フランク永井「有楽町で逢いましょう」の人気度の好例が出た

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 「文藝春秋」スペシャル2013秋号では「もう一度だけラブレター」という特集をしている。2大1000人アンケートのひとつに「心に残るラブソング全80曲」という企画があり、石井謙一郎がまとめている。
 65歳以上の1000人というのが分母である。詳細な結果は記事をご覧いただきたいが、ここでは全体と、男性・女性ごとの内訳がある。( )はいずれもポイント。
 結果の上位を記すと1位は「銀座の恋の物語」(35)、2位「有楽町で逢いましょう」(34)、3位「愛の讃歌」(31)。
 男性では、1位「有楽町で逢いましょう」(20)、2位「銀座の恋の物語」(17)、3位「君といつまでも」「ラブ・ミー・テンダー」(14)で、3位にプレスリーがはいっている。
 女性では、1位「愛の讃歌」(24)、2位「銀座の恋の物語」(18)、3位「有楽町で逢いましょう」(14)となっている。
 ちなみに「おまえに」は9位、「君恋し」は27位となっている。
 80曲にはプレスリーやパット・ブーンという当時の世界的なスターもはいるが、ほとんどの曲は昭和歌謡をきらびやかに飾った、だれもがくちずさんだ流行歌である。
 石原裕次郎はあの甘い声とナガイ足であばれまわり、時代の印象として強烈なものを皆に残した。「銀座の恋の物語」は歌いやすいデュエットということもあり、カラオケ時代でも人気は衰えない。若い人にはクサさがあるかもしれないが、もはやそうしたヒキをとうに捨てた65歳以上の人たちには何のてらいもない。
 大都市東京の激変は、前後の高揚期で、このときにタイミングよく迎えたオリンピックとも重なり、その時代を経験している人には忘れなれない印象をもたらしている。それはさまざまな、ひとりひとりの若い時のエピソードと共に流行歌と結びついている。
 フランク永井の「有楽町で逢いましょう」はまさに今までに聴いたことのない、東京のイメージを素敵なメロディーにのって広げた。日本人の都会へのあこがれと、活気ある社会の未来への夢とがかぶさったものとしての歌であった。
 日本に大衆歌が歌われだしたころからのメローディーラインがあり、それを踏襲してできた作品が中山晋平らの歌。日本人の心情にふれたもので自然に受け入れられていった。この和のメロディーに沿い、さらに民謡や浪曲や都都逸やとも通じるのではないかと思える、ふるさと志向の歌が主流をなしていく。
 こうした状況で「有楽町で逢いましょう」が登場する。メロディーは吉田正。吉田正の偉大なところは、これまでの和調と故郷志向にたいし、洋をからませ、都会を連想させるものを生み出したのだ。
 戦後の荒廃から首都東京を中心に、すべてをリセットし世界最大の近代的な大都市に勢いよく変身していくのに、巧みにシンクロしていく曲である。この時代、集団就職で地方から多くのひとが都会になだれこみ、なぎ倒された街を変えていくのに貢献した。
 そのときのどきのさまざまな思い出と共に、この「有楽町で逢いましょう」は心に刻み込まれたのだ。
 この文春スペシャルでの記録は流行歌からみた、時代をふりかえる人々の当時の心情というものを思い起こさせる。特徴を明確にしめしたものと感じた。
 この記事情報はいつもユニークなテーマを教えてくださるIIさんからいただいたものです。多謝!

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このページは、文四郎が2013年9月21日 12:49に書いたブログ記事です。

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