【番外編】文四郎藤沢周平展で文四郎を訪ねる

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 以前に筆者の好きな作家は藤沢周平だと話したことがあり、そのときに「フランク永井と藤沢周平ねぇ。かかわりがないのでは」と不思議がられた。自分では別に自然にそうなんだから変でもなく、そんな疑問を感じたこともなかったことを覚えている。
 ブログを掲載し始めたのは12年前に友人からすすめられたmixiだったが、宮城県大崎市でフランク永井歌コンクールが開始され、そのデファクトの公式サイトともいうべき「フランク永井の故郷から」にお願いして掲載する際に、思い切って「文四郎日記」として「フランク永井あれこれ」にした。2012年のこと。
 筆名の「文四郎」はいうまでもなく、藤沢周平の書いた名作「蝉しぐれ」の主人公の名前をお借りしたもの。
 フランク永井との連想はないといった方が正しく、関係はいまだにわからない。ただ、フランク永井の恩師である吉田正が曲を作っていく中で、机上ではなく人びとの生活の奥から醸し出される感情や感覚を知ることの大事さを語っている。
 こうした人びとの生活感を大事にする姿勢が作った曲に生きていて、多くのファンを魅せたものと思っている。フランク永井については都会派だとか、大人のムード歌謡だとかの視点から語られることが多く、多くの人びとの生活や労働の現場ということとの関連が薄いように印象付けられているために、無関係のように思われがちだ。
 しかし、東北の田舎から上京して、当然のごとく現場で労働することから社会を経験していることは重要だ。米軍の物資の搬送という仕事ではあった。けっしていきなりスターの道を歩いたわけではなく、きらびやかな道だけを歩んできたわけではない。
 歌った歌のジャンルでの成功も、多くの人びとの生活と労働という点での感情が重なっていたが故のものと思う。「恋さんのラブ・コール」が関西のラジオ局のABCホームソングで流れ、活発に展開していた労音の舞台で絶大な人気を得たのもそのあらわれだ。
 ややこじつけに近い関連付けは、ここまでにして、藤沢周平展が開催されていた。作家藤沢周平の生誕90周年を記念した展示で、作品を書き後年の生涯を過ごした東京練馬。石神井公園の一角にある会場を訪れた。
 藤沢周平展は生誕の地山形県鶴岡の記念館で主催するものもふくめて、多くの場所でひっきりなしに開かれている。幾度か目の訪問だった。
 かつて山形放送で流された藤沢周平を訪ねてさまざまなエピソードを語らせた映像が、会場では紹介されていた。これが印象的だった。
 藤沢周平ははっきりと言っていた。歴史ものでも英雄や名を残した偉人と呼ばれる人よりも、名もない人の生活の中にある視点や感情や体験に興味があると。そこには驚愕のドラマがあり、いきいきとした躍動の物語がある。これはけっして光はあてられることがないが、英雄や偉人とくらべても引けを取らない注視すべきものがある。これを書くのだと。
 藤沢作品はこうした視点から書かれている。もちろん作家は食っていく必要もあってそこからはみ出た作品も残しているが。映画化も多数されたし、TVドラマ化も多い。どれも静かでほのぼのとした気持ちを起こさせる。
 藤沢周平自身はどれが代表作と思われたかは分からないが、筆者にはやはり「蝉しぐれ」だ。なにが、どこか、といわれると、これもよく説明できないのだが、普段は決して気負わない生活があって、他人のことでも何かないがしろにできないものが荒らされる、否定されると、敢然と命をかけてでも立ち向かう、そんな凛としたものを感じる点だろうか。
 「蝉しぐれ」は黒土三男監督によって先にNHKのドラマ化、その後映画化が実現した。書籍を一気に感激して引き込まれて読み、まだ現存していた藤沢に映画化の許可を依頼した。藤沢は映像化に容易にうなずかなかったのだが、黒土の熱意に折れて実現した。
 丁寧な映像化はすばらしい。実際にヒットし、藤沢作品の魅力を広げた。書籍を読んでいる人にもけっして期待をそこなうことない作品だったのではないだろうか。
 ということで、番外編でした。

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このページは、文四郎が2018年4月 7日 12:06に書いたブログ記事です。

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