2017年4月アーカイブ

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 毎週木曜日、関根勤、長峰由紀司会で、今も歌い継がれる昭和歌謡のヒット曲をテーマ別にベストテンで紹介されるという人気番組。今回は第29回「フランク永井特集」ということで、どう展開されるのか期待をこめて観た。カバーゲストに、ささきいさお、増位山太志郎、葵と楓。葵と楓については不詳筆者は初めて拝見した。
 番組によるベストテンのランク付けは、フランク永井を知るファンへのアンケートによるものとのことで、何人かのコメントも紹介されたが、やはりというか当然だが高齢者に寄っていた。そのベストテンをまず挙げると、下記の通りで、フランク永井の人気曲ということでは妥当な十曲。
 1 有楽町で逢いましょう/2 君恋し/3 東京ナイトクラブ/4 おまえに
 5 夜霧の第2国道/6 大阪ぐらし/7 公園の手品師/8 霧子のタンゴ
 9 夜霧に消えたチャコ/10 こいさんのラブ・コール
 大相撲出身の増位山は現役時代からの美声で人気曲をもっていた。近年に相撲協会を退職し今では歌手に専念している。ムード歌謡の分野で活躍中といったところだが、番組では「夜霧に消えたチャコ」「東京ナイトクラブ」を歌った。デュエットで青いと楓の二人が登場した。
 フランク永井の番組では、いまは欠かせないというか登場回数が多いささきいさおは、正式に「おまえに」をカバーしているのだが、この番組でも披露。他に、今回はテレビ初で「公園の手品師」と「有楽町で逢いましょう」を歌ってみせた。
 フランク永井が舞台から去った後、恩師吉田正はあの声をもう一度という期待と、フランク永井の闘病を励まし復帰を促す目的で、フランク永井のような歌い手を探した。現役歌手から歌手の周辺、そして無名の若手とか。そうした中で時期的にはささきいさおも吉田正に直接指導をうけながら「おまえに」を歌っている。
 当然というか残念というかフランク永井のような歌い手は見つからなかったわけだが、それは仕方ないであろう。今回の番組の中ではフランク永井の歌唱は、映像も伴うものとしては「君恋し」が歌われた。これは日本レコード大賞を受けた時期の珍しい映像だが、この番組は基本的にレコードの音声を流す。そのわずかな本人の歌唱を聴いただけでも、他とは比較にならないことがうかがえる。
 ささきいさおと増位山の合間の会話にもあったが、フランク永井の声の特徴が相当な独特だからだ。「キーが多くの人が思うより高い」「下方のバイオンが大変強いゆえに、聴く人には低音に聴こえる」「2オクターブほどを平気で使って歌っている」「低音で重く歌うのは楽なのだが、軽く歌うのはたいへん難しい」といった旨の話だ。
 ささきいさおは低音で「銀河鉄道...」のようなパワフルな歌唱、歌い上げる歌唱で聴く人を惹きつけるのだが、語りかけるようなソフトで甘い歌唱、そして通る音声は確かに見つからない。実際に聴かない。
 「君恋し」映像はフレッシュなものだったが、ときおりレコード音声にかぶせて使用された若きフランク永井のインタビュー映像(実際の声はない)も珍しい映像だった。
 全体的になかなかよくまとまっていたと思う。おちょこでほろ酔いながら十分に楽しませていただいた。
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 名曲ベストヒット100という番組が放映された。昭和歌謡トップ100曲を一気に見どころだけを放送するというものだったが、ここでは珍しい映像がところどころで挿入された。
 100にはフランク永井の歌う「有楽町で逢いましょう」が取り上げられたのは妥当なところとして、デュエットの箇所では、注目したのは、島倉千代子と「東京ナイトクラブ」を歌うシーンが放送されたことだった。1982年に放送された映像ということであった。
 以前に紹介したが、津村謙と吉岡妙子がデュエットした「あなたと共に」をフランク永井が島倉千代子と歌う映像は以前に放映されていた。「東京ナイトクラブ」を島倉とデュエットしたのは聴いていたが映像は見ていなかったので、たいへん胸を躍らせながら聴かせてもらった次第。左上写真。
 この歌は大人のデュエット曲のはしりで、その後のさまざまな大人のデュエット曲の見本となったもの。石原裕次郎と牧村旬子の「銀座の恋の物語」が生まれたきっかけにもなった。
 そのような「東京ナイトクラブ」であるだけに、多くの歌手が歌っている。有名なのは敬意を込めて石原裕次郎が八代亜紀と歌っている(右上)。フランク永井もそれに応えて、ゴールデンデュエットの松尾和子と「銀座の恋の物語」を歌っった。
 フランク永井はその後その八代亜紀とのデュエットで「東京ナイトクラブ」を歌っている(中上)。
 さまざまなコンビによる「東京ナイトクラブ」だが、最近では三山ひろしと水森かおりによるものがいい(右下)。この二人とも歌がうまいので、手を抜くことなくちゃんと歌っていて感じがいい。
 デュエットでは同じビクターの青江三奈とのものが残されている(中上)。青江はこの曲についてはアルバムでソロでも残している。さすがに青江三奈である。デュエットでは全身を使ってのノリノリだ。そろでも青江節をぞんぶん楽しむことができる。
 この度はフランク永井・島倉千代子の歌をとりあげたが、島倉千代子は守屋浩とも「東京ナイトクラブ」を歌っている。これは確か、ずいぶん前のことだがラジオ番組「フランク永井・島倉千代子特集」で異例に紹介されたものだった。残念ながら残してない。録音が残っていればまた聴きてみたいところだ。
 「東京ナイトクラブ」だけではなく、コンビの松尾和子と歌うときは、立ち位置がほぼ確実に決まっている。フランク永井が観衆から見て左、松尾が右だ。ところが、どうした事情かはわからないが、フランク永井が右という映像が残されている(右下)。
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 なんとも立派な歌手人生であった。こころからのご冥福を祈りたい。
 フランク永井より1歳年下だが1952(S27)年、つまりフランク永井より3年前にキングから「ドミノ」でデビューした。1957(S32)年にフランク永井が「有楽町で逢いましょう」を放ち、翌年ペギー葉山は「南国土佐を後にして」でいっきに人気歌手にのぼった。
 フランク永井もペギー葉山もいわゆる米軍キャンプでジャズを歌っている。ペギー葉山は学校でクラシックを本格的に学んだのだが、ジャズに転向。その後「南国土佐を後にして」から流行歌へ幅をひろげた。フランク永井も恩師吉田正の指導に会う前までは、同時期にジャズに入れ込んでいた。
 フランク永井は恩師に流行歌への転向をすすめられたが、なかなか踏み切れずにイヤイヤといえば言い過ぎかもしれないが、1956(S31)年「場末のペット吹き」を吹き込む。翌年の春には「東京午前三時」を出す。いい歌でいまではフランク永井の代表的な曲になっているが、流行歌への転向に納得していたわけではなかった。実際にそれほど売れていなかった。
 それがその年の末に出した大丸デパートのキャンペーンソング「有楽町で逢いましょう」が大ヒットすることになって、ようやく流行歌に専念する決意ができたといわれている。
 面白いことに、いまでは皆知っていることだが、ペギー葉山もようやく自分はジャズ歌手としての自信をかためつつあるときに、NHK高知支局のテレビ開局記念の公開番組に出演するときに「現地では長く歌い継がれている歌だ。これを歌ってくれないか」と言われたとき、いまどき(でもないか)の表現で「マジ?」と聞き返し、ディレクタの依頼を真剣に嫌がったという。
 それで仕方なしにイヤイヤ集まった多くの観客の前で披露すると、想像を超えた大反響だったといわれている。どこの公演にいっても「南国土佐...」を歌うことを求められる現実に接して、自分の大事な曲として受け入れていったと。
 ペギー葉山の歌唱力は亡くなるまで衰えることはなかったのだが、夫の闘病を支える期間などそうとうに苦労をしてきた。彼女の幅広いジャンルをこなす歌唱は、どこでもだれにでも受け入れられ、活躍の場において他を寄せ付けないほどだ。
 テレビでも、ラジオでも、子供向けでも大人向けでも記録にあまる偉業を残している。

 「学生時代」はペギー葉山の代表曲の一つ。同じ青山学院を出た平岡精二が、ペギーに思いを込め、そこを舞台とした「学生時代」を作詞・作曲・編曲で送った。そして「爪」。旗照夫には「あいつ」を歌わした。このあたりのことは何ど聴いても胸が動く。すばらしい曲だ。
 「爪」「あいつ」については、実はフランク永井がカバーしている。これがいい。「爪」も「あいつ」のいい曲なので多くの人がカバーしているが、聴いていてフランク永井のものは絶品だと思う。そんなことを思いながらペギー葉山の活躍に思いを馳せた。きっとあちらでこうした方々が楽しく語り合っているのではないだろうか。




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 フランク永井のレコードとしてビクターから発売されていないPONY製のカセット2点を別項で紹介した。このカセットは1980年代に他の歌手が歌ってヒットした曲を、特別なアレンジで歌ったカバー。ここだけでしか聴けない曲をふくむおよそ40曲近く。
 そのPONYからフランク永井の盟友であった「ムード歌謡の女王」松尾和子のカバー・アルバムがやはりカセットで出ている。松尾和子も多くのカバー曲を歌っているが、このカセットのものはフランク永井のものと同様異彩をはなつ作品になっている。
 1984年「28P6336-SATIN VOICE 松尾和子」で、松尾和子は当時住み慣れたビクターからなんとPONYに移籍していたときの珍しい作品だ。PONYも名の馳せた松尾をどう売り出すかは相当に考えたものと思う。
 松尾といえばとにもかくにもフランク永井と同じく永年ビクターに属していたと記憶するひとがほとんどだろう。彼女のヒット曲がビクター時代のものがほとんどだからだ。筆者もポニー時代に出した曲は当時一つくらいは覚えていたが、もう忘れてしまった。
 さて、このテープに収録されているのは、下記のとおり。
 ラブ・イズ・オーバー/秋冬/居酒屋/釜山港へ帰れ/夢芝居
 時計/黄昏のダンシング/夢の途中/SWEET MEMORY/大田ブルース/さざんかの宿
 聴いてみて驚く。歌のうまい松尾の歌唱の技巧が全編に織り込まれている。どれも価値のあるものばかりだが、ラブ・イズ・オーバーなどはおそらく、オリジナルを超えているかもしれない。もちろんパンチの利いた元歌もすごいのだが。
 釜山港へ帰れ、さざんかの宿...。こんな曲は松尾はどう料理するのだろう、と聴く前からわくわくする。期待にたがわぬ歌唱で答えてくれている。居酒屋にいたっては、男性パートまで歌いかぶせるというサービスも発揮している。
 松尾の歌い方に対して「ため息なのか、耳元でのささやきなのか、語っているのか、歌っているのか」とよく論議されたものだ。メロディーにのってよくぞここまで、ほとんど一小節ごとに声音を変えて歌えるものだ。彼女の鍛えられた歌に対する土台の素養がわかる。
 さて、このアルバムには小倉友昭で「豊潤な美酒の味わい-松尾和子-サテンの光沢を持つ歌手」と題した解説が掲載されている。漢字が異なるが言わずと知れた彼の推薦文だ(と思う)。そのまま全文を紹介するわけにはいかないが、アルバムの宣伝推奨という意味で一部を下記に転記してみたい。
 「...松尾和子という一人の歌手が、歌手として生き、女として過ごしてきた全てを歌の中に注ぎ入れ、その五感を躊躇うことなく音の中に融け込ませた、そんな想いにもかられた....全12曲を聴きながら、いまさらながら歌手・松尾和子の価値を思わないわけにはいかなかった、というのが偽りのない感慨である。歌による正確な言葉の伝達・多くの若い女性歌手以上に可愛いい声を響かせる技巧など、彼女の芸はやはり長い歳月をかけて酸酵させた美酒の趣きである。快い酔いに身を委ねることの楽しさを味わわせてくれる歌手が少なくなっただけにこのアルバムの持つ意義は大きい」