映画「スター・ウォーズ」音楽のジョン・ウィリアムスが作曲したフランク永井「勇者のみ」を聴く

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 「エピソード7/フォースの覚醒」が12月18日世界で劇場公開(米国は16日、香港と台湾は17日)された。ルーカス・フィルムはディズニー映画に売却され、その後の最初の作品。ファンが多い作品だけに待ち望まれていたようだが、宣伝通りの人気が話題になっている。
 ストーリーはSFで宇宙規模の激しい戦闘を描き、惑星を破壊するとか、決して人の情緒を考えた場合に日本人には思いもよらない設定。しかも登場する人たちには複雑な親縁関係をもつという妙に狭く愛と憎悪がからむのだが、スケールの大きさとの対比が妙。人は何に対して真剣に立ち向かうべきなのかというもっとも大事な問題は、けっして見えてこないのだが、それ自身が「謎だ」というベールを売りにしている。
 1977年に第1作「エピソード4/新たなる希望」が公開されて以来40年近くファンを異次元の世界で魅了してきた。SPには欠かせない特撮技術はルーカス・フィルムが研究を重ね現在のデジタル一色の世界では画期的なレベルに立ってしている。高精密でどのようなシーンでも実写とCDの統合はリアルに描けるようになり、存分にそれを楽しめる。
 特撮で忘れられないのは、映画「ゴジラ」の円谷だ。また映画に欠かせない音楽。「スター・ウォーズ」はジョン・ウィリアムスの印象的な音楽は誰もが忘れられない。
 すでに世界の映像作家が注目していた円谷に目をつけ、まだ世界的な実績はみられなかったジョン・ウィリアムスに目をつけたのは、エンターテインメントの世界で席巻していたフランク・シナトラだ。1964年から撮影が開始された日米合作の戦争映画「勇者のみ(None But the Brave)」である。「スター・ウォーズ」に先立つ十余年前の1965年公開。
 ジョン・ウィリアムスは後に超有名になるのだが、このときは誰も知らなく「勇者のみ」は幻の初期作品といわれている。
 この原作は奥田喜久丸によるもので、配給会社の宣伝にあるように「太平洋戦争末期の南方戦線。とある日本軍の部隊がソロモン諸島の小さな島に取り残されていた。/そこへ日本空軍に撃墜された米軍の輸送機が不時着。日米両軍の兵士達が双方で牽制し合うが、台風が上陸すると知った彼らは生き残るために計らずも手を組むこととなる。/かくして、小さな島で奇妙な友情が出来上がりつつあったが......」という物語だ。
 フランク・シナトラが初監督して主演をした。制作は東京映画とシナトラ・エンタープライズ、配給は日本側東宝、アメリカ側ワーナーブラザーズという日米合作映画で、日本側の俳優、三橋達也、加藤武、勝呂誉らが演じている。特撮では円谷が腕を振るっている。
 シナトラは1960年に自らの歌を中心としたリプリーズ・レコードを立ち上げている。映画のことで日本人スタッフとの打ち合わせで来日したシナトラは、当然自ら主題曲を歌う予定でいたのだが、日本語版を歌う歌手を紹介してもらっていた。その中でフランク永井と会い彼の歌を聴いて魅了されてしまった。フランク永井とフランク・シナトラの初めて会ったときのエピソードである。
 シナトラはこれで英語版までフランク永井にまかせ、ビクターとは日本の提携会社として連携もあり「リプリーズ」ブランドでレコードが販売された。演奏は米国のモーリス・ストローノフ指揮でスタジオ・オーケストラが行っている。フランク永井のシングルでビクター以外のブランドでの稀な発売となった。
 「勇者のみ」はなかなか入手困難なレコードであったが、近年すでにMEG-CDから復刻されているので興味ある方は、ぜひ聴いてみていただければと思う。レコードには作曲が「ジョニー・ウィリアムス」となっていて、シナトラが当時そのように呼んでいたに違いないと想起させる。
 ジョン・ウィリアムスに筆者がはじめて注目したのは「スター・ウォーズ」翌年公開の1978年の「スーパーマン」でもたてつづけに衝撃的なトラック・サウンドを聴かせてくれたときだ。その後の活躍は筆者が紹介するには手に余るほどだ。
 スケールの大きな映画や夢やファンタジーでは右にでるものがいない。83歳の現在でも第一線で活躍していることにも敬意を表しながら、彼のすぐれた作品を聴きかえす。

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