2016年9月アーカイブ

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 フランク永井がデビュー間もない1958(S33)年に「アイスクリームの夜」(大倉芳郎作詞、吉田正作曲)、翌年「いつの日逢える」(佐伯孝夫作詞、渡久地政信作曲)を、NHKラジオ放送で歌っている。(2011年7月の当日記で紹介)
 だが、残念なことに音源は残されていない。
 当時放送されても、音源テープが高価であったことから何日か保管されていて、幾度も再使用されていたために、現存していない。何よりもNHKをはじめ日本のマスコミ・メディアには文化を担っているという意識が薄く、それを後世の検証のために記録を残すということに努力をしてこなかった。もちろん世のニーズの流れと、技術や資金のバランスがとる余裕のないままだったともいえる。
 結果として、貴重な音源が残っていない。だが、その後何年も経過して熱心な全国の研究家が資料の整備にあたり、協力をしあいながら集めることで、近年放送された800曲を超える全貌がよみがえってきている。この過程で残されている音源の整理をするとともに、全国で私的に録音しているようなものも発見されたりして充実してきている。譜面が放送局の倉庫に眠っていたりしてるのを掘り出し、劣化して読めなくなった部分を復刻再現するような取り組みもなされた。
 そうした成果は、NHKのテレビでも特集され、ラジオでは深夜便などで紹介もされている。フランク永井の2つの歌唱曲については曲名と楽譜が残されていることがわかり、関係者によって譜面からの演奏をシンセサイザーやアコーディオン演奏で再現している。筆者も何年か前にそうした演奏を知らされ、何人かに歌ってもらったりした。しかし惜しいかなさまざまな理由から紹介するにはいたらなかったが、ここで感謝を表するしだい。
 ラジオ歌謡の地道な研究をされている、発掘した曲を歌い継承することに楽しみながらも情熱をそそいでいる方々がおられる。当然にフランク永井についても初期から好きで造形も深く、ほとんどの曲を自ら歌うという方もおられるというから驚く。この度そうした方々の中でも突出した歌い手の歌唱をテープで聴く機会を得た。
 「アイスクリームの夜」は演奏会で歌われた際のライブ録音である。「いつの日逢える」はきちんと録音されたものである。たいへんに優しく、穏やかな雰囲気がよく出ていて、すばらしいプロの歌唱として鑑賞できる。フランク永井の歌唱は聞くことができないが、詩の表現がよくメローディーを深く理解した歌い方に親しみを感じる。
 ラジオ歌謡はファンも多く、歌われた曲は歌手が属するレコード会社からその時の音源、あるいは当歌手が吹き込みなおして、または別の歌手によって吹き込まれてレコードとして発売されたりした。放送された音源のままというのは意外と少ないようだ。大本であるNHKからもまた各レコード会社からもBOXの形で、コレクションがいくつかCD発売されている。NHKもレコード会社も、膨大で未整理の煩雑な作業をともなうことから十分にいきとどかないまま「存在しない」といわれてきた曲も、実は存在するということもまだ可能性があり、これからの整備が期待される。

 さて、来月10月は宮城県大崎市で「第8回フランク永井歌コンクール」が開かれる。その準備が今年も万全に進んでいる。そこでは先着130組が、フランク永井の残したオリジナル曲に挑戦される。今年はどういった曲が歌われ、若い挑戦者によるどういう歌唱が楽しめるのか、いまから期待でいっぱいである。
 たびたび触れていることだが、フランク永井が残した200曲余りのオリジナル曲の演奏(カラオケ)が少ないことである。カラオケBOXで歌えるものは、わずか30曲程度である。こうした状況の中で、先に紹介したフランク永井の歌を独自に歌い継いでいこうというような方々によって、演奏が独自に復刻されている。その演奏曲集がそのグループでひそやかに指摘にまとめあげられている。157曲の演奏集になっている。現時点の最強のフランク永井曲集(ほとんどの譜面、歌詞、演奏音源)である。ただただその熱意に頭が下がるばかりである
 デビューの初期からもっとも声ののりがよかったと私的におもっている、中期までのフランク永井の歌をほとんど扱っている。この時期のフランク永井の曲については、MEG-CDからかなりのものがすでに復刻されている。また、ビクターからは今年に「懐かしのフランク永井」CD-BOXでレコードのA面曲が復刻しているので、フランク永井の歌唱をいつでもファンが聴けるようになったので、珍しい曲のカラオケに挑戦してみてはいかがだろうか。ちなみに、ここで紹介した2曲が歌われた2年だけでフランク永井は72曲のリリースをしている。「こいさんのラブ・コール」「俺は淋しいんだ」「夜霧に消えたチャコ」「東京ナイト・クラブ」などをヒットさせた年だ。
 残念ながらそのグループが私的に制作した(作品にするには著作権曲も含めた資金のこともあって)もので、気軽に使用できないことだ。しかし、そのようなことを実現してしまうほどのエネルギーをもった方々がおるれることを紹介しておきたい。何とかフランク永井歌コンクールで、広く利用できるようになる道はないのか。開けられれば、素晴らしいことなので、知恵ある方からの意見を聴ければと思う。
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 フランク永井が所属したビクター。ビクターといっても名称は何度も微妙に変わってきて、現在は株式会社JVCケンウッドを親会社とするビクターエンターテインメントというのだが、ビクターと略称で読ませていただく。そのビクターの若手演歌歌手にはジェロとかいるが、特に年頭から売り出しは山内惠介であろう。日本クラウンの三山ひろしとともに注目を集めている歌手だ。
 その山内がフランク永井の「夜霧の第二国道」を歌っている。アルバムは十年前に発売された「山内惠介・さすらい名曲選」。
 なかなか聴かせてくれる。声も通りがよく、こぶしもきいている。山内はテレビではいけめんともてはやされ、当世はいけめんにはなよっとさせたがる風潮なのか、彼もそのケをみせる。声がいいのだから、男らしさを前面にだせばいいのに、などと思いながら聴く。
 夜霧の第二国道は、フランク永井がデビュー間もない1957(S32)年に歌ったものだ。宮川哲夫の感性光る詩に恩師吉田正が曲をつけ、寺岡真三が編曲した名曲である。この曲は多くの歌手に歌い続けられてきた。ビクターでは抱える名歌手に歌わしてきているが、山内にも歌わせてリリースしている。
 山内は、演歌歌手としてデビューしたのは2001年で、15年間歌い続けているわけだが、この声の質を活かせて、昭和の名曲を定期的にカバーして作品を出している。立派なことである。それらのアルバムは4枚に至り、セットでも売られている。
 「山内惠介・名曲選~昭和カヴァーBOX」(2014:E5649/NZS-716z)

  Disc-1 女唄・名曲選
      (初版は2001:VICL-60798/VITL-60798)
   1.恍惚のブルース /2.京都から博多まで /3.東京ブルース /4.カスマプゲ
   5.さだめ川 /6.酒場にて /7.霧情(オリジナル・シングル)
  Disc-2 君に唄う ~山内惠介・哀愁名曲選~
      (初版は2004:VICL-61410/VITL-61410)
   1.上海帰りのリル /2.叱らないで /3.落葉しぐれ /4.江梨子
   5.黒百合の歌 /6.胸の振子 /7.君の酒(オリジナル・シングル)
  Disc-3 山内惠介・さすらい名曲選
      (初版は2006:VICL-61684/VITL-61684)
   1.夕焼け雲 /2.冬の旅 /3.街のサンドイッチマン /4.ギターを持った渡り鳥
   5.夜霧の第二国道 /6.霧笛が俺を呼んでいる /7.流氷鳴き(オリジナル・シングル)
  Disc-4 流行歌名曲選《惠介劇場》
      (初版は2007:VICL-62579/VITL-62579)
   1.夢芝居 /2.殺陣師一代(殺陣師=たてし)/3.湖愁 /4.踊子
   5.船酒場-ふねさかば-(アコースティックバージョン) /6.宗右衛門町ブルース
   7.東京ブギウギ /8.沓掛時次郎 /9.勘太郎月夜唄
   10.つばめ返し(オリジナル・シングル)

 さて、山内が「山内惠介・THE歌謡ムービー 昭和歌謡危機一髪!」(2013:「山内惠介・THE歌謡ムービー 昭和歌謡危機一髪!」製作委員会)と面白そうな映画の主役をしている。
 観ていないのだが、機会があれば観てみよう。
 山内が危機一髪なのか、昭和歌謡が危機一髪なのか。制作委員会の公式なストーリー紹介では「デビューしてから10年が経ち、イケメン歌手としてやっと名前が浸透してきた山内惠介だったが、所属事務所が経営難に陥り、歌謡曲の世界とは畑違いのIT企業に経営権が移ってしまう。そんな中、歌声が「針飛び」する謎の奇病を患い歌えなくなった惠介が、理不尽な方針を押し付ける会社の経営陣とぶつかり、ついに姿をくらませてしまい......」とある。

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「キンシチ」だったか「キンナナ」だったかのテレビ東京の人気歌謡番組が次回で終わる? 「モクハチ」というのが前の番組名。テレビ東京が得意?の歌謡番組で、宮本アナと松丸アナの司会で人気だった番組だ。番組の編成は曲の管理で視聴率を至上とする業界において、放映する週や時間帯が調整されるのはやむを得ない。だが、モクハチなどというキャッチをつけ、客席に一斉に呼ばせていたのに、突然に金曜日の7時に変更になった。このあたりから、やや不安を感じていたのだが。。。さて、それらはどういう番組として再編されるのか、消えるのか。。。
 NHKでは例年、夏の紅白とも言われる「思い出のメロディー」(今年48回)が放送された。NHKは総合では火曜日7時台とBSの日曜日で歌謡番組を続けている。
 TBSやテレビ朝日でもときどき長時間の番組を流すが、最近はBS11をはじめいくつかの曲で歌謡番組が定着している。歌謡番組のファンだしフランク永井ファンでウォッチャーとしては、観たくてもなかなか見る時間が取れないので、最近は番組表で気になったものだけビデオ撮りして、できるだけ見るようにしている。だが、観ないで終わることもあるし、ビデオ再生がそもそも遅い時間帯になりがちで睡魔との関係でちゃんとみれないことが多くなっている。
 長い前置きは、ここで記すことがあまり正確でもなく、著者の主観に偏ったものであることの言い訳。番組が増えたこともあってか、気づいたことはある。まず宮本アナがこの手の番組では欠かせない人として定着し、かつての玉置弘のような位置にいるのではと思うこと。さらに一つは、五木ひろしの番組が意外と多くしかも定着していることだ。二つ目は武田鉄矢の番組。そして最近は昭和の時代をかざった歌を歌い継ぐという番組が目についたことだ。
 そうした中で、懐かしいフランク永井も登場し、恩師吉田正を紹介する番組も続いた。ファンとしてはたいへんうれしいことである。また、ドドンパでパンチをきかせた渡辺マリ、独特の雰囲気をもっていた荒木一郎、今類似のものがなく懐かしい時代を代表するような松の木小唄の二宮ゆき子。ビクターの歌手ばかりがでてきた感があるがそれはそれ。おぉ、と思ったのは内藤やす子であろう。十年間も病気とたたかって舞台に再登場していた。やつれは多少残るが張りのある歌声を聞かせてくれた。
 ある番組では菅原洋一、ペギー葉山、旗照夫が登場。元気に歌い続けているのに感心であるのはいつものことだが、粋なはからいなのかどうなのか、楽しませてくれた。平岡誠二の残した名曲「爪」を菅原が歌い、「あいつ」を旗を、ペギーを横にして歌ったことだ。まぁペギー自身はどんな思いをよぎらして聴いたのか。ちなみに「爪」も「あいつ」もフランク永井がカバーしている。もともと曲が絶品であるのだが、フランク永井の歌唱を超える歌い手はないのではないか、と思うほど見事に歌っている。(これは、フランク永井カバーズでデジタル商品化されているので、いつでも楽しめる)。
 「キン○○」では昭和歌謡に残る名曲集としてフランク永井「有楽町で逢いましょう」映像がだされ、五木ひろしの街角ながしで「君恋し」が歌われ、いまだに人気があることがわかる。
 五木の番組でフランク永井を紹介しながら、自ら「西銀座駅前」と「君恋し」を歌った。
 五木の番組にトリビュート・コーナーがある。そこでは恩師吉田正がとりあげられ、吉田正の残した代表曲が何人かの歌手で歌われた。
 福田こうへい「異国の丘」、田川寿美・夏川りみ「寒い朝」、山本譲二・大月みやこで「東京ナイト・クラブ」、吉幾三が松尾和子の「再会」五木「おまえに」。そして由紀さおりがオリジナル曲である「この世の果てまでそばにいて」(岩谷時子作詞)を歌った。
 時代を作った偉大なアーチストにたいし敬意を表し、歌い継いでいくということはすばらしいことだ。この姿勢こそ後の人が持たなければならないもの。だからこうしたコーナーを番組に持つことには大いなる拍手を送る。以前にフランク永井をこのコーナーでとりあげてくれたことを紹介した。そのときも触れたのだが、敬意を表して歌うという割には歌う歌手がもう少し、歌う歌を練習?し、追求し、努力の姿勢がみえるような工夫が欲しいと思う。
 元歌手のレベルと比べられるのは当然だが、それを越すのは当然困難であろう。それをファンは求めているのではない。プロの歌手には歌手としてのオリジナリティと特色を持っているし、歌を表現する際の他が真似ようとて真似できない天性の感性を持ってる。そのいいところを尊敬して歌う歌手がヒットさせた曲に対して表現してほしい。
 敬意をこめて歌い継ぐというのは、単に歌手がさらっと歌ってみせるだけになってはならないのではないだろうか。