


通販で定評のあるユーキャンからCD-BOX「フランク永井の世界」が発売されている。サイトにその広告が掲載されたのだが、ここの宣伝は実に丁寧に詳細を紹介している。
この商品については先にも紹介したが、特記したいのはフランク永井の歌った作品としていままで記録のなかった10作品が載っていることだ。フランク永井のような大歌手ともなるとその作品がいままで出ていなかったというのは、それなりに事情があるのかもしれない。だが、フランク永井が歌ったと思える1960年代から数えても半世紀以上経過していて、事情を知るものがほぼいない。
まず、その曲を紹介しよう。
「東京ラブナイト」 (宮川哲夫、豊田一雄、寺岡真三、JVC-150-ビクター歌の花束第8集)
「上海帰りのリル」 (東條寿三郎、渡久地政信、-)
「紅屋の娘」 (野口雨情、中山晋平、-)
「矢車草の唄」 (佐伯孝夫、佐々木俊一、寺岡真三)
「そして...めぐり逢い」 (荒木とよひさ、中村泰士、竜崎孝路)
「恋さぐり夢さぐり」 (N.Sedaka/H.Greenfield、峰岸未来、竜崎孝路)
「意気地なし」 (高畠諄子、中川博之、-)
「恋の旅路の果てなのか」(佐伯孝夫、渡久地政信、-)
「お嫁においで」 (岩谷時子、弾厚作、福井利雄、JV-1120-歌おう心の歌~銀色の道)
「哀しみの愛の日々」 (P.Senneville/O.Toussaint、片桐和子、近藤進、ニ二・ロッソと1970代)
「東京ラブナイト」はオムニバスのLPで1960年代にでているが手元で確認できていない。「お嫁においで」は同様にオムニバスのLP掲載のオリジナル曲である。「哀しみの愛の日々」はニ二・ロッソとの共演であることから、NHK-紅白歌合戦で共演した「君恋し」を歌った後と思えることから1970年代に録音したが、SJX-133「君恋し~ニ二・ロッソと唄う」に入らなかった曲ではないかと思われる。
他は、編曲者が不詳のままの曲が4曲あり、突出は「上海帰りのリル」ではなかろうか。「紅屋の娘」もそうだがジャズ調で編曲されていて、ファンなら聴いてみる価値がある。聴いていてフレッシュで、フランク永井によって新たな境地を感じることができる。
1961年に「君恋し」がジャズ調編曲で多くのひとびとを驚かせたのだが、もしかして「懐かしい日本の名曲の復刻」の企画を実現するときのトライアルの遺物なのかもしれない。当時どこのレコード会社もきそってリバイバルに力を入れていて、ビクターも当時のトップ・スターで歌唱に定評があったフランク永井に提起した。
「宵闇、迫れば...」で始まるメロディーを当時は誰もが知っていたのだが、フランク永井はその題名を「宵闇せまれば」と確信的に思い込んでいて、絶対にそうだといいはって周囲とカケまでしてみごと失敗したことでも知られている。ちなみに、少額の金品をかけての遊びははやっていて、楽屋や旅の宿でも村田英雄や春日八郎らと一緒になり雨でも降れば、すぐにおいちょかぶだ、ポーカーだとやっていたという。
横道にそれたが「ジャズ志向のフランク永井のリバイバル」という企画の一環で、さまざまな試行錯誤をしただろうことは容易に想像される。「矢車草の唄」「紅屋の娘」など知れ渡った印象の名曲をジャズ風に変えて歌ってみたのではないだろうか。そうであれば寺岡真三や舩木謙一などのそうそうたる編曲者が手がけたに違いない。だが「君恋し」の秀逸さに比べて、視聴者の印象を塗り替えるほどの画期性を作者として確信をもてなかったことから職人としての立場から白紙=不詳の扱いにしたのかもしれない。
何せ曲はビクターの会社の看板を背負った名曲で、この歴史的なものにたいしてキズつけてはならない、という気持ちもあったと思える。「上海帰りのリル」にいたっては、渡久地政信が一時ビクターから離れキングにいたときの代表的な作品でもあり、なおさらその意思は強かったと思う。
確かに「君恋し」は受け入れられ、レコード大賞にまでいった。その陰に埋もれたまま、せっかくの名曲の音源は影をひそめ、しかも編曲者不明であることから、今日まで日の目をみなかったものと思える。
だが、この度半世紀の時を経て、このCD-BOXの企画者たちはその作品の歴史的な価値を評価して発表してくれた。当時と違い、現在は偉大な歌手への敬意をはらいそのすべての遺産を確かなものとして、このような形で残し、後世にそのままの伝えていくという使命となっている。
「上海帰りのリル」は沖縄出身のビクター専属の作曲家渡久地政信の作品。彼がさまざまな事情で一時ビクターを離れていたときに、春日八郎の「お富さん」などとともに作成された名曲のひとつだ。渡久地はフランク永井に「夜霧に消えたチャコ」「俺は淋しんだ」「冷いキッス」「流れの雲に」などのほか多数の曲を書いている。
盟友吉田正との友情で最初にフランク永井の曲を書いたという熱いエピソードもある。とにかく彼の作曲は独特の味わいを持っていて「上海帰りのリル」にも、彼が多重にひそませた音霊がある。それを歌い手がどう理解し表現するかである。
フランク永井がジャズ風の雰囲気で歌うこの曲を聴いてそのあたりを想像しながら、また戦後のさまざまな悲劇を感じさせるリルを語ってみるのも一趣であろう。