「霧子のタンゴDANCHIN'YA」12人の歌手有名人を一人で歌う団しん也

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 フランク永井が恩師吉田正作詞・作曲の「霧子のタンゴ」を世に出したのは1962(S37)年。タンゴが好きな吉田正が自ら作詞までしてあたため、吉田門下生に練習曲のようにして歌わせて、歌手の傾向、特質、雰囲気をチェックしたと思える曲。
 吉田の見込みと期待を裏切らずに、それを超えた歌唱で応えたのが愛弟子のフランク永井だ。タンゴ調の雰囲気は最小限に抑えられて、フラットでありながらも歌唱に込める思いの深さで、そのメリハリをうまく表現している。
 フランク永井の代表的な曲の一つとして定着した。これはさまざまな形でその後発売された。映画にもなった。またこの曲はフランク永井が英語詞をあてて、日英版にしたり、後にパートⅡと発展した。
 霧子というおそらく、その漢字をあてた実名はないと思える女性の名前。これは当時フランク永井が「魅惑の低音」という言葉と共に「夜霧の第二国道」以来の連想で「霧」を独占的にイメージをつなげてきてきた言葉からきている。もちろん、冷静に考えれば相当な無理があるのだが、当時はそのようなイメージが実際にあった。
 さて、最近はテレビで聴くことがなくなったようだが、当時ものまねタレントとして大活躍していた団しん也が、霧子のタンゴをネタにし、「霧子のタンゴDANCHIN'YA」というタイトルでレコードまで出している。
 団は古賀政男に師事し歌手としてその世界に入っている実力派だ。レコードも出すがヒットには恵まれない。うまい歌手はたいがい物まねがうまい。堺すすむ、佐々木すすむなどと一緒に、戦後の歌の物まねブームを作った。彼は器用だから歌のレパートリーは広く、歌自身がうまい。
 「霧子のタンゴDANCHIN'YA」は彼が人気を得たひとつで、霧子のタンゴを12人の声を使い分けて歌う。近年の青木隆一といったところ。
 フランク永井から歌いはじめ、橋幸夫、前川清、森繁久彌で一番。続いて、ディック・ミネ、柳家金語楼、志村けん、森進一。三番は、石原裕次郎、藤山一郎、小林旭、春日八郎というのだからおもしろい。
 自分が司会し先に歌い手の名を紹介してすすめる。演奏は近藤進編曲を八木正生&His Orchestraが本格的におこなっている。
 彼の実力のほどがよくわかるのが、B面洋楽「My Funny Valentine」で、三遊亭圓生 (6代目)が司会。ディーン・マーティン、ナット・キング・コール、プレスリー、ルイ・アームストロング、フランク・シナトラ、ジェリー・ルイス、橋幸夫、東八郎、団しん也本人と歌い継ぐ。
 ジャズシンガーでコメディアン、声帯模写、俳優、声優から司会までこなす器用さは何ともすごい。いささか古い話。。。。

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このページは、文四郎が2018年6月 2日 11:10に書いたブログ記事です。

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