2018年7月アーカイブ

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 前回に「しまなみ海道」を歌ったフランク永井「でっかい夢」を紹介した。普段であれば情景豊かなこの一帯が、突然襲いかかった西日本豪雨で大きな被害を出している。九州から近畿を覆い多くの箇所に甚大な傷跡を残した。被害を受けた関係者にこころからお見舞いを申し上げるとともに、早い復興をお祈りします。
 さて、当「文四郎日記」をご覧いただいている方がたで、10月の「第10回フランク永井歌コンクール(&グランド・チャンピオン大会)」に歌の披露でエントリーをご予定の方がおられたら、ここ数日中に申し込みされるようお願いします。
 7月1日から申し込みを開始したのだが、記念すべき第10回ということもあり、記念して開催予定の過去9回のチャンピオンによって競われるグランドチャンピオン大会があるために、申し込みが多くきております。
 今年は先着110組で締め切りとなります。
 ここから今回の本題。前回の「でっかい夢」「道後の女」のように、地域密着でのイベント、あるいは観光推進でフランク永井はいくつも曲を出しています。これらは「でっかい夢」のようにビクターから正式にリリースしたものもあるのですが、PR版として限定的な販売がなされたものの多数あります。
 例えば同じ瀬戸内海を歌った「瀬戸内海ブルース」などです。
 PR版と正式版の両方も発売されたというのもあり、そのひとつが今回の「長崎鼻慕情」(PRA-10455)です。だが、正式版は題名を「慕情、南国の女(ひと)」(1972:SV-2234)。B面はいずれの盤でも「哀愁のカルデラ湖」。A面は青山喬作詞、B面は宮川哲夫作詞。作編曲は吉田正。
 フランク永井データブックを編纂したのが2010年なのですが、この時点では「長崎鼻慕情」の存在は知りませんでした。同じフランク永井ファンがその翌年に所有していることを知りましたが、ジャケットも含めて詳細は最近までわかりませんでした。
 しかし聴いたこともない盤となると、どうしても知りたいのは人情というかファンの性(さが)。ただ、B面が「哀愁のカルデラ湖」であることは分かっていたので、データブックにあたって検討を付けると「長崎鼻慕情」はもしかして、A面の「慕情、南国の人」なのではないかという疑いがありました。
 一方は正式盤だが、一方はPR盤。タイトルを変えてということはままあること。この謎は近年に盤を入手することで判明、やはり予想通り同一巨でした。
 だだ、新たな疑問も。それは「長崎鼻慕情」のジャケットのビクター・ロゴです。
 西郷と同じところの知人にも依頼していたのですが、てがかりがないまま。日本の西方、まして九州となるとまるで何も知らない筆者は途方にくれるばかり。
 だが、後にいろいろとうかがえば、歌に歌われているように素晴らしいところだと分かった。薩摩半島の南端で温泉で有名ないぶすき(指宿)。長崎鼻はその端の名所。菜の花畑が美しくウナギの養殖もしていると。
 そしてB面で歌われているカルデラ湖は池田湖。双方から開聞岳が夜景に美しくジャケットでその写真が使われている。池田湖はかつて、ネス湖のネッシーのようなものがいると話題にもなったところで、イッシーが有名。
 長崎鼻の鼻はどこから命名されたのか、岬の形状なのだろうか。鼻という文字のインパクトは大きい。そこらを知る人がフランク永井の歌を聴いて思い受けべるものと、まったく聴いてイメージだけを膨らますものとでは、きっと大きな違いがあるに相違ない。
 それにしても、いろいろと想像をめぐらす「長崎鼻慕情」でした。
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 1967(S42)年5月にフランク永井が「道後の女(ひと)」(B面は「でっかい夢」)を発売した。これは広島県尾道市と愛媛県今治市を高架橋で結ぶという、壮大な橋の実現を求めて歌ったもの。
 現地の方がたの夢からかA面とB面を逆にした盤も発売された。この「でっかい夢」計画はその後バブルの崩壊でいったん立ち消えになる。そして平成に入るとともに「しまなみ瀬戸内リゾート開発構想」でよみがえる。
 ついに1999(H11)年に大三島橋の着工以来四半世紀をかけた「でっかい夢」が実を結ぶ。来島海峡大橋の全面開通だ。
 南海放送では平成の30年間を映像で振りかえるシリーズを「NEWS Ch4~愛媛の平成30年」、その第2回目に取り上げた。「橋をかけよう、でっかい橋を~架橋と道後と平成と~」として5月13日に放映した。
 番組は46キロを超える長大な大橋実現に至るまでのいきさつをコンパクトに要約している。地元は時の政府に要望書をまとめて陳情する。実現のためにさまざまなキャンペーンを展開する。フランク永井に託した歌もその一環だ。番組でも地元で大々的に設営されば舞台で歌った貴重な記録映像が使われた。
 「でっかい夢」「道後の女」いずれも当時第一人者であった作詞家佐伯孝夫、作曲家吉田正が作っている。地域に特化したいわゆる宣伝版もあったものと思えるが、この曲はビクターから正規の盤としてリリースされている。しかも前述のようにジャケットまで新たなAB逆面の盤(盤IDは同じ)で出されている。聴けば、当時の地域の壮大な構想と深い思い入れが伝わってくる曲になっている。
 この映像の確かですごいのは、やはりこの大橋にまつわる悲喜こもごも、波乱万丈の浮き沈みのことだろう。
 最初の政府への陳情はあの田中角栄へだ。歌の発売の1年前。しかし日本を覆う石油危機などによる景気の沈下で、いったん構想が消える。再び計画が浮上するのはバブル景気のときだが、バブルは当然はじける。そうした波乱万丈を経ても橋は完成する。このときの興奮が映像からはじける。
 だが、皮肉なものでその時の喜びもつかの間、橋のもたらす経済効果はたちまち変化する。まるで梯子をはずされたような、重く長い不景気が覆う。道後を訪れる団体客はなくなりあてにできるのは個人客。インターネット時代に突入すると、まるであり様は一変する。テーマパークは廃止に追い込まれ、芸予地震も追い打ちをかける。過疎化、老齢化はどこも同じだ。
 政治と経済の過酷な運命にほんろうされながらも、そこに住むひとびとがいる限り夢は絶えることはない。壮大な景観、瀬戸内の美しい島々。サイクリングコースは世界的にも認められてきている。
 フランク永井が歌う尾道、道後、架橋。改めて聞くと、この番組で流された映像と共に、人びとの夢と希望のかわりゆく姿が浮かぶ。
 この映像だけでもファンにはこたえられないインパクトのあるもので、南海放送に感謝したい。放送の情報と映像の閲覧の機会を提供してくださった熱いファンの方に感謝をこめて。

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