2018年11月アーカイブ

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 1959(S34)年はフランク永井が4本の映画に関係している。「らぶれたあ」「青い国道」「夜霧に消えたチャコ」「俺は淋しいんだ」、いずれも日活作品で出演・挿入歌を歌っている。
 当時の映画から、このたびスカパー衛星劇場(CS)の「幻の蔵出し映画館」として「青い国道」が放送された。まさに幻の蔵出しである。フランク永井フォンにとっては感激、感涙のこととして、この貴重な歴史的なフィルムの放送に感謝したい。
 当時のこうした娯楽の軽い映画は日本映画も変わり時で、モノクロ全盛時代。サイズもテレビでいう地デジ前の4:3に近いサイズが主流。それがカラー化、あるいは映画ワイド化(ビスタサイズ、シネマスコープ等)に変化する時期。「青い国道」は、モノクロ52分、シネマスコープ。
 フランク永井の歌「青い国道」は消してヒット作品ではなかったかも知れないが、映画が封切られた1959(S34)年2月に先行した前年11月にリリースされ散る。映画は、テレビの一時間ドラマサイズで、舞台は関門トンネルをはざむ門司港と下関。関門海峡を結ぶ連絡船で働く船乗りが大海洋を庭とする捕鯨船にあこがれる悲喜こもごもの人間ドラマだ。
 フランク永井はところどころで「青い国道」を歌っているのだが、同時に主役青山恭二の恋人堀恭子を好いているというトラック運転手を演じている。妙な設定だが、つっこんだらきりがなく、この時代の映画は黙って楽しむしかない。
 何か月も遠出をする船乗りに、夫の海難事故にあったことで反対する母。母役は寅さんで長くおばちゃん役を演じた三崎千恵子。ソーセージ工場で働く恋人の堀恭子も彼が遠洋漁業の船にのるのは嫌だという姿勢。それでも青山は遠洋航海へのあこがれは断ち切れない。血気盛んな若者はいつの時代もそうだ。
 これに親父と親しかった船長たちがからむ。うっかり青山はだまされて密出獄する犯罪人の手助けをしてしまいそうになる。それをたまたま見ていたフランク永井はすぐに警察に連絡。海上保安庁かどうかわからないが警備艇が数艘出動して、青山が拳銃でやられる寸前に悪漢たちは捕まる。
 当時の映画資料をみると協賛しているのは大洋漁業。フランク永井はそこのトラック運転手役。フランク永井はデビュー前には米軍の運送に関係し、大型トラックの運転をしていたので、お手のものだ。当時の工場回りばかりか、門司港や大和町漁港、火の山ロープウェイからの景観、下関水族館といった、今ではほとんど文化遺産ともいうべき当時の街の情景が映し出されている。街の風景では高いビルなどなく、遠くまで見通せる景観が、懐かしさを喚起する。
 1958(S53)年、関門トンネルが完成したばかりでそこを走るトラックを映すことで、この映画はうまく世に宣伝する役割を果たしている。ドラマの内容の表現かと最初は思っていたのだが「青い国道」というタイトルはこの関門トンネルをいいたかったのだ。国道2号線、有料のこの間は3.5キロが歌詞にある。
 ちなみに、この曲は作詞が吉川静夫、作曲が豊田一雄、編曲が佐野雅美。ビクター会制作となっている。ビクター会とは何ぞや。
 今ではドラマやCMが大きなプロジェクトとして作られ、その主題歌とか挿入歌、BGMとして歌が依頼制作されるということが多い。当時は「有楽町逢いましょう」がそうした歌だったが、同時に歌が先行して売れると、その歌からのイメージで映画がいくつも作られた。「青い国道」の映画公開の前年、1958年にフランク永井は8本の映画にかかわった。もちろん、この年は新譜吹き込みが40曲とかの状態で、各地での公演、ラジオ出演とほとんど寝る暇もない時期だった。それでも、わかいフランク永井はあのニコニコ顔でねもあげずにこなしたのだった。
 「津軽海峡冬景色」は石川さゆりが熱唱した名曲。これは青函航路の歴史を想起させる。本州と青森をつないだ連絡船はさまざまなドラマがあった。それも1988(S36)年に北海道へ乗り入れる青函トンネルを新幹線がつなぐことで、連絡船は途絶えた。鉄道線はすでにあったが「青い国道」で表現した関門トンネルは道路。2011年には新幹線がつながった。別項で紹介した「でっかい夢」では本州と四国をつないだ橋梁を歌った。日本が昭和の時代に九州、四国から北海道までつながったと言える。
 産業の発展をささえる重要な基盤としての道路や鉄道の整備。その推進と完成をたたえるのに、昭和の流行歌がかかわっていたことを伝える記録として、この「青い国道」は貴重なものである。
 この映画はあと2回の放送予定がある。21日と27日。環境のある方はぜひご覧ください。筆者もその環境がないのだが、いつも窮地を救っていただいているAさんから今回も録画を見せていただいた。こころから感謝を申し上げます。
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 「ムード歌謡」というのはフランク永井などが歌った都会派の歌謡曲について、どういう名前でくくろうか、つまりジャンル付けしようかと苦悩した結果つけたようだ。
 確かに東京の享楽街でのナイトクラブなどの舞台で歌われる曲は、来客者の男女のムードを和らげ、癒し、盛り上げるためのもの。ここで歌われるような曲を「ムード歌謡」と名付けたのはそれなりに妥当だったのかもしれない。
 フランク永井や松尾和子、マヒナスターズ、森進一や青江三奈などは当然ほかのジャンルの曲も多数歌っているのだが、歌手自身やレコード会社がメインで前面に押したのはこの分野だ。
 面白いことに彼らのメインの売り出しのレコードであるEPには、ムード歌謡を歌ったレコードは基本的にない。色合いを寄せたLPにはある。そうとう自由に「ムード歌謡」を用いて作品を出したのは、当時のカセットテープではなかろうか。このラベルを使った自由な作品はその後CDに引き継がれる。
 近年CDの売り上げの伸びが止まる。それはCD音源にあきが来たのかもしれないが、さまざまなテクノロジーの変化や楽しむ側のメディアの発展がある。メディア作成時に周波数の範囲を固定したCDに対して、もっと上を、下をと音の豊かさを追求したハイレゾを楽しめる時代になった。ネット社会の拡大でオンラインあるいはダウンロードで楽しむというスタイルが定着する。音の提供側もCDをあきらめていかざるを得なくなる。
 そこで手元のカセットをまた眺めてみた。フランク永井が主役のもの。フランク永井と松尾和子のデュエットもの。フランク永井と石原裕次郎。フランク永井や松尾和子を含む当時のムード歌謡歌手を集めたもの。さらに二人を含む当時流行したデュエットもの。などあることが分かった。
 しかもビクターだけでない。このブログで何回か紹介したがポニーの商品。ポリドール製品とあった。
 VCH-1544-フランク永井/松尾和子魅惑のゴールデン・デュエット(1978)
 (LP版と同じコンセプトで12曲)
 フランク永井にカギってだがつぎのようなもの。
 VCH-2669-デュエットヒット
 (フランク永井と松尾和子のデュエットを含むオリジナルとカバー集)
 VCH-2711 フランク永井夜のムード歌謡
 (フランク永井と松尾和子のデュエットを含むオリジナルとカバー集)
 VCH-2720 夜のムード歌謡
 (フランク永井、松尾和子、青江三奈など他のビクター歌手によるカバー集)
 VCH-2747 フランク永井夜のムード歌謡
 (フランク永井によるカバー集)
 VCH-2749-BEST_ONEデュエットヒット
 (フランク永井、松尾和子、青江三奈など他のビクター歌手によるカバー集)
 VCH-2764 ムード歌謡
 (フランク永井と他の歌手によるオリジナルとカバー集)
 VCH-2767 夜のムード歌謡
 (フランク永井と他の歌手によるオリジナルとカバー集)
 VCH-3524-魅惑のムード歌謡
 (フランク永井と他の歌手によるオリジナルとカバー集)
 VCH-20024-フランク永井/松尾和子ゴールデン・デュエット
 (LP版と同じコンセプトで12曲)
 VCH-20056-ムード歌謡最新ヒット
 (フランク永井、松尾和子、鶴田浩二など他のビクター歌手によるカバー集)
 VCH-20057-スタンダードムード歌謡(1981)
 (フランク永井と松尾和子のデュエットを含むオリジナルとカバー集)
 以上1978年から4年間に発売されたもの。よくもまあ似たような打ち出しでやったものである。感心するほかない。きっと出せば売れたのに違いない。
 オリジナルのヒット曲は紛れ込んでいるのだが、基本的に他の人気歌手によるヒット曲のカバーである。しかもそれらの多くはフランク永井が別のアルバムでカバーしているのを聴いているので、ほかの歌手の歌唱と比較できる。
 筆者の場合はたいていBGMとして楽しんでいるので、細かいことはあまり気にしないで聴く。ただどうしてもフランク永井が歌っている曲だと比較してしまうのだが、最終的に比較して失敗する。しない方がいいのだろう。当時、つまり1980年ごろまでに流行歌は流行ったし、ムード歌謡の歌う歌手が多く出て最盛期であったのかもしれない。
 これが十分に堪能できる。そうだった時期をこの度テープで聴いてみたしだい。ここ何年かレコードよりもテープからの音源を多く取り上げているが、気分的にはこちらのほうが、音源が確かなのではないかと気に入っている。理由について確証があるわけではないが。
 とは書いているが、実際はまとめて聴く時間はなかなか取れないので、テープからPCに音を落として、さらにポータブル・プレーヤに転送して、通勤とか散歩とかのタイミングでも聴けるようにして楽しむ。
 ポータブルのプレイヤーも何代目かになった。ボタンが聴かなくなったり、ディスプレイに筋が何本も入ったりして、ここ1年ほどはiPadTouchを使用している。PCのiTuneで転送するが、その前に曲に対して、しっかりと①トラック番号+タイトル②演者③アルバム名という最少でのタグ付けをしておくのが大事だ。さらにはジャケット画像も表示できるようにしておけばベストなのだが、まあ、比較的頻繁にアルバムを入れ替えたりする場合はジャケットは付けていない。
 というわけで、フランク永井が残した(あるいは当時のムード歌謡歌手)曲をテープからの音源で楽しんでいるということについてでした。
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 10月「第10回フランク永井歌コンクール」が開催されたことは報じた。この催しをぜひとも見てみたいということで、遠方からご連絡いただいたKさんがおられた。実際に来られて感激された。その方からの情報である。感謝をこめて紹介したい。
 それは往年のアイドルであった柏原芳恵(よしえ)が何とフランク永井の「おまえに」をカバーしているという話。筆者は名前は当然知っているのだが、ご活躍の当時は仕事仕事の毎日で関心もなくテレビもほとんど見なかったので、お知らせいただいても正直ピンと来なかった。アイドルだった人がフランク永井の歌をカバーしている。それも「おまえに」。
 イメージができず、さらに伺うとこれだと教えていただいた。さっそくに曲を購入した次第。聴いてみると「おまえに」をすっきりと歌っている。「アンコール2」というアルバムの一曲。アイドルの歌というのは突出した何人かは確かに魅力的に歌っているが、多くはまあ下手なので聴くこともない。しかし柏原の「おまえに」はうまい。
 調べてみたら日本レコード大賞のゴールデン・アイドル賞を筆頭に幾度も優秀歌唱賞を得ている。紅白にも数度でている。そして作詞、作曲人はそうそうたる方々が提供している。歌の実力派ではないか。うまさの理由が分かった次第。
 ではフランク永井との出会いや接点はあるのか。この点でもかのKさんがアドバイスをくれた。「夜のヒットスタジオ」だという。そう、あのフランク永井が「Woman」を粋に歌って話題を呼んだあのときだ。山下達郎との予想外のコンビを実現し、ここ数年若い層から注目されていて、復刻版が人気を呼んでいるという。「Woman」が新たなフランク永井ブームのきっかけになればいいと思っていたところである。
 この時に柏原芳恵が確かに出ている。アイドル絶頂期だったのかもしれない。何曲か披露している。ははぁ、この番組で同時に出てフランク永井の歌(「君恋し」も歌っている)を聴いて密かにフランク永井のファンになったのかも知れない。1982年8月2日の番組である。
 記録によればフランク永井はこの年の6月21日にも出演しているが、このときは柏原芳恵は一緒に出ていない。何を歌ったのだろうか。さらに調べてみると、1969年2月10日に「恋のロマネスク」を歌っている。
 夜のヒットスタジオは長期番組で司会が何人も変わっている。「Woman」のときは井上順と吉村真理だった。
 柏原芳恵については何の知識もないのが今となって惜しまれるが「おまえに」が入っているアルバムは「アンコール2」。これは2010年2月のリリースで、2007年に「アンコール」、2016年に3が発売されているカバー集。
 フランク永井の曲のカバーとしは「おまえに」は多いほうなのだと思うが、ささきいさおとか宮本アナとか男性の低音が響く歌がある。女性ではレコードはなくても番組でカバーしているのは島津亜矢。うまい歌唱だった。
 また思い出すのは3年前の「カラオケ・バトル」で高学生とおぼしき安大智君が歌ったことだ。筆者の年代からするとこうした若い年代の方がひとりでもフランク永井の歌を歌って聴かせることがうれしい。まして柏原芳恵のような人気があり、歌がうまい女性ならなおさらである。

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