


フランク永井のデビューは1955年11月。吹き込んだ曲は洋楽「恋人よわれに帰れ」(A-5206)。翌月には同じく洋楽「グッド・ナイト・スイート・ハート(A:雪村いづみ「ジングルベル・マンボ)」(A-5205)、翌年4月にやはり洋楽「ばらの刺青(A:雪村いづみ「恋人になって」)」(A-5211)。そしてさらにその翌月に「16トン(B:雪村いづみ「オンリー・ユー」)」(A-5212)を出し、その後に流行歌に転向する。
つまり、デビューしておよそ半年の間に4曲、最初の3曲はB面で出たのだが、本人のトークによってもほとんど売れていない。せっかくビクターに入社したにもかかわらず、クビを申し渡されていて、発声の指導に当たっていた吉田正の流行歌歌手への転向を認めなければ本当にその後のフランク永井はなかったと思える。
最初のA面は羽生奈々子の「時計のまわりで踊ろう」、次からの3枚はフランク永井のいわば先輩歌手にあたる雪村いづみが片面を埋めている。雪村いづみの曲が売れれば自動的にその分だけフランク永井の曲も巷に出るが聴かれるかどうかは別だ。当時はどちらにしてもあまり売れなかったようだ。特に、デビュー盤はおそらく初期ロットだけであったと思える。
フランク永井ファンとしては、このデビュー盤とはいかなるものなのかを実際に見てみたいとかねがね思っていたのだが、未だに直接に見たことはないのである。2009年にNHK-BSでフランク永井の集大成ともいえる「歌伝説~フランク永井の世界」が放送されてファンを満足させた。このデータ収集の際に制作のの担当スタッフと話す機会があって、国会図書館にあるはずで、探す価値があるという話となった。実際には私は行けなかったのだが、スタッフは探し当て、ビクターの許可証を得、必要な書類と手続きを経て、番組用の撮影を実現したのである。
結果においてファンはチラッとではあるが、貴重なフランク永井のデビュー盤を観ることができたのであった。その後もしかして他に保存していることはないのだろうかと探してきたが、やはりない。そのうちに国策で国会図書館に保存している歴史的音源をデジタル化するというプロジェクトがあり、A面の羽生奈々子の「時計のまわりで踊ろう」を聴いてみなきゃという興味を持ち期待していた。
2011年歴史的音源のリストが発表されてた。フランク永井のSP盤吹き込み曲はすべて掲載されていたのだが、なんと羽生奈々子の「時計のまわりで踊ろう」はなぜかないではないか。音取りが物理的に無理があったのか、理由は不可解だ。まさか、人気がなかったからということも考えられない。A面なのに残念である。直接に国会図書館に行けば現物はあっても、特別扱いのようで、何か特別の許可を得ないとそれを聴くことは困難なようだ。
羽生奈々子という歌手についてはどこにも情報はなく、まったく知ることはできない。そうであればあるほど、いちどは聴いてみたいという気持ちが強くなる。元曲はRock Around the Clockで、プレスリーなど多くの人が歌っているし、日本人歌手も多くカバーを出しているので、雰囲気はわかる。フランク永井には多くの歌詞を提供し、「恋人よわれに帰れ」と同じビクターの井田誠一が英語の原詩の合間に日本語の歌詞を入れてある点がどうなっているかだ。当時「原詩の合間に日本語」はレコード会社の苦肉の試行であった。少し後に漣健児という超訳が人気になるが、井田は当時多くを手掛けているので、その雰囲気も知りたかった。
ということであったのだが、なんとついに、先日その羽生奈々子の「時計のまわりで踊ろう」を聴くことができたのである。
それは当時ビクターが力をいれて売り込みたい曲をラジオ局やレコード店に宣伝用に作成してくばった「非売品・見本盤」があったのである。A面は雪村いづみの「ジングルベル・マンボ」。羽生の歌は雪村いづみのトーンをやや下げたような声で普通に歌われている。当時洋楽がひとまとめにジャズとくくられていて日本人カバー歌手も多い中で、この「普通」は沈んでいると同義語であったので、やはり振るわなかったものと思える。
だが、貴重?なこの曲を聴くことができて、長年のささったままのトゲが取れたような気持ちをえたのであった。
フランク永井のデビューからの4曲についても、やや歌の声質が並ではないものの大きな枠では「普通」にくくられてしまう。これが流行歌に転向しなければクビと言われた理由だった。この点で流行歌をいやいやながらも歌ったのは大正解だったことがわかる。
流行歌で思わぬ反応、というか歌謡曲のこの世界はひょんなことから人気に火が付くと大衆のなかへの浸透が一気に広がる。「有楽町で逢いましょう」である。そこからファン層が広がり、流行歌デビュー曲の「場末のペット吹き」、そして洋楽の「恋人よわれに帰れ」までリクエストが続くことになる。
デビュー曲「恋人よわれに帰れ」は、CD化が始まった1988年の「CD-File」等では実現せず、1991年になってCD-BOX「魅惑の低音大全集」で初めてCD化された。その後クリアなデジタル音源としていくつかのCDでリリースされた。ジャズ歌手にしかなろうとしなかったほど洋楽に思いを入れていたフランク永井は、人気歌手になってから100曲近く洋楽を残している。そのなかからえりすぐりの50曲をまとめた決定版が2009「フランク、ジャズを歌う」(VICL-63274/5)である。当然「恋人よわれに帰れ」は1曲目に収録されている。
フランク永井の歌う洋楽は絶品である。
(写真右は、井田誠一の訳詞によるいくつかの曲の歌詞票と「恋人よ我に帰れ」コロンビア版歌詞票。いずれもSP盤用)