2014年11月アーカイブ

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 フランク永井はタキシードと夜の歌がお似合いなのだが、歌った歌の幅の広さは昭和の男性歌手ではとびぬけたものであった。フランク永井のカラーが「酒と女と失恋と夜霧」のようなもので一色のイメージが残されているのだが、記録の全容をよくみれば驚くほど多彩だ。
 もともとが当時ジャズのひとことでくくられていた洋楽に入りこんでいたのも有名なことだが、クリスマス(1959:EV-123-フランクのクリスマス)がある。民謡とか音頭系も多数出ている(1957:V-41700-昭和炭坑節~1966:SV-399-東北音頭、1966:LV-212-フランク民謡を歌うなど)。戦争の悲哀に関連したもの(「戦友」「麦と兵隊」「帰還の日まで」など1975:SJX-8022~31-大全集)。映画・ドラマ主題歌(およそ40本)。子供向け(1962:SLB-13-フランクおじさんといっしょ、1962-SLJ-5034-抒情組曲遠い日の歌~こども風土記~、1966:SJV-215-あなたに贈る幼き日の歌)が多数ある。
 どれを見ても歌手フランク永井の面目一如といったところである。一曲ごとに精魂込められた歌唱が聴ける。この幅の広さは、女性歌手では「歌姫、女王」といわれた美空ひばりにもあてはめられ、この二人がまさに時代をかざったのもその力量によるものだった。

 さて、少し経過したが1か月ほど前の10月16日にNHK-BSで1966年の東映映画『沓掛時次郎・遊侠一匹』が放送された。フランク永井が主題歌を歌っている映画だ。この映画は長谷川伸原作で加藤泰が監督、中村錦之助主演で池内淳子と渥美清が共演している。
 フランク永井の歌は薄く重なるように登場するが、この映画のメインは長谷川伸のストーリーであり錦之助の入りこみようだ。先に亡くなった高倉健が開いた任侠ものというか異様な世界の映画が活況をていし、かつて花形だった時代劇がすたてれいくのを感じて取り組んだと言われている。
 渡世人として生きていくことに嫌気を持つようなってからも、いったんふみこんだその世界から実際に抜け出すことのむずかしさ、悩みと苦しみ、そのような世界を描いたら当時第一人者の長谷川伸。一途さ、はかなさ、わびしさ、愚かさが観る者に響く。
 長谷川伸はこの沓掛時次郎をはじめ今に残る「中山七里」「関の弥太っぺ」「瞼の母」などの股旅ものの世界を開き、大衆文芸をすすめた。当然に映画やドラマも多く幾度も作られ演じられた。股旅ものとして流行歌の世界でもいちジャンルをつくった。フランク永井の後輩に当たる橋幸夫は「潮来傘」のヒットでデビューをはたし、その後佐伯孝夫作詞による長谷川伸の股旅ものを数多く出してはやらせている。
 フランク永井は1966:SV-397-遊侠一匹/沓掛子守唄をだしたが、橋幸夫は少し前の大映映画で市川雷蔵主演、新珠三千代、杉村春子、志村喬らのメンバーの作品「沓掛時次郎」(池広一夫監督)の主題歌(1961:VS-534-沓掛時次郎)を歌っている。

 長谷川伸の「瞼の母」はどは浪曲や演歌のかっこうの素材となりやがて歌謡浪曲にもつながった。村田英雄の「人生劇場」や三波春夫の「一本刀土俵入り」があり、中村美津子や島津亜矢が現役でいい味を出して演じている。二葉百合子の「岸壁の母」も忘れてはならない。
 フランク永井はこうした人情ものの歌謡浪曲の抒情歌版に挑戦している。1962年のデビュー10周年リサイタル(1966:SJV-179)で「歌謡組曲~慕情」を演じ、第20回芸術祭大衆芸能奨励賞を受賞している。このリサイタルは三部で三時間近い大作なのだが、第三部で「慕情」(岩谷時子作詞、吉田正作曲、合唱東京混声合唱団)を歌った。長編組曲という試みでほぼ20分の長い曲である。
 フランク永井のこのときの朗々とした歌唱は絶賛された。ただの歌謡曲歌手ではないという実力をまざまざと示したものであった。当時のLP2枚組は一部と三部を再現したもの。
 なお、この「慕情」を3分ものを、その後フランク永井のカバーで人気のささきいさおが2010年「雪の慕情」で復刻、新曲としてリリースしている。
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 10月19日に「第6回フランク永井歌コンクール」が開かれた。フランク永井のオリジナル曲だけの全国のど自慢大会である。まさに全国いや世界からわれこそがフランク永井の歌については、自慢じゃないが「イチバンだ」と誇る方々が挑戦する。
 世界からというのもホントで、米国やハンガリーから実際に会場である宮城県大崎市松山までかけつけて歌っている。応募は予想外に多いようで近年は予選に限界の130組み程度で、受付の打ち止めをしているほどだ。
 男性に限らず、女性も多い。「東京ナイトクラブ」に代表されるデュエットではムードいっぱいのペアで参戦する。
 カラオケではフランク永井の曲だけ歌うという人もおれば、歌なら何でも幅広く歌うという人までいてさまざまだ。しかしこの歌コンではオリジナル曲だけという制限がユニーク。
 こうした催しで求められるのは、当然だが、バックに演奏されるカラオケだ。これは参戦者が自前で用意して事前に主催する事務局に提供する必要がある。アカペラでの挑戦者もときにいるし、前奏や間奏のメロディーをハミングで、つまり自前で埋め、すべてを自分のノド一本でやるつわものもいる。
 だが、やはり、カラオケの演奏が一般的には必要だ。現在カラオケは世界語でもありその普及は地球上どこにでも普及している。日本ではネット環境で歌う曲が提供される。当然最新のモノが使えるし、キーを自由に合わせ、得点評価機能まで完備されている。
 1曲単位で使用が管理されているので、リアルタイムで人気度(使用された度合い)や自分の得点レベルが解る。同時に著作権の使用課金が裏で確実になされるというすごいシステムが動いている。
 このカラオケの基本仕様は日本人の発明だそうだ。フランク永井のファン以外にはどうでもいいことかもしれないが、そのときに第一号で用意されたのが「夜霧の第二国道」であったとされる。
 「夜霧の第二国道」は1957(S32)年「有楽町で逢いましょう」の発売の4か月前にリリースされたSP盤。当然だがモノラルで、先々にカラオケで歌われることなど前提にしていない。正確にはわからないが、ビクター・オーケストラの演奏を背景にした同時録音であった可能性が高い、そのような時代のものだ。
 今なら演奏と歌唱は工程上の都合もありライブでもないかぎり、必ず別取りされ、演奏だけのものが立派に独立した商品として扱われる。
 ただ、当時はラジオ全盛時代で、歌のない歌謡曲という形であるいはそうした番組として、演奏だけのものが放送されて人気があった。こうした演奏はいわゆるカラオケ演奏とはやや異なる。歌手の歌唱がある箇所について楽器の音がないか、極低音に押さえたものかだ。歌手の歌唱をきわだたせるようにしたのが、プロ用とよばれたカラオケ演奏。歌のない歌謡曲は歌唱の部分を含めてしっかりと演奏音として含めたものだ。それゆえに、楽団独自の編曲によってメロディーの趣を自由にかえて作成され、BGMのような使われ方もされた。
 ビクターでは、すでに「夜霧の第二国道」や「有楽町で逢いましょう」が発売された年に、将来を見通してか、演奏だけの録音と発売に乗り出している。
 フランク永井の「データブック」でも記している同年リリースのシングル1958:V-41820/VS-114「ラブ・レター」が、翌月V-41821/VS-118「月影のささやき」のB面に演奏だけを収めて発売しているのだ。この盤のジャケットを見ただけでは演奏であることがわからず、何故に直後に同じ曲を出すのだろうと不思議に思ったものである。
 B面に演奏だけを忍びこませた盤というのは「月影のささやき」の5か月前に発売したB-5229/AS-6012「悲しみよこんにちは」で裏面に「白樺の小径」の演奏があった。
 さらにこの年にはLPとして、LV-8「軽音楽~魅惑のメロディー」が発売されている。当然「夜霧の第二国道」が入っている。当時ビクターで人気の三浦洸一と「有楽町で逢いましょう」でブレイクした売り出しのフランク永井の曲を集めたものだ。
 (1)街角のギター (2)泣くな霧笛よ灯台よ (3)ふるさとの岬 (4)羽田発7時50分 (5)夜霧の第二国道 (6)有楽町で逢いましょう (7)東京午前三時 (8)踊子
 ここでのフランク永井の曲で注目は演奏(ビクター・オーケストラ)の編曲者である。「東京ナイトクラブ」の編曲を担当した小沢直与志が書いていてる。ここの曲は主に寺岡真三、佐野鋤(雅美)と作曲者の吉田正が入れ替わって編曲したのが残されているが、小沢版はこの盤だけで聴けるのだ。

 さて、こうしたフランク永井の初期の時期のものはその後誰にも注目されることもなく長年経過する。「軽音楽」というくくりが当時にあって、まさに「歌のない...」で聴きなれたメロディーを雰囲気を変えたバンドが編曲演奏して流すのがはやった。
 そうしたものがボックス形式(8~10枚組)で通販などで多く企画されて発売された。そのなかに、リーダーズ・ダイジェスト社「日本のヒット・ソング100年~想い出の小径」「歌謡トップ・スター・パレード」、CSB-SONY社「決定版歌謡ムード大全集」、等があり、フランク永井のヒット曲がBGMとしていいムードで、存分に観賞することができる。
 カラオケブームがおこってから正式に発売された一つはレザーディスク版で「VLK-3001-フランク永井~ユアー・リクエスト20」。1983:SV-7356「旅秋」はここに収められている。LP版でSJV-863「あなたが唄うフランク永井ビッグ・ヒット」である。DVD「魅惑のゴールデン・デュエット」を始め映像を含めたものがその後多数だされた。なかでも「歌カラ」(VICL-36101~4全16曲)4枚組セットが、これは現在MEG-CDルートで常時購入できる。
 LP版「あなたが唄うフランク永井ビッグ・ヒット」は寺岡真三と近藤進という確かな編曲者によるヒット曲12曲がプロ用カラオケとして収められている。
 (1)有楽町で逢いましょう (2)夜霧の第二国道 (3)羽田発7時50分 (4)霧子のタンゴ(※近藤進以下同じ) (5)俺は淋しいんだ (6)君恋し (7)大阪ぐらし(※) (8)こいさんのラブ・コール(※) (9)加茂川ブルース (10)夜霧に消えたチャコ (11)東京ナイト・クラブ (12)おまえに

 フランク永井の曲を歌う「フランク永井歌コンクール」はもとより全国のカラオケでフランク永井を歌うにはこうしたバック演奏がどうしても欲しい。しかし上記のものを中心におよそ30曲がすべてで残念なことに正直もっと欲しいというのが実情だ。だが、それを実現するにはそうとう困難である。何かカラオケ曲を増やすためのいい知恵がないものかと、頭をひねるこのごろである。
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 10月27日のフランク永井の命日に、NHKラジオ深夜便では「にっぽんの歌こころの歌~思い出の歌謡スター:フランク永井集」として午前3時台に放送された。ここでは、前回にジャズ・スタンダードの特集が組まれた続編として演歌・歌謡曲が取り上げられた。
 アンカーは同じ高橋淳之。前回の聴いている多くのファンからの反応が多かったことへの感謝とNHKに寄せられた感想・思いが紹介された。6月に予定していた「西銀座駅前」が機器の障害で放送できなかったのを埋めるようにまずこの曲をさりげなく流された。続いて当然にこの時間が来たら紹介せずにはおられない「東京午前三時」を。フランク永井を全国区におしあげた「有楽町で逢いましょう」と、当時のエピソードを添えながら紹介していった。
 「ザ・カバーズ」で初めてCD化された「酒と泪と男と女」、そして小畑実のヒットであった「星影の小径」が番組にはいっている。これらはファンがなかなか聴くことができない曲で、NHKやるな!という感じで聴き入ったに違いない。まさにこの静かな秋の夜にフランク永井を偲ぶのにふさわしいすばらしいプログラムであった。以下、流された順に曲目リスト。

  西銀座駅前 作詞 佐伯孝夫 作曲 吉田正 編曲 寺岡真三1958(S33)
  東京午前三時 作詞 佐伯孝夫 作曲 吉田正 編曲 佐野雅美1957(S32)
  有楽町で逢いましょう 作詞 佐伯孝夫 作曲 吉田正 編曲 佐野鋤1957(S32)
  こいさんのラブ・コール 作詞 石浜恒夫 作曲・編曲 大野正雄 1958(S33)
  公園の手品師 作詞 宮川哲夫 作曲・編曲 吉田正1958(S33)
  星影の小径 作詞 矢野亮 作曲・編曲 利根一郎 1967(S42)
  酒と泪と男と女 作詞・作曲 河島英五 昭和51年 1979(S54):[SJX-20146-お前がいいと言うのなら]
  君恋し 作詞 時雨音羽 作曲 佐々紅華 編曲 寺岡真三 1961(S36)
  大阪ろまん 作詞 石浜恒夫 作曲 吉田正 昭和41年 1966(S41)
  おまえに 作詞 岩谷時子 作曲・編曲 吉田正 1972(S47)

 「ザ・カバーズ」は10月22日に発売されたのだが、アマゾンサイトではトップの人気であることが紹介されている。すでに第一線をしりぞいてから30年経過するにもかかわらず、いかにファンの視線がいまだ熱いかがうかがい知れる。うれしいニュースである。
http://www.amazon.co.jp/gp/bestsellers/music/569220/ref=pd_zg_hrsr_m_1_3_last
 また、報道機関での紹介であるが、毎日新聞が29日に取り上げてくれている。「特薦盤」として川崎浩さんがみごとな紹介記事を書いてくれている。「とにかくうまい!昭和の歌唱レベルは圧倒的であったと、うらやましさも...」と。
 31日の産経ニュース「聴きたい!」で、「ポピュラー新盤 フランク永井【ザ・カバーズ(歌謡曲・演歌)】」との見出しで紹介している。【石原裕次郎がヒットさせた「ブランデーグラス」や渡哲也の「くちなしの花」などは元歌と甲乙つけ難い味わい。魅力的な声とは、天が与えた最大の才能だと気づかされ、違和感なく楽しめた...】と、最大級の紹介を。
http://www.sankei.com/entertainments/news/141031/ent1410310006-n1.html

 前回にタバコのフランク永井を紹介したが、今回はブランディー・グラスのフランク永井をピックアップしてみた。似たショットの写真もあるが、何と多いことか。あらためてグラスを片手に落ち着いて語り合うというような雰囲気にあっていたことを感じる。
 美空ひばりが子供のころからこしゃまくれたといわれたが、フランク永井はあまり外見がいい男というよりも、おじさんで大人の雰囲気をだしていたのだが、それが売りとして成功していたのではないだろうか。

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