『Love Letter~杉田二郎、吉田正を歌う』(1991年)を引っ張り出して聴く

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  01.東京カチート
  02.ラブ・レター
  03.泣かないで
  04.おまえに
  05.好き好き好き
  06.好きだった
  07.再会
  08.赤と黒のブルース
  09.場末のペット吹き
  10.公園の手品師

 このCDは、1991年つまりおよそ四半世紀前のCD。フランク永井の恩師吉田正がまだ健在のときに、フォークというかカントリーというかで今も人気の杉田二郎のアルバムだ。収録曲をみれば一目瞭然だがフランク永井のヒット曲のカバーでもある。これを聴かない手はないということで当時聴いたのだが、その後永い眠りについていたものだ。
 杉田二郎はさらにおよそ20年さかのぼった1967年ごろから活躍した歌手。フォーク歌手として、ベトナム戦争反戦歌手としてさまざまな足跡をのこしている。現在も堀内孝雄、ばんばひろふみ、高山厳、因幡晃らと「ブラザーズ5」を結成いている。
 彼の作った曲は「ジローズ(1次、2次)」「はしだのりひことシューベルツ」いずれでも皆の耳に残っている名曲が多数だ。「戦争を知らない子供たち」は特に彼を押し上げたように思う。
 「戦争をしならない子供たち」の作詞は北山修。ベトナム戦争が激化し日本が攻撃発進基地として使用され日本国内外での反戦運動が毎日展開されていた時代だ。北山の詞は加藤和彦に作曲を頼んだが鼻であしらわれて、杉田がやることになった模様。
 徴兵されて戦場を経験した大人が当時の子供(現在の大人)が「俺たちの苦労を知らずに若い人が今甘えている。軟弱だ」と言われたことへの反抗からできた詞だという。開き直って「俺たちは戦争なんか知らない」→「戦争のない安心して生活できる世になってほしいのだ」ということで代表的な反戦歌としてよく歌われたものだ。
 ベトナム戦争が一段落したと思えば、中東危機が高まり、皮肉にも戦争は絶えることなく、現在もひきつづきこの歌が歌われる。
 さて、このアルバムでは杉田が吉田正への尊敬をもって吉田メロディーの名曲をあつかっている。単なるカバーではない。ポップス界の編曲の大御所ともいえる萩田光男、国吉良一とともに、モダンな都会調の雰囲気の創出に成功している。杉田の甘く広がる低音が吉田メロディーをはずれることなく魅力を増した感がある。
 手を抜かずに、ちゃんと「カバー」にとりくむという姿勢が感じられた。
 「好き好き好き」などは特にすぐれたできではないだろうか。
 吉田メロディーとうたえば、いうまでもなくフランク永井の曲だけではない。和田弘とマヒナスターズ、松尾和子、鶴田浩二の歌った作品も手掛けている。松尾和子の名曲「再会」もいい。
 なお萩田光男(萩田光雄)は、現在も活躍するポップス編曲家であるが、彼が手がけた曲もすごいのばかりだ。彼らは皆同年代のとびぬけた名手たちといっていい。
 さて、こんなことを書いていると、TVではくしくも「フランスで120名以上が死亡する多発暴動、大統領が戒厳令発令」が報じられている。だれもが震えおののくような事件だ。戦闘が身近にある状態や時代では、吉田正が作曲しフランク永井が歌ったような歌は社会から消える。誰しもが望まないこのような事件は、安寧な生活を願う全人類に対する犯罪だ。そのようなことが頭をよぎり、せっかくの名曲にしたる気持ちも揺らぐ。。。。。

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