2015年12月アーカイブ

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 「エピソード7/フォースの覚醒」が12月18日世界で劇場公開(米国は16日、香港と台湾は17日)された。ルーカス・フィルムはディズニー映画に売却され、その後の最初の作品。ファンが多い作品だけに待ち望まれていたようだが、宣伝通りの人気が話題になっている。
 ストーリーはSFで宇宙規模の激しい戦闘を描き、惑星を破壊するとか、決して人の情緒を考えた場合に日本人には思いもよらない設定。しかも登場する人たちには複雑な親縁関係をもつという妙に狭く愛と憎悪がからむのだが、スケールの大きさとの対比が妙。人は何に対して真剣に立ち向かうべきなのかというもっとも大事な問題は、けっして見えてこないのだが、それ自身が「謎だ」というベールを売りにしている。
 1977年に第1作「エピソード4/新たなる希望」が公開されて以来40年近くファンを異次元の世界で魅了してきた。SPには欠かせない特撮技術はルーカス・フィルムが研究を重ね現在のデジタル一色の世界では画期的なレベルに立ってしている。高精密でどのようなシーンでも実写とCDの統合はリアルに描けるようになり、存分にそれを楽しめる。
 特撮で忘れられないのは、映画「ゴジラ」の円谷だ。また映画に欠かせない音楽。「スター・ウォーズ」はジョン・ウィリアムスの印象的な音楽は誰もが忘れられない。
 すでに世界の映像作家が注目していた円谷に目をつけ、まだ世界的な実績はみられなかったジョン・ウィリアムスに目をつけたのは、エンターテインメントの世界で席巻していたフランク・シナトラだ。1964年から撮影が開始された日米合作の戦争映画「勇者のみ(None But the Brave)」である。「スター・ウォーズ」に先立つ十余年前の1965年公開。
 ジョン・ウィリアムスは後に超有名になるのだが、このときは誰も知らなく「勇者のみ」は幻の初期作品といわれている。
 この原作は奥田喜久丸によるもので、配給会社の宣伝にあるように「太平洋戦争末期の南方戦線。とある日本軍の部隊がソロモン諸島の小さな島に取り残されていた。/そこへ日本空軍に撃墜された米軍の輸送機が不時着。日米両軍の兵士達が双方で牽制し合うが、台風が上陸すると知った彼らは生き残るために計らずも手を組むこととなる。/かくして、小さな島で奇妙な友情が出来上がりつつあったが......」という物語だ。
 フランク・シナトラが初監督して主演をした。制作は東京映画とシナトラ・エンタープライズ、配給は日本側東宝、アメリカ側ワーナーブラザーズという日米合作映画で、日本側の俳優、三橋達也、加藤武、勝呂誉らが演じている。特撮では円谷が腕を振るっている。
 シナトラは1960年に自らの歌を中心としたリプリーズ・レコードを立ち上げている。映画のことで日本人スタッフとの打ち合わせで来日したシナトラは、当然自ら主題曲を歌う予定でいたのだが、日本語版を歌う歌手を紹介してもらっていた。その中でフランク永井と会い彼の歌を聴いて魅了されてしまった。フランク永井とフランク・シナトラの初めて会ったときのエピソードである。
 シナトラはこれで英語版までフランク永井にまかせ、ビクターとは日本の提携会社として連携もあり「リプリーズ」ブランドでレコードが販売された。演奏は米国のモーリス・ストローノフ指揮でスタジオ・オーケストラが行っている。フランク永井のシングルでビクター以外のブランドでの稀な発売となった。
 「勇者のみ」はなかなか入手困難なレコードであったが、近年すでにMEG-CDから復刻されているので興味ある方は、ぜひ聴いてみていただければと思う。レコードには作曲が「ジョニー・ウィリアムス」となっていて、シナトラが当時そのように呼んでいたに違いないと想起させる。
 ジョン・ウィリアムスに筆者がはじめて注目したのは「スター・ウォーズ」翌年公開の1978年の「スーパーマン」でもたてつづけに衝撃的なトラック・サウンドを聴かせてくれたときだ。その後の活躍は筆者が紹介するには手に余るほどだ。
 スケールの大きな映画や夢やファンタジーでは右にでるものがいない。83歳の現在でも第一線で活躍していることにも敬意を表しながら、彼のすぐれた作品を聴きかえす。
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 「フランクのクリスマス」(1959/11:EV-123、コンパクト・ダブル盤)が今年12月にビクターから56年の時を経てシングルCDで復刻、再リリースされた。同時にハイレゾ音源も提供された。モノラルの旧音源がもともとの発売元であるビクターから、再吹込みでもなく、同じ音源を再発売するという画期的なものである。もちろん、当時の音源を最新のデジタル技術を駆使して磨き上げた音源になっているのは、いうまでもない。
 このCDにはビクターの工藤薫美ディレクターご自身が詳しい解説をつけているので、ぜひ手に取ってお聴きいただきたい。「吉田正のもとで日本語の歌唱をみっちりと学んだ後の吹き込みだからこそ、格別な輝きに満ちている」「流行歌に転向以降、しばらく封印していた感のある大好きなアメリカのポピュラーソングの吹き込みである。のびやかで、楽しくて、夢がいっぱいの歌にならないわけがない」と。
 しかも南部サブロークインテッドが演奏をしスリー・グレーセスのコーラスがバックにつくという、聞いただけで豪華なものだ。当時の雰囲気が満喫されて一品である。
  01_ブルー・クリスマス
  02_ジングル・ベルズ
  03_サイレント・ナイト
  04_サンタクロースがやって来る

 2008年にビクターから「THE CHRISTMAS TENGOKU」というクリスマスソング特集が出された。
 フランク永井のデビュー2曲目「Goodnight Sweetheart」のA面は当時売れっ子だった雪村いづみの「ジングルベル・マンボ」が入っている。他にビクターの人気歌手だった吉永小百合、中尾エミ、和田弘とマヒナスターズ、橋幸夫からトニー谷までの20曲があるのだが、期待のフランク永井のはいっていない。が、まあ、それなりに楽しめた企画だった。
 この季節は欧米だけでなく日本も全国的にクリスマス一色になる。ここLEDやライトアップの技術が飛躍的な発展をとげており、しかも大規模になっている。全国的に楽しめるようになった。そのときにクリスマスソングは欠かせない。なぜか特別な静粛やこころの幸せや平和を願う神聖な気持ちを想い起させる。最近日めくりで発生している危ない事件や危機を感じることが多いだけに、年末のこの時期こうした曲に接して気持ちをリフレッシュするのもいい。

 さて「フランクのクリスマス」という盤については、フランク永井データブックを編集する際にいろいろと悩まされたのを思い出す。「フランクのクリスマス」が存在するのはその盤IDはEV-2013とビクターに資料にあって分かっていた。その後EV-123を入手して今回のような曲は聴けたのだが、先のEV-2013とは別物なのかどう調べてもわからなかったものだ。実際にデータブックを出す時点では、EV-2013の現物が存在するきざしをどうしても見つけだすことができずに、「EV-2013はEV-123の誤植だろう」という判断になっていた。現在でもそうではないかと思っている。
 この「フランクのクリスマス」は、実は今回の本家ビクターの発売に先行して、9月末にMEG-CDから復刻している。(写真左の下段左。ちなみに下段右は筆者がEV-123をCDにして楽しんでいたもの)MEG-CDは廃盤になった貴重なレコードやCD音源をデジタル復刻して契約しているレコード店の店頭で製品化して購入できるというもので、すでに膨大な実績を持っている。フランク永井については、すでにシングル181タイトル、アルバム7タイトル、歌カラ・ヒット4タイトルを発売するに至っている。力が入っている。
 この機会に、EP盤からの音とMEG-CD盤とビクター盤がそろったこともあり、それぞれについて再度聴き比べてみた。いずれも匂いと味があって趣があっていい。
 【フランク永井 VICL-64477-フランクのクリスマス ビクター エンターテインメント(定価1,620円)】
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 昭和歌謡で一世を風靡したフランク永井の魅惑の低音は、現在いわれるムード歌謡という分野を切り開くきっかけになった。その女王といわれた松尾和子、先輩の鶴田浩二がいた。そうした歌手をみいだし、ムード歌謡と呼ばれるような歌曲を世に示したのが恩師である吉田正だ。
 吉田正のめざしたのは、戦争が終わったにもかかわらず、依然として街では欧米のポピュラーソングが主流になっている。職場での仕事が一段落した後に都会で息を抜く場では、それにふさわしい日本の曲や歌があってもいい。そうした場と雰囲気にふさわしく、若者に夢と希望をあたえるものが欲しいと願っていた。
 フランク永井は若者の例にもれずに、ポピュラーソングにあこがれ、酔っていたのだが、吉田正はフランク永井のもつジャズ風のフィーリングと他の歌手にない低音と高音の美しさに目をつけた。バタ臭さも魅力をおぎなっている。根気よく生徒を導く。
 ただ歌がうまいだけではだめだ。人を引き付ける人間的な魅力が歌の背後にないと見向きもされない。人のこころや気持ちをいかに深く理解できるかだと。師に導かれ流行歌手に転向を決意し最初にブレークしたのが「有楽町で逢いましょう」だ。デビューしてからちょうど2年後だ。
 吉田正は「有楽町で逢いましょう」のヒットが実現して、はじめて自分の職業を「作曲家」と表現できる自信を得たと後に語っている。この曲は誰もが知るように東京に進出してきたデパートそごうと雑誌平凡、大映映画、放送が開始されたばかりのテレビ等とビクターが連携作戦で推し進めた、コマーシャル・ソングだ。
 そごうでは当時名が売れて人気の三浦洸一に歌ってほしいと要請したのだが、作曲家の吉田はすでにフランク永井を通じて念願の「日本人がだれでも口ずさめる、日本人のポピュラーソングの実現」を決意していた。フランク永井でこの曲をだせばきっとその世界は開けると。怪訝に思う関係者をビクタースタジオに呼び寄せて、聴いてほしいと直接フランク永井に歌わせたのだ。
 ビクターではこの分野の積極的な開拓をはじめる。吉田正はけっしてムード歌謡が夜の酒場あるいはナイトクラブなどに限ったわけではなだろうが、都会の盛り場の歌や雰囲気と結びつく。青江三奈や森進一、そしてムード歌謡コーラスの進出だ。なんといってもハワイアンを主としていた和田弘とマヒナスターズであろう。数多いコーラスの中では先駆者としていまでも語られている。
 そうした世界で抜群の歌唱力というか聴けば耳に残る声の森聖二(もりしょうじ)ボーカルの黒沢明とロス・プリモスがでてくる。フランク永井もカバーしている「ラブ・ユー東京」をひっさげて。
 このグループはレコード会社がクラウンなのだが、実は1969(S44)年からおよそ十年間フランク永井と同じビクターに籍をおいている。その間に出したLPが「有楽町で逢いましょう~黒沢明とロス・プリモス」(1970:SJX-41)である。フランク永井を中心にビクターから出したムード歌謡(当時はこうは呼ばなかったと思うが)のヒット曲を、彼らがカバーしたのだ。しかも、寺岡真三、近藤進といったオリジナル曲の編曲者自身が協力して作られているものだ。
 30歳ほどのときの森をはじめとするかれらのすばらしい傑作だ。森は惜しまれて2009年に70歳で永眠した。ひと時代を築いたかれらに敬意をはらいながら、名曲に浸るのはいかがだろうか。

  有楽町で逢いましょう
  好きだった
  再会
  夜霧の第二国道
  東京午前三時
  ラブ・レター
  俺は淋しいんだ
  誰よりも君を愛す
  東京ナイト・クラブ
  グッド・ナイト
  羽田発7時50分
  夜霧に消えたチャコ

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 井上揚水の歌う「有楽町で逢いましょう」はいかがでしょうか。
 1970年代に「夢の中へ」「心もよう」などを発表し多くのファンを不思議な雰囲気の世界に引き入れた井上揚水。さまざまな話題も提供してくれた井上は、醸し出す独特なムードから今でも幅広く活躍している。
 その井上がこの夏に、フランク永井の代表曲である「有楽町で逢いましょう」をカバーした。「UNITED COVER 2」というアルバムの一曲だ。フランク永井のカバーというのはやはり見逃せないので、さっそくに手にしてみたということだが、実は彼は2001年に「UNITED COVER」を出しているので、昭和歌謡のカバーとしては2枚。14年目でセットが完成(これから続編がでれば別だが)ということになる。
 井上揚水は、別項で紹介した杉田二郎と同じように、フランク永井とは傾向が異なる歌手。1970年代以来次々とヒット曲をだすとともに、他のエンタ―テナーとも密接に関係を持って、曲を提供したりプロデュースしたり忙しい。
 井上も熟年を迎えている。フォーク歌手そのものではなくても、ギターで同年代にならしたフォークやニューミュージックの人たちと競ったり、ユニットを組んだりして活躍してきた。ビートルズに熱狂したことでも有名だが、対極にあるような流行歌である昭和歌謡への敬意をもってカバーにあたっている。
 2枚を聴き比べると、14年の間隔が感じられる。前者は原曲のリズムに彼の高音や張りのあるスピーディな歌唱がうまく乗っている。聴きなれた曲としては「コーヒー・ルンバ」もいいが、裕次郎の「嵐を呼ぶ男」、西郷輝彦の「星のフラメンコ」などは傑作といえる。
 今回のカバー2は、全体に彼の作る独特の甘く、軽く、夢のような、ときには気怠さもあるムードに貫かれている。それに彼の歌唱の特徴でもある口をちゃんと動かしていないような歌い方が乗る。
 「有楽町で逢いましょう」も「夜霧世今夜も有難う」、水原ひろしや近年ではちあきなおみの名曲として知られる「黄昏のビギン」も同様な新しい編曲にかぶさっている。別傾向であるこうした歌謡曲もみごとにヨウサライズ(揚水化:勝手につけた)されており、ファンは感心することに違いない。
 「氷の世界」をはじめ自らのヒット曲をもムードを変えて再吹込みをしている。井上は現在もUNITED 2の拡販に力をいれて活動している。

 下記が2枚のアルバムの内容。興味のある方はいちど聴いてみたらいかがだろうか。

◎井上揚水 UNITED COVER(2001)
1.蛍の光
2.コーヒー・ルンバ(西田佐知子、1961年)
3.花の首飾り(ザ・タイガース、1968年)
4.旅人よ(加山雄三、1966年)
5.銀座カンカン娘(高峰秀子、1949年)
6.サルビアの花(早川義夫、1969年)
7.東京ドドンパ娘(渡辺マリ、1961年)
8.ウナ・セラ・ディ東京(ザ・ピーナッツ、1964年)
9.嵐を呼ぶ男(石原裕次郎、1958年)
10.誰よりも君を愛す(松尾和子/和田弘とマヒナスターズ、1959年)
11.ドミノ(ペギー葉山、1952年)
12.星のフラメンコ(西郷輝彦、1966年)
13.月の沙漠
14.手引きのようなもの(井上陽水、奥田民生、1997年)

◎井上揚水 UNITED COVER2(2015)
1.シルエット・ロマンス(大橋純子、1981年)
2.黄昏のビギン(水原ひろし、1957年)
3.リンゴ(吉田拓郎、1972年)オルケスタ・デ・ラ・ルス参加楽曲
4.リフレインが叫んでる(松任谷由実、1988年)
5.有楽町で逢いましょう(フランク永井、1957年)
6.夜霧よ今夜も有難う(石原裕次郎、1967年)
7.女神 新曲 オルケスタ・デ・ラ・ルス参加楽曲
8.瞬き 新曲 オルケスタ・デ・ラ・ルス参加楽曲
9.あの素晴らしい愛をもう一度(加藤和彦、北山修、1971年)
10.IWILL(ザ・ビートルズ、1968年)
11.夢で逢いましょう(坂本すみ子、1961年)
12.SAKURAドロップス(宇多田ヒカル、2002年)オルケスタ・デ・ラ・ルス参加楽曲
13.氷の世界(セルフ・カヴァー、1973年)オルケスタ・デ・ラ・ルス参加楽曲