番組編成のすき間を埋める歌謡番組でのフランク永井

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 季節変わりにかぶさるようにTV番組の再編がされる。TV番組で話題になったのはNHKの朝のドラマの「あまちゃん」とTBSの「半沢直樹」。ふたつとも観ていたが、確かに観てて楽しかった。ドラマの展開の切れがいいというのか、人気があるのが分かる。
 さて、番組編成の変わり目というか、すきまに定着しているのが歌謡曲番組を含めた特番である。特番は妙に時間が長いので、観てる時間もとれずにほとんど観ない。しかし歌謡曲とか懐メロとかとなると、ビデオにとって観るようにする。フランク永井の映像や歌唱を観るのも楽しみにしている。
 テレビ東京は以前から歌謡曲番組には力が入っていて、他局が歌謡曲離れをした時期でもコンスタントにコーナーを保持してきた。また近年にしっかり定着したと思える「ベスト・ヒット歌謡」もつい観てしまう。これは歌は確かに流れるのだが、番組が20年をカバーするためか、ブチ切りだ。1番の歌詞の実際に歌う箇所だけで、前奏・間奏の余韻などはゼロである。1番であっても長いと途中からフェードアウトとなる。そうであっても、この番組は歌謡曲が戦後全盛だった時期にはやったのを年ごとに1位から3位までを発表してくれる。当時のオリコンランキングや別途街のアンケートが情報ということになっているでの、放送されるたびに同じというわけではない。
 フランク永井が世間に最初に注目されたのは、「有楽町で逢いましょう」で1957(S37)年。11月にリリースなのでその年の暮といっていい。また同名の映画は翌1958年の1月。SP時代なので、多少宣伝は先行していても、この年から全国的に広がって行ったと言ってよい。しかし、半世紀も前の話なので、現在から見たときのイメージとしてはリリース年である1957年の「大ヒット曲」として扱われていく。現在から観るとその時期にリアルタイムで「有楽町で逢いましょう」に感銘を受けたひとであっても、大きな自分の周辺の出来事との印象が強烈に残っている人を除いては、その時期の数年間の区別は厳密にできないので、リリース年での扱いは妥当なことといえる。
 現在の有楽町の巨大ショップモール「イトシヤ」は、歌の歌詞「...雨もいとしや歌ってる...」から採用されて、見上げればかならず目に入る。
 今年の秋のこの番組では、フランク永井の歌では他に、1959(S34)年の「東京ナイトクラブ」、1961(S31)年の「君恋し」が取り上げられた。やはり、フランク永井が歌ったこれらの曲への印象は絶大であることが確認できる。「東京ナイトクラブ」は大人のムード歌謡、それも男女のデュエット曲という点では最初で画期的なものであった。吉田正と佐伯孝夫の先見性を示している。
 この曲はその後つぎつぎと後継というか、競合というか、同様のデュエット曲を生んでいく。何よりもその代表曲は、石原裕次郎と牧村旬子による「銀座の恋の物語」(大高ひさを作詞・鏑木創作曲、1962テイチク)である。日活映画「銀座の恋の物語」の主題歌である。この主題歌を作るときに「東京ナイトクラブのような...」という指令で作ったものだ。デュエットしたのは映画にジャズ歌手ででている牧村であるが、当時映画製作が信じられないほど時間的に余裕をもたないで作られていたため、主題歌も超短時間でつくられたという。わずか数時間の練習で吹き込まれた。
 テイチクはヒットに気をよくし、その後浅丘ルリ子、八代亜紀を相方にして何度もレコードをリリースしている。この曲はフランク永井も松尾和子とのデュエットで歌っているので、裕次郎とは一味違う違う歌唱が楽しめる。歌がうまいふたりだけに、こちらはこちらで雰囲気は他をしのぐものがある。
 足の長い裕次郎、若くやんちゃで、老若問わず母性をくすぐるこのスターがきままに歌うこの曲は映画と共に受け入れられた。まあ、デビュー期からオジさんの雰囲気の先輩フランク永井も彼の人気には水をあけられた。そんなことから、デュエット曲戦では「東京ナイトクラブ」は2番手になってしまう。それでも、盟友である松尾和子とのこのデュエット曲はいまでもカラオケでは多く歌われ、引き継がれているのは大変なことである。
 「君恋し」は1961(S36)年の日本レコード大賞受賞曲。フランク永井の代表曲でありレコードがSPからEP時代に変わりプレーヤーが日本国中に拡大していく中での記録的なヒット曲。しかし、この歌も同年の大ヒットとなった「銀座の恋の物語」の超ヒットに食われた。それほど、この時期の流行歌の連打はすごかった。
 ちなみに、坂本九「上を向いて歩こう」、村田英雄「王将」、植木等「スーダラ節」、アイ・ジョージ「硝子のジョニー」等々流行歌の歴史をきらびやかに飾る名曲はこの年に生れている。
 そんなことを想い出しながら、この番組を楽しんだ。もちろん焼酎で頭をしびれさせながら...。

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このページは、文四郎が2013年10月 4日 19:14に書いたブログ記事です。

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