2014年4月アーカイブ

mx20140426a.jpgmx20140426b.jpgmx20140426c.jpg

 フランク永井のデビューは1955年11月。吹き込んだ曲は洋楽「恋人よわれに帰れ」(A-5206)。翌月には同じく洋楽「グッド・ナイト・スイート・ハート(A:雪村いづみ「ジングルベル・マンボ)」(A-5205)、翌年4月にやはり洋楽「ばらの刺青(A:雪村いづみ「恋人になって」)」(A-5211)。そしてさらにその翌月に「16トン(B:雪村いづみ「オンリー・ユー」)」(A-5212)を出し、その後に流行歌に転向する。
 つまり、デビューしておよそ半年の間に4曲、最初の3曲はB面で出たのだが、本人のトークによってもほとんど売れていない。せっかくビクターに入社したにもかかわらず、クビを申し渡されていて、発声の指導に当たっていた吉田正の流行歌歌手への転向を認めなければ本当にその後のフランク永井はなかったと思える。
 最初のA面は羽生奈々子の「時計のまわりで踊ろう」、次からの3枚はフランク永井のいわば先輩歌手にあたる雪村いづみが片面を埋めている。雪村いづみの曲が売れれば自動的にその分だけフランク永井の曲も巷に出るが聴かれるかどうかは別だ。当時はどちらにしてもあまり売れなかったようだ。特に、デビュー盤はおそらく初期ロットだけであったと思える。
 フランク永井ファンとしては、このデビュー盤とはいかなるものなのかを実際に見てみたいとかねがね思っていたのだが、未だに直接に見たことはないのである。2009年にNHK-BSでフランク永井の集大成ともいえる「歌伝説~フランク永井の世界」が放送されてファンを満足させた。このデータ収集の際に制作のの担当スタッフと話す機会があって、国会図書館にあるはずで、探す価値があるという話となった。実際には私は行けなかったのだが、スタッフは探し当て、ビクターの許可証を得、必要な書類と手続きを経て、番組用の撮影を実現したのである。
 結果においてファンはチラッとではあるが、貴重なフランク永井のデビュー盤を観ることができたのであった。その後もしかして他に保存していることはないのだろうかと探してきたが、やはりない。そのうちに国策で国会図書館に保存している歴史的音源をデジタル化するというプロジェクトがあり、A面の羽生奈々子の「時計のまわりで踊ろう」を聴いてみなきゃという興味を持ち期待していた。
 2011年歴史的音源のリストが発表されてた。フランク永井のSP盤吹き込み曲はすべて掲載されていたのだが、なんと羽生奈々子の「時計のまわりで踊ろう」はなぜかないではないか。音取りが物理的に無理があったのか、理由は不可解だ。まさか、人気がなかったからということも考えられない。A面なのに残念である。直接に国会図書館に行けば現物はあっても、特別扱いのようで、何か特別の許可を得ないとそれを聴くことは困難なようだ。
 羽生奈々子という歌手についてはどこにも情報はなく、まったく知ることはできない。そうであればあるほど、いちどは聴いてみたいという気持ちが強くなる。元曲はRock Around the Clockで、プレスリーなど多くの人が歌っているし、日本人歌手も多くカバーを出しているので、雰囲気はわかる。フランク永井には多くの歌詞を提供し、「恋人よわれに帰れ」と同じビクターの井田誠一が英語の原詩の合間に日本語の歌詞を入れてある点がどうなっているかだ。当時「原詩の合間に日本語」はレコード会社の苦肉の試行であった。少し後に漣健児という超訳が人気になるが、井田は当時多くを手掛けているので、その雰囲気も知りたかった。
 ということであったのだが、なんとついに、先日その羽生奈々子の「時計のまわりで踊ろう」を聴くことができたのである。
 それは当時ビクターが力をいれて売り込みたい曲をラジオ局やレコード店に宣伝用に作成してくばった「非売品・見本盤」があったのである。A面は雪村いづみの「ジングルベル・マンボ」。羽生の歌は雪村いづみのトーンをやや下げたような声で普通に歌われている。当時洋楽がひとまとめにジャズとくくられていて日本人カバー歌手も多い中で、この「普通」は沈んでいると同義語であったので、やはり振るわなかったものと思える。
 だが、貴重?なこの曲を聴くことができて、長年のささったままのトゲが取れたような気持ちをえたのであった。
 フランク永井のデビューからの4曲についても、やや歌の声質が並ではないものの大きな枠では「普通」にくくられてしまう。これが流行歌に転向しなければクビと言われた理由だった。この点で流行歌をいやいやながらも歌ったのは大正解だったことがわかる。
 流行歌で思わぬ反応、というか歌謡曲のこの世界はひょんなことから人気に火が付くと大衆のなかへの浸透が一気に広がる。「有楽町で逢いましょう」である。そこからファン層が広がり、流行歌デビュー曲の「場末のペット吹き」、そして洋楽の「恋人よわれに帰れ」までリクエストが続くことになる。
 デビュー曲「恋人よわれに帰れ」は、CD化が始まった1988年の「CD-File」等では実現せず、1991年になってCD-BOX「魅惑の低音大全集」で初めてCD化された。その後クリアなデジタル音源としていくつかのCDでリリースされた。ジャズ歌手にしかなろうとしなかったほど洋楽に思いを入れていたフランク永井は、人気歌手になってから100曲近く洋楽を残している。そのなかからえりすぐりの50曲をまとめた決定版が2009「フランク、ジャズを歌う」(VICL-63274/5)である。当然「恋人よわれに帰れ」は1曲目に収録されている。
 フランク永井の歌う洋楽は絶品である。
(写真右は、井田誠一の訳詞によるいくつかの曲の歌詞票と「恋人よ我に帰れ」コロンビア版歌詞票。いずれもSP盤用)
JV-168-歌の星座第6集.jpg
JV-168-歌の星座第6集歌詞.jpgJV-175-歌の星座第4集.jpg

 フランク永井がデビューしてたのはおよそ60年前の1955(S30)で、亡くなってからもすでに6年となる。彼が歌った曲のすべてについては「フランク永井・魅惑の低音のすべて」(2010年発行)で網羅している。この時点で整理することができたのは基本的に「すべて」なのだが、この時点で存在がわかってはいても現物の確認ができなかったものや、資料そのものの存在がわからなかったものがいくつかあった。
 「オムニバス盤・珍しいレコードなど」ということで、そのあたりのことを書いている。そのなかの「オール・スターズ~歌の星座」シリーズの第6集について最近にみることができたのだが、この盤の1曲目にフランク永井の「あこがれて」という作品があったのである。
 寺山修司作詞、原田良一作編曲で、あこがれて恋人であったと思える島子が去って行ったが、彼女の故郷である最北の岬に行ってみるが、と依然そこには母しかいなく荒れた海があるばかり。そのような歌詞の歌だが、島子島子島子と三度海に向かって呼ぶというのが印象的。
 当時ビクターはこの「歌の星座」シリーズ以外にも、「花のステージ」「魅惑のオール・スターズ」「歌の花束」「ゴールデン・ヒット・ソング集」等々のシリーズものを何集にもわたって多く出していたのだが、それぞれ何集までだしていたのか、その収録曲のリストは何かなどの全容がほとんど不明なのである。
 こうしたオムニバスのLPにはシングル盤で出していない曲が必ずといっていいほど組み込まれていたのだから、実にもったいないのである。実際に「花のステージ」については発刊後に「ゴンドラ舟唄」(第19集)がみつかっている。
 またここで触れたLPシリーズ以外でも、いわゆるローカル盤というか、地元の観光協会などの依頼で作成されるマイナーな盤がある。企業や組織や団体が競って人気の歌手に依頼したのだが、それがソノシートやニーズによってはEP盤となって多く存在しているのだが、これについても残念ながら何もわっていないといってよい。
 「七十年音頭」(PRB-8007)、「長崎鼻慕情」(PRA-10455)などがわかっている。
 ローカル版から正式にEPとして発売されてものはいくつかある。「東北音頭」(1966:SV-399)、「でっかい夢」「道後の女(ひと)」(1967:SV-509)などである。これらは近年廃盤レコードのCD化をてがけているMEG-CDから復刻されている。当時同時にリリースされて地元版のジャケットも歌詞票に添付されている特別版だ。
 シングル盤にない曲が多く含まれている「歌の星座」「花のステージ」「魅惑のオール・スターズ」「歌の花束」につていは、今後の注目していきたいが、ほんとに残念なのはもうほとんど市場にでる可能性がないことである。お持ちの収集家がおられたら、ぜひ公開していただければと思う。
 「魅惑のオール・スターズ」については、15集まで出されたのは判明していて、そこまでではあるが、フランク永井の曲名もわかっている。曲の実在の確認はそのうち半分程度だ。それらについては、フランク永井を含む当時の歌の最近熱心なファンの方がyoutubeに公開しているので知ることができる。
 シングル盤にない曲という点では、フランク永井の初期のLPシリーズである「魅惑の低音」がある。これは正式に14集まであり、他に傑作集、アルバムなどの名がありあわせて18枚程度存在し曲名も判明している。1枚を除いてモノラル版であるが、1枚当たり2~3曲ほどのシングル盤にない曲が入っている。モノラルであることからか、いまだCD化はされていないので聴く機会はほどんどないと思えるが、ぜひともこれらの曲についてもファンがいつでも聴くことができるようになればと思うこのごろである。
mx20140412a.jpg
mx20140412b.jpgmx20140412c.jpg

 春の番組再編成の合間に今回も長時間の歌番組がいくつかあった。主にアイドルのデビューをとりあげたような印象の比較的めずらしい映像があったのは高橋英樹親子が司会ででた「もう一度聞きたい不滅の歌謡曲」であった。まあこれはフランク永井がでるなどということは期待してなく、お酒片手にひまつぶしでみたようなもの。
 フランク永井映像が少ないのはたびたびとりあげたことだが、フランク永井の所属レコード会社であるビクターが公認というかビクターの名を添えてだした映像は、というと、カラオケは別にして手元に2つある。
 ひとつは、1995年テレビ東京から発売された「にっぽんの歌ビクター編」(VIVL-164)である。これはテレビ東京の歌番組で放送したものからビクターの歌手のものを21編寄せたものだが、ビクターが誇る歌謡曲と歌手を勢揃いさせたものとなっている。1971年から1991までの番組の映像である。
 多くは当時番組の司会によるナレーションが添えられている。これも時代を感じさせるものでけっして邪魔になっていないところがさすがといえる。コロンビア・トップ、ライト、玉置宏、渡辺友子である。
 このビデオではフランク永井は代表曲「有楽町で逢いましょう」を1番歌詞だけ歌っている。他はみな2番までなのだが。そして松尾和子との「東京ナイト・クラブ」という定番である。
 [港が見える丘」(平野愛子)、「異国の丘」(竹山逸郎)、「三味線ブギ」(市丸)、「桑港のチャイナタウン」(渡辺はま子)、「野球小僧」(灰田勝彦)、「高原の駅よさようなら」(小畑実)、「街のサンドイッチマン」(鶴田浩二)、「若いお巡りさん」(曽根史郎)、「哀愁の街に霧が降る」(山田真二)、「踊子」(三浦洸一)、「有楽町で逢いましょう」(フランク永井)、「泣かないで」(和田弘とマヒナスターズ)、「誰よりも君を愛す」(和田弘とマヒナスターズ・松尾和子)、「東京ナイトクラブ」(フランク永井・松尾和子)、「再会」(松尾和子)、「潮来笠」(橋幸夫)、「東京ドドンパ娘」(渡辺マリ)、「湖愁」(松島アキラ)、「美しい十代」(三田明)、「雨の中の二人」(橋幸夫)、「傷だらけの人生」(鶴田浩二)というのがはいっている。
 ビクターの歌謡曲スタンダードといった感じで楽しめるものとなっている。このビデオはVHSだがDVD版があるのかどうかはわからない。
 次に2009年に発売されたもので、フランク永井が2008年に永眠したのを記念して発売された「歌声よ永遠に」(VIZL-323)である。このCDボックスものはフランク永井の残したビクターの財産からこれぞというものをまとめたもので、まさに記録的なものである。フランク永井の活躍を裏で長期に支え続けたビクターの方がプロデュースしたもので、その活動のすべてを知り尽くしておられる方だけにさまざまな切り口が用意された作品だ。
 まず、有名曲を40点にしぼったことだ。これは最後のシングルとなった「あなたのすべてを」まできっちりと選ばれている。「有楽町で逢いましょう」の別編曲版とか、3度も吹き込みなおした「おまえに」とか、ライブでのメドレーのCD初リリースとか、長編組曲「慕情」の紹介とかである。長くうもれていたABCラジオ放送でのホームソングの発掘ものとか。そして、松尾和子とのゴールデン・デュエットのLPを出したときに、カラオケ用に独自に記録したビデオ映像を再編集してDVDにして添付しているのだ。こうした初の趣向でフランク永井に敬意をしたものである。
 映像4曲とは「東京ナイト・クラブ」「ラブ・レター」「おまえに」「11時過ぎから」である。3曲は松尾和子とのデュエット。後半2曲はCD音を重ねている。「おまえに」は映像とのずれなどまったくない完成品である。さすがにこの曲は思いをいれて、おそらく3ケタの回数を歌っているだけに、完璧にリンクしている。
 松尾和子はどの歌番組でもモナ・リザ風の黒い服の印象がつよいが、この映像では少し違うのがフレッシュでもある。ただ、このDVDは全体としてやや音がよくない感じがするのが残念だ。

カテゴリ

このアーカイブについて

このページには、2014年4月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2014年3月です。

次のアーカイブは2014年5月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。