
フランク永井が1961(S36)年に「君恋し」を歌い日本レコード大賞を得たのだが、この「君恋し」はもともとが古い歌で初期の二村貞一をはじめ、多くの歌手が歌っていることで有名だ。
当日記でも何人かの歌唱を紹介してきたが、今回は同じビクター歌手でフランク永井と活躍した時期が重なる青江三奈の「君恋し」を紹介しよう。
青江三奈が「君恋し」をうたっているのは、1919(S44)年の「盛り場流し唄~青江三奈」(SJX-14)である。
この盤では下記の12曲が収まっている。
船頭小唄 / 無情の夢 / 湯島の白梅 / 島の娘 / 長崎物語 / 君恋し
盛り場ブルース / 戦友 / 夢は夜ひらく / 南国土佐を後にして / 明日はお立ちか / 潮来笠
戦前からの古い日本の名曲とフランク永井、森進一、橋幸夫といったビクターの同僚やペギー葉山の曲のカバーをしている。古い名曲については、青江三奈は別途に「さすらいの唄/青江三奈~中山晋平メロディーを唄う」(SJX-30)がある。当時はこのシリーズを人気歌手はかならず歌わされてレコードを出すというのが流行りだった。
自分のオリジナルの歌はさまざまな手法でうまく歌えても、他人の歌をちゃんと聴衆に聴かせてうなずかせるというのは、そう安易なことではない。やはり、名歌手はここが違う。
青江三奈も同様だ。先に藤圭子をとりあげた。藤は子供のころから家族で全国をまわってて、いわば流しとして膨大な曲を何度も歌いこんでいる。これが歌唱を支えていた。
青江三奈は若い時からのクラブ歌手としての年季である。流しもクラブも客の真ん前で歌うことから、半端な歌い方では相手にされない。歌いこみ、客の微妙な聞き取る際の顔の動きから、何が歌に必要なことなのかを肌で知る必要があるかを知らされる。
青江はそのなかで、高い音から低い音までの正確な歌唱に加え、あの独特の声質を売りにできたのである。
当時、ビクターからハスキーな男女の歌手として森進一とともに売り出したのが、青江である。またこの歌声ははまり歌として「伊勢佐木町ブルース」(1968、作詞:川内康範、作曲:鈴木庸一)、デビュー曲の「恍惚のブルース」(1966、作詞:川内康範、作曲:浜口庫之助)などブルース調のものがある。特に前者は溜息・吐息を曲に乗せたことが物議をかました。
奇才川内康範の圧倒的な刺激性のある詞である。それをうまくこなしたのが青江である。NHK紅白ではここに別の音をかぶせるという愚挙まで話題になった。
お色気という色がついたがこれらは決して本人の意図ではない。本人を売り出したことには感謝すれども、不本意なカラができ、長く悩ますものでしかない。
「君恋し」もそうだが、青江の歌はみごとである。このLPは、ビクターの復刻シリーズで2008年にCD化(VICL-63052)している。これを聴くと青江の歌のうまさが光る。どの歌を聴いても安定した、しっかりした歌が説得力を持って聴こえる。
青江は最後にすい臓がんで若くして亡くなった。フランク永井が第一線からひいた1985年にテレビで「東京ナイト・クラブ」を青江とデュエットしているのがのこされている。今でも多くのファンいる。レコードのジャケットをみると、心なしかあの青江の顔に淋しさが残る気がする。