2017年12月アーカイブ

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 タイトルで共演スペシャルというのだが、いわゆるデュエットソング。映画スターのというのは、主にフランク永井のような歌手ではなく、映画スターによる特集だ。
 デュエット・ランキングというのもあったのだが、残念なことに「東京ナイト・クラブ」は入っていてよさそうなのだが外された。番組はお酒のせいか、そのトップは何の曲だったのか覚えがない。ビデオを確認しても、そのあたりが不明。
 流れでは、おそらく裕次郎よりだから「銀座の恋の物語」あたりなのだろうが、わたくし的には勝手に「東京ナイト・クラブ」としておこうっと。
 この番組は当時を賑わした映画スターについて、現役の俳優のゲストがさまざまなエピソードを語ってくれるのが楽しいのだが、やはり目玉はCGによるデュエット映像だ。
 今は亡きかつての名優たちが歌っている映像から、当人の箇所だけを抜き出し、現在売れている歌手と共演するという趣向だ。豪華なCG?舞台を使い、みごとに組み合わせていくのだが、なかなか満足度の高い作品が楽しめる。
 今どきというか、何重年も前からいまでいうCGで映画は作られていて、これなしでは現代の映画はなりたたないといっていい。円谷という歴史に残る偉大な特撮のクリエータがいた。ちなみに彼の名に尊敬をこめた「ヒトラーの試写室」(松岡佳祐著)は人気であるばかりか、著者の一連の時代物とともに名著として高く評価されよう。
 洋画では「スーパーマン」「スターウォーズ」、NHKドラマ「精霊の守り人」とCGの発展は素晴らしいものがある。それが古いテレビの映像(解像度があまい)、合成など予想もしていないものと、巧みに重ね合わせるのだ。
 このタイトルの番組は今回で二回目で、ここで紹介された作品はこれだ。
  石原裕次郎と浅丘ルリ子「夜霧よ今夜も有難う」
  美空ひばりと天童よしみ「愛燦燦」
  テレサテンと市川由紀乃「つぐない」
  島倉千代子と坂本冬美「人生いろいろ」
  勝新太郎と松平健「マイウェイ」
  ヒデとロザンナ「愛の奇跡」
 別項でも紹介したフランク永井と島津亜矢の「おまえに」というコラボ作品があったが、これはファンの方が、二人の独立した映像(魅惑のゴールデンデュエットとNHK-BS日本のうた)を音声とともに、微妙に重ねつないだもの。これを思い出すが、テレビ朝日作品は同時に登場させてきらびやかな舞台をつくる。
 演奏と、二人の音声をきれいに重ねている。歌がうまい歌手はスムースだが、勝慎太郎のは技術陣の苦労が伝わる。勝は歌うときは酒入で、自分が思うがままの編曲をしながら歌うから、たいていは演奏陣が歌に合わせている。みごたえたっぷりだ。
 松尾和子ではない相手は誰がフランク永井とぴったりのデュエットができるだろうか。数少ないフランク永井映像で、デュエットCGに使えるのはあるだろうか。そんなことをつらつらと、想起しつつ楽しんだ。
 五木ひろしと坂本冬美で「居酒屋」がでているようだ。二人とも乗った歌唱なので、まだまだこの人気はつづきそうである。
 2018年にはフランク永井版が作られて流れることを期待してみたい。
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 「東京ナイト・クラブ」といえば、言わずと知れた盟友である松尾和子とのゴールデン・デュエットを組むことになった最初の曲だ。この曲のヒットが刺激になって石原裕次郎と牧村旬子の「銀座の恋の物語」が作られる。大人の男女が交互に歌うという走りを作った名曲。カラオケ・デュエットの大人向きの二大定番。
 1959年に発売されてヒットした。まだステレオに移行する前だ。たちまち注目をあび、ビクター汎用のジャケット(黄色め)から写真ジャケットに変わった。ちなみに、この後何度もさまざまな形でこの曲が出されるがステレオ版がほとんど。
 1980年代にビクターは、リバイバル盤とかアンコール盤とか称して、EPで再版をする。以前に別項で紹介したことがあるとおりなのだが、この「東京ナイト・クラブ」は裏面「ラブ・れ―」で1984年に出されている(VS-8529)。実はこの盤は筆者のてもとにあるのだが、不思議にジャケットがない。流通でもみたことがない。いつか発見されるのが楽しみである。
 「...好きになったの もっと抱いて...」という歌詞は当時としてはあまりにも刺激的で放送から自主規制されるということもあったようだ。なんでもありのような、ややすさみ気味の現代では考えられないことだ。
 最近歌謡曲の番組をみるとこの「東京ナイト・クラブ」がしばしば流れる。現役歌手によるカバーだが、それなりに楽しめる。フランク永井ファンの欲目でただ目につくだけかもしれないのだが。
 テレビで放送されるということになると、YouTubeなどのインターネットにファンがアップすることがある。放送時は見てなくてもあとで見ることができるのだが、当然著作権等の事情からみられなくなることが頻繁なので要注意だ。
 それでも「東京ナイト・クラブ」は常時10本程度は閲覧できると思う。網羅は当然できない。気づいたときにメモを残すようにしているのだが、そのリストの一部を紹介する。
  フランク永井/青江三奈  フランク永井/島倉千代子
  フランク永井/八代亜紀  キム・ヨンジャ/湯原昌幸
  冠二郎/伍代夏子     宮路オサム/瀬川英子
  五木ひろし/石川さゆり  五木ひろし/木の実ナナ
  高橋英樹/長山洋子    山川豊/八代亜紀
  水森かおり/三山ひろし  石原裕次郎/八代亜紀
  川中美幸/吉幾三     竹島宏/瀬川瑛子
  田川寿美/北山たけし   藤あや子/山川豊
  藤田まこと/八代亜紀   武田鉄也/谷村新司
  門倉有希/藤原浩     林あさ美/鳥羽一郎
 中にはミスキャストと思えるのもあるが、それぞれの味わいがあって楽しめる。レコード化されているのは裕次郎と八代亜紀だけ。八代はそれだけにさまざまな歌手とのデュエットを演じている。珍しいというか、特筆というか、間違い?なのか、武田鉄矢と谷村新司だ。別に聴きたくはないが、二人若く声が出ているので、それなりにちゃんと聞こえるから不思議だ。
 フランク永井のは基本的に映像が少ないのだが、島倉千代子、青江三奈、八代亜紀との映像が残されている。
 さて、景山民夫という放送作家がいた。「シャボン玉ホリデー」「11PM」などは当時の人なら誰でも覚えている番組に関与したり、何かと世間を騒がした宗教に入信したりした。1998年に火事で亡くなったのだが、1970年に「東京ナイトクラブ」という書籍を出していて後に単行本にもなる。「東京ナイトクラブ」を含む12編の小片を収めたもので、評価するものもいるが、愚作で読むに値しない。
 彼が多彩なのは分かるが、若者にありがちがチャラ男くんの独り言を表現したようである。読んでほしい人と想定したのが同じチャラ男ならまず彼らは本など読まない。読むとしたチャラ男に関心がある「文化人」。だが、これを読んで評価するような「文化人」はおそらく文化人ではない。
 フルハムロードと言ったか知る人ぞ知る三浦和義と親交があったようだ。というのも実は筆者は業務上の関係で電話でだが彼と話をしたことがるのを思い出した。事件の前だがこの男もチャラ男そのものだとその時に感じたこともあり、悪い印象がひきずる。
 あとがきで野坂昭如が「それを書けるのは君だけだ」と言われ、タイトルも示唆をうけたというが、同時に野坂は誰にもそう言ったのだとも。そもそも「東京ナイトクラブ」を彼はちゃんと聞いていない。裕次郎だと勘違いしている。それが、ふりだとしても、失礼ではないのか、そんな本だ。
 若干ヘンな話題で気分がへこみそうだが、気にしない。お酒をなめなめ、口も軽くなり「...男は気まぐれ その時だけね...」っと。
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 詳細はまったく分からないのだが、西洋、とうもフランスのようなのだが昭和の時代の日本の流行歌と演歌を、CDのシリーズで売り出しているようだ。
 ひとつは、The Midern Enkaとうシリーズで6巻(ピンクっぽいジャケット)もの、The Era of Ryukokaで4巻もの、Influences of Warという2巻もの(山口淑子=李香蘭)、Japanese Retro Hits(13巻あるが、これは先の3シリーズの合体かもしれいない)がでている(左のジャケット)。
 最初のものだけだが、59組(内デュエットが5点)の歌手が登場する。Vol6にフランク永井の「有楽町で逢いましょう」と、松尾和子とのデュエット「東京ナイト・クラブ」がはいっている。
 収録曲はダブりもあり、それが人気曲だからなのか、好きな歌手の歌だからなのか、読めないが、昭和の時代といっても1950年代と限定しているようだ。人気を得たと思える曲は採用されている気がする。
 が、私は初めて見たというのもいくつかある。この辺りは編者の個性なのかもしれない。例えば「天下の為さん」古田六郎って誰かご存知ですかね。
 なんとも重厚なセットなのだが、何せ紹介されているリストがどうも日本人の手によるものでないためか、そうとう変でしかもダブりと思えるものもあって、理解しにくいところがある。
 元の日本からリリースされた商品があるのかもしれないが、勉強不足で分からない。在住のどなたか日本人の所持するレコードから作ったとも考えられるが、そもそも著作権の許諾などはどうなっているのだろうと、気をまわしてしまう。
 どうも、その発売元ではここに登場する歌手の単独の作品もCDにしていて、目に付いたのは藤山一郎と林伊佐緒と関種子だ。藤山は22枚、林は11枚、関は2枚というもの。他の歌手についてもこんな調子で順にリリースしていきそうな勢いを感じるところが面白い。
 このCDを外国に旅した人が珍しいと購入してきたり、逆輸入で発売ということもありかも知れない。が、やはり、外国のその地で多くの人に聴いてほしいですね。言葉は分からなくても、メロディーや歌唱ということは十分に人のこころをとらえる。それには国境はないので、純粋に人びとのよき交流につながると思う。
 「東京ナイト・クラブ」なんて、そうした場の文化や歴史性と直結しているので、果たしてどう感じるものなのだろうかと、思いに更けながらの話。
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 フランク永井が山下達郎の企画でジョイントして歌った「Woman」。何度も話題になっているのでその成立のいきさつとかは別項で見てほしいが、そのテープ版のお話。
 この企画でリリースされたEPは裏面に同じ山下作品である「愛のセレナーデ」とともに、1982年に発売された。同時に同タイトルのLPが発売。LPにはこの時期までのおよそ十年間のヒット曲のカバーとフランク永井がライブなどで好んで歌った「ラブ・レター」(1958:V-41820)を入れた。全曲この時期に吹込みをしたもの。
 フランク永井の後年(1985年に舞台を降りている)の重厚な成熟した歌唱が存分に楽しめる。カバーは元唄を越えているのではと思わせるほど完成度が高い。この時期、フランク永井の声はデビュー当時と比べるとキーがオクターブ単位で下がっている。
 いつも貴重な情報を寄せてきて驚かせているKさんが、今度はLPと同時に発売されたカセット版のボーナスの話を寄せて下さった。なんとカセット版ではLPに収録されていない曲が4曲も追加されているというのだ。
 それは「夜明けの街」「ブランデーグラス」「めぐり逢いふたたび」「霧子のタンゴ・パートⅡ」。先の2曲はご存じのように石原裕次郎がTVドラマ「西部警察」での挿入歌。「夜明けの街」はフランク永井のLPではでていないが、同時期発売のカセットでだけ出されている。「ブランデーグラス」は1977年のLP(「おまえに/おもいやり」SJX-20006)で出ている。
 特筆はまず、杉良太郎が歌った「めぐりあいふたたび」。これは他のLPでもカセットでも見たことがなく、今回初の再発見曲。埋もれていたフランク永井の歌唱がこんな形で浮かび上がったのだ。
 さらに「霧子のタンゴパートⅡ」。これは1977年に開いたデビュー20周年を記念したリサイタルで触れられた曲だ。当時のLPは「輝ける21年の足跡」としてリリースされている。ここではライブでこの曲が聴ける。1番と3番が歌われているのだが、全容は今回初めて分かった次第。このカセットにフルできっちりスタジオ録音したものがでたからだ。
 ちなみに、このリサイタルで第1部の指揮をしたのは寺岡真三だが、第2部はこれも編曲の名手である近藤進。かれが「Woman」に収められているカバーの編曲を担当した。
 「霧子のタンゴ」は1962年、まだデビューしてほどない時期の大ヒット曲。恩師吉田正が珍しく作詞までした曲で、生涯で何度歌われたかしれない。その耳にこびりついているような代表曲のパートⅡなのだが、この正式版を聴けば、さすがに感心する。自分の持ち歌は表現するのに困るのだが、自信というか安定度というか発する音魂のようなパワーが一回り違うのである。
 このようにカセット版のボーナスを中心に紹介したのだが、この「Woman」はフランク永井の後年の歌唱の魅力を凝縮させたものとして、特別なのではないだろうか。廃盤レコードの復刻に力を入れているMEG-CDからも、先にでたシングルを聴いた視聴者からのリクエストに応える形でLPの復刻リリースをしている。
 上記で紹介した曲以外にこのLPには、つぎのような曲が入っている。「サチコ」「氷雨」「メモリー・グラス」「心の色」「もしもピアノが弾けたなら」「男の背中」「忘れはしないでしょう(離別(イビョル)」「街の灯がゆれる」「ルビーの指輪」。
 フランク永井が自らの歌として歌ってきた流れとは若干異なっている曲目だ。恋に破れた女の心情を、重厚な声のフランク永井がどう歌うのか。か細く消え入る女性のつぶやきをどう表現するのか。また、裕次郎や杉良太郎、増位山はまだわかる。だが、ニック・ニューサ、堀江淳、西田敏行、星野仙一、中村雅俊、寺尾聡をさばくのか、興味は尽きない。
 日野美歌や佳山明生で著名な「氷雨」もそうだが、およそ普通にフランク永井が歌ったらどうなるかという予想を、見事に裏切った歌唱に酔ってしまう。「Woman」カセット版はそのような逸品であった。聴かせていただいたKさんに大感謝である。
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 「花蕾(はなつぼみ)」を美空ひばりが歌ったことが画期的というのは、その作曲をしたのが吉田正であったということ。当時コロンビアの看板歌手美空ひばりとビクターの専属作曲家吉田正は、レコード会社間での専属制という高い壁があることからコンビを組むことができないというのを乗り越えて実現したからだ。
 しかも作詞が「美空ひばりが歌っているような歌でない詞を書く」ということを掲げて、実際に人時代を作ってきた大作詞家であったことだ。
 ビクターとコロンビアはいずれも世界的をまたにかけてつば競り合いを繰り広げてきた、世界的なオーディオ・レコード会社が母体でできた。もちろん現在はいずれも日本の資本として名は保ちながらも最大大手のレコード会社である。国内でも当初から競いあってきた。だが、さすがに日本の文化と心情を反映して、戦後の物資難、あるいは戦火で失った工場などの時には、互いに資材を融通しあい、スタジオも使いあうという一面も歴史に残っている。
 レコード会社はその商売上避けられない性質を持っていて、競合から生じるトラブルとして歌手や作曲家という最大の資産を防衛するために、苦肉な策としての専属制を敷いてきた。同時に互いの企画を尊重し、歌手や作曲家のジョイントは不可能だった。クラウンがコロンビアからでたり、ミノルフォンができたりしたばかりか、資本関係が激しく変遷する。
 ビクターとコロンビアでは、吉田正と古賀政男については特別にその規制を境界していた。
 阿久悠とかなかにしれいとかニューミュージックの歌手や作家たちは、そうした旧体制にたいして反発して果敢な独自路線を切り開いてきた。時代の流れでやがて専属制の規制は薄められて今日に至っている。
 コロンビアは昭和50年、流行歌ができてから50年のような区切りに、日本の流行歌全体をカバーするような記念企画をする。もちろん大御所である美空が歌うのだ。このときに横断的にレコード会社や著名な作家に話を持ち掛ける。
 キングもテイチクもビクターも構想には賛同するものの完全一致までに至らず、それでもおのおのが独自に動き出す。こうした流れのなかで、美空が体調をくずして昭和62(1987)年に入院する。これに動揺したのはコロンビアばかりでない。美空は日本の大衆文化全体に影響をもつ人材。この機に流れが変わる。「ひばりはもう歌えないのでは」と心配されていのだた。
 阿久悠は美空にいくつかの詞を持ち込んでいた。それに美空本人の強い要望が加わって吉田正作曲が実現する。美空も吉田も互いを戦友として認識していた。同じ場で演じることはできずとも、心の中では互いに尊敬しあっていた。このときにコロンビアの提起にビクターも意義を唱えなかった。
 1988に吹き込みが実現した。「花蕾」と「人」(編曲は京建輔)。
 こうして実現したジョイント作品だが、これが注目をあびたのは、美空の最後のコンサートとして開催されたドームでの病気からの「復活」歌唱だ(H7:1995)。ここで「花蕾」が5万人聴衆に披露された。さらにこのときのビデオで広くさらされる。いい曲ではないかということで、リクエストにこたえる形で、いくつかの作品としてシングルなども再発売された。
 レコード会社の壁を越えた吉田正、美空ひばりという二人と阿久悠という偉大な作詞家の結合は実現した。だが、間もなく美空も、吉田も、阿久も去る。だが、この最初で最後の出会いは、彼らの周囲の多くの強い意志がスタッフと何よりもファンの夢であった。それを実らしたビクターとコロンビアにも賞賛の拍手を送らねばならない。
※「昭和の巨星スペシャル吉田正」の記事の中で紹介した「花蕾」が出た事情について、あらためて問われたのでまとめてみた。このことについては1997年にTOKYO FM出版から発売された「地球音楽ライブラリー 美空ひばり」にコロンビアサイドからの紹介がある。この書籍は森啓氏が監修した美空ひばりのデータブック。フランク永井のデータブック「魅惑の低音のすべて」と同様、美空ひばりが残したレコード・CDなどのデータをまとめたものである。

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