フランク永井「公園の手品師」SP盤を最高の音で楽しみ、一気に昭和30年代初期へ

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 まず、BSで「決定版!これが日本の名曲だ~ご当地ソング20選」という番組が放映された。ご当地ソングといえば、フランク永井ファンにとっては「有楽町で逢いましょう」だ。これは観なきゃ、と思っていると、期待通り「東京・有楽町」のご当地ソングとして流された。
 この映像は珍しい。1961(S36)年にテレビ番組「心に生きる1000曲のうた」が放送されたときの映像だという。「有楽町...」が発売されて4年目、29歳のときのものだというのだ。フランク永井の右目が左の倍のサイズのときだ。
 こんな映像が残っていたのか。「ない」「破棄した」といっていたのにあったのか! 何故に今まで出し惜しみをしていたのか。などと何かにどこか似ているな、などと思っているうちに、短時間のブチ切りで終わってしまった。
 短時間とはいえ、よくぞこんな映像を流してくれたものだ、と感心、感謝。
 何年か前に知り合いになった方のお誘いで、その時にはあいにく店が閉まっていて訪ねられなかったのだが、ついにその方と蓄音機とSPレコードの専門店「銀座シェルマン」を訪ねることができた。
 蓄音機ファンなら思わず垂涎。1階と2階にぎっしりとおよそ百年を経過する蓄音機がびっしり(もちろんその後のものも)と並んでいる。世界中の名作・名盤をよりすぐって仕入れたものだ。また、SPクラッシック盤の名盤とおぼしきものが何千枚かが展示されている。紹介してくださったYさんによれば、質の高い名盤と蓄音機ならここに勝るところはないと。
 お客さんもコレクター、あるいはその世界の専門家とおぼしき方が何名か、鋭い目つきで探したり、音に聴き入っている。
 ご担当の方といろいろとおしゃべりをしていたら、突然に「ウチはこの方面の盤はほとんどないのだが、お持ちの方から...」として、フランク永井のデビューから初期盤である「場末のペット吹き」「東京午前三時」「夜霧の第二国道」「公園の手品師」「西銀座駅前」の美盤を持ってこられた。
 そして「公園の手品師」を聴かせていただいた。ということなのだが、かけたのはEMG HANDMADE GRAMOPHONEという蓄音機。このメーカーのものでもいわば特殊な愛好家からの注文品といえる珍しい超高級機。何せラッパが紙製の世界最大版?。このショップではこのサイズのものを3台展示しているのだが、そのなかの一つ。
 直径は不鮮明だが1Mを超すのではないだろうか。このアサガオ上の小さなものでは聴いたことがあるのだが、その数倍におよぶラッパで体験するのはもちろん初めてだ。どんな音が飛び出すのか。
 それは驚愕の音だった。5Mほど離れたところで聴く。ステージでフランク永井本人が歌うのと変わらない。まるで目をつぼめれば、すぐそこで直に歌っているといってよい。というか、それよりも音量は1.5倍ほど大きいのではなかろうか。まぁ、印象なので正確な数字はわからないが。。。
 低域、広域が身体に伝わってくる。CDで聴くのとは全く違い、身体へのそのしみ込み度合いが何とも言えない自然さを感じさせる。
 蓄音機特有のノイズはほぼ消えている。盤が美品であることも理由かもしれないが、ほぼ半世紀以上前に音の再現技術の高さには、驚き、関心、うなずくしかない。いまなら、電蓄(ピックアップ+アンプ+スピーカー)でいくられも再現できそうだが、まったく電気を使用してないのだから。
 「公園の手品師」は1958年にSPがリリースされた。この時期は蓄音機も盤も全盛?。このような装置と環境で再現できたらもうCDは何なんだと思ってしまう。
 再来した「レコード人気」について新聞で最近紹介されていた記事によれば、音域0~100kHzという人間(と楽器や自然)の音を完全再生することを挑戦して実現しているのが蓄音機だと。それに対して、CDはノイズカットやメリハリを人工的に加工したばかりか、周波数を0~20+程度までに抑えそれ以外は「ヒトは判断できない」としてカットしたと。
 バカやっちゃいけない。技術的や商業的が優先されて結果的にCD規格が決まった(もちろん、一般的にはその範囲でカバーできるレベルと)のだが、聴き比べてみれば、歴然といいたい。それが、昨今のレコードブーム、ハイレゾブームになっているのだろう。ということで、思わぬ体験をしてしまった。
 帰宅してから自分の自慢?の蓄音機で同じ「公園の手品師」に挑戦。いつも聴いている音だっただが、先に聴かせていただいた蓄音機の迫力とは比較にならない。
 手回しの蓄音機は確かに使い勝手は難しい。私は雑な方だが、録音時期、楽曲の内容、収録技術等で針(太さ、硬さ等)を選び、当然だが1曲(一枚)ごと使いかえる。ゼンマイを巻く。サウンドボックスを慎重に落とす必要がある。
 電化が進むと蓄音機は当然電蓄になる。使い勝手が大幅に改善された。盤の素材にも変化。録音技術も電蓄を想定されるようになる。針の耐性、というか電気増幅を前提にしたピックアップ方式に大幅変更。
 電蓄は、同時に回転数が多く1枚に収められる時間が大幅に変わらざるを得ない時期に至り、LPやEP時代に急激に移行、SP時代はあっけなく終焉する。
 しかし、電気もない時代に自然の声の再生を究極まで追求したSP+蓄音機、さらに電蓄時代のLPとEP。これらのアナログが、今全盛のデジタル音の世界に対して逆行するようにぶり返しのゆさぶりをかけている。一時ほぼとだえていたアナログレコードの制作の作品数も急増しているようだ。
 古いクラシックのレコード名盤や蓄音機関係にご興味をお持ちの方は、当然にご存知のお店かも知れないが、機会をみてぜひ訪れてみてはいかがだろうか。

 ※写真中央:Yさんがお持ちのフランク永井「有楽町で逢いましょ」時代の銀座写真。今の山野楽器店の箇所がビクターで屋上にはニッパー犬看板という珍しい時代風景。右は巨大なラッパを誇るEMG HANDMADE GRAMOPHONE蓄音機(HP映像から)。

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このページは、文四郎が2018年5月13日 10:47に書いたブログ記事です。

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