2017年5月アーカイブ

mx20170527a.jpgmx20170527c.jpgmx20170527b.jpg

 フランク永井が出演した映画についてはたびたび記している。
 先日にネットで映画を検索していて、フランク永井をずばりキーワードにしたサイトがあった。というよりも、自動的にピックアップされた画面なのだが、そこで表示されている映画が下記だ。
 「有楽町で逢いましょう」は表示されていない。おそらく出演には違いないが、主題歌を歌っているだけとしてスルーされたのかもしれない。しかし、出だしでは実際に映像で登場するのだから、スルーしていいものかな。この映画の後半では、歌詞四番相当のものが歌われているが、これは歌唱だけ。
 さて、このサイトで紹介されているのは、下記の17点だ。タイトル、公開日、役割、監督。
 映画は、先の「有楽町で逢いましょう」を歌っていちやく名が全国にはせたフランク永井を、映画でも使ってより売り出そうという目的で作られたものだ。
 ヒットした歌から連想で作られた映画。新作映画が先行で主題歌が歌われたもの。テレビドラマへの出演とテーマ曲が人気をえたもの。一本の映画で歌われる曲も1曲だけとは限らない。
 ほとんどが1時間半程度で、今の2時間テレビドラマののり。半世紀も前は今とややことなり、内容に違いがある。当時はそれなりに、ドキドキする、それなりに深刻なテーマを扱ったのかもしれないが、現代に観るにはやや違和感が残る。軽いメロドラマ、らちもない恋のさやあてが多い。それに、当時の社会ドラマの流行が重なったものだ。
 小林明が主演する映画で、馬に乗り、拳銃やライフルを持ち、ギターをかかえ、タバコをくわえ、ワルイやつをやっつける。そして何処かへ去っていく。いったいどこにそんな国?があるのだ、と叫びたいのだが。
 麻薬に手を出している密輸しているやくざ組織。都会の場末の暗い酒場にたむろする若者。ファッションと恋に走るセレブなお嬢さんたち。田舎から都会に出てこざるをえなかった若い娘たちの悲喜こもごもが、入り乱れる。観ていて「なぜ?」を挟んではいけないのが、オキテのような作品群だ。
 以前にも記したが、女性をさげすんだことばが散りばめられ、タバコのポイ捨て、飲酒運転などは普通だ。これが当時の実際の日本の姿だったのか、と若者から問われたら、いやこれは無国籍の映画であってとか、いやこんなことも局所には存在していて、とか、冷や汗で言い訳を口走るしかないような映画。そうした理由も大きいし、DVD化して残すほどの需要と価値がないと評されている。筆者としては、それでも貴重な当時の消しえない大衆文化遺産だと主張するのだが。
 DVD化されているのは少ない。「霧子のタンゴ」は存在するが他はどうなんだろうか。映画専門のチャンネルとかで「ロマンス祭」が放映された。映画館では大映の現在の版権を所有する角川が何かの記念のときのキャンペーンで「有楽町で逢いましょう」「たそがれのテレビ塔」を上映した。「西銀座駅前」は知人が一時ネットに閲覧機会をあげてくださったことがある。筆者が観たのはこれだけにすぎない。
 今のような時代なのだから、ぜひともDVD化するか、ダウンロードで対応するか、ファンならいつでも閲覧ができる環境を整備してほしいと願うものである。
  
  東京午前三時     1958年11月12日 出演(フランク 役) 監督:小杉勇
  夜霧の南京街     1958年11月5日 出演(フランク 役) 監督:若林栄二郎
  夜霧の第二国道   1958年2月12日 出演(フランク永山 役) 監督:舛田利雄
  羽田発7時50分   958年4月29日 出演(永井 役) 監督:舛田利雄
  場末のペット吹き   1958年5月13日 出演(中井清 役) 監督:小杉勇
  西銀座駅前      1958年7月29日 出演(歌とジョッキー 役) 監督:今村昌平
  ロマンス祭       1958年8月12日 出演(フランク・永井 役) 監督:杉江敏男
  らぶれたあ       1959年1月15日 出演(福井良太 役) 監督:鈴木清順
  青い国道        1959年2月4日 出演(永見誠 役) 監督:堀池清
  夜霧に消えたチャコ 1959年5月12日 出演(永井 役) 監督:森永健次郎
  俺は淋しいんだ    1959年5月31日 出演(永井茂 役) 監督:小杉勇
  俺は流れ星      1960年6月18日 出演(夏井 役) 監督:野口博志
  大当り三代記     1961年12月24日 出演(永田 役) 監督:的井邦雄
  続々番頭はんと丁稚どん 1961年1月3日 出演(永井次郎 役) 監督:的井邦雄
  続々々番頭はんと丁稚どん チャンポン旅行 1961年4月1日 出演(永井次郎 役) 監督:的井邦雄
  君恋し          1962年2月3日 出演(流しの高井 役) 監督:森永健次郎
  霧子のタンゴ     1963年8月25日 出演(フランク 役) 監督:滝沢英輔
mx20170520a.pngmx20170530a.pngmx20170520c.jpg
 ゴルゴ13ではないが、ハルオロイド・ミナミのプロフィールが公開されている。
  名前:ハルオロイド・ミナミ(HAL-O-ROID)
  年齢:37.3歳
  身長:173.73cm
  体重:63.73kg
  好きな食べ物:米
  好きな音楽:オールジャンル
  得意音域:A2~E4
 373はミナミ。三波春夫というフランク永井と同時代に歌謡界で大活躍し、2002年に77歳で逝去された歌手だ。彼の声をコンピュータで解析し、音符があればそれをカラオケで再生して楽しめる。つまり、三波春夫が歌として残していない歌でも、聴きたい曲を歌わせることで雰囲気がつかめるというもの。
 三波が属したテイチクと三波の現在の事務所とカラオケのJSOUNDが、公式にエンターテインメントとして開発して行っているプロジェクト。
 フランク永井が今も健在ならどんな歌を歌い、どんな歌をカバーしていたのだろうと常に夢想している筆者には刺激的なテーマだ。確かにそれは邪道かもしれないが、世代の若い層にも名を知らしめるだけではなく、さまざまな応用が今に展開する可能性を示しているからだ。
 ハルオロイドは、「東京五輪音頭」(1963、東京五輪へむけて)を引っさげて昨年にデビュー。無償で提供されているツールを使えばだれでも、JSOUNDのカラオケに乗せて歌わせることができる。YouTubeにはファンがそのようにして作成したさまざまな曲をアップしている。
 人間の声を模すのは昔から存在で、楽しみ、技術、スパイなどさまざまな方向から興味を引いてきた。近年では夏目漱石ロボットによる声の復刻。歌手では青木隆一の美空ひばりの歌の再現。
 PCでも音声でのログインとか音声認識での発生のサンプリング。2001年の911の話題のときに実際には携帯からの電波が届かないのだがテロロストと闘うために一部の乗客が団結して「さぁやっつけよう」と話しているのが地上で友人が聞き、闘う英雄がテーマの映画にまでなった。トム・クルーズ主演の映画でもスパイが変装して誰かに化けて活躍するときに、疑似音声がコンピュータで誰もが聞き分けれれないほど精度の高いもの。
 つまり、カネをかければ特定の人の声を発生させることなど自在にできるようだ。
 ならば、なおさら、フランク永井のあの低音の。。。を。おっと、これはやはり邪道になるのかな。
 さて、三波春夫だが、最近にテレビでもよく取り上げられている。興味深く見たのはBS-TBSで放送された「三波春夫没十五年特別企画山内惠介・市川由紀乃・三山ひろしスペシャルコンサート」。テーマが三波春夫「大忠臣蔵」に挑戦とあったからだ。
 大忠臣蔵は1970年代に三波春夫が3時間に及ぶ舞台全編を自ら作詞作曲歌唱を構成したもの。彼の生涯の作品を代表するものといっていいもの。それが近年にBOXで再版された。
 昨年暮れに上記若手3人による一部がテレビで紹介されたのだが、昨年から今年の春にかけて全国で長期公演されて一段落したもの。その舞台録画映像が放送されたものだ。
 男性歌手で歌に対する真摯な姿勢を貫いた歌手の一人だ。三波の日本の歌についての研究・分析・講釈を見聞きしたことがあるが、とても他が容易に及ぶものではない。忠臣蔵についての研究も並みでない。それが舞台大忠臣蔵に結実した。
 浪曲で日本の大衆エンターテインメントを学んだ。シベリア抑留を経験したが、フランク永井の恩師吉田正と同じようにそれを直接語らない。すべてを歌の道に注ぎこんだ。浪曲で培った発声とカン所の理解はそのままいかされている。特に高音での活舌のよさは誰をも寄せ付けない。
 今回の若手3人の舞台は、大変立派にこなしきっていると思うが、やはり三波にははるかにまだ及ばない。部隊委ではところどころに三波自身のかたりがはいるが、そのメリハリの良さはよくわかる。
 このコラムで歌謡浪曲を取り上げるときに必ず触れてきたのがフランク永井のことだ。フランク永井と歌謡浪曲は基本的には直接関係はないと思える。だが、フランク永井との関係を薄くする印象が一般的なのだが、フランク永井に歌唱についての、別の側面からの強い印象を残したものは、長編歌謡を聴いた時だ。
 かつて、黛敏郎が司会をしていた当時の「題名のない音楽会」に美空ひばりも含めてさまざまなアーティストが呼ばれて出た。美空ひばりはオペラに挑戦したのだが、その見事さは、特に好きでもない筆者でもおどろいた。フランク永井の登場はあったのか不明だが、フランク永井が自身と周囲が積極的に世に印象付けてきたムード歌謡だ、低音の魅力だ、という側面により、そうではない側面の魅力が著しく隠されるか軽視されるかしてきたのだ。
 そうしたなかで、1966(S41)年に第2回目のリサイタルを開き冒頭およそ20分の長編歌謡「慕情」(作詞岩谷時子、作曲吉田正)を披露して驚かせた。同じく芸術祭参加作品なのだが1969(S44)年「旅情」(作詞橋本淳、作曲筒美京平)を出している。後者は主役をヨーロッパに派遣された記者の設定でローマや北欧滞在、場の情景と遠い日本や恋人への思いを重ねて歌うもの。この作品でもフランク永井がフランク永井でない歌唱を披露する。
 当時これら長編組曲がその世界に何らかの影響を与えるのではないかと話されもしたのだった。
 ハルオロイドから転々と話題が飛んでしまったが、そうした機会にこれらの作品を聞き直してみた次第。
mx20170513a.pngmx20170513c.pngmx20170513b.png

 ガンの病に2度まで立ち向かい克服したという作詞家なかにし礼。80歳を越しても現役で活躍を続けている。なかにしはいうまでもなく、昭和歌謡を輝かしたトップクラスの貢献者だ。
 彼はここ連続してテレビ・新聞で露出している。長時間歌謡番組でかつてないほど時間をさいて、自らの歌への心情やエピソードを披露している。また、新聞紙上では彼の身上である平和と自由の立場から見解を語っている。日本を覆う閉塞感の原因のひとつになっている安倍政権の提起している「改憲」や「共謀罪」についても、遠慮ない指摘をしている。
 なかにし礼が多くのヒット曲を残したがそれらの歌には、平和や自由について自らが体験した事実に対してのまったく別の視点から抽象化してつくりあげた歌詞があり、背後にあるものが人のこころを揺さぶるのだろうと語っているのが、印象的だった。
 愛の歌、別れの歌、悲しみの歌をその抽象的なことばから、聴く者がそれぞれの体験で培われた感覚感情というフィルターを通じて受け止めるのだという。
 聴いていてなるほどとうなずくところが大であった。
 著者はなかにし礼作品についてはフランク永井を通じてしか購入することはないのだが、近年に手に入れて聴いたのは「世界は俺が回している」と「なかにし礼と13人の女優たち」。前者は大げさに見えるタイトルに引かれたこともあるが、これは以前に産経新聞に連載された小説(TBSプロデュサー渡辺正文の生きざまを描いた)で、CDはそのイメージ曲集だ。後者はそのままなかにし曲をあつめたもの。
 そのなにしは当然だが同時代のフランク永井にも歌詞を提供している。
 最初は1968年で「つかの間の恋」「異邦人」。シングルレコードの両面。久保田早紀による同名の「異邦人」は1979年に大ヒットしているが、およそ10年前のフランク永井作品はあまり注目されなかったようだ。
 次には1976年「生命ある限り」「香港ブルース」が提供されている。タイトルで分かるように、生命ある限りは恩師吉田正の歌を追求する姿勢を自ら表した言葉で、それを愛弟子フランク永井に自ら作曲して打ち出したレコードだ。聴けばそうした思いが込められたいい作品である。サキソフォンが鳴り響く「香港ブルース」も含めてあまり人気を得るまでにはいたらなかったものの、独特の雰囲気がある作品だ。
 1983年に大ヒットが生まれている。「旅秋」「さよならは左手で」。旅愁という名の曲を以前にだしているが、なかにし作品は「愁」は「秋」だ。このレコードの両面共に吉田正作曲。「旅愁」は大人の旅の奥深い哀愁を歌った傑作でいまでも多くの人がカラオケで挑戦する人気曲だ。
 フランク永井の残した歌のおよそ半数がカバー曲であるということにあらわれているように、他の歌手が歌ったなかにし礼作品をカバーで歌って残している。
 なかにしが石原裕次郎と偶然巡り合ってその後さまざまな世に知れた作品を残しているのだが、出会い後に初めて裕次郎に持ち込みロス・インデオスが歌った「涙と雨に濡れて」。またペドロ&カプリシャスが歌った「別れの朝」。菅原洋一に提供した「今日でお別れ」...。
 これらカバー曲なのだが、フランク永井が歌うとどちらがオリジナル曲だったのかと思うほどの歌唱を見せてくれる。 ともかく、なかにし礼もフランク永井もすばらしい曲を残してくれたものである。感謝をこめて、あらためてそれらを寄せて、CD1枚分聴いてみた次第である。(下記リストの年はカバーについては、フランク永井のリリースしたアルバム)
  1968 つかの間の恋
  1968 異邦人
  1970 手紙
  1970 愛のフィナーレ
  1971 雨が止んだら
  1972 暗い港のブルース
  1972 今日でお別れ
  1974 別れの朝
  1975 届かない手紙
  1976 香港ブルース
  1976 生命ある限り
  1978 涙と雨にぬれて
  1983 旅秋
  1983 さよならは左手で