フランク永井「捨てられた街」が台湾で熱い。今やスタンダードか

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 筆者は中国のことは全くの不案内だ。まして台湾についても分からないのだが、どうもフランク永井が1959(S34)年に発売した「魅惑の低音」第3集所蔵の「捨てられた街」が大変な人気曲になっているようだ。
 清水みのる作詞、平川浪竜作曲の大変味のある曲だ。清水はバタヤンこと田端義夫の「かえり船」、菊池章子「岸壁の母」「星の流れに」、菅原都々子「月がとっても青いから」、三波春夫「雪の渡り鳥」が代表曲で思い起こす。歌詞からイメージが鮮明に思い浮かぶ優れた作家。フランク永井には「霧の東京五番街」や最後のSP版となった「鈴懸の頃」などいくつか提供している。
 作曲の平川浪竜(なみりゅう)はやはり「岸壁の母」が代表曲。フランク永井には20曲以上の曲を提供している。当時きっての曲作りのプロのコンビだ。
 「捨てられた街」はフランク永井のシングルでは出ていない。EP/LP時代に入った1958年ごろから、ビクターの第一の人気歌手になったフランク永井は「魅惑の低音」シリーズの10インチLPシリーズを出し始めた。
 第1集はSP時代のヒット曲。第2集はその時期に力を入れて売りたかった曲。そして第3集からは推薦の押し曲+オリジナル曲という構成でステレオ化への移行期である1964年まで14集を出した。「捨てられた街」は、ひっそりと第3集にオリジナル曲として挿入されたものだ。
 ちなみに第3集にはいったオリジナル曲は他に「裏町の24時」「快速艇の男」。いずれも、さまざまな方面を睨んだ挑戦曲だ。ファンの受けがどちらを向くのか、フランク永井の歌唱がどの方向に受け入れられるのかをつかもうという、アドバルーン的な試行。
 「捨てられた街」が日本で人気を得たという記録はみられない。
 詞は「夜霧にうるむ 曲がり角 青い街灯が ぽつんと一つ ここにあの娘が 佇んでいた 想い出たどる 二丁目の あゝ捨てられた街に 夜が更ける...」という、自分を捨てた恋人への断ち切れない思いを描いたもの。捨てられたのは自分なのだが、それを自分がいる街に転嫁してどうするんだ、というつっこみもありそうだが、何とも言えない切なさが残る。
 これが親日の台湾で多くの歌手にカバーされ歌われている。相当以前からカラオケ演奏が用意されて、一般の人も好んで歌っている。日本語歌詞のままのもあれば、中国語に翻訳されているのもある。中国語曲名は「悲情的城市」で、捨てられたというより、悲しい別れが詰まっている忘れられない街を歌うといったところだろうか。
 中国語が元詞とどう発展しているのかはわからない。この曲はピアノ演奏だけとか、台湾の尺八演奏者とかの作品にもなっていて、さまざまな編曲や演奏で味わえる。まるで、日本から見捨てられた曲が台湾で独自によみがえり愛されているような感じだ。
 日本ではフランク永井のカバーは超ヒット曲にほとんど限られる。「有楽町...」「君子恋し」「おまえに」をはじめ他いくつかだ。今月宮城県大崎市で開かれるフランク永井歌コンクールでは、数十曲が歌われる。超ヒット曲でカラオケがあり、歌いやすい曲にどうしても寄ってしまう。
 「捨てられた街」のようなヒット曲とは言えない、デジタル化で出ていないような、マイナーな曲が歌われることはまずない。それが、台湾でこんなに(YouTubeで「捨てられた街」あるいは「悲情的城市」で検索してみれば、相当多くの映像が古くからアップされている)広く、多く出回っているのは何故だろう。
 とても興味深い。台湾の事情に通じている方からの情報が欲しい。

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このページは、文四郎が2017年10月 6日 17:58に書いたブログ記事です。

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