2017年11月アーカイブ

mx20171125.jpg

 11月18日TBS-BSの番組「昭和の巨星スペシャル 吉田正~"いつでも夢を"歌い継ぎたい我が青春の歌謡曲」が放送された。フランク永井の恩師吉田正の特集番組ということで、興味深く鑑賞した。
 特に中盤でフランク永井「おまえに」誕生秘話がまとめられていた。この曲についてのこまぎれの情報はいままでも紹介されていたのだが、今回はそれがきちんとまとめられていたのが好感だった。
 またこの番組で特筆だったのは、美空ひばりの「花蕾(はなつぼみ)」(S63:1988)について、テレビ番組としてはじめてきちんと紹介されたということだろう。この件はこのブログで幾たびか紹介してきたが、マスコミではさまざまな要因から表だってとりあげられることが少なかったもの。このたびそのエピソードが放送されたのは画期的なことといえる。
 2時間番組ということで、いままでの吉田正特集とはやや異なった視点からまとめた点でありながら、要点を漏らすことなくまとめあげたいい番組であった。
 吉田学校の生徒にはフランク永井、松尾和子、鶴田浩二、マヒナスターズのメンバーとつぎつぎに天国の吉田の元に逝ってしまったのだが、幸いにも橋幸夫、三田明らが健在だ。代表して橋がメインゲストで出場した。
 司会は歌謡番組で安定した紹介力をはっきしている宮本アナ。彼はとりわけフランク永井、吉田正のファンで(「おまえに」をみずから歌ってもいる)この番組には適任すぎるようなそつのない進行だ。
 ゲストは年代的に若く現在第一線で人気を保っている長山洋子と三山ひろし。三山はクラウンの売出し中の歌手。ビタミン・ボイスなどと自分でも言っているが、声も良く注目の歌手だ。かつての若原一郎や若きフランク永井の声と重なるような確かな歌唱をしていて、リバイバルのカバーも多い。
 ゲストの二人で「東京ナイト・クラブ」を歌った。この二人が生まれる前の歌ということもあろうが、ニュアンスの異なる現代のデュエットが鑑賞できた。尖った声が売りの長山の歌唱を松尾の余裕と比較してもしょうがない。ナイトクラブの雰囲気を知る由もない三山にムードを求めるのはまだ酷。夜のムード歌謡の先駆けと女王といわれたフランク永井と松尾和子のデュエットのすごさを思い起こしながら、聴いていた次第。数日前後して放送された徳光アナ司会の番組で、高橋英樹とデュっとで歌っている。高橋は日活で活躍しその後時代劇役者として不動の地位を得た。歌う日活俳優という期待が観た方もいたかもしれないが、あくまでもあ俳優だ。ここで歌ってくれただけでも貴重といえる。
 永山の東京ナイト・クラブといえば、
 橋幸夫は何曲もヒット曲を紹介。吉永小百合の「寒い朝」誕生秘話もよかった。その話は吉田正自身がさまざまなエピソードを赤裸々に語った秘話ビデオから紹介されていた。
 吉田事務所が現在のような映像での公開をまったく前提にしないもととして秘蔵していたものだが、吉田がさまざまな体験を赤裸々に遠慮なく内輪に話している。現在研究者には大変貴重な史料である。劣化したVHS映像がその貴重さを濃くしている。
 橋と吉永による大ヒット曲「いつでも夢を」映像はTBSが独占的に日本レコード大賞を発表することで所有しているもの。二人がそろって歌っている映像として唯一のものと言われている。当時あまりにも二人は忙しく、レコードの吹込みさえ一緒ではなかった。そのあたりの事情も伝わる。
 橋ファン向けには「橋幸夫 珠玉の昭和歌謡~潮来笠からメキシカンロックまで厳選決定版!」ということで、来る12月2日に予定されている。
mx20171118.jpg

 フランク永井が生涯属したのは、レコード会社ビクター(現株式会社JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)だが、1970年代前期にポニー(現株式会社ポニーキャニオン)からもユニークなテープ作品をいくつか発売していたことを何度か記事にした。
 いくつか問われたこともあり、その続き。ポニー(現在はポニキャンなどとも呼ばれているようだが)は、ビクターやコロンビアなど元が世界的な外国企業との関係で設立したといったようなレコード会社と異なり、日本で生まれたレコード会社である。そして当時テープ作品を先駆けて発売していった実績が高く評価されている。
 しかも今と異なり専属のエンタ―テナーを持たずに展開していた(*)ということが、他のレコード会社の人気歌手を使えた強みになっていた。フランク永井というビクターの看板を背負っているようなビックな歌手でも、ポニーのオリジナル企画で、新曲やカバーを歌う、しかも編曲・演奏まで新たな吹込みをするということが実現できたのだ。
 こうした画期的なことが実際に展開され、フランク永井については現時点で、下記の5点が確認されている。収録曲のリストは文尾に。

  20CPJ-017 最新ヒット20を唄う(TAPE)
  20PJ-0078 ナイト・クラブで20曲(8TRACK)
  20CP-6031 デラックス20夜のムード歌謡(TAPE)
  36P-1106  カラオケファンのためのムード歌謡20選(TAPE)
  8PJ-3144  長崎は今日も雨だった~最新ヒット歌謡をうたう(8TRACK)

 「カラオケファンのためのムード歌謡20選」はオムニバスで、石原裕次郎とかムードコーラスの歌手が参加している。オリジナルの吹込みになっていて、各歌手の原曲ともことなる味わいがある。
 これら作品全部で92曲(内フランク永井は75曲吹込みをしている)で、別テークがあるために曲数では56曲歌っている。うち、フランク永井がPONYだけで歌っている曲がおどろくべきことに35曲に及んでいるのである。
 加えてフランク永井のオリジナルではないかと思える曲も4曲含まれている。「行ってしまった恋」「好きなのに」「好きなのに」「フランクの夢は夜ひらく」。
 カバー曲集を装いながらオリジナル曲をさらりと挿入していることなども含め、ある意味では余裕と遊び心が感じられる。1970年代(いくつかの製品については残念ながら、正確なリリース年月が判明していない)という時代がなせる流行歌の爆発だったのかもしれない。
 これらをあらためて聴いてみると、フランク永井の歌唱力のすごさを感じるのだが、フランク永井の周囲の多くのスタッフのトライアル精神と言うか意気込みが伝わってくる。
 由紀さおりの「夜明けのスキャット」など、フランク永井が歌ったらどんなんだぁと思ってしまうのはうけあいだ。「グッド・ナイト・スイートハート」はフランク永井のデビュー2曲目だが、ここでの歌唱もなかなかといえる。同時期にフランク永井はビクターから多数のカバー作品を出している。同名の曲も多く吹き込んでいて、聴き比べるのもいい。
 これらの作品の完成度はどうなのかというのは、多くのファンに聴いていただくのが一番なのだが、残念なことに容易に聴けない。それはそうした現物が埋もれてしまっていて、簡単に手に入らないからでもあり、あってもテープはまだしも8トラックなどは再生する環境がなくなっているからでもある。
 つまり、ポニーキャニオン、あるいはビクターエンターテインメントから、CDやダウンロードのような方式で再リリースを実現してもらう以外にない。それを強く願うものである。
 問われるのは「それ聴けないの」というのが一番多い。この時代だから、音源を埋もれさせたままにしておかずに、どんどん世にさらすことで裾野を広げ、フランク永井の魅力を訴えてほしいものである。それがレコード会社なのではないだろうか。

◆:オリジナル曲 ▲:ポニーだけ(VEから出ていない曲)
■8PJ-3144  長崎は今日も雨だった~最新ヒット歌謡をうたう
 01 長崎は今日も雨だった/02 悲しき天使▲/03 夜霧よ今夜も有難う/
 04 夜明けのスキャット▲/05 みんな夢の中▲/06 知りすぎたのね/
 07 時には母のない子のように/08 君こそ我が命/09 行ってしまった恋◆/
 10 グッドナイト・ベイビー/11 今は幸せかい▲/12 好きなのに◆
■20CPJ 017 最新ヒット20を唄う
 01_命預けます▲/02_希望/03_京都の恋▲/04_男と女のお話▲/05_今日でお別れ/
 06_もう恋なのか▲/07_ガラスの部屋/08_酔いどれ女の流れ唄▲/
 09_いいじゃないの幸せならば▲/10_サン・トワ・マミー/11_手紙▲/12_噂の女▲/
 13_愛のフィナーレ▲/14_一度だけなら▲/15_そっとおやすみ/16_私だけのもの▲/
 17_逢わずに愛して▲/18_女の意地/19_世界は二人のために▲/20_雪は降る▲
■20PJ-0078 ナイト・クラブで20曲
 01-知床旅情/02-雨がやんだら/03-生きがい/04-誰もいない海/05-愛の怖れ▲/
 06-女の意地/07-影を慕いて▲/08-人生の並木路▲/09-夜霧よ今夜も有難う/
 10-フランクの夢は夜ひらく◆/11-ベッドで煙草を吸わないで▲/12-つめ/
 13-赤坂の夜は更けて/14-ウナセラ・ディ東京/15-嘘は罪/
 16-ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー▲/17-あいつ/18-別離▲/
 19-ラスト・ダンスは私に/20-グッドナイト・スイートハート
■20CP-6031 デラックス20夜のムード歌謡
 01_夜は恋人◆/02_フランクの夢は夜ひらく◆/03_赤坂の夜は更けて/04_別離▲/
 05_知りすぎたのね▲/06_知りたくないの/07_アカシヤの雨がやむとき/
 08_あいつ/09_ウナセラディ東京/10_恋心/11_今日でお別れ/
 12_夜霧よ今夜も有難う/13_ラブ・ユー東京/14_女の意地/15_爪/
 16_ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー▲/17_銀座ブルース/
 18_ベッドで煙草を吸わないで▲/19_ラスト・ダンスは私に▲/
 20_グッド・ナイト・スイートハート
■36P1106 カラオケファンのためのムード歌謡20選
 01_くちなしの花(石原裕次郎)/
 02_よせばいいのに(敏いとうとハッピー&ブルー)/
 03_意気地なし(森雄二とサザンクロス)/04_ブランデーグラス(斎条史朗)/
 05_女の意地(フランク永井)/06_知りすぎたのね(ロス・インデオス)/
 07_抱擁(敏いとうとハッピー&フルー)/08_知りたくないの(フランク永井)/
 09_君は心の妻だから(石原裕次郎)/10_別れても好きな人(ロス・インデオス)/
 11_わたし祈ってます(敏いとうとハッピー&フルー)/
 12_ラブユー東京(ロス・プリモス)/13_コモエスタ赤坂(ロス・インデオス)/
 14_恋あざみ(森雄二とサザンクロス)/
 15_星降る街角(敏いとうとハッピー&ブルー)/16_新潟ブルース(ロス・プリモス)/
 17_夜の銀狐(斎条史朗)/18_生命のブルース(森雄二とサザンクロス)/
 19_赤坂の夜は更けて(フランク永井)/20_そっとおやすみ(石原裕次郎)

*キャニオンレコードは後に合体するのだが、ここでは歌手を抱えていた。別項でも触れたことがあるが松尾和子は一時期?属していて、ここのレーベルでテープ作品を出している。1984年「28P6336-SATIN VOICE 松尾和子」。

mx20171111.jpg

 フランク永井の歌手生活でその残した曲の全容を記録したはずのデータブック(「フランク永井魅惑の低音のすべて」)が発行されたのは、東日本大震災が発生した前年の2010年だが、それから7年経過した。
 その間にデータブック未記載の曲が全国のフランク永井ファンの努力によって、数十曲が発見されている。フランク永井の生涯所属したレコード会社(ビクター)からレコード盤として正式にリリースされたものについては、新たな発見はほとんどない。
 発見がある都度当サイトで紹介をしてきたように、レコードについてはオムニバスのレア盤。例えば「魅惑のオール・スターズ」シリーズなど。これらについては、曲名はほとんど判明していたものの、現盤が見つからなかったものである。これがその後つぎつぎと発見されて、現時点では第9集のみ未発見である。
 次に、データブック発刊時にほとんど無視していたテープと8トラックだ。いずれもビクター製と言いたいところだが、既報告のようにビクター製のものからの「新発見」はわずかである。他の競合のレコード会社であるポニー(現ポニーキャニオン)製のテープと8トラックだ。
 今回の発見もポニーの8トラックからである。1970年代前半の作品「フランク永井「長崎は今日も雨だった」最新ヒット歌謡をうたう」(PONY 8PJ-3144)。
 これもタイトルのごとくその時代の流行歌のカバー集である。リストは下記のとおりだが、ここに「行ってしまった恋」「好きなのに」という、初めて聴く曲がはいっている。
 残念ながら歌詞票が不在で、曲の作詞家、作曲家、編曲家、元唄の歌手がわからない。なので、もしかしてフランク永井のオリジナルなのではないかという想定もなりたつ。このテープを掘り出して知らせてくださった方は、その2曲について歌詞起こしもしてくださった。それも紹介したい。
 これをご覧になって、これは誰それの歌った曲だよとか、ご存知の方はお知らせいただければ甚大だ。
 
01 長崎は今日も雨だった (元唄:内山田洋とクールファイブ)
02 悲しき天使
  (作詞:ジーン・ラスキン、作曲:ボリース・フォミーン/
  日本語詞:漣健児、唄:メアリー・ホプキン/ 森山良子 他)
03 夜霧よ今夜も有難 (元唄:石原裕次郎)
04 夜明けのスキャット (元唄:由紀さおり)
05 みんな夢の中 (元唄:高田恭子)
06 知りすぎたのね (作詞作曲なかにし礼
  元歌:ロス・インディオス/ 沢たまき/ ロミ・山田)
07 時には母のない子のように (元唄:カルメン・マキ)
08 君こそ我が命 (元唄:水原弘)
09 行ってしまった恋※
10 グッドナイト・ベイビー (元唄:ザ・キング・トーンズ)
11 今は幸せかい (元唄:佐川ミツオ)
12 好きなのに※
【行ってしまった恋】
  別れて そして涙に濡れて 淋しく生きてる
  夢の望みも どこかへ逃げたわ
  苦しい そして悩んだ恋も 今では懐かしい
  思い出は 思い出は 遠い昔ね
  愛して そして愛されたのに 壊れて消えたの
  信じて甘えて すべてを捧げた
  あなたと そして私の恋の 亡き骸抱きしめて
  泣いてるの 泣いてるの 馬鹿な私ね
  苦しい そして悩んだ恋も 今では懐かしい
  思い出は 思い出は 遠い昔ね
【好きなのに】
  好きなのに 好きなのに 言葉もかけられずに
  知らぬふり 知らぬふり 装うだけ
  恋の苦しさ 心の弱さを 
  飲めぬお酒に 隠す私
  好きなのに 好きなのに 言葉もかけられずに
  知らぬふり 知らぬふり 装うだけ
  たまらなく たまらなく 抱きしめられたくて
  倒れそう 倒れそう 胸も震える
  愛されたくて 打ち明けたいのに
  なぜか怖いの とても私
  好きなのに 好きなのに 言葉もかけられずに
  知らぬふり 知らぬふり 装うだけ
  愛されたくて 打ち明けたいのに
  なぜか怖いの とても私
  好きなのに 好きなのに 言葉もかけ
 「悲しき天使」「夜明けのスキャット」「みんな夢の中」「今は幸せかい」が、先の2曲と共にデータブックにない曲であるばかりか、この作品にのみある曲だ。
 写真中央の「ゴールデン・デラックス」はビクター製の8トラックだが、それ以外はポニー製のテープと8トラック製品。それにしても大変な点数だ。ここで「新発見」といっているのは、このポニーの製品からなのである。
 ポニーはあの時代たのレコード会社もそうだったけど、マイカーの再生機用の製品を中心にテープ先品で大きな力を発揮していた。ポニーはその独特の企画力で自社がかかえる歌手だけでなく、他社の人気歌手についても手を差し伸べたようだ。
 いずれもオリジナルの企画で、それ用に新たな吹き込みをしている。フランク永井については、カバーも判明している数点のオリジナル曲も新規に録っているのだ。だから、点数だけでも50曲前後あるのではないか。
 データブックにあるビクター製のカバー曲と同名の曲も、ポニー版としてオリジナルの編曲で作られている。素人の勝手な感想だが曲を聴くとやや「練り込み」不足の感があるが、フランク永井は各所のライブなどで歌い込みをしているので手抜きしないで吹き込んでいるのが分かる。
 他社の人気歌手を使うのはその時代でも異例だったのではなかろうか。企画が持ち込まれて、ビクターも実際には認めている。フランク永井の魅力を別の視点からもっと広げられるのではないかとの気持ちもあったのだろう。フランク永井自身も応じている。フランク永井とビクターサイドの太っ腹な判断が、今驚くべき遺産となって見出だされたものだ。
 一連の新情報を提供していただいた提供者に、あらためてこころからお礼を申し上げたい。
mx20171104.jpg

 10月はフランク永井月でその締めとしてBS11テレビで特集が放映された。宮本アナの人気番組「あのスターにもう一度逢いたい」の79回で、魅惑の低音~有楽町で逢いましょう、フランク永井特集であった。
 MIXI「フランク永井コミュニティ」でも放送を宣伝したが23日に開催されたばかりの「歌コンクール」にも取材が入ったということで、そのあたりがどう紹介されるのかという期待をこめて観た。
 番組は直前に「有楽町で逢いましょう、3つの誕生秘話」に焦点があてられることがわかり、そのあたりにもたいへん興味深く楽しませていただいた。
 「歌コン」の紹介だが、これは後半にフランク永井がデビュー前ジャズコンクールなどに盛んに参加し、賞をとりまくる「あらし」と呼ばれていた、との連想で、今はカラオケ、のど自慢。そのフランク永井の名を冠したユニークな「歌コンクール」が出生地の敬意・熱意で長く続けられている。そのような扱いだった。
 畑中歌コン実行委員会委員長へのインタビューも紹介された。
 テーマ掘り下げの合間にといっては失礼だが、フランク永井のヒット曲「東京午前三時」「夜霧の第二国道」「東京ナイト・クラブ」「おまえに」についてもいまどきはやり(?)のブチ切りではなく、フル演奏で聴けたのは好感が持てた。
 メインの「有楽町で逢いましょう」誕生秘話はこれまでも取り上げられていたエピソードではあるものの、きちんと丁寧にとりあげれていて、製作者の意図がよく表れている。制作者がこの日の作品に真摯にこめた熱意は、番組で取り扱った多くの画像、映像でわかる。
 「有楽町で逢いましょう」が銀座に進出したてのそごう百貨店のキャンペーンであったのは、誰もが知ることだが、それが現在巨大な総合電機店ビッグカメラとなり、放映したBS11はそのビッグカメラ系列の会社だ。
 映画「有楽...」は大映が1958年に制作したものだが、それはこのビルに映画館を持つKADOKAWAだ。この映画の冒頭で歌うフランク永井のシーンは有名だ。ややレコードよりゆったりしているようだ。この映画は2度ほど見ているが、テレビで一部とはいえ流されたのは初めてではないだろうか。
 大ヒットを飛ばしていたその時のういういしいフランク永井の姿が確かめられる。なお、この映画では映画終盤にここでしか聴くことができない歌詞第4番が歌われる。これも貴重な記録なので機会をみていつか流れるといいのだが。
 さらに、BS11がマスコミの報道系列に属さない強みとして、スポニチクリエイツ、東宝ステラ、日映アーカイブ、共同通信、毎日新聞、KKそごう百貨店、そしてフランク永井の所属するビクターエンターテインメント、音楽著作の管理をしてこられた吉田事務所が持つ貴重なフランク永井の画像、映像資料をふんだんに使用している。それらが、巧みに挿入使用されて手の抜かない作品になっている。
 有楽町の「町」が戦後GHQ管理下(1957:S27まで)になり、闇市と寿司屋横丁で代表されるような古く薄汚れた暗いイメージを持つ町が、いかに都会的な洗練されたスマートな街に変化していったかについての紹介も、なかなかよかった。
 「有楽町で逢いましょう」の歌と映画が有楽町のイメージを一新し、都会へのあこがれを象徴するような変化に、大きな貢献をしたという重さが伝わる。
 現在にぎわう複合商業施設「イトシア」の原点になっている。
 ただついでといっては何だが、フランク永井の出身地の宮城県産の伊達冠石を使われて建立されている、銀座マリオン前の「有楽町で逢いましょう歌碑」についても、ここで紹介していただきたかった。これも次の機会に期待したいところだ。

カテゴリ

このアーカイブについて

このページには、2017年11月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2017年10月です。

次のアーカイブは2017年12月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。