BS朝日「阿久悠〜昭和が生んだ歌謡界のモンスター」昭和歌謡の一景色

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 2月8日『BS朝日ザ・ドキュメンタリー』は阿久悠の特集だった。前回取り上げたばかりのテーマだったので追記したい。
 番組は阿久悠のひととなりをよく表現していたのではなかろうか。几帳面。一途。気迫。才能と努力。四国から上京して、歌謡界・テレビ・文学で花を開かせ、昭和の時代におおきな印象を刻んだ。
 広告代理店で生涯の友上村一夫と出会うのだが、このくだりは番組ではふれなかった。そこから歌謡界の裏面の詞作りを手掛ける。フランク永井がカバーした「街の灯り」のジャケットが記念館入り口に掲げられているのは紹介したが、元唄は堺正章(浜圭介作曲森岡賢一郎編曲)。
 彼に歌が提供されたのは1973年でNHK紅白でも歌われた。さりげなく印象に残る曲だ。阿久悠作詞家生活十周年を記念して、ビクターが「阿久悠~君の唇に色あせぬ言葉を1968-1978」を気張ってつくった。そのときにフランク永井は一連の阿久悠カバーを吹き込んだのだ。
 1977年に「おまえに/おもいやり」というLPを出した。ここにある「おもいやり」は元曲(三佳令二作曲)が克美しげる。発売直後克美はなんとしてはならない事件を起こしてしまう。曲は回収されまぼろしの曲に。これをフランク永井の歌唱による復刻を実現したといういきさつだ。
 克美は「さすらい」で歌のうまさがきわだち多くのファンがいた。「おもいやり」もいい歌だったのだが、現在と違って当時は歌は聴くことができずに、惜しまれる声が多かった。
 「街の灯り」を堺がどういういきさつで歌うようになったかは知らないが、番組は阿久悠が詞を書き始めるもっと初期にスパイダースに詞を提供したという。この時からの連携の中で書いたのかもしれない。フランク永井のカバーは、上記の阿久作品集の作成の一環で行われたものだ。この歌も何人かがカバーしている。やはり、阿久が書く詞の引力なのかもしれない。
 阿久の作品集は数多く出ているが、阿久作品を歌うアーチストをおおく抱えるビクターから2005年に「人間万葉歌」というCD-BOXが続とともに20枚で出ている。解説も充実していてファンには歓迎だ。
 かつて「スター誕生」から誕生し世を賑わした歌手たちもすでに、新たな代の人たちに席を譲っている。だが当時の関係者が阿久への敬意をこめてショーを開いた様子も紹介された。

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このページは、文四郎が2018年2月12日 11:17に書いたブログ記事です。

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