2015年10月アーカイブ

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 この10月27日はフランク永井の命日である。フランク永井歌コンクールの盛り上がりも冷め切らない25日の夜、日付は26日の午前三時に放送された。
 ラジオ深夜便の3時台「にっぽんの歌こころの歌」というコーナーで「懐かしの歌謡スター~フランク永井集」というタイトルである。アンカーは高橋淳之アナ。
 昨年はまさに夜の午前三時に「東京午前三時」がかかったのだった。今年の選曲は下記のとおり。使用されたCDとリリース年。

  君恋し        1986:VDR-1277-ベスト・セレクション
  場末のペット吹き   1982:VDR-25014-CD File-1
  夜霧の第二国道    1982:VDR-25015-CD File-2
  ラブ・レター     1991:VICL-8022-想い出のメロディービクター編<Ⅱ>
  東京ナイト・クラブ  1991:VICL-8022
  大阪ぐらし      1991:VICL-8023-想い出のメロディービクター編<Ⅲ>
  妻を恋うる唄     2002:VICL-41052-ニュー・ベスト・ワン
  Woman(ウーマン)1986:VDR-1277-フランク永井のすべて
  あなたのすべてを   1986:VDR-1277
  有楽町で逢いましょう 2002:VICL-41052

 流された歌はフランク永井の初期からのヒット曲ばかりである。しかも、名を全国にはせた「有楽町...」から最後のシングルとなった「あなたのすべてを」まで選曲されている。
 最近にカラオケなどでも人気がでてきたとも聞く「Woman」がさりげなくとりあげられている。これはもともとサントリー・ウィスキー「樹氷」のコマーシャル・ソング。山下達郎とジョイントしてフランク永井が新しい境地に挑戦したことで話題を呼んだ。
 発売直前にフランク永井自身が舞台でエピソードを語るレア映像を、日立の吉田正音楽記念館の入り口で見ることができる。本人も頭が痛いほど苦労し周囲も気を遣い、山下とのプロジェクトも中途で終えてしまったといわれる。この曲は1982年にシングル(B面は「愛のセレナーデ」)で発売され同時にLPが発売された。LPには他に「ルビーの指輪」「もしもピアノが弾けたなら」「氷雨」といったすばらしいできのカバーが入っている。
 Womanは当時はそれほど売り上げは芳しくなかったようだが、2009年NHK-BSで放送された「歌伝説フランク永井の世界」のエンディングで効果的に流されて注目された。これがあいかわらずの山下人気とあいまってか、最近ふたたび流れ出したようだ。
 番組はフランク永井の紹介を定番でされただけで特にめだったトークは聞けなかったのだが、面白いと思ったのは放送で使われたCDである。
 いずれもすでに廃盤であり、特にCD初期のCD File-1~2(ちなみに3まで出ている)などはファン垂涎のもの。これらはフランク永井の初期SP版時代のものを最初にまとめてデジタル化したものでる。CD化時代にメディアが移行した時期なので、フランク永井の曲はどう展開されていくのだろうと見守っているなかでの発売だったものである。
 ベスト・セレクションとフランク永井のすべても、フランク永井が舞台から去った後での発売で、ようやく後年のシングルがデジタルで聴けたというものだった。また「ラブ・レター」「大阪ぐらし」はほかにも多くのCDに収録されているのだが、ここではなぜかオムニバス盤の「想い出のメロディー」(他のレコード会社と共同で作ったシリーズ)から採用している。
 「Woman」や「あなたのすべてを」は当然だがステレオ時代のもの。中波NHKで聴けば当然モノラルなのだが。フランク永井の人気が出た時代のものは基本的にモノラル。「有楽町で逢いましょう」も「君恋し」もそうだ。だが、ステレオ時代に移行したときに、モノラル時代のヒット曲を新たにステレオで録音しているために、音源が複数あることになる。
 ファンは初期に聴いた音が耳に残っているために、ステレオ版にはなじめないというような、今では考えられないような話題もあった。特に演奏の編曲まで変えている場合はそうした印象を与えたのもやむを得ない。だから、どうだということではないのだが、紹介したCD File-1/2などは敢えてモノラル版の音源をとりあげてファンに提供したもの。

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 全国のフランク永井ファンの期待と楽しみの祭典であるフランク永井歌コンクールが10月18日に決勝大会を迎えた。前日は102組による参加者の予選が行われた。2日間に及び熱戦は、地元宮城県大崎市松山から参戦した高橋ひとみさんの優勝で閉じた。
 フランク永井という一人の歌手が残した歌に限った歌コンクールというユニークな取り組みは、今年で7回を迎えた。2011年は3月の開催予定で、すべての段取りが終了していて、直前の悪夢のような311の襲来で1年延期を余儀なくされたことがあったものの、すでに8年を迎えたことになる。
 今年も全国から応募があり日本で奮闘中の外国の方も参戦していた。まさに国際的な催しになっているといっていい。実行委員会ではさまざまな工夫を凝らしていて、全国から楽しみにして来られるファンを迎えている。
 予選の日には先にこのコーナーでも紹介した「おまえに」の歌碑をとりあげて関西地方だけで放映された「歌碑ものがたり」(大阪毎日放送制作番組)が観戦にきた方々に見せたり、帰宅の時間等を考慮して今年は午前から開始して早めの時間に終了するようになった。また来年の歌コンの日取りが15(土)16(日)にするなどと紅葉の時期でも予定を立てやすくするなどのきめこまかなもてなしがあった。
 会場の横にあるフランク永井常設展示室でも装いを凝らしてつぎつぎと訪れるファンでにぎわっていた。
 駐車場は数多く用意され、交通の整備も含めて多くの地元のボランティアスタッフが笑顔で声かけていて、はつらつとした意気込みがどこでも感じられた。
 フランク永井を直接知る層は年々高齢化しこうした取り組みが困難であることは避けえない。人気のIY小樽記念館の閉鎖などというさみしいことも起こっている。だが、フランク永井の生誕地宮城県大崎市松山はちょっと異なる印象を受けた。開会で挨拶もあった大崎市長がフランク永井の功績をしっかり受け止めていて力を注いでいるということもある。だが、松山では自分たちの身の丈にあった、自分たちが永続して活動していける力に応じた取り組みを、しっかり見つめてとりくんでいっている姿だ。
 歌コンの主役はそこに参加して歌ってくれる方だ。そしてそれを楽しみに観戦してくれる方々だ。その人たちが素直に、ストレートに歌い、楽しむという環境を育てようとしている。これを柱としていることが、ユニークであり、成功のキーになっているのであろう。
 観戦された方はご存じのように、特別賞も含めた受賞者には名誉の症状やトロフィーはもちろんだが、地元の米、お酒、お菓子などが賞として与えられる。地方色と素朴な手作り感、目方で勝負のようすがすがすがしいのである。
 前橋にお住いの品川さんという熱烈なファンがおられ、フランク永井の在りし日の写真をモデルにした鉛筆画(と特製カレンダー)が受賞者に今年も贈られた。しかも今回は観戦者にもくまなく鉛筆画でデザインした便箋が会場に入る際に渡された。会場には絵画(すべてフランク永井をモデルにした鉛筆画)のコーナーが設けられていて多くの人の目を引き付けていた。
 こうした催しを黙って支援し支えている多くの人びとの取り組みが実を結んでいるようだ。
 前日の予選に引き続き午前からの開催にもかかわらず、早い時間から会場の松山体育館にそれを楽しみに押し寄せる人の波が続いた。今年から昼に特別な休憩をはさんでいない。豪華なアトラクションにも注目だ。
 地元中学生による吹奏楽では「有楽町で逢いましょう」をはじめ「おまえに」「霧子のタンゴ」などの演奏があった。大人の歌を歌ったフランク永井だったが、初々しい若者が継承していっているというのには未来への力強さが感じられていい。
 また今年は松山出身の若きエンターテナーでクラシックやミュージカルで活躍している佐藤直幸の独唱が披露された。「郷愁」「アベマリア」など。第一線のプロによるステージとはどういうものかを目の前で見せてくれる。年代を問わずこうした機会は逃せないものである。
 毎年審査を引き受けてくださっている白井審査員長(ビクター歌謡音楽研究会東京本部特別講師)たちの仕事には頭がさがる。あわせて130組以上の連続審査という、恐らくこれ以上の酷はないような任務をしてくれている。
 フランク永井が1966年に発刊25000号記念で歌った「東北音頭」の河北新報は今年の歌コンを次のように速報で紹介した。
【フランク永井歌コンクール 地元の女性がV~優勝した高橋さん~大崎市松山出身の歌手故フランク永井さんの名曲で競う「第7回フランク永井歌コンクール」(大崎市松山まちづくり協議会など主催)の決勝大会が18日、同市松山体育館であった。30組31人が出場し、「君恋し」を歌った同市松山千石の市職員高橋ひとみさん(42)が優勝した。/17日の予選会には、102組106人が参加。決勝進出者は「有楽町で逢いましょう」「こいさんのラブコール」など、フランク永井さんの曲をそれぞれ1曲選択。心を込めた熱唱に約600人の観衆は大きな拍手を送った。/優勝した高橋さんは、昨年初出場で準優勝。6歳の長男、3歳の長女から「ママもう一度歌って」と言われ、再挑戦した。地元松山から優勝者が出たのは初めてとあって、高橋さんは「うれしい。地元からも大勢参加して大会を盛り上げてほしい」と話した...】
 フランク永井の歌を歌うものがいる限り、歌うのを聴くのが楽しみだというものがいる限り、松山での「歌コン」は続くのは間違いない。
 前々回といい今年も若い女性が優勝というのもいい。若い人や女性の多くにもフランク永井の歌を歌って欲しいという多くの人の希望が込められているような象徴だ。当然に厳格な審査の結果なので、逆に男性諸君には「男性」「低音」の良さをもっと引き出し頑張ってということもあるのだろうとも思う。
 歌コンで歌われた歌はやはりヒット曲が中心で数にしたら少ない。だが今年は「追憶」「マホガニーのカウンター」「WOMAN」「船場ごころ」「恋夜」「東京しぐれ」「ふるさとの風」なを歌う方がいたのは特筆だ。どうしてもカラオケ(演奏)の存在が多くの制限になっている。歌コンを拡充するにはやはり曲数が増えることが望まれる。このあたりが充実すれば、フランク永井が残した秀逸曲が幅広いだけに参戦者の幅も何倍にも増えると思われる。
 そのような感想を得た今年のフランク永井歌コンクールであった。
 (写真は総合評価を語る白井審査員長と優勝歌唱の高橋さん、趣向を凝らした展示)
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 10月6日のBS朝日「日本の名曲~人生、歌がある」番組で「フランク永井 低音ムード歌謡の世界」が放映された。
 この番組は「日本の名曲を知り尽くした司会者・五木ひろしが思う日本の名曲をご紹介するコーナー。オリジナル歌手が歌唱する楽曲はもちろんのこと、各回の出演歌手がカバーも披露。幅広い世代から支持される楽曲、選りすぐりの名曲をお届け」するという、歌謡曲ファンに知られている番組だ。
 そして定期的に、歌謡界に大きな貢献をした歌手にたいして、敬意と感謝をもって名曲を歌い継いでいこうというトリビュートコーナーを持っているのだが、今回はフランク永井が取り上げられた。この十月はフランク永井の永眠の月であり、生誕地の宮城県大崎市松山では「フランク永井歌コンクール」が開かれる月だ。現地では準備もほぼ完了状態で、全国からの訪問を待ちかねている。
 司会は五木でサブ司会がこの日は八代亜紀。
 「フランク永井 低音ムード歌謡の世界」と題し「昭和歌謡史に燦然と輝くフランク永井さんを特集。あの低音の魅力と往年の吉田メロディーの数々、そして高度経済成長期と共にあったフランク永井さんのムード歌謡の魅力をたっぷりとお届け」すると紹介している。
 フランク永井本人の歌唱はないのだが、どの歌手が何の曲を歌うのかという期待で鑑賞した。
 お酒をちびりちびりとやりながらなので、つい過激な批評もとびだしてくるのだが、それでもたっぷりと聞かせていただいた。
 まず、「君恋し」を八代亜紀が歌う。
 八代節のジャズといった感じ。声の伸びが欲しい。「君恋し」は後に歌う秋元順子がよかった。秋元の「君恋し」は絶品だと思う。
 「有楽町で逢いましょう」を千昌夫が歌う。千節なのだが、千にしてはめずらしく、慎重にまじめに歌っていた。力みがもう少しそがれないとこの歌の味がでない。
 「ラブ・レター」をクミコと秋元順子の二人で歌った。二人はそれぞれ味のある歌を歌うのだが、どうもその色が出ずじまいの感があった。この曲はそうとうに歌いこんで内容に入れ込まないと難しいのかもしれない。
 「東京午前三時」を伍代夏子。真っ赤なドレスで演出。伍代節としてこなされ花を添えた。佐伯孝夫の詞は戦後の眠らぬ東京の夜の感じをよく出しているのだが、今の歌手が歌うとやはり現代の夜の東京のイメージになってしまうのはやむを得ないのだろう。
 「東京ナイト・クラブ」はチェリッシュによるデュエット。チェリッシュの路線とはやはり色合いが違いすぎたかもしれない。歌う表情に苦悩が残る。良くも悪くもアクの強さ、耳にしつこくまとわりつく松尾和子の歌唱と比べてしまう。
 「おまえに」を山川豊。過去にも山川はこの曲を歌っていたように思う。山川はいい低音の音程を歌える点がいいのだが、やや高音の鼻にかかる個所があって、曲全体としての受け取り方に引けるところがあるのが惜しい。
 最後に「霧子タンゴ」を五木ひろしが歌った。これも過去に聴いた気がする。五木は若いときに「歌マネ番組」などによく出ていて、フランク永井の歌をよく歌っている。そのときには五木節ではなくマネとし完成していたのだが、五木節での歌唱はファンの評価が分かれるところだろう。
 五木の歌自身はそれとして完成しているのだが、フランク永井の歌を聴きなれていると、五木節での「歌い上げ」が気になるのだ。だが、当日の演目の中ではもっともよかったであろう。
 他の歌手の歌った名曲を歌うというのは相当難しい。まして、歌う歌手自身が「~節」と言われるような個性とクセ、独特の味を持っている。それを持ちつつどうさばくのか、というのはいつも期待して聴くのだが、なかなか聴かせるまでに到達するのは難しいことだ。
 先に歌っている歌手への敬意をそこなわず、原曲の詞とメロディーに込められた味を引き出すのは、それだけ容易なことではないということであろう。
 昨年に発売されたフランク永井の「ザ・カバーズ」の好評をうけて、今月に「ザ・カバーズ 魅惑の低音再び」が発売される。フランク永井が先人たちが残したヒット曲をカバーしている。フランク永井には「フランク節」というのは、ありそうでなかったと思う。
 どんなジャンルの歌でも自分の歌としてこなして歌っている。聴けば聴くほどそのたびに、大変な歌手だったということを知らされる。
 今回の番組で、それぞれの歌手が歌い始めあるいは最後に、横に立てかけているフランク永井の遺影にきっちりかしこまってお辞儀をして敬意を表している。その気持ちが伝わる。

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 レコード店からの「CD予約受付」の連絡やフランク永井のファン仲間からの情報連絡などが相次いだ。それはフランク永井が1959年11月(S34)年にリリースされたドーナツ盤レコード、コンパクト・ダブル(サイズはEPと同じだが4曲入り)を、ビクターからでるというのだ。
 このレコードについては先に廃盤された名盤の復刻を手掛けているMEG-CD(ミュージック・グリッド社)からリリースが発表されたと述べたばかりであった。
 いよいよ今月18日にフランク永井の生誕地である宮城県大崎市松山で「第7回フランク永井歌コンクール」が開かれるが、このイベントを相次いで大きく支援するすばらしいニュースといえる。「ザ・カバーズ~魅惑の低音 再び」の今月のリリースについても報じられたばかりでるだけに、ファンにとってはうれしい。
 「フランクのクリスマス」は、世界的にポピュラーで無数の歌手によってうたわれている有名曲

 「ブルー・クリスマス」
 「ジングルベル」
 「きよしこの夜」
 「サンタクロースがやってくる」

の4曲をおさめている。当時の技術的な制限からモノラル音で、フランク永井のために新たな訳詞がつけられている。ポピュラーソングの日本語訳で第一人者であった井田誠一が訳した。そのために、広く知られている歌詞とやや異なるニュアンスがあるが、それだけにオリジナル性と新鮮さが感じられるものになっている。そして、後に「君恋し」の編曲でその手腕が広く認められた寺岡真三が編曲したものだ。当然にフランク永井も寺岡もジャズの騎手だけに、十分に意識されたものにしあがっている。
 さらにバックコーラスに「スリー・グレーセス」が参加してている。演奏は南部三郎クインテッドによる。
 先にも触れたがこの音はモノラルなのだが、どうもビクターはすかさずにハイレゾ音源化して配信するとのコメントもだされている。そうとうに気合の入った企画であることがわかる。モノラルのハイレゾ化というのはなかなか想像できないのだが、おそらく時代の流れのなかでの需要にたいして、十分に応えられる技術的な自身もあるものと思える。
 「フランクのクリスマス」のジャケットをみると、タキシード姿の若いフランク永井がカラーで出ている。この写真の元はレコード会社各社がこぞって連携したマルベル同のプロオマイドのなかのメインで押されたモノクロの一枚ではないか。これにきれいにフラッシングによるカラー化をほどこしたもののように思える。こうした技術でカラー化して使うことは時代的によくあったことだが、今では妙に珍しい。
 年末になれば、信者でなくともクリスマスの雰囲気を味わうことを楽しみにするのが日本の様相だ。フランク永井の歌でなくとも聴きなれたクリスマスソングがあふれる。そのような中で、いい雰囲気を盛り上げて、じっくりと「聴き比べ」をしてみるのもオツではないか。