2016年11月アーカイブ

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 11月23日のテレビ番組。4時間という長時間だと聞いただけで引くのだが、その番組をたいてい観てる妻が強く勧めるのでつい観てしまった。そのことで気になったので記しておきたい。
 まさかとは思ったが、なんとフランク永井などムード歌謡の大ファンという中学2年生の少年が登場して「おまえに」を熱唱したのだ。
 この日はU18ということで、つまり18歳以下の小学生、中学生、高校生の年代の歌好きの今年のチャンピオンを決めようというもの。点数はカラオケマシンが付けるというのが売りだ。もちろんテレビ番組だからそのあたりはどうなっているかは、まじめに考えながら観ちゃいけない。
 携帯でのAI会話、自動運転、囲碁将棋でのAI、ロボットが大学入試に挑戦と今話題だから、カラオケの採点など当然という時代なのだが、歌という人の情緒が深くかかわることにマシンの判断というのが、妙にミスマッチで面白い。
 それはともかく、こうした番組のかんどころは、プロから素人が入れ乱れ、歌の基本である音程、声量、リズムはもちろん、本人の天性的な声質や発生、聴く人への訴えどころをみることができることだ。だから、半端なプロ歌手をはるかにしのぐ歌唱力とフレッシュさを感じることができる。
 ここで歌って何冠王とかに輝いてプロになった歌手もいるし、名声を得た人もいる。そうした人は確かに歌がうまいし、根性もあるし、輝いている。メイJ、城南海、林部智史などだ。
 小学生や中学生で驚くような歌唱をするのがいる。中には、プロの歌手をめざして、親の叱咤訓練だけでなく、ボイストレーナーにつき、楽器演奏をやり、カラオケに通う。勉強もしなきゃいけない時期なので、おそらく猛烈な青春を送っているのだろう。
 今回は沖縄(ではなく奄美:のちに訂正)の城南海の母校の中2という安大智が先輩彼女の声援をうけて登場。番組の紹介によればフランク永井などムード歌謡の大ファンなのだという。実際の「おまえに」の歌唱は、とても中2とは思えない堂々としたものだった。とうぜん声は中2の高いものだが、99.755を得た。残念ながらブロックトップではなかったのだが、次点の最高点で決勝にでた。
 決勝では「思案橋ブルース」を熱唱した。これもよかったのだが、優勝は常連の中学生の女子の手にわたった。
 若い年代でもフランク永井の歌に注目し、実際にこうした番組で歌うことはうれしいことであり、実に頼もしく思った。これからもさらに磨きをかけて、楽しませてほしい。だけど、勉強もおろそかにならないように。などと老婆心を抱くのはよけいかな。。。

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 まず、写真をみたい。左から「七〇年音頭」と「下松囃子」。いずれもフランク永井のレコード盤について筆者に情報を提供してくださるKさんのものだ。「このようなものがある、フランク永井・データブックにどれも記録がないよ」といって聴かせていただいた盤だ。いつも大変感謝するとともに、よくぞそのような珍盤をお持ちかと、おどろくばかりだ。
 「七〇年音頭」はフランク永井と二宮ゆき子のデュエット。タイトルから発送できるようにおそらく万博に向けて作られたものではないだろうか。「家の光選定」とある。ジャケットや盤には年の記載がない。PRB-8007。
 「下松囃子」は筆者もまったく知らなかった。PRB-5042で年記載はない。山口県下松市の観光局あるいは観光協会等からの依頼の盤と思える。片面は「下松音頭」で、曽根史郎と榎本美佐江のデュエット。「下松音頭」も「下松囃子」も下松市内の多くの地域のお祭りなどで、今も踊られているという。地域に生きている。
 盆踊りなどを意識していることから、盤への録音は限られた長さだけだが、歌詞の長さはおそらくシングル盤としては、最長ではないだろうか。通常流行歌では1~3番というのが多いのだが、この民謡では9番まで(下松音頭は13番まで)歌詞票に記載がある。
 地域限定あるいは事業体、組織限定で依頼されて作られる盤はPRxの盤でプライベート盤と呼ばれる。有名なのは中央写真の「東北音頭」だ。これはフランク永井の出身である宮城県に本社を置く東北圏をカバーする新聞社「河北新報」の創刊25,000号を記念して作成された曲だ。
 ソノシート盤とともに大量に作られ実際に東北地方では祭りで歌われ踊られた。歌は近年橋幸夫が吹き込みなおしたりして話題を呼んだ。
 今年CD-BOX「懐かしのフランク永井~A面シングル全集」に紹介されて目をひいた「瀬戸内海ブルース」(MV-1005)がある。瀬戸内海観光都市連盟推薦。それに「でっかい夢」(SV-569)。こちらは裏面が「道後の女(ひと)」で、メインをどこの地域にするか(?)でAB入れ替えた盤がでている。「中国と四国をむすぶ夢のかけ橋、尾道から今治へ」と。
 「ひがき音頭」「水上ブルース」というソノシート盤。政府登録国際観光旅館水上ひがきホテルと表記がある。これはさすがに盤IDや発行年がわからない。
 こうみてみると、フランク永井は歌がうまかっただけに、当時は各地から、各会社から、各団体からの依頼がそうとうにあったようだ。だが公表されている記録がないために、盆踊り用の民謡や、地域名がつくブルースをどれほど歌ったのかわからない。ファンの皆さんの所蔵や記憶で、貴重な情報を知るしかない。
 歌を聴いてみると、時代が描かれている。民謡もブルースも情緒がよく出ていていい。そして伴唱するビクター少年民謡会とかシンガースリーとか、立川澄人とか鈴木正夫とかの名も懐かしい。

11/14追記
 プライベート盤で気になっておりながら、書き忘れました。
 PRA-10455「長崎鼻慕情」という盤の存在がわかっております。
 おそらく、長崎と称する地名は九州の長崎は有名ですが、他にもあるのではないかと思います。
 なので、この「長崎鼻慕情」がどの地域で、どのような歌なのかというのが解りません。
 ご存知の方がおられましたら、ぜひとも情報をお知らせいただければと思いす。
11/26追記
Jさんから
 「想像ですが、たぶん鹿児島県にある地名ではないかと。
 WikipediaでもHitしました。風光明媚な土地で、また、浦島太郎伝説があるなどちょっとした
 観光スットのようです。」
Iさんから
 「鹿児島の開聞岳の東に、長崎鼻という観光地があります。ここのことではないでしょうか。」

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なるともう暗い。逢魔時というと夕暮れに怖いものが出そうな雰囲気をよく表現しているが、昼から夜に移るこのときを黄昏時ともいう。こちらは、人生のたそがれを思い浮かべもするが、たそがれということばが、ちょっとセンチな感情がでていて夢や想い出をふくらます。それが秋だ。
 秋は夜の長さを感じさせる。このときに、静かにジャズを聴くのがいい。静かではないのもあるのだが、ジャズがいい。ということで、フランク永井が歌い残したCDやテープを引っ張り出して、ちょびちょびやりながら聴く。
 「オール・オブ・ミー」は大好きである。気持ちの乗せ方がいい。
 同名のLPがある。1981:SJX-30051「オール・オブ・ミー~フランク永井スタンダードを歌う~」という盤。フランク永井のお気に入りだけを厳選しただけに、どの曲を聴いてもここちよい。以前に別項でも記したが、音楽のハイレゾ化が裏で準備されていた時期に、真っ先に研究、実験の対象に選ばれたのがフランク永井のこの盤の音源だ。
 1984:SJX-30239「ANSWER ME MY LOVE~フランク永井ワルツをあなたに~」もいい。これはワルツだ。シャンソン、タンゴまでジャズとひとくくりで呼んだ洋楽は、当然だが全部カバーだ。欧米で人気を博した曲であるゆえに、スタンダードといわれる。
 フランク永井はクロスビーらが歌うジャズに入れ込んだときから、歌手への道が開かれた。多くの大歌手がそうであるように、歌のうまい歌手はそうじて耳がいい。音感がいいだけでなく、聴いただけで優れた歌い手の微妙、絶妙な表現のきびをつかむ。自分で歌ってみて、自分の声、歌い方の中に、己だけのユニークな勘所を知る。
 フランク永井が津田英語学校に通い、英語を理解し発生を身に付け、本格さをどこまでも追及していく。後に恩師吉田正のすすめで流行歌に転向はするが、洋楽についての入れ込みは本気だった。米軍キャンプで歌い、キャンプ・ドレイク(朝霞)では正式にお抱えにまでなっている。そのような時代に、リクエストに応えていくつも歌うことになる。
 そうした時代に思い入れがひときわ深かった曲を「オール・オブ・ミー」盤に注いだのだ。ジョージ川口ら当時のトップ演奏家と夢のユニットを組んだのだから、フランク永井自身も胸が躍る。そのようにしてできたLPである。
 いずれの盤も同時にカセットでも発売されている。「ANSWER ME MY LOVE」のカセット版には、珍しくフランク永井自身のことばが添えてある。その貴重な資料を下記に紹介したい。

 私とワルツというのは、溝からぬ因縁がありまして、初めて人前で歌ったのがラジオのノド自慢で、ワルツの"My Baby's Coming Home"。その後、米軍キャンプのクラブで歌うようになり、気がつくとレパートリーの大半がワルツという有様でした。詞やメロディーの美しさに魅せられてのことですが、仲間からは別名「ワルツ永井」と呼ばれるほどでした。
 このアルバムは、その頃の、つまり1950年前後に流行った曲目を、というのが当初の目論見でしたが、もっと古いものが4曲入りました。私のクラブ歌手時代に好んで歌ったもので、"I Wonder Wrufs Kissing Her Now""Ramona""Let Me Call You Sweetheart""It's A SinTo Tell A Lie"がそれです。いずれも1940年以前の曲です当時これらの曲のレッスンに、さほどの苦労を覚えなかったのは、多分、耳に馴染んでいた歌だったからかもしれません。
 それは歌謡曲についてもいえることで、私の生まれる前の昭和4年頃に流行したという"君恋し"を、同36年にリバイバルしたときも、遠い記憶の底から引っぼり出して歌うといった趣で、あれほどスムーズなレコーディングはありませんでした。世の東西を問わず、このへんがスタンダード・ナンバーのナンバーたるところなのでしょうか。
 永い間あたためていたワルツ特集の企画をもちかけ、ディレクターが即座にOKしてくれたのは嬉しかったのですが、これを知った友人・知人が「オレはあれが好きなんだが...」とか、「是非この曲をいれて...」などと、リクエストが殺到しました。それからの選曲が大変。おかげで"Always""Now Is The Hour""If"などのいい曲が見送りになってしまいました。
 友人のひとりが、「これは、おまえの青春時代へのセンチメンタル・ジャー二ー(感傷旅行)だね」とニヤリ。図星で、どうも面目ない。というわけで、甚だ恐痛ですが、私の感傷旅行におつき合い下さいませんか。
 その前に御礼言上。このテープをお求め下さいまして、まことに有難う存じます。(フランク永井)