならなかった。
 出演者のほとんどは若い娘たちとジャニーズ風のグループなどで、名前も知らない。歌はというと、何を言っているのかさっぱりわからず、印象に残るものは皆無。残念だが「プロの歌手」と自分で思う概念とはそうとう異なる、ただのビジュアル先行のショーだ。歌合戦とは名ばかりで、少しも合戦はしていない。
 参加者やその周囲は必死に「感動」し「盛り上げ」ようとしているのが滑稽を通り過ぎて哀れだ、とまで言いたい。歌は個人の究極の趣向品だと繰り返し主張している私としては、私がそう思う出演者や歌手を、大好きだ、最高だ、こころから喜ばしてくれると感じるのであろう。それは尊重すべきことで、大事なことである。
 何が大きな違いの原因なのだろうか。まず、歌手の発音。曲とも関係するのだろうが、日本語の初声やイントネーションが無視されている。そのうえに、発生の滑舌という歌手として欠かせない要素がほとんど考慮されていないのでは、と思えることだ。
 演奏の音だが、やはりこれが日本人の生活や情緒にあっていないのではないかと感じることだ。つまり一般的にやかましい。個性を際立たせるために不可欠と思っているのかもしれないが、歌は聴く人の気持ちを穏やかにし、思考を拡大させるものではないかと思う。だが、やかましさを押し付けているように感じる。年寄りのこころのよじれのせいかもしれないが。
 演奏は現代は基本的にシンセサイザー、つまりコンピュータによる人工音の合成でできる。紅白での舞台の生演奏は、それにこだわるバンドでのみある。かつては舞台にそのスペースがあってなされていた。それが別のスタジオでの演奏と放送する舞台との合成になった。現在も別スタジオでやっているのかは分からないが、別途用意している演奏音は常に用意されているので、別スタジオもおそらく無用だろう。
 その演奏音源だがまさに「完璧」な音であるゆえに、これが年寄りの耳になじまない。1980年代にCDにメディアが替ったときのように、自然音でなくなったことが原因だ。かつていわゆる蓄音機が限りなく自然音や人間の肉声に近づけるように制作された時代と、大きな差ができてしまったからだ。
 現代の音楽音で育った若い世代では、信じられないことかもしれないが、年寄りの耳にはノイズのない澄まされた音が心を乱す。だが音楽業界は分かってはいても、以前にはもどれないだろう。
 世相として人を単なる安い労働力としてしか扱わないようなことから、人間としての感覚や感情が落ち込み、そこから「感動を」「感激を」得たい症候群のような様相ができて、それが現代に流行する原因なのかもしれない。これが違和感の一因なのかもしれない。
 年寄りは一律の感動と感激の押し売りにはへきへきする。
 中身がないと大概は様相でごまかそうとする。いくらビジュアルの時代になって久しいとはいえ、ビジュアルしかないというのもどうかと思う。舞台の派手さ、衣装の凝り具合、リズムと踊りのせわしなさが、これでもかと展開される。近年の特番が2時間を超える長時間番組になっているが、これは公共の電波を使った思考暴力なのではないか、とさえ思うことがある。
 紅白が現在ラジオで放送されているのかどうかは知らないが、おそらく音だけのラジオでは耐えられないだろう。つまり、ビジュアルを取り去ったら、聴く人に訴える中身は何が残るのか。
 悪く言えばバカになりそうだ。という超辛口のNHK紅白歌合戦評でした。
 まあ、シンキ臭いといわれたが、フランク永井が活躍していた時代の歌、つまり流行歌が年寄りには、おっと私にはあっている。そんなことから、あらためて「日本の流行歌スターたち」の発売を喜んだわけ。写真はついでに聴き比べるのにラックから引き出したもの。
mx20190105.jpg

 映画「有楽町で逢いましょう」は1958(S53)年1月に封切られた。これが2月にようやく初めてDVD化されて発売されることになった。何ともファンにはうれしいことなのだが、半世紀以上も経ってから、というのが妙すぎないかと。
 このブログで幾度も紹介しているとおりだが、フランク永井を一気にスターダムに押し上げた「有楽町で逢いましょう」。レコードは前年末(11月)に発売されている。
 映画化は、そごう(関西から都心に拡張してきたデパート)の開店キャンペーンとして、当初から決まっていたもの。できたばかりの民間テレビ局が3月に同タイトルの番組を組み、雑誌「平凡」に小説連載が始まる。コマーシャル・ソングとしてはビクターが連携した。
 そごう宣伝部長豊原英典とビクターの岡田ディレクターがかつてない大連携を実現したのだった。
 大映は島耕二監督に依頼して大映オールスターが参加したカラー作品となった。フィルムがスタートすると大映のタイトル画面の直後にフランク永井が登場して歌う。デパートの階段をゆっくりと降りながら歌う。歌もレコードと比べてもややゆっくりだ。
 フランク永井の映画初出演で、若くういういしい姿が映っている。
 この映画は2014年スカパーで放送された。大映からカドカワに映画の権利が移りカドカワが入っているのが、そごうがあった読売会館。現在はビッグカメラで有名。そのカドカワ映画館で「有楽町で逢いましょう」はリバイバル再上映されていたことがある。ちなみに筆者もここで映画を観た。
 フランク永井の「有楽町で逢いましょう」は、それまで高音歌手が人気を得ていたなかで、ささやくような低音が世に刺激てきてあった。これが都会派とかムード歌謡というブームに火をつけたのだが、ビクターの恩師吉田正の思惑を成功に導いたのにはもう一つ、レコード技術の飛躍的な発展があった。
 従来はろう盤に直接音源を刻んでレコードの原盤を作っていたのが、テープに吹き込むようになった。歌唱の微妙な表現をアナログでより忠実に再現できるようになった。また、レコード自身が従来のシッレク素材からビニール化が急速に進んだことだ。
 フランク永井のような含みあるこえがレコードで再現できるようになったこのハイ・ファイ技術はビクターのエンジニアが先行していた。フランク永井の人気を支えたともいえる。
 まあ、SPから始まった録音とレコードの技術はピークを迎え、その後デジタル化が取って変わることになるのだが。
 映画「有楽町で逢いましょう」ではビクターの新星歌手である藤本二三代が「夢見る乙女」を挿入歌として歌っている。レコード「有楽町で逢いましょう」のB面に入っている。彼女は歌がうまい。
 ちなみに、映画「有楽町で逢いましょう」のエンディングでは映像は主演の京マチ子と菅原謙二がそろって電車で東京へ向かうシーンにかぶさるように、フランク永井の歌がかぶさるのだが、レコードの歌詞にない特別版か第4番ともいえる歌詞で歌われる。〽二人の思い一筋に、溶けて花咲く恋心...
 この歌詞での歌は他で聴いたことがないので、映画を観た人だけへのプレゼントなのでしょう。それにしても、しつこいのはご勘弁だが、この映画のDVD化が遅すぎる。少なくても20年前であって欲しかった。

カテゴリ

このアーカイブについて

このページには、2019年1月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2018年12月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。